はらぺこヴァンパイア 作:棗の
球技大会当日。1年生の二クラス対抗試合。
体育館の半面を使ったドッジボールコートの中。
球技大会は各クラスの女子グループを二つに分け、そのグループの勝者同士がクラス対抗に出場するルールになっている。
梓は1年2組のグループ2として参加していた。
同じコートにいる1年2組女子グループ2も、対面のグループも、教師すらも、三浦梓を見ていた。
あの
いつも見学なのに、なぜか今日だけいる。
「なんで?」
「屋内だからじゃない?」
「三浦さん体弱いって聞いたけど」
「ちょっと運動ぐらいならできるんじゃない?」
「ドッジってちょっとじゃないと思うけど」
「体調の浮き沈みが激しいって
「今日は浮いてる日ってこと?」
ぎりぎり聞こえる程度の声。
梓は視線が突き刺さる気持ちだった。
軽率だったかも。今日は暑い日みたいだし、みんな半袖ハーフパンツの夏の体操服を着てる。
でも私は濃い青色の長袖ジャージを着てる。
体育館の二階の窓からの明かりが眩しくて、なんだか頬をちくちく刺されているような感覚。
それが周りの子たちの目線なのか、太陽の光なのかわからないけど。
おどおどとコートに入った梓の前に、すかさず
梓を振り返って、にっこり笑う。梓もぎこちなく笑い返した。
「あれー? あずちんそっちチームなんだ。ゆかっちと一緒なんだね」
向かいのコートに立つ
由佳は一瞬顔をゆがめて、「そうだよ」と笑顔で返す。
「大丈夫だよ梓。わたしが守るから」
自分より頭一つ分ぐらい小さい由佳がそう言うのが、ちょっと可笑しかった。
「試合開始です!」
教師が笛を吹き、試合が始まる。
最初は梓は狙われなかった。何度かボールの応酬が続いて、文化系グループの子が二人当たって、外野に移動した。
由佳は梓以外助ける気なんてなかった。端っこで固まっている女子たちが、抵抗も出来ずにアウトになっていく。
梓はボールを目で追いかけながら、ボールのある方に体を向けて、また向けて、と、その場からほとんど動かずに立ち回る。
あんまり動くと運動ができるってばれてしまうから。
「あずちんいくよー!」
八坂がボールを掴んで、梓に向かって投げる。
由佳がそれを掴んで、歯を食いしばって八坂に投げ返した。小さな体からは想像しづらい高速スローで、八坂の肩に当たってアウトになる。
八坂が肩をさすりながら笑って外野に移動した。
由佳はぐっと片手でガッツポーズをして梓を見上げた。
「ね? 守ったよ梓。大丈夫!」
梓は微笑みで返事した。
もう一度ボールが飛んできて、梓が後ろを向くと、外野の八坂がボールを持っていた。
一瞬ボールを見失った由佳の背中にボールが当たった。
「いたっ!」
由佳に当たったボールがふわりと梓の前へ舞い上がる。
梓はちょっと迷って、体を傾けてボールを取った。それをそのまま、近くにいた子にそっと渡す。
小さな歓声が両チームから上がった。
「あ、梓ありがと。すごいね」
ボールが反対のコートに飛んで、取られて、また飛んでくる。梓の肩のあたり。
梓は異様にゆっくり飛んでくるように見えるボールを両手で取って、横の子に渡した。
チームから歓声が上がる。
「え……あず、さ……?」
由佳が目をまんまるにして梓を見ていた。
相手チームが一人アウトになって、またボールが飛んでくる。
梓はちょっと体を傾けてボールを取り、由佳に渡す。
由佳は慌ててボールを受け取って投げた。
また一人減って、チームの勝利へ近づいていく。
チーム1の女子たちからすれば、梓は狙いやすい子のはずだった。ゆっくりだし、背が高いから。
けれども初めての体育に出てきた梓をいきなり狙うのも良くない——試合の中盤ぐらいでいいかなと誰しもが思っていた。
しかし、梓へ投げた球はすべて避けられるか、掴まれるかのどちらか。
他でもない三浦梓自身によって。
ボールを取った梓は自分で投げることもせず、周りの子に渡す。
三浦梓ひとりに、熱い視線が集まっていく。
梓はコートの真ん中あたりに移動して、一歩で行ける範囲内に飛んできたボールは全て取った。
誰からともなく梓の後ろに下がって、梓を中心とした防御の陣が出来上がる。
ボールが高めに投げられ、外野に行く。外野の八坂が取って、そのまま梓に投げる。
梓はゆっくり振り向く。
「梓危ない!」
由佳が取る前に、梓はゆっくりと迫るボールを見た。
一瞬の迷いの後、後ろ手で持ち、もう片方の手を添えて体の前で止めた。
両チームから驚嘆の声が上がる。
今のはちょっとまずかったかな、と反省しつつチームの子へ攻撃を任せた。
人数が偏っていき、やがて笛が鳴った。
「試合終了!」
チームの子たちが歓声を上げた。梓を取り囲んで、手を持ってぶんぶんと振った。
「三浦さんすごいよ! 運動すっごいできるんじゃん!」
「走ったりするのは苦手だけど取るのは得意だから。攻撃任せちゃってごめんね」
用意していた嘘をまた一つ出す。
由佳が何か言う前に、周りの女子たちが梓を口々に褒めた。
そこから少し遠く、運動場で野球をしていたはずの男子たちも、何人かコートの外にいた。
「三浦が運動できるってマジ?」
「ほんとだよ! 三浦さんが全部ボール取っちゃった!」
体育館側面にある扉の向こうに群がる男子たち。
校庭でやっている野球の攻守交替中に覗きに来ていたらしい。
もみくちゃにされる梓を見て、好き勝手に噂する。
「やっぱり三浦運動できんじゃん」
「屋内だからだろ」
「あいつ背たけえよな」
「170近くあるって噂」
「いやそれはねえだろ165ぐらい?」
「背も乳もあるってやっべえ」
「よそで言ってくれ」
「
「見えねぇよ」
敵チームだったグループ1の女子たちも、さっきまでの敵対関係も気にせず梓の周りに集まっていく。
「あずちんすっご……あの後ろから取るのどうやったの!? あんな取り方できるんだ」
「すごいね梓ちゃん。びっくりしたよ」
敵チームだった八坂と
「……ありがと。頑張ったから疲れちゃった」
さすがにちょっと照れてきて、梓はコートの外に出た。
「休憩を挟んだら各クラスの勝者同士で一位決定戦です」
教師がそう告げて、1組の女子たちも立ち上がって各々散らばっていく。
梓も「休憩するね」と言って体育館の隅へ。
クラスの女子たちも各々自分のグループへ戻っていく。
既に1年2組の中では、三浦梓に守備を任せれば全部大丈夫、という共通認識が出来上がっていた。
口々に梓のことを噂する女子たちをかき分けて、由佳が梓の横に座った。
むっつりと頬を膨らませて、わたし怒ってますって顔で。
「……由佳ちゃん?」
「梓ひどい! なんでドッジ得意だって黙ってたの!」
別に黙っていて怒られる理由もないと思うんだけれど。
「苦手なわけじゃないけど、あんまり激しい動き出来ないから」
由佳は完全に予定を狂わされていた。
梓が太陽の光を怖がっている時に、自分が前に立ちふさがって取る! 投げる! 梓はわたしのプレーを見て褒めてくれる!
そんな予定だったのに、梓が全部取って、チームの主導権まで握ってしまった。
おまけにクラスの子も、男子も! また梓のこと見てる!
要注意の男ばっか集まって! 梓のおっぱいを見てる変態もいる!
八坂もわたしにボール当てた! むかつく!
「えーっと、由佳ちゃん? 休憩時間終わっちゃうけど」
「梓だってわたしが近くにいてよかったでしょ!? ねえ!」
「え、う、うん。ありがと」
「もう一回!」
「あ、ありがと」
由佳はようやく気持ちがちょっと落ち着いて、笑う余裕ができた。
いけないいけない。熱くなってた。
周りの人とわたしは違う。
梓のことをどんなに見たって、どんなに話したって、わたしよりは絶対近づけない。
どれだけ梓が人気者になったって大丈夫。
梓の秘密はわたしが握ってる。
完璧なデートプランで告白までゴールインするんだ。
わたしには絶対誰にも持てない、唯一無二のカードがある。
梓がヴァンパイアだってこと。絶対に誰も近づけない所まで近づいてる。
「梓、太陽の光は大丈夫? こわ……焼けたりしてない?」
「うん。なんとかね。曇りで良かった」
だよね、と笑って返す。
ヴァンパイアだから曇りで良かったんだ。全部わかっちゃう。
「お水いる?」
「ううん。大丈夫」
だよね、と笑って返す。
ヴァンパイアだから水飲めないんだ。それに汗もかかない。
肩で息してる人もいるのに、梓は涼しい顔してる。長袖の人ほとんどいないのに。
汗かかないのをごまかすために動かないんだ。全部わかっちゃう。
「……どしたの?」
由佳がくすくす笑っている。
思い出し笑いか何かかな? と梓は思って、それ以上何も言わなかった。