はらぺこヴァンパイア 作:棗の
昼休み。
机の上には何もなく、周りの三人の机にはそれぞれの昼食がある。
一か月近く経って、すっかりお馴染みとなった1年2組カースト上位女子四人の昼食風景。
最初の数週間のような、
三浦さんは体が弱くて、食べるものを医者に制限されているから普段は何も食べないし飲まない。
だけど
そんな情報が誰からともなく交わされて、ちょっと変わったアルビノ美少女はクラスに溶け込みつつあった。
「梅雨になる前にさぁ、慶太クンとディズニー行こうと思ってるんだよねぇ」
彼氏ができて前よりもずっとご機嫌で、次のデートの計画を話すのもお馴染みだった。
「いいんじゃない?」
聞いているのか聞いていないのか分からない返しを笹川がするのも、お馴染みの光景だった。
「いいなぁ、ディズニーランド……行ったことないんだよね」
牙が見えないように、けれども笑って梓が言う。
本当は中学の時に家族で行ったことがあるけど、中学の時は岩手にいたことになっているから言えなかった。
「あずちん行ったことないんだ? なんで?」
八坂がきょとんとした顔で梓に聞く。
「……………太陽の光で危ないからでしょ」
冷たく、刺すように
コンビニの菓子パンを握って、梓とその周りの空間だけを切り取るように見ていた。
笹川が僅かに由佳の方を見て、すっと目を逸らした。
「太陽? あ、そっかぁ……あずちんごめーん」
八坂が悪びれずに笑って、梓に軽く頭を下げる。
「う、ううん。普通わかんないよね。冬の夕方とかなら行けるかもしれないけど、寒いし……」
八坂の言葉よりも、由佳の態度に梓は焦っていた。
どうしてそんな強い言い方をするんだろう?
由佳ちゃん、最近すごく機嫌が悪い気がする。特に早紀ちゃんと話す時に。
早紀ちゃんと喧嘩した後から、なんだかすごく早紀ちゃんに当たりが強い。
早紀ちゃんが隣のクラスの
もしかして……。
「
「……前はあんたが寝坊したせいでしょ?」
笹川が呆れ顔で八坂に言う。
「言わないでよぉーあの時はホント悪かったって。ちーちゃんがいてくれたおかげで別れずに済んだし」
長い付き合いの二人の会話に、曖昧に笑って梓は対応した。
早紀ちゃんはちょっと勢い任せなところがあるけど、
人間だった頃の私も、周りから見るとこんな感じだったのかな。
「…………いつも男のせいにしてんの?」
由佳が口角を上げず、不味そうに菓子パンを食べながら呟く。
八坂の笑い声の隙間を縫うように言葉は飛んだ。
「えっ? ゆかっち?」
「……なんでもない」
一番由佳が刺したかった相手に、その言葉は届いていないようだった。
奥歯で怒りを噛み潰して、上履きの足で、うごめく怒りを磨り潰す。
八坂から香るクロエの香水が、由佳の心の奥の傷をくすぐって、苛立ちを湧き上がらせる。
世界で一番大事な恋人の梓が、目の前にいるのに。
怒っちゃダメ。怒っちゃダメ。梓に嫌われちゃう。
梓の赤い目が、由佳を見ていた。どこか悲しそうに。
心配されてる? それとも迷惑がられてる?
もしかして、空気悪くしやがってって思われてる?
「あ、梓っ! この前の紅茶ありがとね! すごくおいしかったよ」
焦りのままに由佳は素っ頓狂なトーンで言葉を発していた。
梓が僅かに驚いて、「う、うん」と返す。
「スタバの紅茶、久々に飲んだけど美味しいよね。梓とシェアしちゃった」
「そうなんだ。梓ちゃん、紅茶好きなの?」
笹川も僅かに慌てて、由佳の言葉に乗っかった。
「う、うん。香りが落ち着くから好きなの。ちょっとだけしか飲めないから、残りは由佳ちゃんにあげちゃったけど」
「学校終わった後に二人で遊びに行ったの。梓とお揃いのアクセ買いたくて」
由佳は勝ち誇るように八坂を見て言った。
「すごーい。あずちんと二人でお出かけって楽しそう! 夜だと遊びに行けるんだよね? 今度は私と行こうよぉ」
「あ、う、うん。いいよ。体調の良い日なら……」
八坂があまりに無邪気に言うので、梓もそう返すしかなかった。
由佳ちゃんと違って早紀ちゃんは距離が近いわけじゃないし、きっと大丈夫。噓がばれたりしないはず。
彼氏さんと仲がいいみたいだし、楽しそうに喋ってくれるから、聞いてると私まで楽しくなる。
「もちろんだよぉ。
「そうなんだ。駅の中なら大丈夫……だと思う」
梓の赤い眼差しは由佳から外れて、八坂の方へ向いた。
控えめに、けれども楽しそうに、梓は笑っている。
わたしじゃない相手に笑ってる。
わたしと梓は、誰よりも絶対に一番仲がいいのに!
由佳は余所行きの笑顔を貼り付けたまま、恋人がこちらを再び向くように、気持ちの矢を飛ばし続けていた。
「……はぁ」
笹川はアンニュイにため息をついて、コンビニのサラダを頬張った。