はらぺこヴァンパイア 作:棗の
ノートの横に置いたスマホの画面が光って、
『今日はどう? 図書室にいるの?』
梓はくすりと笑ってしまった。
律儀だなぁと思う。今日は別に困っていないのに。
ここで由佳に今の悩みを打ち明けようか悩んだけれど、首を振って止めにした。
星野さんは人間で私はヴァンパイア。違う生き物だから。
『いるよ 一人でゆっくりしてる』
すぐに既読がつく。
『わたしもいっていい?』
『体調が悪いとかならいいよ!』
予想通りの反応だった。
まだ会って三日目だけれど、すごく人懐っこい子だってことはわかっていた。
梓は数秒、赤い目を宙に迷わせ、スマホをタップする。
『よかったら来てほしいかも』
すぐに既読がついた。
数分して、図書室の扉が開いた。
由佳がにっこり笑ってこちらを見ていた。
梓はノートを閉じて立ち上がって図書室を出た。
図書室の外、昨日と同じように壁によりかかって、由佳と二人で向き合う。
梓を見上げる姿勢の由佳は、授業ごとの休みの時よりも笑顔を浮かべていた。
「そのノート……授業の? 次の予習とか?」
由佳は目敏く、梓が後ろ手に持ったノートを見つけて言った。
「ううん。ただの落書き。昔から何か書いたりするのが好きで書いてる」
ふぅん、と由佳が言って、じいっとノートを見つめる。
片手の指が少しだけ動いて、きゅっと握りしめられた。
「じゃあ
「趣味……うん、まあ、そうかも」
「いいなぁ。わたしって趣味とか特に無いんだよね。動画見たりするぐらい?」
すこし意外だと思った。
なんだか友達多そうだし、色んなことに興味を持つ人なんだと思っていた。
「そうなんだ……星野さんって色んな事に興味あるし、器用だから色んなことできそう」
梓はなんとなく思ったことを口にした。
由佳は一瞬ぱっと顔を輝かせて、何かを言おうとして、目を逸らした。
良くないこと言ったかも、と梓が口を開こうとすると、由佳が笑顔を戻して言う。
「そ、そんなことないよ。ぜんぶ中途半端って言うかさ。続かないんだよねー色んな事」
「流行りとかすぐ移っちゃうもんね」
梓は曖昧なリアクションをして、自分のコミュニケーション力の低さを恨む。
会話が止まって、意識していなかった太陽の光の怖さが足元から上ってくる。
「ところでさ。部活って何か決まった?」
梓は自分から話を切り出してみた。
由佳はまたこちらを向いて、少し考えるそぶりをする。
「なんにも。中学の時も部活入ってなかったから、どうしようかなって思ってる。三浦さんは?」
「私も決まってない。運動系の部活はちょっと太陽の光がきついから、文化部とか、屋内の部活になるかな……」
正直なところ、部活がどうこうとか考える余裕が今はなかった。
食事の度に罪悪感に押しつぶされそうになって、お昼休みのたびにこうやって逃げている自分が、部活に入ってうまくいくとも思えなかった。
「そうだよね。文化部だと漫画部とか、美術部とかあるみたいだけど……うちのクラスだと入りたいって言ってる子いないんだよね」
本当のことかわからないけど、クラスに友達の多そうな由佳が言うならそうなんだと梓は思った。
「三浦さんはイラストとか漫画とか好きなの?」
「うーん、普通かな……描けなくはないけど、部活っていうほどじゃないと思う」
前の高校はずっとソフトテニス部だったし、休み時間に絵を描いたりするタイプでもなかった。
もちろん、本当のことを言えるわけもない。今は、今年から高校一年生の三浦梓だから。
「
だから自分から話を逸らすことにした。
授業の合間に漏れ聞こえてくる会話から気づいた事だった。
由佳は一瞬息を詰まらせて、けれども笑顔に戻って「そ、そうだね」と言った。
「ダンス部って、どっちかといえば体育会系だよね」
「だろうねーって感じ。笹川さんも八坂さんも、中学の時もダンスやってたんだって」
それは知らない情報だった。梓のいない昼休みに出た情報だった。
「……三浦さんも、興味あるの?」
由佳はそっと梓を見上げた。
「うーん……わかんない。やったことないし、ちょっと私とは別の世界の人かなって思っちゃう。すごく興味を持ってくれてるみたいだけど……」
「だよね! わたしもそう思う! ただの興味って感じするもん」
由佳がうんうんと何度もうなずいた。
「三浦さんも色々大変なのにさ。わたしからもちょっと話してみたんだけど、あんまりわかってないみたい」
自分の知らない所で由佳は動いているらしかった。
有難いのか、迷惑なのか分からなくなった。
星野さんはあることないこと言うような子じゃない。きっとそう。
別にいじめられているわけではないし、二人も過剰に干渉してくるわけでもない。
ただ心の準備が必要なだけだった。
キラキラ光るみんなが人間の三浦梓にはちょっと眩しすぎて、ちょっとずつ近づいて慣れていきたいだけ。
「みんな初めての人だから、緊張しちゃって」
「まだ入学三日目だもんね。早すぎるよ」
由佳が肯定してくれるので、梓もちょっと気持ちが楽になっていた。
由佳に微笑むと、にっこりと笑ってくれる。
「アルビノって本当に珍しいし、私がちゃんと答えてないのも良くないのかも。別に隠すことでもないし、色んなこと教えたほうがいいのかな」
クラスにこんな不審者がいたら気になるのもちょっとわかる気がした。
「……それは、別にいいんじゃない?」
肯定してくれると思ったけれど、由佳は顔を曇らせてそう返した。
梓は思わず由佳の方を見た。
由佳は梓の方を見ず、ぼんやり遠くを眺めていた。
「病気……じゃないけど、えっと、性質のことって、すごく繊細な事だからさ。聞かれたことをそのまま答えなくてもいいんじゃない?」
「そう?」
「そうだよ。どうしても困った時だけ教えればいいと思う」
由佳が自信満々に言うので、梓もそうかもしれないと思い出していた。
嘘がばれる可能性もあるし、誰彼構わず教えるのも気が進まないし。
「
さっきまでと少し違う調子で、少し目を伏せて由佳が言った。
口元は笑っていたけれど、目は薄暗かった。
なんだかちょっとトゲのある言い方。話を変えようと思った。
「星野さんってもしかして、
「え? うん。そうだよ。『
梓は漏れ聞こえてくる会話から、早くもクラスの中で派閥ができていることを知っていた。
学校にJR東横線で通う『東横組』と、
誰にも言っていないけれど、梓は後者の方だった。
梓の家のJR
それよりも。
「あれ? 私言ったっけ。確かに地下鉄で通ってるけど……」
「あ、う、うん。言ってたよ昨日。地下鉄で病院まで行ったんだよね」
由佳が大げさに頷いて言う。
昨日はおなかがすいていたし、冷蔵庫のことが気になりすぎてそれどころじゃなかったから、気のせいだったかもしれない。
「やっぱり地下鉄の方が楽だから?」
「そうだよ。電車の中でずっと太陽の光を浴びてるのも怖いから」
「……怖い?」
「知らないうちに皮膚が病気になったりするかもしれないから」
由佳の丸い目がきょろきょろと梓の顔を、手を走査する。
何もおかしなことは言っていないはず。きっと。
「大変だねーほんと……休みの日ってなにしてるの?」
「家で過ごしてることが多いかな。インスタ見たり、動画見たり、ノート書いたり、親と一緒に買い物行くこともあるけど」
梓は自分の方がよっぽど無趣味だと思った。
由佳はきっと別の学校にいる中学の友達とかと一緒に遊んでいるんだろう。
「スーパーとか?」
「それもあるけど、服とか買いに行ったりもするよ」
由佳は一瞬眉をしかめて、「そ、そうなんだ! 仲いいね!」と明るく言う。
「そろそろ夏物出てくるよね。まだ春物も揃ってないのに」
「だよね。もう去年のでいいかなって思っちゃう」
そう言ってお互いに笑いあう。
一瞬離れた気がする距離はすぐに縮まって、また穏やかな時間が流れていく。