はらぺこヴァンパイア   作:棗の

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初デート!(一)-5月18日18時50分

星野由佳(ほしのゆか)はJR横浜駅(よこはまえき)近郊のショッピングモールにいた。

 

 

川沿いの人工島に作られた横浜ベイクォーター。

由佳も一回しか来たことがない場所。

 

おしゃれな街路樹が並び、対岸と繋がる橋までイルミネーションで飾り付けられて、きれいなところ。

日が沈んで30分ちょっとなのに大人のカップルがたくさんいる。大学生ぐらいの人や夫婦の人。一人でぶらぶらしてる人は、あんまりいない。

普段なら絶対に近寄らないような場所。

 

普段のショッピングモールと客層が違うし、値段帯も違う。

手持ちのお金じゃ入れないぐらい高いお店がたくさんある場所。

 

 

でもいつもと違う。

わたしもすぐに、その仲間に入れる。

 

(あずさ)、来てくれるよね……」

 

 

由佳は昨日の夕方を思い出す。

そうしないと緊張に耐えられなくて――今のこの瞬間が、夢なんじゃないかと思っているから。

 

 

球技大会のあと、優勝の賞状を梓が教室で受け取った。

梓は照れながら口元を隠して、「みんなのおかげです。ありがとう」と言ってまた歓声を浴びていた。

男子たちが下品に口笛を吹いて、要注意人物の筆頭格・中村(なかむら)が梓に「かっこよかったよ!」とか声をかけていた。

梓の胸をじろじろ見てるバカもいた。

 

浮ついた雰囲気で授業が終わって、梓は打ち上げに誘われていた。

でも梓は「ご飯食べられないから、気持ちだけ」と断った。

ヴァンパイアだからだ。

 

 

一人で帰ろうとするところを捕まえた。

慌ててたし、手も掴んじゃった。やっぱり冷たかった。

梓はちょっとびっくりしてこっちを見ていた。

 

無数に言いたいことはあった。

怒りも悲しみもたくさんあったけど、計画を実行するのが先だと思った。

 

「あ、あずさ! 明日の夜、一緒に遊びにいこ!」

 

デートに、なんて流石に言えなかった。

練習では余裕で言えたのに、梓の赤い目を前にすると胸がきゅんきゅんして、どうしようもなくて焦った感じになっちゃった。

 

答えが来るまで何秒かかっただろう。

 

「うん。いいよ」

 

梓はにこりと笑って言った。

天使が微笑んだ。

 

「家でご飯食べないといけないから、夕方から9時までだけど……それでもいいなら」

 

「いい! いいよ! 場所調べとくから! あとでLINEするから!」

 

そう言って梓と別れて、打ち上げに行った。

打ち上げでは千夏(ちなつ)とちょっと喋って、お金もないし早めに帰った。

 

 

 

そして、今。

届いたばかりの梓とのお揃いコーデを何度も着て、買ったばかりのピンキーリングもした。

ネットで調べた、高校生でもぎりぎりいけるお洒落な場所に来たのが今日。

 

スマホのインカメで自分の格好を見た。

梓よりたぶんサイズの小さい服。

おかしくないかな? 笑われたりしてないかな?

髪もちゃんとアイロンで整えたけど崩れてないかな? 風強いけど大丈夫かな?

 

自分の顔を映した。

精一杯頑張って大人っぽくメイクした顔。髪もちょっと巻いて大学生っぽくした。

 

いつものぼさぼさでダサい、子どもっぽい感じは消えてる。

中学生には見えないし、高校三年生ぐらいに見えるかも。

 

 

 

頬を撫でる生暖かい風が現実だと言ってる。夢じゃない。

 

梓とデートなんだ。今から。

 

みんなの人気者・ドッジボールの守護神・アルビノ美少女の三浦(みうら)梓と二人っきりでデートするんだ。

 

ずっとずっと待ってた瞬間。

妄想の中じゃない。ほんとにほんとに好きな人とデートするんだ。

 

 

絶対わたしが最初だ。

梓が土日に外に出るなんてことないはず。絶対そう。

 

 

何度も髪を整え、スマホの時計を見る。

集合は19時。今は18時56分。梓の性格上、遅刻は絶対ないはず。

 

そう思って顔を上げると、いた。

 

雑踏の中。真っ白い肌の、背の高い女の人。

男物のキャップを被ってマスクで顔を隠しているけれど、それでも隠せないきれいな恰好。

 

その人は由佳の目の前まできて、キャップを外した。

さらさらの黒髪と赤い目と白い肌があらわになる。

続いてマスクを外した。一瞬だけ牙が見えるけれど、色の薄い唇が閉じられて、完成されたあまりにもきれいな顔がすべて見えた。

 

「ごめん。待たせちゃった」

 

梓の服が、前と違う。

ネイビーのアウターに、春っぽい白のフリルが付いたトップス。薄いライトグリーンの膝丈の小花柄のスカート。

夜だけ見れる梓のむき出しの膝と、黒のショートブーツ。肩から下げた黒のミニバッグ。

 

梓はすごくメリハリのある体をしてるから、モデルさんみたいに見える。

 

梓の白い肌が夜の明かりを吸って輝いているように見える。

メイクも学校の時と違う、目元を強調する赤いアイシャドウとピンクのチークの入ったオルチャンメイク。

 

すごく、きれい。

いつもより何倍もきれいで、可愛い梓。

 

 

由佳は見惚れすぎてスマホを落としそうになった。

「あれ?」と梓がしゃがんで、由佳に顔を近づけた。

 

「あ……ごめん、なんか場違いだった? ここ来たの久しぶりだし」

 

「う、ううん! ち、ちがう! 梓が可愛すぎて! 見惚れてたの!」

 

由佳は何の計算もなく正直に言ってしまった。

梓が照れて、「え、ええっと」と目を泳がせる。

その様子も有り得ないほどに可愛くて、由佳の記憶に深く刻みつけられた。

 

「あ、え、えっと。今日は来てくれてありがと梓! もう日が沈んでるし大丈夫だよね!?」

 

なんとか用意していた台本を思い出し、由佳が喋りだす。

 

声が上ずっているのがわかる。

梓の綺麗な赤い目で見つめられているだけで何もかもどうでもよくなって抱きしめたくなる。

全部ばらしてその場で告白したくなる。

だけどまだ我慢。三回デートしたら告白が一番成功率が高いから。

後二回誘わないと。そのために今日はちゃんと無事に終えないと。

 

「うん。気を遣ってくれてありがとう。おかげでおしゃれできたよ」

 

梓が微笑んで言う。由佳にだけ向けられた笑顔。

 

いつものクラスでの愛想笑いじゃない。本当に梓は楽しんでる。絶対間違いない。

 

梓の視線がふっと横に向いて、すぐに逸らされる。

ベイクォーターの周りを流れる川。そっちを見て目を逸らした気がした。

 

梓、川が苦手なのかな? ヴァンパイアだから?

 

「梓? どしたの?」

 

「あ、いや……なんでもないよ。えっと、どこ行くんだっけ」

 

梓は19時にベイクォーター集合としか聞いていなかった。

 

「この辺ちょっと散歩しよ。すごくきれいなとこだし、梓、中学の時は別のところいたなら、久しぶりでしょ?」

 

梓が一瞬目を泳がせて、「あ、うん。そうだね」と返す。

 

 

そこで由佳の台本は一つ目のターニングポイントに達する。

 

「おっ、お、女の子同士だし! ふ、二人で手をつなぐぐらい普通だよねっ!」

 

そう言って由佳は梓の白い右手をぎゅっと掴んだ。

10センチぐらいしか身長が違わないはずなのに、なんだか大人と子供みたいに感じてしまっていた。

 

梓と手が重なる。

今度は事故や偶然ではなく、意識的に。

 

「えっ、あ……」

 

今日のお出かけのために梓が考えてきた嘘や言い訳のどれにも、手を握られる想定は無かった。

目線だけで由佳を見ると、ぎゅうっと目をつむっていた。

由佳の顔がどんどん赤くなっていく。

 

ほんの僅か、力を入れないように、由佳の手を握り返した。

由佳の体全体がビクンと跳ねて、そっと目を開けた。

 

「あ、あず、さ」

 

「……う、うん。普通、だよ、ね。散歩しよ」

 

梓は思う。

 

 

怖くないと言えば嘘になる。

私の手はすごく冷たいはず。触られたら、ばれちゃうかもしれない。

だけど、冷え性だって言ってるし、きっと大丈夫。

 

 

由佳ちゃんの手、あったかい。

 

血の通った、人間の手。

 

 

由佳の全身に電流が走って、心臓がすごい速さで動いていた。

胸がきゅんきゅんして、嬉しい気持ちが止まらなくなる。

 

 

断られなかった。

気持ち悪いって思われなかった。

今すぐ大好きって、愛してるって言いたい。

 

 

けれども気持ちを押さえて、由佳は歩き出す。

ベイクォーターからゆっくり、川沿いの橋を歩いていくルートへ。

 

「あ、あの。建物の中にしない?」

 

梓が遠慮がちに言った。

疑問を抑えて、由佳は推理する。

 

ヴァンパイアは流れる水が苦手。川を渡れない……ってネットに書いてた。

そうだ。川が苦手なんだ。

 

「いいよ。じゃあお店とか見ながらお話しよ!」

 

由佳は素早くデートの台本を修正して、梓の手を引いてベイクォーターの中へ。

梓もちょっと戸惑いながらも、横をついてくる。

 

顔を横に向ければ、梓の異次元の美貌がある。

梓はきょろきょろと周りを見て、楽しそうにしてる。

それだけで本当に夢みたいで、写真で見るよりずっとずっと梓は綺麗で、その冷たい手を自分が握っていることも、なんだかすべてが幻のように思えた。

 

梓の手はなんだか不思議な質感だった。

人間の手じゃないみたい。人間じゃないから当たり前かも。

すべすべしていて、プラスチックみたいな感覚。

 

だけど指先は柔らかくて、触っている所からじんわりと暖かくなって、梓と触れている実感が心に灯って、気持ちが燃え上がる。

 

「ね、ねえ梓。いま、楽しい?」

 

「え? うん。楽しいよ」

 

梓は目を細めて笑う。

 

わたし、梓を笑わせてる。

わたしでもできるんだ。

わたしでも、好きな人を笑顔にできる。

 

まだ泣いちゃだめ。ここで泣いたらデートが台無しになっちゃう。

 

 

由佳は心の中で爆発しそうな喜びを制御して、梓と歩みを合わせて回っていく。

 

コーヒーのお店、高そうな服のお店、ベジタリアンの人向けのお店。

アイスクリームの屋台、スターバックス、おしゃれな居酒屋——はそっと無視して、アクセサリのお店、コンビニ。

 

もっとお金があれば、一緒にお店に入って何か買ったりできたのに、今週のお金はもうカツカツだった。

この服一式を買って、リングも買って。この後のデート用のお金も取っておくと、コンビニじゃなくて安いスーパーまで行かないと食費を賄えないぐらいだった。

今だけは梓が何も食べられないことが有難いと思った。

 

「由佳ちゃんこそ、楽しんでる? スタバとか行けたらよかったんだけど」

 

「すっごく楽しい! スタバの限定フラペチーノ、おいしそうだったよね。わたし春の限定のやつ毎年買っちゃうんだよね」

 

今年はさくらんぼといちごのフレーバーだった。まだ買ってない。

このタイミングで買う予定はなかったけど、買えなくはないはず。

 

「買ってくる?」

 

「ううん。今日はやめとく。ここだと歩きながら飲むの、緊張しちゃうし」

 

「確かにね」と梓も笑った。

ちょっと高級な場所過ぎて、高校生同士だと目立っちゃう。次のデートプランの時に回そうと思った。

 

 

「色んなお店あるんだね……今度ママと一緒に来ようかな。そろそろ誕生日なんだよね」

 

思わず梓の手をぎゅっと握ってしまった。

梓に悪意なんてない。ただ親のことを大切にしてるだけ。

動揺しちゃダメ。今はデート中だから。

 

「あ、梓は、どこか行きたいとこあった?」

 

「アクセサリちょっと見たいかも。いいかな」

 

二人でアクセサリのお店へ向かった。

周りの大人たちが、じろじろと梓を見ている。

梓は三日月のモチーフの金のネックレスを取って、自分の首に合わせている。

 

その横に、十字架のモチーフのネックレスがあった。由佳はそっと手で十字架を隠した。

梓がネックレスの試着をしている様子を見る。

 

こんなふうに家でデートの準備してくれたのかな。

梓はすっごく綺麗でおしゃれだし、何時間もかけて準備してくれたはず。

わたしとのデートだけのために。

 

もしわたしがバイト出来たら、絶対プレゼントしよう。

見るたびにわたしを思い出すように。

 

 

梓はいくつか手に取って、一つに決めて、そして値札を見て、「あー……」と棚に戻した。

6,850円。

 

由佳はペイペイの残高を思い出す。

14,500円。レジにはペイペイのマーク。

 

言いたい。買ってあげるって言いたい。そして梓にいっぱい感謝されたい。

梓に必要だって思われたい。

 

でも言えない。これを使い切ったら次のデートがない。この後のプランも崩れちゃう。

 

それに、仮にそれを買ったとして……親にプレゼントなんてされたらと思うと、胸の奥から怒りがわいてくる。

 

 

由佳は梓の片手を握りなおした。

「どしたの?」と梓は聞いてくるけれど、何も答えずに由佳は笑った。

 

 

いまは胸いっぱいに幸せだけを詰め込みたいから。

 

 

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