はらぺこヴァンパイア   作:棗の

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球技大会(一)-5月17日13時20分

(あずさ)は学校の体育館にいた。

 

 

球技大会当日。1年生の二クラス対抗試合。

体育館の半面を使ったドッジボールコートの中。

 

 

球技大会は各クラスの女子グループを二つに分け、そのグループの勝者同士がクラス対抗に出場するルールになっている。

梓は1年2組のグループ2として参加していた。

 

同じコートにいる1年2組女子グループ2も、対面のグループも、教師すらも、三浦梓を見ていた。

 

 

あの三浦(みうら)さんがいる。

いつも見学なのに、なぜか今日だけいる。

 

 

「なんで?」

「屋内だからじゃない?」

「三浦さん体弱いって聞いたけど」

「ちょっと運動ぐらいならできるんじゃない?」

「ドッジってちょっとじゃないと思うけど」

「体調の浮き沈みが激しいって千夏(ちなつ)が言ってた」

「今日は浮いてる日ってこと?」

 

 

ぎりぎり聞こえる程度の声。

梓は視線が突き刺さる気持ちだった。

 

 

軽率だったかも。今日は暑い日みたいだし、みんな半袖ハーフパンツの夏の体操服を着てる。

でも私は濃い青色の長袖ジャージを着てる。

体育館の二階の窓からの明かりが眩しくて、なんだか頬をちくちく刺されているような感覚。

それが周りの子たちの目線なのか、太陽の光なのかわからないけど。

 

 

おどおどとコートに入った梓の前に、すかさず由佳(ゆか)が立った。

梓を振り返って、にっこり笑う。梓もぎこちなく笑い返した。

 

 

「あれー? あずちんそっちチームなんだ。ゆかっちと一緒なんだね」

 

向かいのコートに立つ八坂(やさか)が笑って言った。

由佳は一瞬顔をゆがめて、「そうだよ」と笑顔で返す。

 

「大丈夫だよ梓。わたしが守るから」

 

自分より頭一つ分ぐらい小さい由佳がそう言うのが、ちょっと可笑しかった。

 

 

「試合開始です!」

 

教師が笛を吹き、試合が始まる。

最初は梓は狙われなかった。何度かボールの応酬が続いて、文化系グループの子が二人当たって、外野に移動した。

由佳は梓以外助ける気なんてなかった。端っこで固まっている女子たちが、抵抗も出来ずにアウトになっていく。

 

梓はボールを目で追いかけながら、ボールのある方に体を向けて、また向けて、と、その場からほとんど動かずに立ち回る。

あんまり動くと運動ができるってばれてしまうから。

 

「あずちんいくよー!」

 

八坂がボールを掴んで、梓に向かって投げる。

由佳がそれを掴んで、歯を食いしばって八坂に投げ返した。小さな体からは想像しづらい高速スローで、八坂の肩に当たってアウトになる。

八坂が肩をさすりながら笑って外野に移動した。

 

由佳はぐっと片手でガッツポーズをして梓を見上げた。

 

「ね? 守ったよ梓。大丈夫!」

 

梓は微笑みで返事した。

 

 

もう一度ボールが飛んできて、梓が後ろを向くと、外野の八坂がボールを持っていた。

一瞬ボールを見失った由佳の背中にボールが当たった。

 

「いたっ!」

 

由佳に当たったボールがふわりと梓の前へ舞い上がる。

梓はちょっと迷って、体を傾けてボールを取った。それをそのまま、近くにいた子にそっと渡す。

 

小さな歓声が両チームから上がった。

 

「あ、梓ありがと。すごいね」

 

ボールが反対のコートに飛んで、取られて、また飛んでくる。梓の肩のあたり。

 

梓は異様にゆっくり飛んでくるように見えるボールを両手で取って、横の子に渡した。

チームから歓声が上がる。

 

「え……あず、さ……?」

 

由佳が目をまんまるにして梓を見ていた。

相手チームが一人アウトになって、またボールが飛んでくる。

梓はちょっと体を傾けてボールを取り、由佳に渡す。

 

由佳は慌ててボールを受け取って投げた。

また一人減って、チームの勝利へ近づいていく。

 

 

チーム1の女子たちからすれば、梓は狙いやすい子のはずだった。ゆっくりだし、背が高いから。

けれども初めての体育に出てきた梓をいきなり狙うのも良くない——試合の中盤ぐらいでいいかなと誰しもが思っていた。

 

しかし、梓へ投げた球はすべて避けられるか、掴まれるかのどちらか。

他でもない三浦梓自身によって。

 

ボールを取った梓は自分で投げることもせず、周りの子に渡す。

 

三浦梓ひとりに、熱い視線が集まっていく。

 

 

梓はコートの真ん中あたりに移動して、一歩で行ける範囲内に飛んできたボールは全て取った。

誰からともなく梓の後ろに下がって、梓を中心とした防御の陣が出来上がる。

 

ボールが高めに投げられ、外野に行く。外野の八坂が取って、そのまま梓に投げる。

梓はゆっくり振り向く。

 

「梓危ない!」

 

由佳が取る前に、梓はゆっくりと迫るボールを見た。

一瞬の迷いの後、後ろ手で持ち、もう片方の手を添えて体の前で止めた。

 

両チームから驚嘆の声が上がる。

 

今のはちょっとまずかったかな、と反省しつつチームの子へ攻撃を任せた。

 

 

人数が偏っていき、やがて笛が鳴った。

 

「試合終了!」

 

チームの子たちが歓声を上げた。梓を取り囲んで、手を持ってぶんぶんと振った。

 

「三浦さんすごいよ! 運動すっごいできるんじゃん!」

 

「走ったりするのは苦手だけど取るのは得意だから。攻撃任せちゃってごめんね」

 

用意していた嘘をまた一つ出す。

由佳が何か言う前に、周りの女子たちが梓を口々に褒めた。

 

 

そこから少し遠く、運動場で野球をしていたはずの男子たちも、何人かコートの外にいた。

 

「三浦が運動できるってマジ?」

 

「ほんとだよ! 三浦さんが全部ボール取っちゃった!」

 

体育館側面にある扉の向こうに群がる男子たち。

校庭でやっている野球の攻守交替中に覗きに来ていたらしい。

もみくちゃにされる梓を見て、好き勝手に噂する。

 

「やっぱり三浦運動できんじゃん」

「屋内だからだろ」

「あいつ背たけえよな」

「170近くあるって噂」

「いやそれはねえだろ165ぐらい?」

「背も乳もあるってやっべえ」

「よそで言ってくれ」

中村(なかむら)お前も見ろよ」

「見えねぇよ」

 

 

敵チームだったグループ1の女子たちも、さっきまでの敵対関係も気にせず梓の周りに集まっていく。

 

「あずちんすっご……あの後ろから取るのどうやったの!? あんな取り方できるんだ」

 

「すごいね梓ちゃん。びっくりしたよ」

 

敵チームだった八坂と笹川(ささかわ)も、梓に笑って言う。

 

「……ありがと。頑張ったから疲れちゃった」

 

さすがにちょっと照れてきて、梓はコートの外に出た。

 

 

「休憩を挟んだら各クラスの勝者同士で一位決定戦です」

 

教師がそう告げて、1組の女子たちも立ち上がって各々散らばっていく。

梓も「休憩するね」と言って体育館の隅へ。

クラスの女子たちも各々自分のグループへ戻っていく。

 

 

既に1年2組の中では、三浦梓に守備を任せれば全部大丈夫、という共通認識が出来上がっていた。

口々に梓のことを噂する女子たちをかき分けて、由佳が梓の横に座った。

むっつりと頬を膨らませて、わたし怒ってますって顔で。

 

「……由佳ちゃん?」

 

「梓ひどい! なんでドッジ得意だって黙ってたの!」

 

別に黙っていて怒られる理由もないと思うんだけれど。

 

「苦手なわけじゃないけど、あんまり激しい動き出来ないから」

 

由佳は完全に予定を狂わされていた。

 

梓が太陽の光を怖がっている時に、自分が前に立ちふさがって取る! 投げる! 梓はわたしのプレーを見て褒めてくれる!

そんな予定だったのに、梓が全部取って、チームの主導権まで握ってしまった。

おまけにクラスの子も、男子も! また梓のこと見てる!

要注意の男ばっか集まって! 梓のおっぱいを見てる変態もいる!

八坂もわたしにボール当てた! むかつく!

 

「えーっと、由佳ちゃん? 休憩時間終わっちゃうけど」

 

「梓だってわたしが近くにいてよかったでしょ!? ねえ!」

 

「え、う、うん。ありがと」

 

「もう一回!」

 

「あ、ありがと」

 

由佳はようやく気持ちがちょっと落ち着いて、笑う余裕ができた。

 

いけないいけない。熱くなってた。

周りの人とわたしは違う。

梓のことをどんなに見たって、どんなに話したって、わたしよりは絶対近づけない。

 

どれだけ梓が人気者になったって大丈夫。

梓の秘密はわたしが握ってる。

完璧なデートプランで告白までゴールインするんだ。

わたしには絶対誰にも持てない、唯一無二のカードがある。

梓がヴァンパイアだってこと。絶対に誰も近づけない所まで近づいてる。

 

 

「梓、太陽の光は大丈夫? こわ……焼けたりしてない?」

 

「うん。なんとかね。曇りで良かった」

 

だよね、と笑って返す。

ヴァンパイアだから曇りで良かったんだ。全部わかっちゃう。

 

「お水いる?」

 

「ううん。大丈夫」

 

だよね、と笑って返す。

ヴァンパイアだから水飲めないんだ。それに汗もかかない。

肩で息してる人もいるのに、梓は涼しい顔してる。長袖の人ほとんどいないのに。

汗かかないのをごまかすために動かないんだ。全部わかっちゃう。

 

「……どしたの?」

 

由佳がくすくす笑っている。

思い出し笑いか何かかな? と梓は思って、それ以上何も言わなかった。

 

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