はらぺこヴァンパイア   作:棗の

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勝手なこと-5月23日14時45分

 

由佳(ゆか)一美(かずみ)が相対した数分後。

 

 

(あずさ)は車に揺られていた。

 

空気が重い、という言葉がぴったり。

薄暗い車内で、そのまま眠れるぐらいに安心できるはずなのに、知らない人の車に乗っているみたいだった。

 

由佳と別れて、一言も一美は言葉を発していなかった。

梓は不安げな赤い目で、バックミラーと自分のスマホを交互に見ている。

スマホには通知もないし、この場を打開する答えもない。

 

 

「……おかえり。梓。今日は色んなことがあったみたいね」

 

ようやく発された一美の声は固かった。

まるで原稿でも読んでいるみたいだった。

 

「う、うん。ほんとに色んなことがあったよ。今日の世界史の時も怖い絵があって、頑張って隠したんだけど、消しゴム落としちゃって」

 

梓はつとめて明るく喋った。

車のエンジン音や、周りの車の走る音が異様に大きく聞こえる。

 

「お昼もさ、早紀(さき)ちゃんが彼氏さんと今度ディズニーランド行くって話してて。新しいエリアができたらしいから、朝から並んで行きたいって」

 

汗をかかないはずなのに汗が出てくる気分。早く家についてほしい。

 

「……梓、ごめんね。焦らせちゃったみたいね。星野(ほしの)さんとお付き合いしたこと、聞いても大丈夫かしら?」

 

一美は自分が放っていた威圧感を反省した。

あまりにも予想外で、あまりにも衝撃的だったから、気持ちを抑えきれていなかった。

 

 

梓はちょっと涙目になっていた自分に気付く。

ママが怖いと思ったのが人生で二度目になった。

ポケットからティッシュを出して、赤い涙を拭いて、話す。

 

「……今日の放課後、由佳ちゃんについてきてって言われて、空き教室で告白されたの。

由佳ちゃんは女の子が好きな子で、私のことが入学式の時からずっと好きだった、って」

 

さっきよりは車の音は聞こえなくなっていた。

母の後頭部で緩く縛った髪が、上下に揺れた。

 

「それで…………OKして、付き合う、ってことに、なり、ました……」

 

過程を飛ばして、結論だけ伝えた。

 

さすがに言えなかった。

「血をあげる」って言われたら体が勝手に動いたなんて。

そんなの、本当にただのヴァンパイアみたいだから。

 

 

どれだけ由佳ちゃんが頑張っても、私が考えても、血をあげるの一言だけで動いちゃう。

そんなの本当にただの醜い怪物だから。まだ人間でいたい。

 

 

また車の音が大きくなってくる。

バックミラーで、母の目元しか見えない。ちょっと疲れたような、皺の寄った目元。

 

 

「……梓は、いっぱい考えたうえで答えたのね?」

 

すこしだけ固い声。

梓はちくりと胸を刺す罪悪感を隠して、頷いた。

 

「考えたよ。由佳ちゃんは、私がヴァンパイアだって気付いてた。それでも、綺麗だから、可愛いから、世界一好きだから、って……」

 

自分が言ってて恥ずかしくなる。

こんな血に飢えた怪物に、これ以上なく似合わない言葉ばかりなのに。

 

「……嬉しかった?」

 

「うん。ヴァンパイアってこと、隠さなくていいよって。知ってたらもっといっぱい助けることができるからって。認めてもらえた気がして。嘘つかなくてもいいんだって」

 

それは本当の気持ちだった。

由佳は梓の嘘を全部見抜いて、それでも傍にいることを選んでいる。

そんな人は、家族以外だと誰もいない。

 

これからは由佳ちゃんの前でだけ、嘘つかなくてもいいって考えると、気が楽になる。

由佳ちゃんはもっと大切な”友達”になった。

由佳って呼び捨てにするのは、まだちょっと抵抗があるけれど。

 

 

「……梓は、女の子と恋愛したいと思った?」

 

「ううん。まったく。だから分かんない。友達として好きなのはわかるんだけど、それって、その……こ、恋人と、何が違うのかなって」

 

恋人、なんて言葉、カラオケの歌以外だと人生で初めて使ったかもしれない。すごく恥ずかしかった。

今その立場になっているのに。

 

「わからないのも当たり前よ。大人でも分からない人がたくさんいるんだから」

 

一美が前を向いたままふふっと笑った。

大きな交差点で車が揺れて、梓は前の座席を掴んだ。「ごめんね」と小さく一美が言った。

 

「女の子同士なんて、分かる人の方が少ないから。星野さんにも、よくわかってないのかもしれないし」

 

「そうなの? 由佳ちゃん、すごく経験豊富そうだけど……」

 

友達もいっぱいいるだろうし、色んな女の子と付き合ってきたんだと思う。

というか、経験豊富そうってなんか悪口っぽくてよくなかったかも。

 

「よくわかっていなくても、わかっていても、お互いに探っていくのが恋人同士よ。

 梓は星野さんのこと、もっと知りたいって思う?」

 

「うん。思うよ。好きな食べ物とか、好きな映画とか」

 

これも本当の気持ち。

由佳ちゃんは確かにちょっと距離が近いし、さすがに学校の中で腕を組むのは恥ずかしいし、手をつなぐのも恥ずかしいけど……もっと仲良くなりたい。

 

それに。

せっかくヴァンパイアだってばれたし、いろんな話もできそうだから。

私の悩み事とかも、聞いてもらえるかも……化け物だって引かれない程度に。

 

 

「……じゃあ、一応聞いておくけど、中村(なかむら)くんに告白されたことも、わかってて答えたのね?」

 

「う、うん。だって中村くんは、OKしたわけじゃないし、友達だし……」

 

実は頭から抜けていたなんて言えなかった。

 

「……わかったわ。もう一度確認するけど、梓は関係を続けたいと思うのね?」

 

 

その質問への回答には、少し時間がかかった。

 

家につく前の最後の交差点を曲がる。

 

マンションの駐車場に入る直前で、梓は答えた。

 

「うん。由佳ちゃんとは、一緒にいたい、と思う」

 

それも嘘のない本当の気持ち。

 

車が止まって、一美がようやく梓の方へ向いた。

疲れた顔で、顔色も悪かったけれど、柔らかく笑っていた。

 

「そう。わかったわ」

 

エンジンを切って一美は外に出た。梓もそれに続いて、リュックを担いで外に出た。

母の背中を追って我が家へ帰りながら、梓は思う。

 

 

家に帰ったら、由佳ちゃんのどういうところが好きで、だから恋人同士になったのか、ちゃんと人間として向き合いたい。

そのうえでも同じ答えを出すのかは分からないけど、関係を終わらせたりするつもりはないから。

 

こんな私でも、由佳ちゃんは好きって言ってくれた。

13人も殺した怪物なのに。ヴァンパイアなのに。アルビノを騙る嘘つきなのに。

 

むしろこんな中途半端な気持ちでいる自分のほうが醜い気がして、なんだか恥ずかしかった。

「血が欲しくてOKしました」なんて絶対言えないから、せめて人間としての部分で、ちゃんと向き合うこと。

 

由佳ちゃんと中村くんを比べることも、すごく失礼で良くないことだと思うけど。

気持ちを自分の中でちゃんと言葉にして、それから答えること。

 

それが勇気を出して告白してくれた由佳ちゃんに対して、怪物の自分ができる、最低限のことだと思った。

 

 

 

「ああ、どうも。三浦(みうら)さん」

 

唐突に、背後から男性の声がした。

一美の足が止まり、考え中だった梓が一美の背中に軽くぶつかった。

 

 

梓がすかさず振り返ると、40代ほどの男性が立っていた。

ポロシャツにチノパンの、どこにでもいそうな格好の男性。

顔は笑っているが、目は笑っていない。

 

その顔に、梓は見覚えがあった。

 

 

「あ……刑事、さん……」

 

一美と共に警察署に行った時、行方不明事件の担当だと紹介された若い刑事さん。

一美と浩平(こうへい)が、何度も頭を下げていたのが印象的だった。

 

「こんにちは。梓ちゃん。体調は大丈夫?」

 

好意的に見えて、その内側から何かを見透かそうとしているような目線。

逃亡中に何度も見た警察の目だった。

 

「あ……はい……今日は、ちょっとだけ……」

 

梓は目を逸らして、自信なさそうに言った。そう言うように言われてきたから。

 

一美が刑事に向き直り、ぺこりと会釈した。

 

「どうも。大橋(おおはし)さん。お疲れ様です」

 

「どうも。()()()()()()()()()()()()()()()()、様子見がてら、お声がけさせていただきました」

 

刑事・大橋の慇懃な笑みに、一美は余所行きの笑顔で返した。

 

「あれから、危ないことはありませんか? お車で送迎されているので、大丈夫だとは思いますが」

 

「ええ……今のところは。娘も、少しずつですが良くなっています」

 

一美は手元のスマホの時計を見たが、大橋は笑顔を崩さなかった。

 

「それは良かったです。学校にも通えるようになって、私も安心しましたよ。私も娘がいるんですがね、今年中学に入ったばかりで。入学してすぐは、なかなか目が離せませんよ」

 

梓はわざとらしく深呼吸をした。

呼吸していないことをバレたくなかったから。

 

「我々も目を光らせてはいますが、くれぐれも、よろしくお願いしますよ」

 

よろしくお願いします。――何を?

梓は聞きたかったが、口には出さなかった。

警察が求めているものなんて、わかっている。

 

「ええ。勿論ですよ。お手数をおかけします」

 

一美が深々と頭を下げると、大橋も僅かに会釈した。

 

「では、また」

 

大橋は梓と一美に笑いかけ、マンションの敷地から歩いて去って行った。

 

 

「……行きましょ」

 

犯罪者たちは、逃げるように家に入っていった。

 

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