はらぺこヴァンパイア 作:棗の
ぐうっとお腹が鳴って、
自分以外誰もいない部屋へ。
無性に寂しくなって、テレビをつけて、電子レンジに総菜のお弁当を入れて、出来上がるまでスマホの中の
まだ写真は増やせてない。
梓が車で通学するようになったから、梓が一人になるタイミングがなかなかない。
気のせいだと思いたいけど、最近昼休みにどこに行ったのかもわからない。
気のせいだと思いたいけど。
大丈夫。避けられたりなんかしてない。
他の人のとこに行ってるなんてコトもない。
八坂よりもわたしのほうがずっとずっと仲がいいんだから。
由佳は昨日のことを思い出す。
八坂との喧嘩の翌日。
登校して梓を待つ間に八坂と
八坂が由佳を見つけると「あっ」と言って、笹川が背中をつついて、近づいてきて、頭を下げた。
「ゆかっちほんとごめん。無神経だった」
いつものヘラヘラしている八坂とは全然違う、ちょっと泣きそうな声で。
「いいよ。……わたしも乱暴してごめん」
そう言うしかなかった。
後から来た梓には、何も言わなかったし、
頭に血が上るとああなっちゃうのは、誰のせいなんだろう。
思い出したくない嫌な女の顔が浮かぶ。
聖域を穢したあの人の顔。
電子レンジがあと5秒ぐらいだったけど、無理やり蓋を開けてお弁当を出して、スマホスタンドをテーブルに置いて、スマホを置く。
梓の写真を出すと、黒いもやもやがどこかに行った。
八坂は”警戒対象”から”嫌いな奴”になっていた。
梓と距離が近いし、べたべた触るし、無神経だし、梓が太陽の光が苦手ってことも時々忘れてる。
頭悪いだけならいいけど、だらしなくて、無神経なのはもう許せなかった。
千夏もなんであんなのと一緒にいるんだろう。わたしのほうがずっといい子なのに。
八坂だけじゃない。梓の周りには人が増えてる。
クラス全員の名前を覚えているから、その中で誰が警戒対象なのかも覚えてる。
授業のちょっとした休みの時とか、移動教室でたまたま梓と離れた時とか。
男子が冗談交じりに「マジで彼氏いないの?」とか聞いてた。
一回言っただろ覚えてないのかって怒りたくなる。梓も律儀に答えなくていいのに。
梓は優しくて、ふわふわしてて、遠慮してる。
そして世界一可愛くて綺麗。そんな子に彼氏いないなんて、男どもが黙ってない。
焦り。
梓が取られちゃう。わたしのものなのに。
わたしが一番最初に梓と友達になったのに。
わたしが一番梓と近くて、色んな事を知ってるのに。
梓の犬歯が大きいことだって、もう男子は知ってる。
「八重歯女子って属性盛りすぎじゃね?」とかクラスのバカが言ってた。
確かに可愛いとは思うし、時々見えそうで隠してるのもかわいい。
笑った時に慌てて白い指で隠すのもかわいい。
「梓ってほんとかわいい……」
梓が可愛いことなんてみんな知ってる。
同性から見てもすごく可愛い。
大人びてるのに仕草がちょっと子どもっぽくて、でもメイクは大人っぽいアンバランスさ。
制服もきっちり着込んでて、おっぱいも大きくて、本人はちょっと気にしてて。
気が付くと、総菜のお弁当の箸が全く進んでいなかった。
おなかが鳴って不満を訴えてくる。時計を見るともう20時を回ろうとしている。
いけない。まだ学校は二日ある。
それにやることだってある。昨日、途中までやってたこと。
夜の調べ物。梓と会ってからずっとやってること。
梓と会って、恋してから、たくさん色んなことを調べて、梓のために頑張ろうと思ったから。
ご飯を食べて片づけをして、冷蔵庫からお茶のペットボトルを出して、紙コップで飲む。
ふうっと息をついて、タブレットを立てかける。
ロックを解除して開くと、ブラウザが開いたままだった。
相変わらず渋滞しているタブ。
グーグル検索が開いたままになっていた。『お付き合い 高校生 やりかた』の検索結果。
成功率UP間違いなしの告白の仕方の記事を読んでいた途中。
それまでの関係性が大事。言葉はシンプルに。直接会って。夕方か夜。
「関係性は大丈夫。梓とわたしは一番仲良しだから。うん。大丈夫」
湧き上がりそうになる不安を押しつぶして、うんうんと頷く。
梓は夜だと私服で来てくれるかもしれないし、夜の方が絶対気分がいいはず。
買い物に行く日を聞いて、その時にこっそりついていって会えば、運命的な感じも出ちゃうはず!
次のタブを開く。『告白 タイミング』の検索結果。
会って一か月から三か月ぐらいか、三回目のデートの時。
デート。
したことない。
梓とお休みの日に会ったことなんてない。学校外でLINEしても、何話せばいいかわかんない。
梓は夜しか外に出られないはず。雨の日も嫌みたいだし。
夜に高校生だけで外で遊べるところなんてあんまりない。
カラオケとかかな。
梓は
「違う。行ってない。絶対ない。梓は土日はずっと家にいるって言ってたし」
でも梓は確か、歌うのが好きって言ってた気がする。
誘ったら来てくれるのかな。
二人きりで薄暗い密室だし、ちょっと触っても怒らないかな。
スマホの中で隣にいる梓を見た。困惑した赤い目でこっちを見る、自分の恋人。
こんな目で薄暗い部屋で見られたら、そのままキスしちゃうかもしれない……一度もしたことないけど。
頬がなんだか熱くなってきて、心臓がどきどきする。
今すごく恋してる。
梓への気持ちが日に日に膨らんで、抑えきれなくなってくる。
「あずさぁ……」
気が付くとロック画面の梓を見ながら、自分の胸を触っていた。
いけない。まだやることがある。
由佳はふうっと息を吐いて、気持ちを落ち着けて別のタブを開く。
白い画面が開く。質問したら答えてくれるAIに質問していた画面。
アルビノのことを質問していた。
アルビノってどんな人たちなんだろうと頑張って質問したけど、聞けば聞く程、違和感が募るばかりだった。
『クラスのアルビノの人は、すごく犬歯が大きいです。そういう特徴を持った人はいますか』
『アルビノは、主にメラニン色素の生成に関わる遺伝性の状態です。犬歯が特に大きい特徴は、アルビノの典型的な症状とは通常関連付けられません。
歯の形状には個人差が大きいため、他の要因も考えられます』
友達を詮索する罪悪感はあるし、良くないことだとは思ったけれど。
ろくにアルビノのことを知りもせずに、ただ「白い肌カッケー!」とか言ってるクラスの男たちと同じにはなりたくなかった。
八坂みたいな無神経女にもなりたくなかった。
ちゃんと知って、ちゃんと助けて、梓にありがとうって言われたかった。
最初はそのはずだった。だけど。
『クラスのアルビノの人は、雨に濡れるのが嫌だって言ってました。どうしてですか』
『アルビノの主な特徴は、メラニン色素の不足による皮膚や髪、目の色の変化、視覚の特性、そして日光に対する高い感受性です。
雨に濡れること自体を特に嫌うという直接的な医学的関連は、アルビノの一般的な特徴としてはあまり知られていません』
AIが返す無機質な文章を、半目で眺める。
いつからかそこは、自分の違和感を確かめる場所に変わっていた。
自分が世界一大好きな女の子が抱える、無数の違和感。
機械が言っていることがわからないこともあるけど、梓はアルビノと呼ばれる人たちの中でも、かなり変わってる人みたいだった。
髪の色も、目の色も、視力がいいことも、体力があることも。
雨は誰だって嫌だし分からなくもないけれど。
失礼かもしれないけど、梓が気にしている犬歯は、まるで牙みたいだと思った。
ハロウィンの仮装みたい。
昔、ここじゃないところに住んでいた頃、パパがやってくれた、吸血鬼の――
手が止まって、テレビの音も聞こえなくなる。
指がタブレットの画面をスライドする。
白い肌。
赤い目。
牙みたいな歯。
太陽が苦手。
十字架が怖い。
由佳の指が画面の下に動いて、キーボードが出てくる。一文字ずつ打っていく。
『吸血鬼は、目が赤くて肌が白いですか』
数秒待って、画面の向こうの機械が文字を書く。
『吸血鬼(ヴァンパイア)の姿は、様々な伝承や創作物によって多様に描かれますが、ご質問の特徴は、確かによく見られる描写の一つです。
特に肌の白さは日光を避ける性質と関連付けられ、赤い目は特異性や、血への渇望を象徴的に表すものとして用いられることがあります』
由佳は再び文字を打つ。
『吸血鬼は、実在しますか』
『吸血鬼(ヴァンパイア)は、世界各地の伝承や多くの創作物語に登場する存在です。
しかし、現代の科学的な観点からは、そのような超自然的な生物が実際に存在するという証拠は確認されていません』
頭の中の違和感が組み立てられていく。
点と点が結ばれて、友達を詮索する罪悪感を、好奇心が凌駕する。
指が止められない。気になって止まらない。
『ヴァンパイアは、人間のご飯を食べますか』
『多くの伝承や創作物語において、ヴァンパイアの主な栄養源、あるいは生命維持に必要なものは血液であるとされています。
人間の食べ物を摂取できるかどうか、また摂取するかどうかについては、作品や伝承によって設定が大きく異なります』
『ヴァンパイアは、十字架を怖がりますか』
『はい、十字架をヴァンパイアが怖れる、あるいはそれによって退けられるという描写は、古くからの伝説や多くの創作物語において、非常によく見られる特徴の一つです』
すごい速さで心臓が動いてる。
罪悪感と、高揚感。
止められない。
由佳はブラウザを開いていた。ヴァンパイアと画像検索。
ドラキュラ伯爵。吸血鬼カーミラ。
色んなアニメの、それらをモチーフにした女の子。
赤い目。白い肌。大きな牙。夜にだけ動ける。
「……梓は、ヴァンパイア?」
ありえないこと。
実在しないものって言ってる。頭のいい機械はそう言ってる。
でも。
太陽の光が苦手——ヴァンパイアなら当たり前。
カラコンに見えないし、透けているようにも見えない赤い目——人間じゃないならあり得るかも。
長い牙――あれで噛みついて血を吸う。
十字架——怖いんだ。虫じゃない。だから押さえて見ないようにした。
何も食べない――食べられないんだ。人間の血しか飲めないから。
「嘘……でしょ?」
あまりにも偶然が重なって、あり得ない考えをしてる。
だって実在しないもの。
ハリー・ポッターだっていないし、アイアンマンだっていない。
それと同じ。創作って言ってる。あり得ない。
由佳は梓の二枚の写真を食い入るように見つめていた。
どう見たってカラコンにも、透けているようにも見えない赤い目。
無駄な毛穴も見当たらない白い肌。
アルビノではすごく珍しい真っ黒な髪。
ヴァンパイアって言えば、全部、納得できる。
今までの違和感全てが消える。
由佳はゆらりと立ち上がって、一度顔を洗う。
火照った体が少し落ち着いて、もう一杯炭酸を飲む。
タブレットの画像検索で見た映画のヴァンパイアと、梓を見比べる。
梓の方がずっとずっと可愛いけど、似てる。
「……もし、ほんとだったら」
わたしが欲しかったものが手に入る。
梓とわたしだけが共有するもの。
誰も知らない。
絶対知らない。
わたしだけの秘密。
八坂も知らない。学校の誰も知らない。
わたしだけが持ってる、梓との秘密。
絶対に誰も追いつけない!
わたしと梓の間に入れない!
本当であってほしい。きっとほんとのこと!
「……
口にするとなんだか、背筋がぞくぞくした。
怖いのかもしれないけど、怖いよりもずっとずっと、嬉しい感情。
世界一可愛くて、しかも綺麗なヴァンパイア。
「わたしの恋人は、ヴァンパイア」
世界の誰にもきっとまねできない。わたしだけのもの。
わたしだけが知ってる。
わたし、ヴァンパイアに恋してるんだ!
【後書き】
作者です。ここまで読んでいただきありがとうございます。
第四章は以上となります。
いよいよ梓の正体がバレて、由佳は動き始めます。
お楽しみいただけていれば幸いです。
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