はらぺこヴァンパイア 作:棗の
新幹線と在来線が多数接続する、
由佳は新横浜駅すぐ横の複合施設、キュービックプラザの中を歩いていた。
グレーのパーカーに、グレーのサルエルパンツ。足元は通学用の白いスニーカー。黒いマスクをあごにかけている。
無線イヤホンをつけて、周りの音も封じ込めた。
嫌な気分にしかならないから。
周りに幸せそうな人がいっぱい。
今日はゴールデンウィークだから。
家族でお出かけしたり、カップルでお出かけしたり。
わたしと違って。
荷物はない。ポケットに入った家の鍵とスマホ、あとは学生証ぐらい。
さっきまで自販機で買った水を持っていた。
このあたりは地面も舗装されていて、夜も明るくて歩きやすい。
施設も夜遅くまで空いているし、ベンチも多い。
治安だってそんなに悪くないから、時間を潰すにはちょうどいい。
手元のスマホの中では、インスタグラムが開かれていた。
無限に流れてくるショートのスワイプに飽きてホームに戻ると、ストーリーの更新通知が来ていた。
由佳は小さく舌打ちして、タップしてみる。
イヤホンからけたたましい音楽が流れて、画面上で八坂早紀と知らない男子生徒が遊園地のアトラクションの前で踊る動画が流れ始める。
「うざ……」
不快な女と、誰か知らない不快な男。
二重に嫌なものを見た。
すぐに閉じて、もう一つのストーリー更新通知を見る。
由佳は微笑を浮かべてタップした。口直しにいいと思ったから。
明るめのポップスと共に、綺麗なパッケージの日焼け止めとサンオイルが置かれた画像が出てくる。
キラキラの手書き文字で『パケ買いしちゃった 合うといいな』と書かれていた。
胸の奥がきゅっとなって、そっと閉じた。
「海……とか行くのかな」
彼氏、いるのかな。千夏は。
いてもおかしくない。
それとも、友達と行くのかな。
……わたしじゃない人と。
由佳はちょうど目の前にあったアパレル店を見た。
マネキンが水着を着てる。
ちょっと近づいて、値札を見て、壁にまたよりかかった。
わたしは誘われても行けない。
水着なんて持ってないし、買うお金もない。
そもそも誘ってくれるのかもわからない。
連休前ぐらいから、わたしの中の八坂早紀への嫌いの気持ちが募りすぎて、ご飯の時も無視したり、千夏と梓にばかり話すようになってた。
早紀はバカだし単純だから気づいてないかもしれないけど。
効果が出ているのか分からない。
もしかすると、千夏と
それが更にイライラするし、梓との距離が近いのもイライラする。
イライラは、伝わってほしくない人ばかりに伝わる。
千夏が連休前、心配そうに聞いてきた。
「由佳、最近ヤなことでもあった? なんか落ち込んでるけど」って。
言えなかった。
千夏の中学からの友達が、わたしの大嫌いな女だって。
クロエの香水が毎日臭くて、思い出したくない事ばかり思い出すからやめてって。
「大丈夫 ちょっと疲れてるだけ」としか返せなかった。
好きな人に弱いとこなんて見せたくないし、嫌いな女に弱いとこなんてもっと見せたくない。
でももし。
弱音でも吐いたら、千夏と水着買いに行ったりできたのかな。
もしかしたら、梓も一緒に。
「梓……」
スマホの電源ボタンを押してロックして、また点灯させる。
赤い目の少女と自分が、二人で並んで撮った写真。
梓は、何をしてるんだろう?
LINEで聞いたけど、家族と過ごす予定って言ってた。
それ以上深く踏み込むのは、なんだか怖かった。
わたしに過ごす家族もいないし、行く場所もない。
「——ご来店いただきまして、ありがとうございます。まもなく、閉店時間となります。お買い忘れはございませんか――」
時間潰しが今日も終わる。
蛍の光が流れている。そろそろ施設が閉館するらしい。
由佳はスマホから目を離して、ため息をついて外へ出た。
落ち着けるところなんてどこにもない。
お金がなければお店にも入れない。
友達がいなければ道も歩けない。
外は、ここに来たお昼よりだいぶ涼しかった。
新横浜駅へ歩く途中、赤ら顔でお酒の缶片手に騒いでいる大学生っぽい男がたくさんいた。
いつもより、働いている人は少ない。
ツンとする不快な臭いを避けて、駅まで迂回する狭い道を通る。
薄暗くて、誰もいない。街灯がぼんやり光っている。
明るい所に戻ろうとして、バカ騒ぎする男が目に入って、舌打ちして狭い道を進む。
ここは通ったことがあるし、下品なお店やお酒のお店の通りじゃない。ただ暗いだけ。
胸の奥からざわめく恐怖を押しとどめて、一歩、二歩、三歩と進む。
パーカーのフードを被って、イヤホンを外してポケットへ。
片手でスマホをぎゅっと握った。
「キミ、学生?」
男の声がした。背中に氷を入れられたようなおそろしい冷気。
手のスマホのロック画面を解除する。梓の赤い目が、勇気を与えてくれる。
隙を見せちゃいけない。
「……そう、ですけど」
振り向かずに言った。
「ああ、怖がらせてごめんね。警察です。見回りをしてます」
警察? と思い振り向くと、青い制服を着た男性が二人。
間違いなく警察の人っぽい。
「駅はここからでも行けるけど、ここは危ないよ。表通りを通った方がいい」
「……すぐなので大丈夫です」
さすがに警察相手に強くは出られなかった。
警官の一人は一歩、由佳に近づいて、「じゃあ私たちが同行するよ」と言った。
「最近、こういう薄暗い道路で若い子が襲われる事件が多いんだ。こういう所はなるべく通らない方がいいよ」
事件? 何の話だろう。
テレビのニュースとか見ないから分からない。
「《
由佳の不審げな顔に、警官が言った。
そういえばそんな言葉、インスタのショートで誰かが言ってた。
痕跡がない、神隠しみたいな行方不明事件がどうこうって。
あれってホントだったんだ。
「わかりました。じゃあ行っていいですか?」
警官が頷いて、由佳の後ろをついていく。
居心地悪そうに由佳は歩いて、新横浜駅の駅舎へ消えていった。
家に誰もいないことを祈りながら。