はらぺこヴァンパイア   作:棗の

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たべられるもの-6月1日2時13分

 

家族が寝静まった深夜。

 

(あずさ)は自宅近くの路地にいた。

 

 

誰の家かもわからない古い家と家の隙間。

電話で指定された場所だった。

 

 

「ご足労頂きありがとうございます。三浦(みうら)様」

 

 

目の前にいるのは、ひょろりとした影絵のような人外。

身長2メートル近い、フェドーラコートを着たドーベルマンのように見える存在。

 

ブラックドッグ。

 

 

対峙する梓は、冬物のコートを寝間着の上に羽織っただけの姿。

寝間着姿はおろか、ホテルのバスローブ姿すら見られているこの人外相手に羞恥心もなかった。

 

 

梓はどの人間にも向けないような鋭い目つきを、ブラックドッグに向けていた。

 

この胡散臭い人外と話すこと自体が嫌だし、やっていることも、その態度も、話し方も、何もかも気に入らない。

 

人の遺体をまるでゴミみたいに扱う、何の感情も見出せない不気味な存在。

 

 

ヴァンパイアになって、学校に通って、たくさんの人間と触れ合ったからこそわかる、その異常さ。

何の生気も感じられない、影のような何か。

 

呼吸の音も、鼓動音も何も聞こえない、ただ視界だけがそこにいると伝えている何か。

それこそがブラックドッグだった。

 

 

「随分……状態が良くないようですが、いかがなさいましたか」

 

まるで壊れかけの家電を見るような口調で、ブラックドッグは言った。

 

「……さっきも言ったでしょ。私が食べられるものを買いたいの」

 

「血液は我々の販売できるリストには無いと申し上げたはずですが」

 

梓はギリッと奥歯を噛んだ。

 

そんなことわかってる。あんたが売ってくれないから、私は何人も人を殺さなくちゃいけなくなった。

 

「……血液以外で、ヴァンパイアが食べられるものを買いたいの。何かあるでしょ」

 

空腹でガンガン痛む頭の中で、梓は精一杯に考えた。

考えたうえで、その一言を思いついた。

 

ブラックドッグは、ネットで調べた”悪魔”みたいな存在だと梓は思った。

契約とかにうるさくて、人間を馬鹿にしてて、魔法みたいな力を持ってる。

 

悪魔と取引するときは、普通に聞いちゃダメだって書いていた。

こういうふうに、意地悪な相手を想定して聞かなきゃいけないって。

 

 

ブラックドッグは数秒、ゆらゆらと揺れて、一言呟く。

 

「ええ。ございます」

 

やっぱり。

ブラックドッグは血液を売らないと言ったけど、ヴァンパイアが血液しか食べられないと言ったことはない。

 

この不快な人外は、嘘はつかない。

 

「それでは三浦様、材料はお持ちですか?」

 

「ざ、材料? なんの?」

 

「三浦様のお食事の材料でございます」

 

おかしな言い方をしている。

ヴァンパイアが食べられる”それ”が何なのか言わずに、そんな質問をしてくる。

 

「材料って、なに?」

 

だからそう聞かないと、ブラックドッグは答えない。

 

ブラックドッグがふっと息を吐いた。馬鹿にするような笑いだった。

 

「何がおかしいの!」

 

「くふふっ……失礼しました。三浦様はご存じないのですね。ご存じないにも関わらず、ここまで動いていらっしゃるとは……くふふ……本当に、ユニークなお方ですね」

 

ブラックドッグはゆらゆらと影絵のような体を揺らしていた。

 

「……質問に答えて。血液以外の、食べ物の材料ってなんなの」

 

ブラックドッグは目のように見える白い切れ目を僅かに細めて、答えた。

 

 

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それは少しだけ予想していたけれど、考えないようにしていたことだった。

この体は何を食べられるか知っているから。

 

「そんなのじゃない。そんなのじゃなくて! もっと何かあるでしょ!?」

 

梓は牙を剥きだしにして、目の前の冷酷な人外を睨みつけた。

 

「ねぇお願い! 何かあるでしょ!? 魔法みたいな食べ物が! ヴァンパイアだけが食べられる魔法の食べ物が!」

 

空腹のせいか、梓は気が立っていた。

この人外なら、魔法みたいな力で何とかしてくれると思ったのに。

お金さえ払えばなんとかなるはずなのに。

 

「魔法などと……そのようなものと同一視されることは、(あるじ)への冒涜です」

 

しかし返ってきたのは、よくわからない言葉。

僅かに何かの感情が含まれていたが、焦燥感に駆られた梓にはそんなことはどうでもよかった。

 

「主とかどうでもいいから! 何かあるでしょ!? 誰も傷つけなくて、血と人間以外のものが!」

 

ブラックドッグは数秒、悩むようにひらひらと動いて、言葉を放つ。

 

「血も、人間の死体も、傷つけずしてどのように作るのでしょう?」

 

その言葉は鋭利な針のように、細く深く梓に突き刺さった。

 

「どっ……どうって……それをやるのが、あんたの仕事でしょ!?」

 

「そのようなビジネスはしておりません」

 

「どうして! あんたたちならできるでしょ!?」

 

「そのようなビジネスはしておりません」

 

「できるでしょ!?」

 

梓はブラックドッグに詰め寄った。すぐ目の前に、黒くゆらゆら揺れる影がある。

何の臭いも、音もしない。

 

「お願い! おなかがすいてるの! だから!」

 

梓は両手を合わせて、祈るように言った。

 

「おなかがすいておかしくなりそうなの! 誰かを襲いそうなの! お願い……助けて……っ!」

 

梓は(ひざまず)いて、ゆらゆらと揺れる漆黒の影を見上げ、懇願した。

 

 

ブラックドッグは目のように見える白い切れ目を、僅かに動かした。

 

「料金を頂ければ、こちらで人間を殺害致しますが」

 

 

それは新たな情報だった。考慮していない可能性だった。

 

 

数秒、躊躇(ちゅうちょ)した。

 

 

「っ……そういう、こと、じゃなくて!」

 

そういうことじゃない。

そんなの、何も変わらない。

 

私が襲うか、この人外がどこかで人を殺すか。そのぐらいの違いしかない。

 

 

もっと、誰も傷つけなくて、スーパーで売ってる野菜みたいな。

安心して、誰にもごめんなさいって思わず食べられるような。

そういうものが、きっとあるはずなのに。

 

 

梓は何も言わずに(きびす)を返した。

 

ブラックドッグは一礼して、夜風と共にかき消えた。

 

 

 

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