はらぺこヴァンパイア   作:棗の

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至福の時(一)-6月8日18時40分

 

星野由佳(ほしのゆか)は駅の前に立っていた。

 

 

横浜駅(よこはまえき)から歩いて程近い、桜木町駅(さくらぎちょうえき)

拡張された広い歩道を、由佳よりも年上の人たちが歩いている。

前行ったベイクォーターほどではないが、ここも大人ばかりで、場違いな気がする。

 

気温は28度で晴れ。雨と暑さと曜日の三つがすべてちょうど良い、奇跡のような一日。それが今日だった。

 

なんだか広い歩道の真ん中に立つのが恥ずかしくて、目立たない駅の出口に立った。

スマホのインカメで前髪を整える。前のデートの時より伸びた気がする。切りに行きたいけど、お金が無い。

6月初めに振り込まれたお金は、すぐに新しい服の代金に消えてしまった。

おしゃれな(あずさ)に少しでも追いつきたくて、新調したら一気に一万円も消えてしまった。

 

ペイペイの残高のことはもう考えたくない。いくらでも削ればいい。

梓といる時に、最高に輝く星野由佳であればいいから。

 

 

今回は首から金色の猫のネックレスを下げてみた。

これはショップで300円で買った物だけど、梓におそろいのを買ってあげたい。今日のデートで買うんだ。

 

 

本当はこのデートは、告白前の二回目のデートの予定だった。

だけど恋人同士になった後でも十分に使えるプラン。

ここから買い物して、ロープウェイに乗って、その中でキスするんだ。

今度は口と口で。梓の牙と触れるぐらい近くで。

 

そうすればきっと梓は、もっとわたしに夢中になってくれる。

ほっぺたにキスは、もしかすると梓の両親がしてるかもしれない。

だから口と口でキスをする。

絶対に誰にも追いつかせない。

 

「……リップも持ってるよね」

 

由佳は肩から下げたミニバッグの中身を確認した。

どうしても唇や手が荒れがちで、薬用のリップを買った。

歯も磨いてきたし、シャワーだって浴びてきた。

 

梓はいつも肌が綺麗でいい匂いがする。そんな梓に触れるんだから、自分も綺麗でいたかった。

梓はあまりにも綺麗すぎて、デートの度に緊張する。周りからどう見られているんだろう? 恋人同士に見られているかな。

 

 

聞きたいことや話したいことがいっぱいある。梓はあんまりスマホを見る人じゃないみたいで、LINEの返信も数時間遅れることはよくあることだった。

由佳にとってそれはあまりにも長すぎた。募る寂しさに、会えた嬉しさが追いついていない。

 

 

千夏(ちなつ)が珍しくお昼に暇だと言っていたので、ちょっとLINEで通話してみた。

だけど梓とは違った。

千夏は土曜日はスーパーでバイトしているらしく、30分ほど話して「ごめん、バイトの準備があるから」と打ち切られてしまった。

話したのは最近見た月9枠のドラマのことで、由佳と違ってサブヒロインの女の子を応援しているようだった。

 

ちょっと好みが合わないところがわかってしまって、落ち込んでいた。

 

梓から乗り換えるとか一切考えていないけど、千夏も好きな子だった。

大人っぽくて、落ち着いて、きれいなひと。

千夏は何事にも一歩引いていて、なんだか壁を感じるところは梓と似ていた。そんなところ似てほしくないのに。

 

梓は月9ドラマをそもそも見てないらしくて、布教しようと思っていた。

梓に似てる子が出てるから、わたしの好きのアピールもできるし。

 

 

今日の話のタネはたくさんある。やっと掴んだ梓とのデートの切符。

現実に確かにいる梓がもうすぐわたしの隣に来る。妄想じゃないし写真じゃない。

 

集合は18時50分。スマホを見ると、18時48分。

 

梓は遅れるような人じゃない。

 

そう思って後ろを振り返ると、いた。

 

 

真っ白い肌。肩までの黒髪がふわりと巻かれている。黒い男物のキャップで目元を隠している。

白いリボンブラウスのトップスに、ミニ丈のジーンズ生地のキュロットスカート。

白に黒のラインの入ったハイソックスにストラップ付の黒いローファー。肩掛けの黒いミニバッグ。

真っ白い梓の足が太もものラインまで綺麗に見えていて、梓の細くて綺麗な腕もむき出しになっている。左腕にエスニックなデザインの細いブレスレットをしていた。

 

梓の初夏の装い。

想像していたよりもずっとずっと綺麗で、「きれい……」と呟いてしまうほど。

 

 

梓は由佳の前にまっすぐ近づいて、由佳を後三歩で抱きしめられるぐらいの距離で「こんばんは」と帽子を外した。

紅色のアイシャドウで縁取りされた真っ赤な目があらわになった。

 

 

「こっ、こんばんは! 梓すっごくきれい!」

 

「ありがと。由佳もきれいだよ。前言ってた服、買ったんだ」

 

由佳はにっこり笑って頷く。

きれいって言ってもらった! 頑張って良かった!

メイクも2時間はかけた。すごく頑張ってメイク動画を見て勉強した甲斐があった。

 

 

梓にデート服を買うことを教えていたし、買い物かごの中から選んでもらっていた。

今日はミルク色のケープデザインブラウスに、梓とお揃いに見えるジーンズ生地のショートパンツ。

ソックスと靴はお金が無いから前回のデートの使いまわし。

これだけでも一万円以上していて、もうコンビニでご飯は買えなかった。

 

「ペアコーデになってるでしょ? カップルだし!」

 

「そうだね。由佳のも可愛いと思う。由佳の服の好みって私と似てるよね」

 

梓の赤い目が由佳の顔から、胸元へ、ボトムスへ流れる。

梓がわたしのこと見てる。可愛いって言ってる!

それだけで全身に電撃が流れて、抱き着いてキスしたくなる。

だけど人目がありすぎるし、恥ずかしさが行く手を阻んだ。

 

代わりに由佳は梓に一歩近づいて、右手をぎゅっと握った。梓も握り返した。

 

由佳は一度手をほどいて、梓の指に自分の指を絡めた。恋人繋ぎ。

 

梓は驚いた顔をして、赤い目を泳がせて、そっと由佳と同じように指を絡めた。

ひやりと冷たい感触が手の甲にかかって、心臓の鼓動がさらに早くなった。

 

「きょ、今日は恋人同士だよ! だから普通なの!」

 

「う、うん。じゃあ、行こ? デートに」

 

梓が赤い目を細めて笑った。

 

 

梓が楽しんでくれてる。

デートだって思ってくれてる。

友達同士じゃない。恋人同士だって思ってくれてる!

 

 

由佳はもごもごと何か言葉にならないことを言って、梓の横にぴょんとくっついて歩き出した。

最初の目的地は、複合施設のクィーンズスクエアだった。

 

 

歩く間の会話も弾んだ。

由佳の見たYouTubeShortの話からはじまって、梓が見ていないと言うと、由佳はスマホを出して梓に見せた。

飼い主を待ちわびる豆柴の動画に、梓がくすりと笑った。

 

梓はやっぱり犬が好きなんだ。LINEのアイコンも柴犬だし。

 

「LINEアイコンの犬って、昔飼ってた子とかなの?」

 

「今も生きてるよ。叔母さんの家で飼ってる」

 

「そうなんだ。叔母さんってどこに住んでるの?」

 

岩手(いわて)だよ。おばあちゃんも岩手にいて、おばあちゃんのお世話をしてくれてるの」

 

そういえば梓は中学が岩手県だったって言ってた。

名前を調べたけど、結構な山奥にあるところで、そういうところじゃないとヴァンパイアだってばれちゃうからなのかな。

 

 

ふと、心に湧く疑問。

 

梓っていつからヴァンパイアなんだろう?

 

一瞬、聞こうか迷った。

でも今はデートが始まったばかりで、もしここで梓の地雷を踏んでしまうと、デートが流れちゃう。

 

ぎゅっと梓の手を強く握ると、梓が一瞬こちらを見て、つないだ手をくるくる回した。

その気遣いがうれしくて、もっともっと好きになる。

 

 

梓は由佳が良くないことを考えていると察して、手を回して「大丈夫だよ」と伝えた。

伝わったかは分からない。

だけど由佳は笑っているし、きっと問題ない。

 

一瞬、「由佳のおばあちゃん家ってどこ?」と聞こうとして、梓は踏みとどまった。

それはたぶん、由佳にとって聞かれたくない事。

 

 

「由佳は動物とか好き?」

 

だから話をちょっとだけ変えた。

由佳はぱっと笑って「うん。大好き。特に猫が好き」と返した。

 

「だよね。ネックレス、猫の形だし」

 

「気付いてくれた!? 嬉しい! これさ、お揃いの買おうよ! スリコで買えるから!」

 

デートのネタを思わずばらしてしまった。

梓はちょっと驚いたけれど、「うん、いいよ」と言ってくれた。

 

一つ目のお揃いアイテムができた。

どんどん増やしていきたい。梓と同じ服、梓と同じアクセサリ、梓と同じ髪型。

目と肌と顔は……さすがに梓が綺麗すぎてできないけど。

 

梓の髪の毛は本当にきれい。全く癖が無いさらさらの髪。

雨の日はさすがにうねうねしてるけど、晴れた日や曇りの日はすごくさらさらしてて、黒く光っているように見える。

わたしはくせ毛だし、子どもっぽい。

 

由佳にとって梓は黒猫だった。

クールで気高くて、赤い目の黒猫。

 

猫のポーズしてって言ったらしてくれるのかな。お家にいつか呼べた時にお願いしたい。

 

 

「梓は猫好き?」

 

「うん。好きだよ。猫カフェとか行ってみたいけど、ママが猫アレルギーだから行けなくて」

 

ちくりと由佳の胸が痛む。

 

可哀そう。猫カフェぐらい好きに行かせてあげればいいのに。

自分が行けないからって妬んでるんだ。大人っていつもそう。

次の次のデートは猫カフェにしよう。調べておかないと。

 

「わたしも行ってみたいところあるし、今度行こうよ。施設の中なら太陽の光も少ないし」

 

「……確かに。いいかも。ありがと、由佳」

 

梓がにこりと笑う。

由佳の心臓の鼓動がますます早くなって、ほっぺたを梓の冷たい腕にこすりつけた。

梓はよろめいたりもせず、「こけちゃうよ」と言うだけだった。

 

 

そうして二人は、クイーンズスクエア横浜に着いた。

左右に二本のビルが伸びる、みなとみらいの複合施設。

周りには由佳たちより年上のカップルがたくさんいる。電飾の施された木々が綺麗で、梓も思わず牙が見えるほど口を開けていた。

 

「きれい……ここ来るの初めてかも。由佳は来たことあるの?」

 

「もちろんっ。ばっちりエスコートするよ。今日はデートだもん」

 

由佳は事前に下見をしたコースを案内していく。施設内の、高い天井を臨む通路へ。

 

梓を見て、遠くにいる学生カップルが何か話している。けれども梓は気にせずに、きょろきょろと周囲を見ている。

 

「こんなところあったんだ……おしゃれなお店がいっぱい」

 

「でしょー? デートにぴったりのとこだよ」

 

梓の目が一か所で止まって、ぱあっと表情が輝いた。

 

「あっ! サンリオのお店がある!……由佳はサンリオって好き?」

 

「う、うん。好きだよ」

 

嘘だ。本当は別に好きじゃない。

中学の時に告白した子が好きだったから、嫌な事をたくさん思い出しちゃう。

サンリオは何も悪くないけど、どうしても苦手意識を感じちゃう。

 

梓がサンリオ好きなのも初めて知った。

誰かと一緒にお店に行かれると嫌だから、好きって答えちゃった。

 

「そうなんだ。ちょっと見てもいい?」

 

由佳は頷くしかなかった。

梓は由佳の手を引いてサンリオショップに入っていく。

 

梓は青いペンギンのキャラクターのキーホルダーを持って笑った。

片手は由佳と繋がっているのに、片手と梓の顔はこっちに向いていなかった。

 

 

なんだか、置き去りにされた気持ち。

 

 

由佳は梓の腕を引っ張った。

梓が微笑を浮かべたまま、由佳の方へ向く。

 

「……わたしとデートなんですけど」

 

「え? そのつもりだけど……」

 

梓は由佳の言っていることがよくわからなくて、またキーホルダーの物色に戻った。

 

 

鞄につけられるのがよさそう。今の鞄は日光対策で黒一色だから、何かワンポイントほしい。

由佳の好きな子はどの子なんだろう? あとで聞こうかな。

 

 

由佳は頬を膨らませて、店内を歩く梓についていく。

試しに手を離してみたけど、梓は気付かなかった。

無邪気な笑顔で、店内のキャラクター達を見ている。

 

 

わたしとのデートなのに、わたしのことを見てない。

()()()()が寂しそうにしてるのに、気付いてない。

 

 

胸の奥に湧いた悲しみと怒りが、由佳の口を突き動かす。

 

「あずさ!」

 

梓がびっくりして振り向いた。

 

「わたし行きたいお店があるんだけど。そっちに行こ」

 

「えっ、あ、う、うん。いいよ」

 

梓は後ろ髪を引かれるように一度、二度、店内を振り返って、由佳の元へ帰ってきた。

由佳はぎゅっと梓の手を握りなおして、お店を出た。

 

もうデートでこのルートは使わない。

梓とわたしはデートなんだから、絶対離れない。この手はずっと離さない。

 

 

色んなお店を通り過ぎて、下調べしておいた300円ショップに辿り着く。梓をアクセサリーのコーナーに誘導した。

 

別に梓の機嫌が悪くなってる感じはない。よかった。

 

「ここで買ったの。梓も一緒に買お?」

 

「う、うん」

 

よくわからないけど、由佳がちょっと機嫌が悪そう。

どうしたんだろう?

 

 

梓なりに、今日はデートという気持ちを持って臨んでいた。

女の子同士のデートが何をするのかよく分からないけれど、由佳は大切な人だし、楽しい日にしたいと思った。

どっちが彼氏のポジションとかそういうのもよくわからないけど、流されるだけじゃなくて、カップルっぽいことも言ったりしたりしよう。

さっきの恋人繋ぎはちょっとびっくりしたけど、カップルだし普通なはず。

 

由佳は用意周到だし、もしかしたら、時間が決まってるイベントとかあるのかも。

 

「由佳は何か買わないの?」

 

由佳は言葉に詰まった。

300円ぐらいなら買える。だけど既にペイペイの残高はだいぶピンチで、ちゃんと計算しないと足りるか分からない。

 

未来への不安と、今の梓のデートが天秤に乗って、デートの方に傾いた。

 

「か、買おうかな。梓が選んでくれたの買いたい」

 

「私でいいの?」

 

「梓じゃなきゃダメなの」

 

梓は彼女の気持ちを分かってない。

これはデートなんだから、梓が選ばなきゃ意味がないのに。

 

 

梓は体をかがめて、アクセサリを一つ一つ見ていく。由佳はその横で、梓の目線の先をじいっと見ていた。

 

ここの店に梓の苦手な十字架のネックレスが無いのは調査済み。

梓がわたしのために何か選んでくれるのは、前のデートの紅茶以来。

梓からわたしはどう見えているんだろう?

 

 

さっきのこと、梓は怒ってるのかな。

梓に悪気なんてない。寂しくなって思わずやっちゃった。

今からさっきの店に戻るって言ったら、梓はどう思うんだろう。

今日のフィナーレのロープウェイは9時までだからまだ大丈夫。

でも梓は確か9時に帰るからちょっと怪しいかも。

 

 

鎮火した怒りの灰の中から、恐怖が芽を出す。

 

嫌われたかも。

もう次のデートはないって思われてるかも。

終わったらLINEブロックしようって思われてるのかも。

 

 

「あ……梓、あの」

 

「うん? どうしたの?」

 

梓がこっちを向いた。赤い目がキラキラ光ってる。

 

「あの……さっき、ごめんね。ちょっと、寂しくなっちゃって」

 

言葉を取り繕うこともなく、気持ちのままに言葉が出てしまった。

 

「さっき? ……あ、サンリオショップのこと? 由佳、この後に何か準備してくれてるんでしょ? ごめんね、早く選ぶから」

 

梓から返ってきた言葉があまりにも優しくて、由佳は自分を殴りたくなった。

 

 

本当にわたしの彼女はどうしようもなく優しくて。

自分の子どもっぽさが、恥ずかしくて。

 

 

由佳は梓に抱きついていた。周りの人が小さく驚きの声を上げた。

 

「ゆ、由佳?」

 

ぎゅうっと梓を強く抱きしめた。

狭い店内で迷惑だって思われても構わなかった。

 

「……ごめんね。わたし、離れたくなかったから」

 

そんな言葉が口を突いた。

 

梓はどうしたらいいかわからなくて、とりあえず頭を撫でてみた。

由佳が「きゅぅ」と声を出して、梓の胸に顔をこすり付けた。

 

梓の優しさが焦燥に駆られる心をそっと包んで、癒してくれる。

 

梓に嫌われたかもしれないと思ったけど、そんなことなかった。

大丈夫。ちゃんと好かれてる。

 

 

梓から匂いがする。洗剤みたいな匂い。

梓は不思議な香りがする。

トゲトゲした気持ちも、寂しさも和らげてくれる香り。

 

このまま、眠ってしまえそう。

 

 

由佳は梓の胸に顔を埋めたい欲求を振り切って、顔を上げて梓を見上げた。

身をかがめている梓の頬に、そっとキスをした。

 

「……ありがと。ゆっくり選んで。大好き」

 

梓の頬が、赤くなった気がした。

 

「あ、え……う、うん、あ、ありがと」

 

梓がふいっと顔を逸らして、きゅっと口を引き結んだ。

その逸らした頬に、もう一度キスした。

 

「あずさぁ、こっち向いてよ」

 

「……や、やだ。でも、ありがと」

 

梓が照れてる。

梓の気持ちが動いてる。

 

 

わたしの気持ちが届いてる!

 

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