はらぺこヴァンパイア   作:棗の

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初デート!(二)-5月18日19時48分

アクセサリーのショップから出ると、もう20時近い時間。

星野由佳(ほしのゆか)は脳内の台本の次のページをめくった。

 

 

ここからが本番。

告白までのステップをもう一つ踏むんだ。

 

 

「あっ、(あずさ)ってっ、よっ、横浜駅(よこはまえき)から帰るんだよね!?」

 

緊張で声が上ずってしまう。

あまりにも綺麗な梓の赤い目が、無邪気に自分を見ている。

 

「そうだよ。由佳ちゃんも?」

 

「そうそう。だっ、だから! 西口の方でカラオケとかどう!?」

 

完璧……ではないけど言えた。

梓は歌うのが好き。入学式すぐのときに言ってた。

 

ここで梓と二人きりになって、ちょっと抱きついて、ドキドキさせて、意識させる。

そこで女の子同士ってどう思う? って冗談ぽく聞く。できるだけ自然に。

梓から拒否されなければ今日は成功。梓は優しいしきっと大丈夫。

次に――

 

「……ごめん。カラオケはちょっと行けない」

 

梓が堅い表情で目を伏せて言った。

由佳の心臓が跳ねる。

 

「え、えっ? い、行けないって」

 

「ごめんね。カラオケ苦手なの。他のところにしよ?」

 

由佳は焦燥のままに、握ったままの手をぎゅっと強く引っ張り、詰め寄った。

 

「そ、そんなことないでしょ!? 入学式の次の日に歌うの好きって言ってたじゃん!」

 

梓が一瞬驚いた顔をして、申し訳なさそうに目を逸らした。

 

「そ、そうだけど……ええっと、最近ちょっと嫌な事があって」

 

梓が何か考えてる。嘘を考えようとしてる。

ヴァンパイアだからだ。

 

ヴァンパイアでカラオケが苦手? どこが?

十字架もお寺も水もない。暗いところだしむしろ好きな場所のはず。

歌が苦手? 聖歌とか讃美歌は苦手そうだけど、そんなの歌う人いない。

 

 

数秒ぐるぐる考えても答えが出ない。ヴァンパイアとカラオケは全然結びつかない。

 

それ以外のこと。普通の人としてカラオケが苦手。

 

歌が下手――たぶん違う。歌が下手な人が歌うのが好きなんて言わない。

カラオケで嫌な店員に当たった――お店の名前聞けばいい。

カラオケで怖い目に遭った――まさか。

 

「お……男の人関係?」

 

「男の人? ……あ、ううん。違う。そんなんじゃないよ」

 

梓は笑って首を振る。

クラスにそんなことする人いないし、私がそんな興味持たれると思えないし、と梓は思っていた。

 

 

しかし由佳にその言葉は届いていなかった。心の中で怒りと嫉妬が渦巻く。

 

何か隠してる。

ぜったい男だ。男が梓に乱暴したか、梓とデートしたんだ。

思い当たる奴はクラスに何人かいる。

梓は優しいし押しに弱そうだから、誘われたら断らないに決まってる。

デートも、カラオケも、もしかしたらその先も!

 

許せない!

 

 

由佳がぎゅうっと強く梓とのつながりを握る。

 

でも言えない。梓にまだ告白してない。

梓はフリーだ。

どうしよう。告白しちゃおうか。

ダメ。成功率が低い。

 

 

「……由佳ちゃん? どうしたの?」

 

梓が身をかがめ、由佳に目線をすこし合わせた。

急に黙って、口を引き結んでる。

 

怒ってる? なんで? カラオケそんなに行きたかったのかな。

あんなことが無かったから私も行きたいけど、今はどうしても行く気になれない。

 

「あの、ごめんね。カラオケ以外のところにしようよ。コーヒーのお店とかどう?」

 

由佳のプランがまた崩れていく。

 

球技大会といい、今回といい、梓の知らないことがまだいっぱいあるせいだ。

もっと知らないと。

 

梓にいっぱい話できて、ちょっと密着できるところ。

食べ物とお金を使う所以外で、高校生が行っても違和感のないところ。

 

 

思いつかない。どこに行っても大人が多くて、お金がないと入れないところばかり。

みなとみらいのロープウェイはまだだめ。次のデートで使うから。

観覧車もダメ。3回目のデートで使うから。

川沿いを歩くだけ……梓は川が苦手だからダメ。

 

 

頭がぐるぐるして、息が荒くなってくる。涙が出そうになる。

せっかく手に入れた梓とのデートの機会なのに、どうしてこんな悲しくなってるんだろう。

 

全部男のせいだ。男が梓に乱暴したから。

 

 

 

急に黙って体を震わせ始めた由佳に、梓は困り果てていた。

 

 

カラオケは由佳ちゃんの頼みでも行けない。誰かと一緒に行って、あの歌を聴かせるわけにはいかない。

あれからもう音楽も聴くのが嫌になってきていた。

ヴァンパイアが歌うなんてやっちゃいけないことだった。

 

由佳ちゃんとは結構仲良くなれたと思うし、夜なら遊びに行けるからOKしたけど……こういう時、どうすればいいんだろう。

 

「あ、え、ええっと、ちょっと座ろ。ね?」

 

梓はちょっとだけ力を入れて、機械みたいに締め付けてくる由佳の手を引いた。

由佳が「きゃっ」と小さな声をあげてよろめく。そのまま梓の体に倒れこむ。

 

由佳の繋いでいない方の手が、ちょうど梓の胸に触れた。

むにゅん、と由佳の手が梓の胸に沈み込む。

 

由佳が目を見開いて梓を、自分の手を見る。

 

 

()()()()

妄想の中でしか触れなかったものを触ってる……!

 

 

「あ……ごめん。大丈夫だった?」

 

「だっ、だだだ大丈夫! ごめん!」

 

由佳が両手を放して飛びのいた。

 

爆発しそうなほど心臓の鼓動が速くて、両手が震えてる。

梓のおっぱいを掴んだ形のまま、手が固まってる。

 

じんわりと暖かくて、すごく、柔らかかった。

 

「あのさ。ちょっと座らない? そこのベンチ空いてるし」

 

梓は特に顔色も変えずに言って、近くのベンチに目を向ける。

由佳は何度もうなずいて、梓のすぐ横をぴったりついてぎこちなく歩いた。

 

ベンチに由佳が座ると、梓は近くの自販機からペットボトルのお茶を買った。

由佳からすこし離れて座って、お茶を渡した。

 

 

由佳は胸の奥が風邪をひいたときみたいに熱くて、冷たいお茶を流し込んだ。

すうっと気持ちが落ちついてくるけれど、梓の胸に触った手だけはすごく熱い。

 

 

触っちゃった。

人生で初めて他の子のおっぱいを触っちゃった。

しかも梓の。

やっぱりおっきい……。

 

その喜びの足元から、湧き上がるように不安がこみあげてくる。

 

 

触るのは付き合ってからのはず。

梓が女の子同士でもそんなに悪くないって思う人だって、確認してからのはず。

 

そうじゃないと――

 

 

全部飛ばしちゃった。

 

気づかれたらどうしよう。

レズだって言うのも告白するときのはずだったのに。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

嫌われたらどうしよう。

 

 

 

――ごめん。無理。()()()()()()()()()。今までそんな目で見てたの?

 

 

遠い記憶。

半年ぐらい前の、由佳が中学3年生の時。

 

ずっと一緒だったあの子。

大好きで、いつも遊んでくれて、辛い現実を忘れさせてくれた明るい子。

 

本気で好きになって、気持ちが抑えきれなくて、友達のうち一人じゃイヤだったから。

 

たくさん調べて、たくさん準備して。

一緒に旅行に行った日の夜に告白した。

 

 

――じょ、冗談だよね? 友達同士でそういうことしよう、って。

 

 

そして砕けて、由佳の中学生活は壊れた。

 

 

誰にも相談できなくて、無限に止まらない涙が止まったら中学が終わっていて。

 

高校になる直前に、梓に出会った。

 

この人が絶対に運命の人なんだと思った。

神様が二回目のチャンスをくれたんだと思った。

 

だから失敗したくないし、嫌われたくない。

 

今度こそ。

 

 

 

「由佳ちゃん? 大丈夫?」

 

現実に引き戻される。

恋人が赤い目で心配そうに自分を見ていた。

 

 

だめ。やっぱり大好き。

 

 

「体調悪くなった?」

 

「う、ううん。大丈夫。大丈夫だよ。あ、あの! さ、触っちゃってごめんね」

 

梓が一瞬疑問の表情をして「ああ」と納得。困ったように笑っていた。

 

「いいよ別に。私がちょっと力入れすぎちゃったんだよね。こけなくてよかった」

 

「え!? い、いいの!?」

 

「うん……?」

 

梓は、由佳が何に驚いているのかよくわからなかった。

 

気まずい瞬間なんて誰でもあるよね。

胸の大きい子とかだと、トイレの手洗い場とかで肘が当たっちゃったりすることもある。

自分が当てられる側になるなんて夢にも思っていなかったけど……。

 

由佳は「そっかぁ……いいんだ……」と下を向いて笑った。

手元のお茶のペットボトルを揺らして液面を見ていた。

 

梓は目を逸らして、さっき見てきた店を思い出す。

 

高校生のお小遣いでも行けそうなところ。

由佳ちゃんは甘い物をよく飲んでるし、紅茶とか好きかも。

 

「私、紅茶好きなんだけど、一緒に買いにいかない? お金大丈夫かな」

 

「え? 紅茶飲めるの?」

 

ヴァンパイアだし飲めないんじゃないの?

 

「今は飲めないけど、ちょっとだけね。香りを楽しむだけ。アールグレイティーの香りとか、勉強中にね」

 

アールグレイが好きだったのは本当だが、そんなことはヴァンパイアになって一度もしなかった。

紅茶のにおいも分かるけれど、いい匂いと感じるほどでもなかった。

 

梓がこくりと首を傾けて笑った。

後ろのイルミネーションが梓の顔を彩っている。

幻想的な明かりが、梓の美しさを何倍にも高めている。

 

 

夜の暗闇と、幻想の灯りを吸って、真っ白い肌のヴァンパイアが輝いている。

 

赤い魅惑の瞳と、僅かに見える牙が、どこまでも美しくて。

 

 

距離は数十センチ。

ちょっと身を乗り出せば、そのままキスできそう。

 

由佳の指がベンチを掴む。体が前に動く。

だけどそれ以上、踏み出せなかった。

 

「じゃ、じゃあ、わたしが紅茶買うから。一緒に香りを楽しもうよ! ね?」

 

代わりに出たのは、友達同士の提案。

精一杯の努力で、そう言った。

 

梓が笑顔で頷いて立ち上がった。

由佳も立ち上がろうとして、白い手が前に差し出された。

 

梓が笑っていた。赤い目と、ちょっとだけ見える長い牙。

 

 

大好き。梓。

 

 

全部のデートプランを捨てて、大好きな気持ちのままにその手を取って、二人で歩いた。

 

スターバックスの紅茶を買って、二人で顔を近づけて、写真を撮った。

 

その日は時間切れになって笑顔で別れた。

 

目的は達成できていないけれど、梓ならまた誘っても来てくれる。

 

その時にきっと。

 

 

 

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