はらぺこヴァンパイア   作:棗の

51 / 70
第五章
おみとおし-5月13日12時22分


(あずさ)はため息をついていた。

 

 

図書室。

今日は珍しく人が少なくて、遮光の効いた席に座れた。

 

夏が近づくにつれて、教室の遮光カーテンでもちょっと厳しくなってきた。

昼休みの間だけでも、おそろしい太陽から逃れたい。

 

ため息の元凶の、手元のプリントを見る。

『球技大会のお知らせ』

これも何度も経験したのに、忘れていたイベント。

 

毎年5月頃にある、学年合同のミニ体育祭みたいなイベント。

一年生は男子が野球、女子がドッジボールらしい。

今週の金曜日にあるみたい。女子の種目は体育館でやるのがせめてもの救いだった。

 

梓は人間だった頃から、運動が苦手な方のグループだった。

バスケではパスを回されてもドリブル中に奪われ、ソフトボールでは打てる方が珍しかった。

サッカーはうまい人のリズムに合わせられなくて、さぼっていると思われない程度に近くを走っていた。

 

 

ヴァンパイアの梓なら、全部できることだと思う。きっと。

だけれど。

 

「絶対まずいよね……」

 

健康診断の前の日を思い出す。

ちょっと力を入れただけでバラバラになったガラスの瓶。

ドッジボールはボールを投げるスポーツ。

 

絶対にろくなことにならない。

試したことはないけど、試したくもない。

 

 

学校に入って一か月ぐらい。一度も体育の授業に出ていない。

ずっと屋外の授業で、日陰で頭を抱えて震えているだけ。

クラスの子の話によると、屋内体育の授業が始まるのは二学期になってから。

だけど参加できるわけもないし、それまでに嘘を考えなければならない。

 

出来ない事ばかりが増えていく。

“ちょっと変わった人”の”ちょっと”まで、今の私はどれくらい離れているんだろう?

 

 

梓がプリントを読んでいると、図書室の戸が開く音がした。

由佳(ゆか)が顔を出して、こっちに気付いて、にこりと笑った。

そのままくるっと回って戸を閉めて、梓の方まで歩いてくる。

 

「梓どうしたの? ……球技大会?」

 

由佳が横に座って、梓の手元を覗いてくる。

さすがに図書室の中だし小声だった。

別に隠すことでも無いし、梓は頷く。

 

「クラスの人には申し訳ないけど、見学かなって思って」

 

「どうして?」

 

「えっと……その、体育館って太陽の光が結構当たるから。日焼けが怖くて」

 

せめて嘘を組み立てる時間が欲しかった。

由佳が来るのは予想していたけど、図書室の中だし喋らないと思っていた。

 

由佳はちょっと目を細めて、にやりと笑った。

 

「……出てもいいんじゃない? ドッジボールだし、試合も短いしさ」

 

いつもと違う。

なんだか、可愛いぬいぐるみを見るような目。

 

「え、でも」

 

「わたしも梓のかっこいいとこ見たいなぁ。梓、結構運動できるでしょ?」

 

由佳が梓にちょっと体を傾けて、梓の肘と由佳の肘が触れた。

なんだか見透かされているような、由佳のまんまるの目。

 

 

由佳にはもう、焦りなんてなかった。

全部知ってる。梓の隠してることは全部おみとおし。

ヴァンパイアだから出られないんだ。太陽の光が怖いから。

 

だからわたしが怯える梓を守って華麗にボールをキャッチ!

ついでに梓に抱きついたり、手を触ったりもできちゃう!

そうすれば八坂(やさか)なんかよりわたしを頼ってくれるし、好きになって、そのまま告白もOKしてくれちゃうはず。

 

「で、できないよ。運動どころか、走ったりもできないし。すぐアウトになっちゃう」

 

梓がわたわたと手を振って言う。

由佳はにこりと笑って、梓の赤い目を覗き込む。

 

「大丈夫。わたし、ドッジ上手いんだよ。こう見えて得意な種目なの」

 

これは本当のことだった。

ちっちゃくて貧相な体だけど、動体視力にはちょっと自信があるし、体育も別に嫌いじゃない。

 

「そうなんだ。……じゃあ、ちょっとだけ出よう、かな……」

 

梓は思う。

 

体が弱い人認定はされたくない。

それに正直、ちょっと楽しそうだと思ったから。

ボールに当たれば終わることができるし、他の人の迷惑にはならないはず。

役立たずが一人混ざるのは、申し訳ないけど。

 

 

隣の上級生が迷惑そうに騒がしい由佳を見ていたから、梓はそっと立ち上がって外に出た。

由佳もまるでそれを読んでいたようについてくる。

 

 

二人は久しぶりに図書室の壁で向かい合った。

直射日光は梓には届かず、ちょっと皮膚がぴりぴりする程度の刺激だった。

 

「ねえ梓、ごはんはちゃんとたべてる?」

 

いつもの由佳ちゃんは子犬みたいで、こっちを見てにこにこして、ちょっと距離が近い人。

だけど今日の由佳ちゃんは、いつもみたいな慌てた感じがない。

全部わかってるって顔をしてた。気のせいかもしれないけれど。

 

「え? う、うん。朝と夜、お医者さんから言われたのを食べてる」

 

栄養調整食品(えいようちょうせいしょくひん)、だっけ? 前言ってたよね」

 

特殊な病気の人たちのために作られた食べ物のことらしい。ママから教えてもらった言葉。

 

 

由佳は「ふぅーん」と言って、口元だけで笑った。

 

「毎日食べてるの?」

 

「ううん。時々。一回当たりの量が多いから」

 

「三日に一回ぐらい?」

 

「う、うん」

 

考える暇を与えないような質問。

実際は一週間ぐらい、何も食べてなかった。

 

血液パックはもう片手で数えるぐらいしかない。

別におなかはすいてないけど、次の”ごはん”が手に入る見込みはない。

色んな事を考えなきゃいけないけど、考えるほどどうしようもない選択肢しか出てこなくて、目を逸らしていた。

 

血を得るためには殺すか傷つけるしかない。

一年の放浪生活で気づいた、ヴァンパイアの真理。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

あまりにも気持ちよくて、楽しくて、きっと忘れて……全部、食べちゃうから。

 

「そっか……大変だね。でもそんなに食べないのにお腹空かないってすごいね!」

 

「む、昔からそうだから」

 

梓は一瞬スマホを出して時計を見た。

12時31分。後20分。

早く時間が過ぎてほしい。

 

 

「そういえばさ。由佳ちゃんは部活とか入らないの? 運動できるならいいと思うんだけど」

 

梓は話題を逸らした。

由佳はすぐに首を振って、「だってさ」と続ける。

 

「部活入ったら梓と一緒にいられないもん。梓、部活入ってないし」

 

また予想していない方向から言葉が飛んできた。

 

「え、えぇ……? どういうこと?」

 

梓は思わず気持ちが口をついて出てしまっていた。

由佳はくすくすと笑って、くるりと一周回った。

 

「梓と一緒にいたいから。遊びにも行きたいし」

 

 

由佳ちゃんがなんだかおかしい。今までと違う。

私を助けてくれる親切な友達。

ちょっと距離感が近いけど、色んな事を理解してくれて、寂しいって感情を感じなくさせてくれる子。

それだけのはずなのに。

 

 

「……あ、ありがとう。優しいね、由佳ちゃん」

 

梓は牙が見えないように、こくりと首を傾けて笑った。

 

「梓にだけだよ。梓だけが特別なの。ね?」

 

そう言って由佳は、とびっきりの笑顔で笑いかけた。

由佳は梓より頭一つ分ぐらい背が低いので、ちょうど梓の胸のあたりに由佳の顔があった。

茶色い目で梓を見上げ、楽しそうに笑っている。

梓は照れて困ってしまって、目を逸らした。

 

 

梓の照れた顔を見て、由佳は勝利を確信していた。

 

いつも飄々として、大人っぽい梓が照れてる。

わたしが押せてる。

どんどん自信が湧いてくる。

 

梓とわたしは特別。

秘密を知ってるから。

誰も知らない梓の秘密。

 

謎ばかりの梓のことがどんどんわかってくる。

全部全部ヴァンパイアだからで説明がついちゃう。

 

 

あんまり笑わないのも、牙を隠したいから。

 

悲しそうにしてるのは、太陽が怖いから。

 

部活に入らないのも、雨が降ったりすると困るから。

 

歴史の授業でそわそわするのも、十字架や教会が怖いから。

 

お昼の時間にいないのも、食べられるものがないから。

 

 

全部全部説明できちゃう。

他の誰にも出来ないのに。

 

梓ってわかりやすい人だったんだ。

ミステリアスなアイドルとか男たちは言ってたけど、梓は違う。

 

綺麗で可愛くて、ちょっと抜けてるヴァンパイアなんだから。

 

でも、わたしが知ってるってばらすのはまだ早い。梓が隠してるのには何か理由があるから。

もしかしたら、誰かからこっそり血を吸ってるのかもしれない。

それを突き止めたい。

梓のために。

 

親かな。知らない人かな。わからないけど。

昨日Netfrixで見た海外の映画だと、お屋敷に招待された若い女の人の血をベッドで吸ってた。

若い女の人が噛まれて、でも気持ちよさそうで。

なんだかすごくえっちで、見ていると体が熱くなって、一人暮らしてよかったって久しぶりに思えた。

 

梓ももしかしたら、女の子の方が好みなのかな。

だったら嬉しいな。

 

わたしが梓と付き合ったら、血を吸われちゃうのかも。

 

血を吸われるってどんな感触なんだろう。

ちょっとちくっとして痛いのかな。

映画の人も気持ちよさそうだったし、くらくらして気持ちいいのかも。

 

梓には激しくされたっていい。

優しそうな梓が、血を吸うときだけ激しくなるってすごく興奮しちゃう。

 

いっぱい体を求められて、ベッドに押し倒されて——

 

「……由佳ちゃん?」

 

急に黙ってしまったせいか、梓が心配そうに聞いてくる。

「なんでもないよ」って笑って言った。

 

ごくりと唾をのんでしまう。無意識のうちに首筋を撫でていた。

 

告白してキスしたら、もしかしてここに噛みつかれちゃうかもしれない。

梓のあのきれいな唇の奥の、きれいな牙がわたしの首に触れて、キスされて、噛みつかれちゃう。

 

 

 

誰にも追いつかせない。

梓と距離を縮めて、デートして、それから告白するんだから。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。