はらぺこヴァンパイア   作:棗の

43 / 70
第四章
私の癒し-4月30日12時32分


(あずさ)は視聴覚室前の壁に寄りかかっていた。

 

 

天気は晴れ。

ゴールデンウィークの中日としてある登校日。

 

この視聴覚室前のスペースは、梓が昼休みに学校の中を歩き回って、図書室以外の日の当たらない場所として見つけたところだった。

奥まったところにあるから、いつも明かりが点いている。

視聴覚室の中が一番いいけれど、中には入れないからこうするしかなかった。

 

この高校には文化系の部室がないらしい。部室棟とかも勿論ない。

視聴覚室は放課後になったら軽音楽部が使うらしいけど、昼休みの間は誰も使わない教室。

絶好の休憩スポットだった。

 

 

梓はスマホでインスタグラムのストーリーを見ていた。

好きな俳優さんがストーリーを投稿してる。ドラマの撮影現場の一枚。

すらっとして格好いい女の人。今度のドラマの番宣のリンクがあったのでタップすると、刑事ものドラマに出ることがわかった。

 

「刑事ものかぁ……見れるかな」

 

梓は自分の変化について気づいた事がいくつかあった。

 

 

なんだか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

キスシーンとか、もっとその先に行っちゃう前のところとか、頑張ってお互いに気持ちを確かめようとするところとか。

なんだか、あんまり興味のないニュースをぼんやり見ているときみたいな感覚。

 

一年間逃げていた時も、たまにYouTubeで昔のドラマやアニメを見たりすることはあった。

その時もそんな気持ちはあったけれど、それは自分に余裕がないからだと思っていた。

 

だけど今は違う。

食べ物もあって、友達もいて……確かにママが仕事出来なくなったことは辛いけれど、あの時よりずっとずっと幸せなのに、なんだか違う。

 

 

青い空と白い太陽がなんだか違うものに見えたみたいに。

 

十字架が殺人鬼に見えたみたいに。

 

私のなかにあった大事な何かがなくなってる。

 

 

たぶんヴァンパイアのせいなんだ。

私の心がまずしくなったせいじゃない。

私は人殺しだし、窃盗犯だけど、たぶん違う。

 

心がもやもやしてくる。

もっと楽しい物を見たい。

 

周りを見て、誰も見てないことを確かめて。

インスタグラムを閉じて、カメラロールを開いた。

お気に入りの一枚を開く。

 

昨日の夜の食事。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

淡いオレンジのランチョンマットの上に皿を置いて、インスタ映えする写真っぽく、ナイフとフォークも置いてみた。

 

 

「おいしそう……」

 

なんだかこれを見る方がちょっと安心する。

今日もまだある。ママが温めて作ってくれる。

 

梓は無意識のうちに、牙を舌でなめていた。

気づいているけれど治さない癖。

誰かに見られているわけでもないし、きっと大丈夫。

 

おいしくて、噛むたびに温かい血が漏れてくる、私の大好物。

 

 

カメラロールを一つめくると、由佳(ゆか)と撮った写真が出てくる。

由佳が満面の笑みでピースしてる。かわいい。

初めて学校の子と撮った写真。なんだかちょっと恥ずかしい。

 

 

 

連休に入る前の金曜日のこと。

下校時に車に行こうとすると由佳が慌てだして、写真を撮りたいと言ってきた。

 

「写真……いいけど、どうして今?」

 

梓がそう聞くと、由佳はちょっと目を逸らして、けれども笑顔で言った。

 

「だって……連休中に梓に会えないの、寂しいから」

 

 

さびしいから、って言ってくれるのは嬉しかったしちょっと照れ臭かった。

牙が見えないように笑うのにちょっと苦労したけど、写真を撮った。

 

由佳ちゃんはちょっと距離が近いけど、色んなことを手伝ってくれるし、助けてくれる。

寂しいって感情もいつの間にか無くなった。

……ちょっと距離が近いけど。

 

「怖くないのかな……」

 

インカメをつけて自分の顔を映す。赤い眼と、口からちょっとだけ見える牙。

やっぱり怖いかもしれない。

パパとママは褒めてくれるけど、ブレザーと自分の顔は全然合ってない。

集合写真とか撮ってもすごく浮くと思う。

 

梓は何度かの試行錯誤の末、学校にいる間は、かなり抑えめのナチュラルメイクに落ち着いていた。

赤い眼を強調しすぎない、頬にチークを乗せる程度のもの。

人形みたいに見えないようにしたかったから。

 

 

早紀(さき)ちゃんも千夏(ちなつ)ちゃんも由佳ちゃんも、私のことは友達として扱ってくれてる。嬉しい。

 

早紀ちゃんとはE-Z’s(イージス)の10周年ライブの話で、仲良くなれた気がする。

千夏ちゃんは大人っぽくて物知りで、メイク動画で有名なインスタグラマーの人を教えてくれる。

由佳ちゃんは朝のおはようから夕方のまた明日まで、ずっと気にかけてくれてる。

 

私が勝手に思ってるだけかもしれないけど、三人も友達ができた。

 

だから怖がらせたくないし、傷つけるなんて絶対したくない。

 

 

梓はゴールデンウィーク初日の土曜日のことを思い出す。

学校の健康診断は乗り切ったけど、法律上しないとだめらしくて、身長と体重だけ遠くの病院にママと一緒にはかりにいった。ママの元後輩が勤めてるクリニック。

 

165センチ、52キロ。それが今の三浦(みうら)梓。

 

人間の時と全然違う。背が伸びてるし、体重は減ってる。

他の検査項目は、私が心の病気だからいいってことにしたらしい。

 

人間は死ぬとちょっと体重が減るって聞いたことがある。

心臓が動いてないから、私の体はきっと死んでる。

だから余計なお肉が落ちたのかな。

……胸と腰回りだけは増えたけれど。

 

下着もお店でちゃんとはかってもらったら、人間だった頃よりサイズアップしていた。

目立ちたくないのに、どうしてもブレザーの前を閉めると胸が強調されちゃう。

 

なんだか全部ちぐはぐで、今ここでぼうっとしている自分も、周りに人がいたらきっとじろじろ見られると思った。

人間のフリした何かが学校にいるって怖がられないかなって。

 

 

スマホにLINE通知。星野(ほしの)由佳。

 

『今日は図書室にいないの? 具合悪いの?』

 

梓は呆れたように笑った。

梓はお昼の度に教室にいるわけではなかった。太陽の光が辛かったり雨の日は、「ちょっと気分が悪いから」と保健室に行ったり、図書室に行ったりしていた。

最近の由佳は、何も言わなくても図書室まで来るようになっていた。

 

心の奥が、ちくりと痛む。

 

由佳ちゃんは、ちょっと人との距離感をつかむのが苦手な子なのかな、と思うときもある。

だけど、怪物の自分にとっては怖がられるよりずっとずっと良かった。

ちょっと距離が近いけど。

 

 

一人が嫌で家に帰って学校に来てるのに、一人になりたいって思うときがある。

本当に贅沢でわがままな考えをしてるって自分で思う。

警察に捕まっていないだけの犯罪者なのに、なんて贅沢なんだろう。

 

『そう 日差しが強くてきついから 気を使ってくれてありがと』

 

梓はささやかな嘘をつく。

視聴覚室の壁によりかかってる、なんて言えない。

普通の子はそんなことしない。足が疲れるし。

ヴァンパイアは疲れない。何時間でも立っていられる。

 

返したLINEにすぐ既読がついたのを見なかったことにして、カレンダーアプリを開く。

今は大型連休の中日。

また三日行けばお休みになる。

アンチライトを今朝打ったから、効果があるのは休みの日の朝まで。外には行けない。

 

財布の中にはあんまりお金がない。

ママには内緒でお小遣いをもらってるけど、それ以上お願いなんてできない。

 

服も、メイク道具も買いたいけど、そんな贅沢言ってられない。

バイト先も決まってないし、ママはやっぱりだめって言ってる。夜は危ないからって。

夜の方が元気なのに。

 

 

誰も私に悪いことしようとか、いじわるしようって思ってない。

だけど、色んなことをする先の道が、全部塞がれている感じ。

 

 

「土日は眠ろうかな……」

 

天気も晴れだし、お昼の間は動けないから。いつまでも部屋を暗くしてもらうのもパパとママに申し訳ないし。

夜の間に家事を全部手伝って、料理の練習をしたら太陽が出てくる前に寝よう。こういう時にヴァンパイアは便利だ。

 

「夜にママと行ける所ってないかな」

 

車を運転できればいいんだけど、まだできない。

ママを担いで走ることもできそうだけど、普通の人はそんなことしないし、万が一落としちゃったらママを傷つけちゃう。

家の近くに公園があるし、散歩とかいいかもしれない。

 

 

ママはここ数日、元気がなくなってる。

 

なんだか顔が青い気がするし、家の中を整理してたら怪我しちゃったって言って、肘のところに包帯を巻いてる。

ご飯の準備の前まで寝てることもある。

 

病気なのかなと思ったけど、ママは看護師だし気付かないわけなんかない。

気分が沈んでるのかな。

 

きっと具合がちょっと悪いだけ。

そうに違いないから。

 

 

何か気晴らしさせてあげたい。

私が人間だったら、一緒にお昼に買い物行ったりできるのに。

もっとお金があれば、横浜市内まで行けるのに。買うものが無くても見るだけで楽しいし。

 

パパとも遊びに行きたい。

パパが海釣りに行くときについていきたいけど、太陽の光が怖いし行けない。

パパはきっと気付いてるから、私が帰ってから一度も釣りの話をしてない。こっそり何も言わずに行ってる。

夜は釣りできないし、ママと一緒に過ごすより難しい事だと思う。

 

できないことがいっぱいある。

でも太陽の光が怖いだけなら、私が頑張ればなんとかなること。

 

授業中もそんなに体が震えなくなってきたし、きっとできる。

 

「……カラオケとかどうかな」

 

 

一美(かずみ)が休みの日なんてほとんどなかったが、まだ梓が人間だった頃、塾帰りに一美の職場近くまで梓が行って、駅前のカラオケに行ったことが何回かあった。

梓がアイドル好きなのは母親の影響も多分にあるし、好きな曲も被っていた。

 

 

久々に歌いたい。

最近またE-Z’s(イージス)の曲を聴くようになったし、歌えるかも。

ママとなら歌がうまいへたとか気にせずに行けるし。

 

 

梓はブラウザを開いて、駅の近くのカラオケを調べ始めた。 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。