はらぺこヴァンパイア 作:棗の
照れから戻ってきた
リボンの意匠がついた、ピンクゴールドの指輪。
梓は親指と人差し指で持って、「どうかな?」と
指輪の向こうに赤く光る瞳がある。
たった300円の指輪だけど、それが由佳にとってはすごく輝いて見えた。
”ピンクゴールド”と”リボン”という2つのキーワードが頭の中を駆け巡って、その意味を探す。
ピンクゴールド。友達? いや違う。梓はリボンとかしない。わたしもしない。
梓はフリル系の服が好き。
梓の好み? わたしにも着てほしい?
どの指にするのがいいんだろう? 薬指?
これのペアってないのかな。一個しかない。どうして。
「……由佳?」
梓は真っ赤になってうつむいた由佳の名前を呼んだ。
怒ってるわけじゃなさそう? この指輪、気に入らなかったのかな。
ピンクゴールドってかわいいし、由佳の服に合いそうだと思ったから選んだんだけど。
由佳は顔を上げて、ぎこちない手つきでその指輪を取って、薬指にはめようとして、指が震えて、小指にはめた。
梓が、花の開くように笑った。
「よかった。似合ってるよ。由佳」
「そっ、そ、そう? そうかな?」
自分がどんな顔をしてるか分からないけど、すごく顔が熱い。
遅れて、店内なのにさっきキスをした恥ずかしさも出てくる。
周りはほとんど女の人ばかりだけど、年上の人も多い。
由佳はタグつきのリングをしたまま、ネックレスのコーナーから猫のネックレスを探した。
二つ残っていた。
一つ取って、梓に突き出すように渡した。
「こっ、これ! 梓はこれ!」
梓の白い指がネックレスを絡めて、そのまま自分の首元へ。
近くの鏡を見て、梓は微笑んだ。
「いいかも」
よかった。
夢が、現実になった。
夢は叶うんだ。
願えば、叶うんだ。
叶わないことばかりだったのに、梓と出会って、夢は現実になってる。
梓がいれば、夢は叶うんだ。
まだ、わたしの人生は終わりじゃないんだ。
「じゃあこれを買おうかな。由佳のも私が出していい?」
「い、いいの?」
「いいよ。プレゼントってことで」
今日は梓からのプレゼント記念日だ。帰りにケーキを買おう。
いくつ記念日が重なるんだろう。
あんまりにも幸せなことばかりで、小さな体に入れられないほどの幸せを浴びて、頭がくらくらする。
由佳は慌てて指輪を小指から抜いて、梓の指に近づけた。
梓はそっとつかんで、ネックレスと一緒にレジへ歩いていく。
なんだか胸の中でいろんな感情がぐるぐる渦巻いて、店の外に出てしまった。
ペアネックレスをここで梓にこっそり買って、ロープウェイの中でプレゼントして、梓に抱きつきながらつけてあげる予定だったのに。
でも、梓に買ってもらうのもそれはそれで良かった。
なんだか、気持ちが繋がった気がしたから。
「だいすき……あずさ……っ」
胸の奥で爆発しそうな感情を、言葉にこめて吐き出した。
熱い吐息がふうっと出て、吸って、はいて、少しだけ落ち着いた。
スマホのメモを見た。たくさん書いたメモの中から、”今日の目的”と書いたものを探す。
『梓に意識してもらう!』
梓をかっこよくエスコートして、梓がわたしのこと意識して、ドキドキして照れて、自分からキスしてくれるようになってほしい。
鈍感な人には積極的にアプローチして、どんどん押して押して意識させなきゃダメってネットに書いてた。
梓は人気者なのに鈍感すぎる。自分がどれだけ綺麗かわかってない。
このあたりにいる女の人の中でも一番きれい。
みなとみらいの夜景をバックに写真を撮ったら、そのまま雑誌の表紙になれちゃうかもしれない。後で撮ろう。
スマホのメモには、話のネタがたくさん。
月9ドラマのこと、夏の流行色のこと、梓の好きな女優さんのドラマのこと。
気乗りはしないけど
妄想の中の梓はその話題のどれを出しても、笑顔で頷いて聞いてくれて、由佳の頭を撫でてくれていた。
現実の梓も確かに笑ってくれるけれど、繋いだ手をちょっと回してくれたりするぐらいだった。
それでも前のデートと全然違う。
仲は深まってる。間違いない。
嫌われてない。大丈夫。
嵐の吹き荒れる心に言い聞かせていると、梓が取っ手付きの紙袋を持ってお店から出てきた。
「はい、どうぞ」と由佳に渡した。
由佳は取っ手に指を絡めて、一瞬、冷たい梓の指と触れた。
「あっ、あ、ありがと!」
心臓の鼓動が高鳴る。
由佳は、にっこりと笑った。
梓の赤い目を見ていると全部どうでもよくなっちゃう。
好きが溢れて、ただ抱きしめたくなる。
由佳は袋から指輪を取り出してみた。
タグのないピンクゴールドの指輪を、小指にはめた。
まるで待っていたみたいに、ピッタリと指輪が小指にはまった。
指輪のはまった小指の向こうで、梓がにっこり笑っていた。
「うん。似合ってるよ。由佳」
「そ、そうかな? おかしくない?」
指輪なんて人生でも数えるほどしかしたことなかった。
誰かからもらったことなんて、一度もなかった。
その一度が、世界で一番好きな恋人からだった。
こんな幸せ、人生の中で一度も無かった。
「似合ってるよ。可愛いと思う」
すごく可愛い梓がそう言うと、なんだかそうかもしれないって思えてくる。
可愛くないわたしなのに。
「つ、つけたままでもいい?」
「うん。由佳にあげたものだし」
由佳はピンクゴールドの指輪をそっと指でなでて、胸に当てた。
冷たいはずなのに、すごく暖かいそれは、梓と由佳のつながりの象徴だった。
「それで、次はどこに連れて行ってくれるんですか?」
「つ、次はロープウェイに乗るよ! 夜景が見えてすっごく綺麗なの!」
由佳と梓は、恋人繋ぎでクィーンズスクエアを出た。
光害で白んだ星のない夜空と、その下に輝く夜景が見える。
天と地がひっくり返ったみたいな、彩られた街並み。
由佳は梓に腕を絡ませて、ほっぺたを梓の腕にこすりつけた。
冷たくて気持ちいい。
梓の腕はやっぱり人間の腕っぽくない。表面がつるつるしていて、スマホの画面とちょっと似てる。
握ると指が沈むけど、わたしの腕よりもずっと固い。
梓の肌は近くで見ると本当に綺麗で、しわや染みなんて一つもないし毛穴もない。
本当に不思議な人。
「私の体って熱いの? 冷たいの?」
梓が固い表情で聞いてくる。
由佳は歩きながら梓を見上げて、笑って言う。
「冷たいよ! 冷たくて気持ちいい!」
「……気持ちいいの? ほんとに?」
「ほんとだよ。さらさらしてて、ずっと触っていられる。夏はずっと梓と一緒にいたいぐらい!」
梓がちょっと恥ずかしそうに顔を逸らした。
顔色は全然変わらないけど、梓の表情がなんとなくわかるようになってきた。
梓は結構照れ屋で、褒められ慣れてない。
だからこそまっすぐ褒めると、すごく照れてくれる。
由佳が恋人の新しい発見に浮かれていると、梓の言葉が降ってきた。
「……じゃ、じゃあさ。もっと触って」
恋人らしく、と思って梓は言ってみた。
由佳が「えっ」と声を出して、俯いて頬がどんどん赤くなっていく。
子どもみたいにぎゅっと腕にしがみ付いた。
今日は梓からのお触り希望記念日だ。
由佳の心臓がすごい速さで動いて、梓の胸に手が伸びて、すっと戻った。
さすがにまだダメ。外だし。
このあとできたら。ちょっとだけ。
梓の頬に、由佳の指先が触れた。
さわさわ撫でると、梓が赤い目を細めて笑った。
くすぐったいのかな? 猫みたい。
震える指でそのまま首筋を撫でていく。
梓のほっぺたは柔らかいのに、そこ以外はシリコンみたいに固い。あごの下をさわさわとくすぐってみた。
「猫みたいだね」
梓が照れたように笑って、由佳はびくりと震えて指を離した。
「あ、ご、ごめんっ」
本当に触りたいところを避けたら変なことしてた。どうしよう。
梓は由佳の手を取って、自分から指を絡めてみた。
真っ赤な顔の由佳が「ひゅぅっ」と変な声を出して、指を絡めてくる。
「痛くない?」
「う、うんっ。き、きもちいいよ」
声が上ずっていた。妄想の中の梓と違うことばかりあって、気を抜くと倒れてしまいそうだった。
「冷たかったら、離していいからね」
「う、ううんっ。絶対離さない。梓をあ、あっためてあげるから!」
勢いのままに由佳が気持ちをぶつけると、梓は顔を逸らした。
「ええっと……」と、言葉にならない言葉が漏れた。
「次はどこ?」
「つっ、つぎはロープウェイだよ! こっち!」
由佳は下見の時の記憶を頼りに、心はずっと梓の手の質感だけを感じて、ロープウェイの乗り場まで来た。
淀んだ川の上を通る銀色のロープウェイの架線が、街並みの光を反射して鈍く光っている。
数人、梓と同じぐらいの背のカップルが並んでいる。大学生ぐらいの人たち。
後ろのカップルの男が「すげぇ……めっちゃ綺麗」と呟いて、女の人から腕をつねられていた。
梓が楽しそうに夜景とロープウェイを見て、びくりと体を震わせる。
赤い視線の先を見ると、ロープウェイの下を流れる川を見ていた。
光をゆがんで反射していて、昼と見え方が全然違う。
そっか、梓は川が見えるから怖いんだ。失敗したかも……。
「梓、ランドマークタワーきれいだよ! ほら!」
梓の視線を無理やり外した。
自分の背に汗がにじんでいるのがわかる。梓の手を離さずに、周りの綺麗なものを頑張って探す。
「きれいだね。この辺って高い所から見るとこんな感じなんだ」
「すごいよねー……」
まずい。話題が途切れちゃう。話すことのメモから一つ話題を取り出す。
「あっ、あのね!
「えっ? そうなんだ。ごめんね。まだ聞いてない曲かも。最近、あんまり曲とか聞かなくて……」
また予想外の返事が返ってくる。
梓がちょっと悲しそう。
どうして? 梓はカラオケはなぜかダメだけど、曲は好きなはずなのに。
由佳が二の句を継げない間に、由佳と梓の搭乗順が回ってきた。
チケットをスマホで見せると、ロープウェイのゴンドラが回ってくる。
丸っこい形で、鈍い銀色の縁取りに黒みがかったガラス張り。中の様子があんまりよく見えない。
「どうぞー」
係員が笑顔でゴンドラのドアを開けた。
中には絨毯っぽい質感の向かい合う座席があって、足元も絨毯敷きだった。
川が見えなくて良かった。中のガラスからは外が綺麗に見える。マジックミラーだったみたい。
由佳はあたふたと乗り込んで、梓の腕を引っ張る。
梓もあたふたと乗り込んで、向かい合って座った。
ドアが閉まると、周りの音が静まって、穏やかな音楽が流れてくる。
目の前に、世界一可愛い恋人がいる。
ちょっと緊張した顔で、わたしを見てる。
梓と向かい合ってる。
夜景の中に、梓の赤い目が輝いて見える。
幻想的な景色の中で、淡い夜景に溶けない鮮烈な赤い瞳がまっすぐ見ている。
先に視線をずらしたのは、梓の方だった。
遠くでキラキラ光る観覧車を見て歓声を上げた。
「あっ、あ、あずさ! 写真撮ろ!」
あまりにも梓がかわいくて、予定を無視して言ってしまった。
梓は頷いて、胸の横でピースサイン。
由佳は勢いのまま梓の横に座って、ぎゅうっと体を押し付けた。
梓の大きなおっぱいに肘が触れて、そこから熱くなってくる。
熱に浮かされたままでインカメで写真を撮った。
また一枚、思い出が増えた。
撮った写真を梓に見せた。
「いいね。後で送って」と笑顔で言ってくれた。
いい匂いがする。梓の体は冷たくて気持ちいい。
顔を横に向けると、梓がちょっと困ったように見ている。
距離は僅か。体は密着してる。
このまま向かいの席に戻るつもりなんて最初からない。
今、しちゃおうかな。口と口のキス。
一瞬湧いた衝動を、由佳は押しとどめた。
まだダメ。ムードを高めて、それからしないと。
わたしはいつだってしたいけど、梓の気持ちを動かすんだったらまだダメ。
「……こっちの席でいいの?」
梓が首をかしげて聞いてくる。
「当たり前でしょ。カップルなんだから。ね?」
由佳は梓のショートパンツから伸びる太ももに片手を当てた。
真っ白で、だけど柔らかい。
梓は由佳のその手を振りほどいたりはしなかった。
しばらく静かな音楽が流れて、梓は由佳から視線を外して外を見た。
大小様々な明かりが、港沿いの道を彩っている。
梓のヴァンパイアの目には、さっきまでいたクィーンズスクエアの入り口で仲良く並ぶカップルの顔まで見える。
「やっと梓と二回目のデートができた。今日、晴れてよかったよ」
「二回目……? そうだっけ」
「一回目は付き合う前! あれもデートだったの!」
むうっと頬を膨らませると、梓が困ったように笑った。
やっぱり鈍感。あれだけ頑張ったのに、ただの友達同士のお出かけだと思われてた。
「怖くない?」
「うん。大丈夫。川が見えなくてよかった。すごく綺麗で、楽しいよ」
梓は由佳と手をつないだまま、周りに広がる夜景を見渡す。
もし私が人間だったら、今、すごくドキドキしているのかな。
ヴァンパイアだからなのか、神さまに罰を受けたからなのか分からないけれど、恋人っぽいことをしても、気持ちがうまく動かない。
由佳は大切な人だし、ヴァンパイアであっても好いてくれる人だけど、それより先がない。
人間だった私でもそれは同じなのかな。
このロープウェイは初めて乗るけど、きっとカップル向けなんだと思う。
由佳はさっきから私の横にいる。
由佳の頬は赤らんでいて、潤んだ目で私を見てる。
由佳の片手が、私のふとももに触ってる。
暖かくて、生命を感じる。
私から……キスとか、したりしたほうがいいのかな。
だけど、怖い。
気持ち悪いって思われないのかな。
私の舌は紫っぽい色で、牙だって長くて鋭い。
もし由佳の唇を切って血が出ちゃったりすると、そこから私がおかしくなっちゃうかもしれない。
由佳の首筋も、なるべく見ないようにしてる。
由佳は絶対噛んじゃダメ。由佳とそういう関係になりたくない。
「よかった。ほんとはここ、梓に告白する前に来ようと思ってたの。だけど、告白してからでも別にいいかなって」
梓が葛藤していると、由佳が喋り始めた。
「そうなんだ……由佳って用意周到だよね。ありがとう」
勢いでなんとかしようとしてしまう梓には無い個性だった。
由佳は色んなこと調べてるし、お店の下見とかもしてるのかも。友達と一緒に来てるのかな。
「ぜんぶ、梓のためだから。わたし、頼りになるでしょ?」
「うん。入学式の時からずっと助かってるよ」
それは偽りのない本音だった。
時々由佳は強引だけど、梓の味方であることにはずっと変わりはなかった。
光溢れる世界に怯えていたあの日から今まで、二か月ちょっとしか経っていないけれど、随分と慣れたと思う。
それは間違いなく、目の前にいる恋人のおかげだった。
「ありがとう。由佳。由佳のおかげで、学校も楽しいよ」
梓の眩いほどの笑顔が、由佳の心に一瞬で焼きつけられた。
由佳は高まる鼓動のままに、梓にぎゅっと抱きついて、頬にキスをした。
人間の心臓の鼓動が、冷たいヴァンパイアの体に伝わる。
「……だめ。好き。あずさだいすき」
「あ、ありがと……」
気持ちが高まりすぎて、聞きたいことも話したいことも全部放り投げて、このままここで一つになりたくなる。
妄想の中の梓と、現実の梓の境目がぼんやりしてくる。
梓の胸は一度触ったし、また触っちゃっていいかな。
唇と唇でキスしながら触りたい。
このロープウェイが対岸に着くまで五分。
家もカラオケも行けない今、梓との二人きりで許された時間は五分だけ。
世界で一番大切な五分間が始まった。
「……わたしだって、梓のおかげで楽しいよ。学校ってこんなに楽しいんだって、また思えた」
由佳の心の奥底、ガチガチに縛り付けた深い部分が、由佳の口を乗っ取ってそう発話していた。
梓が不思議そうな顔をする。
「そ、そうなんだ。よかった」
梓はよくわからないままに、そう答えていた。
由佳は一瞬目を逸らして、それから、まるで捨てられた猫みたいな顔で梓を見た。
「……梓のおかげ、だよ。梓がいるから、楽しいの」
台本に無いけれど、言葉が出ていた。
どうしてかはわからない。
心の奥底の闇にうずくまった
「……ほんとに? 私、なにもしてないよ」
由佳は涙に潤んだ目で、梓を見上げた。
「ううん。たくさん、してくれたよ。梓。わたしの……彼女になってくれたから」
それだけで由佳の世界は彩られた。
深紅に輝く瞳に、由佳の世界は照らされた。
「あ……う、うん、そう、だけど」
強く燃え盛るような気持ちが、梓の肌を焼いていく。
熱く、生気に満ちた言葉がヴァンパイアの肉体に溶けていく。
そうだ。
私、由佳の彼女なんだ。
由佳の、たいせつな人なんだ。
私が――人殺しの怪物なのに、そんなこと。
「……よかった。私、迷惑かけてない?」
梓の口をついたのは、そんな言葉だった。
「全然だよ! 迷惑なんて思ったことない」
梓はふうっと息をついた。
嬉しい。
由佳のおかげで、ちょっと前向きになれてる気がする。
もちろん、パパやママや、
「学校もなんとかなってきたし、色んなことをしてみようって思えたの。この前、ボランティアに行く予約をしたんだよね」
由佳の予定になく、梓が喋りだした。楽しそうに。
ボランティア? 梓が? 梓は優しいし、そういうの好きかもしれないけど。
「私の体質でもできそうなところだと、保護された犬や猫のお世話をするところがよさそうで、その練習として猫カフェもいいかなと思ってさ」
「そ、そうなんだ。ボランティアってしてる人いたんだ……」
由佳の人生で一生無縁だと思っていた。自分のことだけで精一杯なのに。
そんな話より、梓と気持ちを伝え合いたい。
「私、ヴァンパイアのことでたくさん人に迷惑かけたから……ちょっとでも、役に立てたらいいなって思って」
本心で話してる梓はどこか寂しそうで、いつもとちょっと声色が違う。
哀しそうで、寂しそうな顔。
そんな顔は見たくない。
梓には笑っててほしい。
由佳は梓の腕をぎゅっと握った。どこまでも冷たい。
「梓が迷惑かけたって……そんなことあるの? 迷惑かけられたの間違いじゃない?」
だから梓を励ますつもりで、由佳は言った。
迷惑かけてる人なんてたくさんいる。
最近また梓に色目使ってる。わたしと梓が恋人同士ってことは知らないだろうけど、どうせ下品なことしか考えてないに決まってる。
どいつもこいつも、梓の体目的なんだ。わたしが守らないと。
「いや、そんなことないけど……私、色んな人に気を遣われてるから」
「それは……そう、かもしれないけど」
梓の悲しみを癒したい。
どうしたらいいんだろう。
キスしたらいいのかな。抱きしめたらいいのかな。
わからない。
こんな話を誰かにされたのなんて、はじめてだから。
「……この前、早紀ちゃんと一緒に買い物行った時も、遊ぶ場所とか気を遣われちゃってさ」
梓が感傷の中で言った。
……一緒に、買い物に行った?