はらぺこヴァンパイア   作:棗の

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盗られた-5月22日12時51分

梅雨も近い学校の昼休み。

 

(あずさ)は視聴覚室前の廊下の壁によりかかっていた。

 

 

天気は小雨。まだ梅雨入りはしていないらしいけれど、なんだか雨が増えてきた気がする。

体育と雨が重なると屋内授業になってしまうし、そうなると休みづらくなる。

球技大会に出てしまったから、屋内体育なら出られると思われちゃう。

 

 

天気の心配をするのはヴァンパイアになってずっと変わらない。

好きなのは雨の無い曇りか夜。それ以外は全部嫌な天気。

 

最近また、ご飯の時間に外をぶらぶらすることが増えた。

 

私は殺人犯で、嘘つきなのに、仲良くしてくれるみんなを避けてる。

 

 

由佳(ゆか)ちゃんが些細なことで、早紀(さき)ちゃんに冷たくすることが増えた。

由佳ちゃんが早紀ちゃんに冷たくするようになったのは、彼氏さんの話をするようになってから。

 

由佳ちゃんはもしかして、早紀ちゃんの彼氏さんの、柳田(やなぎだ)くんのことが好きだったのかな。

嫉妬、なのかも。

 

それか、別の人に告白したけど振られたりしたのかな。

 

由佳ちゃんは可愛いし、好きな人がいても、彼氏がいてもおかしくない。

私よりずっと友達もたくさんいるし、私と違って人間だから、お昼にも遊びに行ける。

 

 

私も昔の彼氏にLINEブロックされた時、しばらく学校行く度に友達に嫌な態度を取ってた。

パパと釣りに行って、釣りの時にいっぱい彼氏の嫌だったところを言って、全部受け止めてくれて、それでちょっと落ち着いたけれど。

 

 

私がヴァンパイアにされたときも、まだその時の傷が癒えていなかった時だと思う。

 

由佳ちゃんみたいな明るい子でも嫉妬するんだ。ちょっと安心した気分。

 

彼氏に振られたとき、友達の彼氏いる子がすごく羨ましくて。

自分がみじめで、たぶん嫉妬してたと思う。

嫉妬する私はなんて醜いんだって思っていた。

 

 

今まで彼氏がいたのは、高校1年生の終わりのその一回だけ。

初恋の人が小学校の時にいたけど、告白できなくてそのまま別の中学に行っちゃった。

 

 

友達として由佳ちゃんに、私に何ができるだろう。

ご飯に行ったり、一緒にスイパラ行ったりするのが普通だと思うんだけど、ヴァンパイアには出来ない。

 

 

友達を元気づけることもヴァンパイアにはできないのかも。

私だからできないだけかもしれないけど。

 

「はぁ……」

 

コミュニケーション力、足りないのかも。

そういう本とか、買ってみたほうがいいのかな。

 

 

また頭の中の”やることリスト”が増えていく。

 

ママの血をもらう以外に、血液を得る方法を探すこと。

“ちょっと変わった人”になること。

由佳ちゃんを元気づけること。

コミュニケーション力を上げること。

パパと一緒に釣りにいくこと。

ヴァンパイアでもできるバイトを探すこと。

 

……人間に戻る方法を探すこと。

 

 

人間だった頃よりずっとずっと、ヴァンパイアの高校生活は忙しない。

 

だけど、逃げ続けていたあの頃に戻りたいとは、絶対に思わない。

 

 

 

ふと、足音が聞こえた気がして、梓の思考が止まった。

梓が体を起こして振り向くと、一人の男子生徒がいた。

廊下の行き止まり、閉まっている視聴覚室の前なのに、こっちを見ている。

 

 

私を、見てる?

 

 

その男子生徒と目が合って、目を逸らされた。

 

「……中村(なかむら)くん? どうしたの?」

 

その男子生徒を梓は知っていた。

梓の右斜め前の席に座っている男子生徒。名前は中村。

 

今どき珍しい、前髪の長いツーブロックの髪型。

ぱりっとワックスで固めて、首元にシルバーのチェーンネックレスが下がってる。

制服は第二ボタンまで開けてる。

 

 

偏見かもしれないけど、ちょっとバンドとかやってる人っぽい感じ。

だけど、真面目そうな感じの人。授業もちゃんと聞いてるし。

 

 

話しかけられた中村は後ろを向いて、首を振って、そして前を向いた。

額に玉のような汗が浮かんでいた。

 

「あ、み、三浦(みうら)。こんにちは」

 

「こんにちは」

 

梓は微笑を浮かべて挨拶を返した。

 

「三浦、や、休んでるときにごめんな。ちょっと、話したいことあって」

 

梓は首をかしげた。

昼休み中に何か連絡でもあったのかな。でも中村くん、学級委員とかじゃないはず。

 

中村は指を体の前でこねまわし、目を逸らして左右を見て、乾き続ける唇を何度か動かして湿らせ、梓の赤い目を見る。

 

数歩近づく。梓に手が届くより数歩手前の距離。

中村の顔が紅潮(こうちょう)していく。

梓はいつもの真っ白い顔で、自分の前で立ち止まった中村を不思議そうに見ている。

 

「どうしたの?」

 

もしかして言いづらいことなのかな。

由佳ちゃんと早紀ちゃんが喧嘩してるとか。

そしたら千夏(ちなつ)ちゃんの方が適任だと思うけど――

 

 

 

「す、好きです! 俺と! お付き合いしてください!」

 

 

 

梓の思考が止まる。

 

中村が直角におじぎしていた。

中村の放った言葉が確かに梓に届いて、梓は理解する。

 

 

()()()()()

()()

 

 

遠くから男子何人かの声がする。梓はそっちを見ようとしてやめる。

今の目の前の状況を、必死で理解しようとする。

 

 

私が、男の子に、告白された?

 

 

「え……あ、あの」

 

意味のない言葉が漏れてしまう。

それだけで中村がびくびくと震えだす。

額に浮いた汗が、首筋に垂れて、さらに汗が止めどなく溢れる。

 

 

私、告白されてる。

 

どうしよう。

 

 

慌てて、自分がソフトテニス部の副キャプテンに告白した時を思い出す。

とげとげしていて、思い出したくない記憶を引っ張り出す。

ちくちくと痛い記憶を、頑張って心の中に広げる。

 

確かあの時は、返事を聞くまですごく怖くて、このまま死んじゃうんじゃないかってぐらいに心臓が速くて、早く答えが欲しかった――気がする。

 

答えないと。何か答えないと。

 

中村くん……そういえば入学式の時に、名前だけ聞いた気がする。

その後しばらくして、アルビノのことを何回か聞かれたし、休みの日に何してるか聞かれた。

ドッジの時応援に来てた。

 

それ以外は?

 

それ以外が無い。

クラスにいる男の子。それ以外の認識が無い。

 

 

私が薄情なだけ? 私が知らないだけで別のものがある?

私がヴァンパイアだから忘れてる?

 

早く答えないと。

 

中村くんと私は何だろう?

クラスの人? 友達?

 

「……え、えと、まだよく知らないし、お友達からでもいい?」

 

まさか自分が人生でこんな言葉を使うとは思わなかった。

でも良いとも駄目とも言えるほどよく知らない人だし、別に嫌な人じゃないし。

 

 

中村はびくんと震えて、目を見開いた。

泣き笑いの顔が、少しずつ笑顔に傾いていく。

 

「お、おねがいします!」

 

中村がそう言ったと同時に、廊下の向こうの階段の方から、男たちの歓声が上がった。

数人の男子が出てくる。みんな梓のクラスの男子たちだった。

 

男子たちは中村に駆け寄って、肩を組んで口々に祝福する。

 

「いやーやったな中村! お友達からだってよ!」

 

「三浦ちゃんもありがとな! こいつバカだけど良い奴だから! 仲良くしてやって!」

 

「バカ田口(たぐち)がなんか言ってんな。三浦さんやっぱりめっちゃ綺麗だよ」

 

「俺が今告白したのに何言ってんだ」

 

静かな視聴覚室前が一瞬で騒がしくなる。

当事者の梓の前で、男子たちが騒ぎ出す。

ただその誰からも悪意は感じなくて、中村を祝福していることは伝わってくる。

 

「三浦さんスマホ出して! LINE交換! こいつと!」

 

男子の一人に言われ、梓はスマホを出した。

中村も慌ててポケットからスマホを出して、一歩進んで向かい合う。

 

梓の耳に、中村の息遣いが聞こえた。

確かに生きている、人間の息遣い。

 

周りの男子たちが中村の画面をいじって「三浦さんロック画面にしろよー」とからかう。

中村がつたない手つきでLINEのQRコードのスキャン画面を出す。

梓もそれを見て、LINEのQRコードを出して、前に差し出す。

 

由佳と交換したときと少し似ていた。どっちも焦っているところが。

 

「あ、え、えっと。これでいい、かな……?」

 

梓が自分のスマホと中村を見比べて言う。

 

対面の中村は目の前に差し出されたQRコードを、高校の合格通知みたいな目で見ていた。

そっとかざして、画面に”三浦 梓”の文字が出る。

梓のLINEアイコンは柴犬だった。梓のおばあちゃんの家で飼っている柴犬。

 

友達追加して、青と白の猫のキャラクターがお辞儀しているスタンプを送った。

 

梓もそれに、由佳からもらった黒い猫のキャラクターのスタンプで返す。

 

中村の顔がぱあっと輝いた。

 

「み、三浦、こ、これからよろしく! たっ、たくさんLINEするから!」

 

ひゅうっと周りの男子が口笛を吹く。

中村の肩や腕をばしばし叩きながら、男子一行が梓のスペースから去っていく。

 

嵐みたいにやってきて、梓の気持ちに大波を立てて、去って行った。

 

 

「……私、告白、されちゃった……」

 

気のせいかもしれないけれど顔が熱い。

そんなことがあるなんて思わなかった。男の子と話すこともあまりなかったし、時々すれ違った時に挨拶するぐらいの人ばかりだった。

 

 

私が、本当に?

私、ヴァンパイアなのに?

 

 

深みに潜っていく思考が、予鈴によって引っ張り上げられる。

 

教室に戻らなきゃ。

 

梓はスマホをしまって、さっき男子たちが通って行った階段で教室へ戻っていく。

 

 

 

 

その少し前。

 

星野由佳(ほしのゆか)は視聴覚室から離れた、廊下に張り出した柱の陰にいた。

 

上級生の教室の前はやりづらいので、女子トイレの近く。

かろうじて梓の赤い目が見えるぐらいの距離。

 

由佳は梓の行動パターンから、梓が視聴覚室のあたりにいるはずと判断していた。

教室にいても不愉快な八坂(やさか)が男の話ばかりするし、笹川(ささかわ)にも悪いイメージを与えてしまうから、コンビニパンを食べたらすぐ外に出ていた。

 

 

そしてやっと梓を見つけたけれど、近づけなかった。

梓のことを意識しすぎて、赤い目と白い肌を見るたびに心臓がばくばくして、まともに話せる自信がない。

 

たくさん練習したのに、もう話すことも緊張してできない。

それに、もし見つかったら嫌われちゃうかもしれないし。

 

ありえないことだけど、もしかして……本当にもしかすると、避けられていて、わざとここにいるかもしれない。

 

その可能性を少しでも考えてしまうと涙が止まらなくなるから、固く封じて心の隅に投げ捨てた。

 

 

由佳はスマホを取り出す。ロック画面はこの前の初デートで撮った、梓と二人の写真。

念願の私服梓と、やっぱり子どもが無理して着てる感じのする自分。

その写真を見て、何度も何度も梓との一夜を妄想するだけじゃ満足できなくて、授業や休みの度に梓を目で追ってしまう。

 

もうどうしようもなく大好きで、このまま告白しちゃえば絶対OKという自信すら湧いてくる。

 

 

だけど告白は一回しかできないし、レズだってばれちゃう。

玉砕したって笑い話にできる男子と違って、本当に一回しかチャンスが無い。

 

気持ち悪いって思われないか怖くなって、怯えが募って、男子たちを見るたびに腹が立つ。

 

 

わたしはいつだって奪われる側。

 

わたしだって梓のことをじろじろ見たいし、ずっと見てたい。

でも梓にはレズだってばれてないし、嫌われたくなんかない。もっと好きになってほしい。

 

前のデートで握ってくれた手がまだ暖かい。

熱がずっと冷めない。

体の中でずっと炎が燃えていて、それがわたしを突き動かす。

 

 

そしてやっと、お昼休みのオフの梓を見つけた。

梓は愛想笑いしてない時は、ぞっとするぐらい冷たい顔をしているときがある。

 

ヴァンパイアだからだ。あれがヴァンパイアとしての梓の顔なんだ。

 

なんて綺麗なんだろう。

赤い目も、白い肌も、牙も、全部きれい。

 

 

そしてその綺麗な梓の前に、ありえないモノが立ってる。

男だ。

男が迫っているのを見つけた。

見間違いだと思った。

上級生の知らない人だと思った。でも違う。

 

 

中村(れん)。クラスの男子。

 

梓から見て右前の席。振り向いたら梓の顔を見られる位置にいる奴。

梓に対してずっと色目を使ってる。

 

 

梓が教室にいない時、男子たちに「お前絶対三浦のこと好きだろ」ってからかわれてるのを聞いて以来、要注意人物としてマークしてた。

 

軽音楽部所属で、女の子に対してチャラい行動はとってないけど、男だし絶対頭の中では下品なことしか考えてない。

最低な奴。梓のことだってほとんど知らない。

梓のおっぱいばかり見てるバカ男子に、梓がなんで体育見学してるのか聞いてたぐらい。

 

 

そいつが梓の前に行って、何かしゃべってる。よく聞こえない。

 

「す、好きです! 俺と! お付き合いしてください!」

 

そんな声がして、中村がおじぎをする。困惑する梓。

 

 

質の悪い冗談だと思った。

 

あの中村が? 梓に? 告白?

 

笑い飛ばせるほど滑稽(こっけい)な冗談。

でも笑えなかった。

 

柱の影からちょっとだけ外に出して、梓の表情を見る。

 

嫌そうな顔をしてない。

 

嘘だ。ありえない。

 

なんで? なんで中村が梓に告白したのに?

なんで? 梓あいつのこと全然知らないでしょ。

 

全然知らないバカ男子に告白されたのに?

なんで?

 

嘘だ。嘘だ。ありえない。絶対ないはず。そんなこと。

 

「……え、えと、まだよく知らないし、お友達からでもいい?」

 

梓の声をはっきりと耳が捉える。

ちょっと低めの大人っぽい声。わたしの恋人の声。

 

 

その恋人から重たくて鋭いものを投げつけられて、胸の奥まで突き刺さって、絶命しそうになった。

 

 

顔をひっこめてしゃがみこんで、目を瞑った。

男子の歓声が聞こえる。

 

なんで?

なんでOKしたの?

梓どうして? 梓はわたしの恋人なのに。

わたしが梓のこと一番よく知ってるのに。

 

わたしとデートしたのに。

 

わたしとデートしたのに!!

 

 

梓はそんな子じゃない!

よく知らない男に告白されてOKするような子じゃない!

デートした数日後に別の人と付き合うような軽い女じゃない!

八坂みたいに彼氏ができた途端に自慢するような子じゃない!

 

もっと孤高で、クールで、優しくて!

 

 

違う違う違う。

ありえない!

ありえない!!

 

 

疑問と怒りと悲しみが、デートの高揚を全部流して、由佳の中で好き勝手に暴れまわる。

そのまま由佳をばらばらに引き裂いてしまいそうなほどに。

 

 

梓が遠くにいっちゃう。

他の人のところにいっちゃう。

 

 

 

由佳は泣いていた。

上級生に不審な目で見られながら泣いていた。

 

予鈴が鳴っても立ち上がれなくて、そのまま学校を抜け出して家に帰った。

 

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