はらぺこヴァンパイア   作:棗の

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至福の時(二)-6月8日19時20分

 

照れから戻ってきた(あずさ)は、「これとかいいかも」と細い指輪を手に取った。

 

 

リボンの意匠がついた、ピンクゴールドの指輪。

梓は親指と人差し指で持って、「どうかな?」と由佳(ゆか)に見せた。

指輪の向こうに赤く光る瞳がある。

 

たった300円の指輪だけど、それが由佳にとってはすごく輝いて見えた。

”ピンクゴールド”と”リボン”という2つのキーワードが頭の中を駆け巡って、その意味を探す。

 

 

ピンクゴールド。友達? いや違う。梓はリボンとかしない。わたしもしない。

梓はフリル系の服が好き。

 

梓の好み? わたしにも着てほしい?

どの指にするのがいいんだろう? 薬指?

これのペアってないのかな。一個しかない。どうして。

 

 

「……由佳?」

 

梓は真っ赤になってうつむいた由佳の名前を呼んだ。

 

 

怒ってるわけじゃなさそう? この指輪、気に入らなかったのかな。

ピンクゴールドってかわいいし、由佳の服に合いそうだと思ったから選んだんだけど。

 

 

由佳は顔を上げて、ぎこちない手つきでその指輪を取って、薬指にはめようとして、指が震えて、小指にはめた。

梓が、花の開くように笑った。

 

「よかった。似合ってるよ。由佳」

 

「そっ、そ、そう? そうかな?」

 

自分がどんな顔をしてるか分からないけど、すごく顔が熱い。

 

遅れて、店内なのにさっきキスをした恥ずかしさも出てくる。

周りはほとんど女の人ばかりだけど、年上の人も多い。

 

由佳はタグつきのリングをしたまま、ネックレスのコーナーから猫のネックレスを探した。

二つ残っていた。

一つ取って、梓に突き出すように渡した。

 

「こっ、これ! 梓はこれ!」

 

梓の白い指がネックレスを絡めて、そのまま自分の首元へ。

近くの鏡を見て、梓は微笑んだ。

 

「いいかも」

 

よかった。

夢が、現実になった。

 

 

夢は叶うんだ。

願えば、叶うんだ。

 

 

叶わないことばかりだったのに、梓と出会って、夢は現実になってる。

梓がいれば、夢は叶うんだ。

まだ、わたしの人生は終わりじゃないんだ。

 

 

「じゃあこれを買おうかな。由佳のも私が出していい?」

 

「い、いいの?」

 

「いいよ。プレゼントってことで」

 

今日は梓からのプレゼント記念日だ。帰りにケーキを買おう。

いくつ記念日が重なるんだろう。

 

あんまりにも幸せなことばかりで、小さな体に入れられないほどの幸せを浴びて、頭がくらくらする。

 

 

由佳は慌てて指輪を小指から抜いて、梓の指に近づけた。

梓はそっとつかんで、ネックレスと一緒にレジへ歩いていく。

 

 

なんだか胸の中でいろんな感情がぐるぐる渦巻いて、店の外に出てしまった。

 

ペアネックレスをここで梓にこっそり買って、ロープウェイの中でプレゼントして、梓に抱きつきながらつけてあげる予定だったのに。

 

でも、梓に買ってもらうのもそれはそれで良かった。

なんだか、気持ちが繋がった気がしたから。

 

 

「だいすき……あずさ……っ」

 

胸の奥で爆発しそうな感情を、言葉にこめて吐き出した。

熱い吐息がふうっと出て、吸って、はいて、少しだけ落ち着いた。

 

スマホのメモを見た。たくさん書いたメモの中から、”今日の目的”と書いたものを探す。

 

 

『梓に意識してもらう!』

 

 

梓をかっこよくエスコートして、梓がわたしのこと意識して、ドキドキして照れて、自分からキスしてくれるようになってほしい。

鈍感な人には積極的にアプローチして、どんどん押して押して意識させなきゃダメってネットに書いてた。

 

梓は人気者なのに鈍感すぎる。自分がどれだけ綺麗かわかってない。

このあたりにいる女の人の中でも一番きれい。

みなとみらいの夜景をバックに写真を撮ったら、そのまま雑誌の表紙になれちゃうかもしれない。後で撮ろう。

 

 

スマホのメモには、話のネタがたくさん。

月9ドラマのこと、夏の流行色のこと、梓の好きな女優さんのドラマのこと。

気乗りはしないけどE-Z’s(イージス)の新曲のこと、Netflixで見たヴァンパイアのドラマのこと。

 

妄想の中の梓はその話題のどれを出しても、笑顔で頷いて聞いてくれて、由佳の頭を撫でてくれていた。

現実の梓も確かに笑ってくれるけれど、繋いだ手をちょっと回してくれたりするぐらいだった。

 

それでも前のデートと全然違う。

仲は深まってる。間違いない。

嫌われてない。大丈夫。

 

 

嵐の吹き荒れる心に言い聞かせていると、梓が取っ手付きの紙袋を持ってお店から出てきた。

「はい、どうぞ」と由佳に渡した。

由佳は取っ手に指を絡めて、一瞬、冷たい梓の指と触れた。

 

「あっ、あ、ありがと!」

 

心臓の鼓動が高鳴る。

由佳は、にっこりと笑った。

 

 

梓の赤い目を見ていると全部どうでもよくなっちゃう。

好きが溢れて、ただ抱きしめたくなる。

 

 

由佳は袋から指輪を取り出してみた。

タグのないピンクゴールドの指輪を、小指にはめた。

まるで待っていたみたいに、ピッタリと指輪が小指にはまった。

 

指輪のはまった小指の向こうで、梓がにっこり笑っていた。

 

「うん。似合ってるよ。由佳」

 

「そ、そうかな? おかしくない?」

 

指輪なんて人生でも数えるほどしかしたことなかった。

誰かからもらったことなんて、一度もなかった。

 

 

その一度が、世界で一番好きな恋人からだった。

こんな幸せ、人生の中で一度も無かった。

 

 

「似合ってるよ。可愛いと思う」

 

すごく可愛い梓がそう言うと、なんだかそうかもしれないって思えてくる。

可愛くないわたしなのに。

 

「つ、つけたままでもいい?」

 

「うん。由佳にあげたものだし」

 

由佳はピンクゴールドの指輪をそっと指でなでて、胸に当てた。

冷たいはずなのに、すごく暖かいそれは、梓と由佳のつながりの象徴だった。

 

 

「それで、次はどこに連れて行ってくれるんですか?」

 

「つ、次はロープウェイに乗るよ! 夜景が見えてすっごく綺麗なの!」

 

由佳と梓は、恋人繋ぎでクィーンズスクエアを出た。

光害で白んだ星のない夜空と、その下に輝く夜景が見える。

天と地がひっくり返ったみたいな、彩られた街並み。

 

 

由佳は梓に腕を絡ませて、ほっぺたを梓の腕にこすりつけた。

冷たくて気持ちいい。

梓の腕はやっぱり人間の腕っぽくない。表面がつるつるしていて、スマホの画面とちょっと似てる。

握ると指が沈むけど、わたしの腕よりもずっと固い。

梓の肌は近くで見ると本当に綺麗で、しわや染みなんて一つもないし毛穴もない。

本当に不思議な人。

 

「私の体って熱いの? 冷たいの?」

 

梓が固い表情で聞いてくる。

由佳は歩きながら梓を見上げて、笑って言う。

 

「冷たいよ! 冷たくて気持ちいい!」

 

「……気持ちいいの? ほんとに?」

 

「ほんとだよ。さらさらしてて、ずっと触っていられる。夏はずっと梓と一緒にいたいぐらい!」

 

梓がちょっと恥ずかしそうに顔を逸らした。

顔色は全然変わらないけど、梓の表情がなんとなくわかるようになってきた。

梓は結構照れ屋で、褒められ慣れてない。

だからこそまっすぐ褒めると、すごく照れてくれる。

 

 

由佳が恋人の新しい発見に浮かれていると、梓の言葉が降ってきた。

 

「……じゃ、じゃあさ。もっと触って」

 

恋人らしく、と思って梓は言ってみた。

由佳が「えっ」と声を出して、俯いて頬がどんどん赤くなっていく。

子どもみたいにぎゅっと腕にしがみ付いた。

 

 

今日は梓からのお触り希望記念日だ。

 

 

由佳の心臓がすごい速さで動いて、梓の胸に手が伸びて、すっと戻った。

 

さすがにまだダメ。外だし。

このあとできたら。ちょっとだけ。

 

梓の頬に、由佳の指先が触れた。

さわさわ撫でると、梓が赤い目を細めて笑った。

 

くすぐったいのかな? 猫みたい。

 

震える指でそのまま首筋を撫でていく。

梓のほっぺたは柔らかいのに、そこ以外はシリコンみたいに固い。あごの下をさわさわとくすぐってみた。

 

「猫みたいだね」

 

梓が照れたように笑って、由佳はびくりと震えて指を離した。

 

「あ、ご、ごめんっ」

 

本当に触りたいところを避けたら変なことしてた。どうしよう。

 

梓は由佳の手を取って、自分から指を絡めてみた。

真っ赤な顔の由佳が「ひゅぅっ」と変な声を出して、指を絡めてくる。

 

「痛くない?」

 

「う、うんっ。き、きもちいいよ」

 

声が上ずっていた。妄想の中の梓と違うことばかりあって、気を抜くと倒れてしまいそうだった。

 

「冷たかったら、離していいからね」

 

「う、ううんっ。絶対離さない。梓をあ、あっためてあげるから!」

 

勢いのままに由佳が気持ちをぶつけると、梓は顔を逸らした。

「ええっと……」と、言葉にならない言葉が漏れた。

 

「次はどこ?」

 

「つっ、つぎはロープウェイだよ! こっち!」

 

 

由佳は下見の時の記憶を頼りに、心はずっと梓の手の質感だけを感じて、ロープウェイの乗り場まで来た。

淀んだ川の上を通る銀色のロープウェイの架線が、街並みの光を反射して鈍く光っている。

 

 

数人、梓と同じぐらいの背のカップルが並んでいる。大学生ぐらいの人たち。

後ろのカップルの男が「すげぇ……めっちゃ綺麗」と呟いて、女の人から腕をつねられていた。

 

 

梓が楽しそうに夜景とロープウェイを見て、びくりと体を震わせる。

赤い視線の先を見ると、ロープウェイの下を流れる川を見ていた。

光をゆがんで反射していて、昼と見え方が全然違う。

 

 

そっか、梓は川が見えるから怖いんだ。失敗したかも……。

 

 

「梓、ランドマークタワーきれいだよ! ほら!」

 

梓の視線を無理やり外した。

自分の背に汗がにじんでいるのがわかる。梓の手を離さずに、周りの綺麗なものを頑張って探す。

 

「きれいだね。この辺って高い所から見るとこんな感じなんだ」

 

「すごいよねー……」

 

まずい。話題が途切れちゃう。話すことのメモから一つ話題を取り出す。

 

「あっ、あのね! E-Z’s(イージス)の新曲、わたしも聞いてみたんだ! 『マスカレード』って曲だよね」

 

「えっ? そうなんだ。ごめんね。まだ聞いてない曲かも。最近、あんまり曲とか聞かなくて……」

 

また予想外の返事が返ってくる。

梓がちょっと悲しそう。

どうして? 梓はカラオケはなぜかダメだけど、曲は好きなはずなのに。

 

 

由佳が二の句を継げない間に、由佳と梓の搭乗順が回ってきた。

チケットをスマホで見せると、ロープウェイのゴンドラが回ってくる。

丸っこい形で、鈍い銀色の縁取りに黒みがかったガラス張り。中の様子があんまりよく見えない。

 

「どうぞー」

 

係員が笑顔でゴンドラのドアを開けた。

中には絨毯っぽい質感の向かい合う座席があって、足元も絨毯敷きだった。

 

川が見えなくて良かった。中のガラスからは外が綺麗に見える。マジックミラーだったみたい。

 

 

由佳はあたふたと乗り込んで、梓の腕を引っ張る。

梓もあたふたと乗り込んで、向かい合って座った。

 

ドアが閉まると、周りの音が静まって、穏やかな音楽が流れてくる。

 

 

目の前に、世界一可愛い恋人がいる。

ちょっと緊張した顔で、わたしを見てる。

 

 

梓と向かい合ってる。

夜景の中に、梓の赤い目が輝いて見える。

 

幻想的な景色の中で、淡い夜景に溶けない鮮烈な赤い瞳がまっすぐ見ている。

 

 

先に視線をずらしたのは、梓の方だった。

遠くでキラキラ光る観覧車を見て歓声を上げた。

 

「あっ、あ、あずさ! 写真撮ろ!」

 

あまりにも梓がかわいくて、予定を無視して言ってしまった。

梓は頷いて、胸の横でピースサイン。

由佳は勢いのまま梓の横に座って、ぎゅうっと体を押し付けた。

 

 

梓の大きなおっぱいに肘が触れて、そこから熱くなってくる。

熱に浮かされたままでインカメで写真を撮った。

 

 

また一枚、思い出が増えた。

 

 

撮った写真を梓に見せた。

「いいね。後で送って」と笑顔で言ってくれた。

 

 

いい匂いがする。梓の体は冷たくて気持ちいい。

顔を横に向けると、梓がちょっと困ったように見ている。

 

距離は僅か。体は密着してる。

このまま向かいの席に戻るつもりなんて最初からない。

 

 

今、しちゃおうかな。口と口のキス。

 

 

一瞬湧いた衝動を、由佳は押しとどめた。

 

まだダメ。ムードを高めて、それからしないと。

わたしはいつだってしたいけど、梓の気持ちを動かすんだったらまだダメ。

 

「……こっちの席でいいの?」

 

梓が首をかしげて聞いてくる。

 

「当たり前でしょ。カップルなんだから。ね?」

 

由佳は梓のショートパンツから伸びる太ももに片手を当てた。

真っ白で、だけど柔らかい。

梓は由佳のその手を振りほどいたりはしなかった。

 

 

しばらく静かな音楽が流れて、梓は由佳から視線を外して外を見た。

大小様々な明かりが、港沿いの道を彩っている。

梓のヴァンパイアの目には、さっきまでいたクィーンズスクエアの入り口で仲良く並ぶカップルの顔まで見える。

 

「やっと梓と二回目のデートができた。今日、晴れてよかったよ」

 

「二回目……? そうだっけ」

 

「一回目は付き合う前! あれもデートだったの!」

 

むうっと頬を膨らませると、梓が困ったように笑った。

 

やっぱり鈍感。あれだけ頑張ったのに、ただの友達同士のお出かけだと思われてた。

 

「怖くない?」

 

「うん。大丈夫。川が見えなくてよかった。すごく綺麗で、楽しいよ」

 

梓は由佳と手をつないだまま、周りに広がる夜景を見渡す。

 

 

もし私が人間だったら、今、すごくドキドキしているのかな。

 

ヴァンパイアだからなのか、神さまに罰を受けたからなのか分からないけれど、恋人っぽいことをしても、気持ちがうまく動かない。

由佳は大切な人だし、ヴァンパイアであっても好いてくれる人だけど、それより先がない。

 

人間だった私でもそれは同じなのかな。

 

 

このロープウェイは初めて乗るけど、きっとカップル向けなんだと思う。

由佳はさっきから私の横にいる。

 

 

由佳の頬は赤らんでいて、潤んだ目で私を見てる。

由佳の片手が、私のふとももに触ってる。

暖かくて、生命を感じる。

 

私から……キスとか、したりしたほうがいいのかな。

 

だけど、怖い。

 

気持ち悪いって思われないのかな。

 

私の舌は紫っぽい色で、牙だって長くて鋭い。

 

もし由佳の唇を切って血が出ちゃったりすると、そこから私がおかしくなっちゃうかもしれない。

由佳の首筋も、なるべく見ないようにしてる。

 

 

由佳は絶対噛んじゃダメ。由佳とそういう関係になりたくない。

 

 

「よかった。ほんとはここ、梓に告白する前に来ようと思ってたの。だけど、告白してからでも別にいいかなって」

 

梓が葛藤していると、由佳が喋り始めた。

 

「そうなんだ……由佳って用意周到だよね。ありがとう」

 

勢いでなんとかしようとしてしまう梓には無い個性だった。

由佳は色んなこと調べてるし、お店の下見とかもしてるのかも。友達と一緒に来てるのかな。

 

「ぜんぶ、梓のためだから。わたし、頼りになるでしょ?」

 

「うん。入学式の時からずっと助かってるよ」

 

それは偽りのない本音だった。

時々由佳は強引だけど、梓の味方であることにはずっと変わりはなかった。

光溢れる世界に怯えていたあの日から今まで、二か月ちょっとしか経っていないけれど、随分と慣れたと思う。

 

それは間違いなく、目の前にいる恋人のおかげだった。

 

「ありがとう。由佳。由佳のおかげで、学校も楽しいよ」

 

梓の眩いほどの笑顔が、由佳の心に一瞬で焼きつけられた。

 

由佳は高まる鼓動のままに、梓にぎゅっと抱きついて、頬にキスをした。

人間の心臓の鼓動が、冷たいヴァンパイアの体に伝わる。

 

「……だめ。好き。あずさだいすき」

 

「あ、ありがと……」

 

気持ちが高まりすぎて、聞きたいことも話したいことも全部放り投げて、このままここで一つになりたくなる。

妄想の中の梓と、現実の梓の境目がぼんやりしてくる。

 

梓の胸は一度触ったし、また触っちゃっていいかな。

唇と唇でキスしながら触りたい。

 

 

このロープウェイが対岸に着くまで五分。

家もカラオケも行けない今、梓との二人きりで許された時間は五分だけ。

 

世界で一番大切な五分間が始まった。

 

「……わたしだって、梓のおかげで楽しいよ。学校ってこんなに楽しいんだって、また思えた」

 

由佳の心の奥底、ガチガチに縛り付けた深い部分が、由佳の口を乗っ取ってそう発話していた。

梓が不思議そうな顔をする。

 

「そ、そうなんだ。よかった」

 

梓はよくわからないままに、そう答えていた。

由佳は一瞬目を逸らして、それから、まるで捨てられた猫みたいな顔で梓を見た。

 

「……梓のおかげ、だよ。梓がいるから、楽しいの」

 

台本に無いけれど、言葉が出ていた。

どうしてかはわからない。

 

心の奥底の闇にうずくまった星野(ほしの)由佳が、目の前の恋人にそう言っていた。

 

 

「……ほんとに? 私、なにもしてないよ」

 

由佳は涙に潤んだ目で、梓を見上げた。

 

「ううん。たくさん、してくれたよ。梓。わたしの……彼女になってくれたから」

 

それだけで由佳の世界は彩られた。

深紅に輝く瞳に、由佳の世界は照らされた。

 

 

「あ……う、うん、そう、だけど」

 

強く燃え盛るような気持ちが、梓の肌を焼いていく。

熱く、生気に満ちた言葉がヴァンパイアの肉体に溶けていく。

 

 

そうだ。

私、由佳の彼女なんだ。

由佳の、たいせつな人なんだ。

 

 

 

()()

 

 

私が――人殺しの怪物なのに、そんなこと。

 

 

 

「……よかった。私、迷惑かけてない?」

 

梓の口をついたのは、そんな言葉だった。

 

 

「全然だよ! 迷惑なんて思ったことない」

 

梓はふうっと息をついた。

 

 

嬉しい。

由佳のおかげで、ちょっと前向きになれてる気がする。

 

もちろん、パパやママや、早紀(さき)ちゃんや千夏(ちなつ)ちゃんのおかげもあるけれど。

 

「学校もなんとかなってきたし、色んなことをしてみようって思えたの。この前、ボランティアに行く予約をしたんだよね」

 

由佳の予定になく、梓が喋りだした。楽しそうに。

 

 

ボランティア? 梓が? 梓は優しいし、そういうの好きかもしれないけど。

 

 

「私の体質でもできそうなところだと、保護された犬や猫のお世話をするところがよさそうで、その練習として猫カフェもいいかなと思ってさ」

 

「そ、そうなんだ。ボランティアってしてる人いたんだ……」

 

由佳の人生で一生無縁だと思っていた。自分のことだけで精一杯なのに。

そんな話より、梓と気持ちを伝え合いたい。

 

「私、ヴァンパイアのことでたくさん人に迷惑かけたから……ちょっとでも、役に立てたらいいなって思って」

 

本心で話してる梓はどこか寂しそうで、いつもとちょっと声色が違う。

 

 

哀しそうで、寂しそうな顔。

そんな顔は見たくない。

梓には笑っててほしい。

 

 

由佳は梓の腕をぎゅっと握った。どこまでも冷たい。

 

「梓が迷惑かけたって……そんなことあるの? 迷惑かけられたの間違いじゃない?」

 

だから梓を励ますつもりで、由佳は言った。

 

 

迷惑かけてる人なんてたくさんいる。

八坂(やさか)に、クラスの男子に、特に中村(なかむら)

最近また梓に色目使ってる。わたしと梓が恋人同士ってことは知らないだろうけど、どうせ下品なことしか考えてないに決まってる。

 

どいつもこいつも、梓の体目的なんだ。わたしが守らないと。

 

 

「いや、そんなことないけど……私、色んな人に気を遣われてるから」

 

「それは……そう、かもしれないけど」

 

梓の悲しみを癒したい。

どうしたらいいんだろう。

キスしたらいいのかな。抱きしめたらいいのかな。

 

わからない。

こんな話を誰かにされたのなんて、はじめてだから。

 

 

 

「……この前、早紀ちゃんと一緒に買い物行った時も、遊ぶ場所とか気を遣われちゃってさ」

 

 

梓が感傷の中で言った。

 

 

 

 

……一緒に、買い物に行った?

 

 

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