はらぺこヴァンパイア   作:棗の

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球技大会(二)-5月17日14時28分

「決勝戦を始めます。準備をしてください」

 

 

監督の教師の号令で、(あずさ)由佳(ゆか)は再びコートへ。

1組女子グループ1と、2組女子グループ2の戦い。

 

梓がコートに入ると、チームの女子たちが口々に梓を褒める。

「守備よろしくね!」と言われて、梓は控えめに手を振った。

 

「……人気者だね。梓」

 

梓の前に立つ由佳が、背を向けたままぼそりと洩らす。

それは小さな棘となって、梓の胸に刺さった。

 

「あ、ありがと。がんばるよ」

 

由佳がため息をついた音は、聞かなかったことにした。

 

 

「あずちーん! ファイトー!」

 

「がんばー」

 

外野のさらに外から、八坂(やさか)笹川(ささかわ)が手を振る。梓は笑って友達に手を振った。

由佳も固い表情で手を振った。

 

 

コートの境界線付近にいる梓の前、センターラインの向かいに、梓を不敵に睨む女子生徒がいた。

1年1組の女子生徒。耳のちょっと下までの短髪で、後ろで髪を短く結んだ1組の女子だった。

 

「えぇっと、三浦(みうら)さんだっけ? さっきすごかったね。でも、アタシも負けないよ」

 

会ったこともない人に名前を知られてる。

 

「あ、は、はい……よろしくお願いします」

 

梓がぺこりと頭を下げると、短髪の女子生徒も軽く会釈した。

 

そしてその後ろ。もう一人の少女も、梓をじいっと見ていた。

 

肩の下、腰のあたりまでの長い栗色の髪の女の子だった。

女の子というより女の人と言った方がいいかもしれない。

ヴァンパイアの梓と同い年ぐらいに見える、すごく上品な子。

髪がCMに出られそうなぐらいにさらさらで、キラキラ光っているような気すらする。

学校の夏の体操服が全然似合ってない。ドレスとかを着ていそうな人だった。

 

「…………」

 

少女は梓に対し、笑顔を向けてはいなかった。

ただ感情を見出せない顔つきで、じいっと睨みつけていた。

 

「え、ええと。こんにちは?」

 

梓が愛想笑いしてそう言った途端。

 

ほんの一秒だけ、眉間にしわをよせて、口を引き結んだのが見えた。

 

 

侮蔑の表情。

 

 

「試合開始です!」

 

開始の笛が鳴った。

早速、先頭にいた短髪の少女がボールを持って、梓へまっすぐ投げる。

飛び上がって上から叩きつけるようなボール。

梓はゆっくりしゃがんで、お腹で押さえるように取った。乾いた音がこだまする。

 

両チームから歓声が上がった。

 

「あ、梓! 大丈夫——」

 

慌てて近寄った由佳に、梓がボールを渡した。

由佳は短髪の少女に勢いよくボールを投げた。

 

「おっと」

 

短髪の少女は避けて、後ろの栗色の髪の少女に当たった。

栗色の髪の少女は申し訳なさそうに笑って、柔らかくチームメイトに手を振って外野に歩いていく。

 

 

なんかすごく上品な子。お嬢様みたい……みんなも手を振ってるし、有名な人なのかな?

 

 

梓がそんなことをぼんやりと思う間に、短髪の少女はまたも梓に狙いをつけた。

高く飛び上がり、叩きつけるようなボールが再び梓に迫る。

 

「梓あぶない!」

 

その前に跳び出て、ボールを取ったのが由佳だった。

一度ならず二度、梓を危険に晒した少女を睨みつけ、由佳は憎しみを込めたボールを投げつける。

 

「残念でした!」

 

ボールは短髪の少女に取られ、即座にサイドスローで投げ返された。

由佳の肩口に当たって横に跳ねたボールを、梓は指先で押し上げた。

 

上空にふわりと上がったボールが、梓の手元に落ちる。

周りの視線が一斉に梓に集まり、熱を帯びる。

 

「あ、え、えっと。お、お願い」

 

梓は視線の熱に耐えられず、慌てて近くの女子生徒にボールを渡した。

 

 

そこからは一方的な試合だった。

梓は向かってくるボールを取って、渡して、取って、渡してを繰り返し、チームの女子たちが確実にアウトを取っていく。

1組の短髪少女は楽しそうに梓を何度も狙うが、梓は涼しい顔で取っていく。

 

梓を落とせないと踏んだ敵チームが、外野にパスして後ろから狙う戦法に切り替え始めたが、人数差は明らかだった。

 

 

「試合終了!」

 

大勢はとっくに決していた。

梓はほとんどその場から動くことなく試合が終わった。

 

「疲れたぁ……勝って良かった」

 

疲れたふりしないと、と思って、おしりをつけてその場に座り込んでみた。

冷たい身体には熱も全くないけれど、周囲から向けられる熱視線で火傷しそうだった。

 

 

「あずちんすごーい! 勝っちゃったよ! 守護神あずさじゃん!」

 

八坂が近寄ってきて、梓の片手を握った。

由佳がギリッと奥歯を噛んだ。

 

周りの女子たちは口々に梓をほめたたえた。

梓とあまり話さないグループの女子たちも拍手している。

 

ドッジボールの勝利の女神・三浦梓が誕生していた。

 

 

「あずさ! あずさ! あずさ!」

 

誰かが始めた梓コールが伝播して、どんどん勢いが大きくなっていく。

いつの間にか見学していた男子数名も野太い声で参加した。

 

由佳も負けじと叫ぶけれど、梓の赤い目は由佳を捉えていなかった。

周りの人をきょろきょろ見て、「ありがと」と方々に小さい声で答えながら、口元を隠す。

 

由佳は小さな体を精一杯ぴょんぴょん動かして梓の視線を奪おうとするが、梓はそちらを向いていなかった。

 

 

1年2組の病弱少女・三浦梓は運動ができる。

そんな噂がクラス中に広がるのに、一時間もかからなかった。

 

 

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