はらぺこヴァンパイア 作:棗の
片思いのひと-6月10日18時47分
月曜日の夜。
軽音楽部の練習が18時まであって、そこから電車とバスを乗り継いて40分の帰路へ。
マンションの一室の扉を開けて、スマホで流しっぱなしにしているYouTube Musicを止めた。
「ただいま」
帰ったことをリビングにいた母親と妹に伝えて、制服を脱ぎ、スウェットとTシャツ姿になる。
汗ばんだ体を拭いて、手を洗って、そのまま自室へ戻る。
スマホのLINEを開いても、通知は来ていない。
LINEの2番目、『
気持ちでは『いま帰ったよ』『おかえり』なんてやり取りもしたい。
だが、自分はまだ”友達から”の身だ。そんなことを今からやって、掴んだチャンスを逃したくなんかない。
距離感バグった痛い奴にはなりたくない。友達からに甘んじてるヘタレのほうが億倍マシだ。
中村は狭い部屋の狭い机の狭い椅子に座った。四畳程度の狭い一室。
元々妹と部屋が共同だったが、妹が中学に上がる時に無理やり区切られた部屋。
狭い勉強机について、スマホを見ながら、中村は思いにふける。
意中の少女――三浦梓との関係性を振り返る。
クラスの野郎友達に急かされ、勢い8割で告白した相手。
1年2組のアルビノ美少女・三浦梓。
入学式の後、ありえないぐらいの美少女がうちのクラスにいると、中学時代からの連れの
入学式が終わると、自分の斜め後ろにその少女はいた。
ありえないぐらいに美しかった。
髪が女優みたいに綺麗な黒。肌が白い。真っ白で雪みたいな色。
妹に聞いたが、ファンデーションとかいうものをめちゃくちゃに塗ると白くなるらしい。
だけど女子の反応からして、そういうものでもないらしい。
”雪のような”なんて言葉を、現実で使うとは思わなかった。
そして何より、目が赤い。
中学の時バンドを組んでいた女子がカラコンをしていたことがあるが、カラコンとは思えないほど赤い。
濃い赤の縁取りに、淡い赤の内側、真ん中の部分だけが穴が開いたように真っ黒。
目の中がキラキラ光っているようにすら見えた。流石にそれは気のせいだと思うが。
同い年とは思えないぐらいに体つきも大人っぽく、背も高い。
165センチぐらいあるらしい。制服のブレザーを上まできっちりボタンを留めてリボンもつけているが、その胸の部分のふくらみが明らかに周りと違う。
田口曰く、GかFカップはあるらしい。腰周りも、大人みたいに見える。
実は大学生が高校に通ってると言っても納得するぐらいだ。
控えめな表情で、遠慮しているのに、体つきがとんでもない。
しかも顔も、異次元と言っていいぐらいに綺麗。
一瞬で目を奪われて、体が動いていた。
三浦梓への質問責めの中で、馬鹿の田口が言った無遠慮な発言をとがめる形で名前を伝えた。
ほんの二秒程度。
目が合っただけで、しばらく動悸が止まらなかった。
そこから、三浦梓の多くを知った。
クラスのカースト上位2人に
太陽の光が苦手なこと。特殊な食べ物以外何も飲み食いできないこと。
体調が不安定で、学校へ行けることが珍しいこと。体育はいつも休んでいること。
雨の日は手袋をしているぐらい濡れるのを嫌がること。
アルビノ美少女の先頭に”フシギな”がついた。
アルビノ自体が都市伝説みたいなものだとか言っている奴もいたが、意外と日本にもいるらしい。
普通のものを飲み食いできない病気も、名前は忘れたが男子LINEで言っている奴がいた。
自分の人生に縁のなかったものばかりだった。
三浦梓を見る時間が増えてきて、友達に「三浦のこと好きだろ」と、からかわれるようになった。
意識していることに気付き始め、男子LINE部屋でやり取りされる三浦の基本情報より、一歩踏み込んだこともわかるようになってきた。
それだけ三浦梓に注目している証拠だった。
カースト上位の中でもまだ話の通じる
三浦梓は一人っ子。地下鉄で通学している。
趣味はノートに書き物とカラオケ。男性アイドルグループ・
アーティストの好みが同じで、稀に鼻歌を歌っている。
ホラー映画が苦手。塾には通っていないのに成績が良く頭もいい。
母親が看護師で、親と仲が良く一緒に出かけている。
LINEの返信が遅め。バイトはしていない。彼氏は中学の時にいたが振られた。
保健室にいる時は星野が付き添っている。笹川や
夜の間だけ私服で過ごしているらしい。
SNSはインスタグラムしかやっていない。
八重歯が二本あってやけに大きく、本人は気にしている。
暇なときはYouTubeとインスタを見ている。
長袖だが汗をかかないほど強い制汗剤を使っている。
スキンケアのレベルが高すぎて、三浦が使っている化粧水やクリームを女子たちが知りたがっている。
重度の冷え性で体が冷たい。
どこまでが真実で、どこまでが噂かは分からない。
汗をかかないのは流石に怪しいが、男で彼氏でもない自分が確認できるはずもない。
三浦は話しづらい雰囲気ではないが、深く踏み込むことをためらわせるようなオーラがあった。
そういう部分も含めて、三浦梓は”アイドル”だった。
隠し撮りした写真が、男子でやりとりされているらしいことも知っている。自分は持っていないが。
そして5月の中旬。球技大会で三浦梓は一気にクラスの中心になった。
普段からは想像もできないほど、ドッジボールが強いらしい。
試合を見れたのは僅かな時間だったが、気持ちは贈れた。
一瞬、目が合って、嬉しかった。
その頃、同中のLINEグループで、三浦に告白しようという話が出ていた。
三浦ならきっと怒らないし、反応見たさもあるから。
勢いのままに「じゃあ俺が先に行く」と言ってしまって、そのまま告白へ。
そしてなんと、三浦は拒否しなかった。
まずは友達から。
そりゃあそうだ。三浦にとって自分は、クラスの男子その3かその4かそのへんだ。
まずは友達から。
”まずは”なら、全然チャンスがある。きっとそうだ。
そう思ってしまうぐらいに、三浦が気になってしまう自分に気づいた。
そうして今。一日に三回か四回、三浦と短いLINEを交わす毎日。
まずは自分のことを知ってもらいたかったから、部活の話から入って、ギターの話、アーティストの話へ。
話したいことは無数にあるが、長文LINEは嫌われる。
一つ一つ、当たり障りのないことから。
『おれもその曲が一番好き サビの盛り上がりがいいよね』
最後のLINEは、昨日の22時23分の自分の発言。
そのアーティストの代表曲をよく聞くと言っていたので、そこから話題を広げようとしていた。
三浦は何を思って、まずは友達からなんて言ったんだろう?
柔らかい口調で話しやすく、ギターも褒めてくれた。
だが、どことなく一歩引いたような反応ばかり。
三浦から話題を出すことはない。
他にもたくさん男女とLINEでやりとりしていて、その合間に返しているだけかも。
それか、彼氏に振られたから寂しいだけかも。
三浦梓は人気者だ。
あの見た目であの性格。
授業サボりや早退が多いとはいえ、それを妬む奴もいないほど。
体調不良も演技じゃない。そう思わせるほどに性格も顔もいい。
自分は”その他大勢”の一人なのだろうと思うと、胸のあたりが重くなる。
妹に一度だけ相談したが、「アニキには無理だよその人」と一蹴された。
その他大勢と自分に、何の違いがあるだろう。
ギターも中学からやっているが、YouTubeやインスタにアップできる程うまいわけでもなく、バンドもコピーバンドばかり。作曲もやってみたが友達にすら出せないレベル止まり。
高校に入ってバンドすら組めてない。
中村は有線のヘッドフォンをスマホに繋いで、LINEで話題の曲をYouTubeで再生した。
画面上でCMが流れた後、MVが流れ出す。
「……どこか、空しいような、そんな気持ち。つまらないわ。でもそれでいい。そんなもんさ。これでいい――」
流れる歌に合わせ口ずさんでいた。
あまり大きな声で歌うと、「近所迷惑だからやめろ」と、また親に怒られてしまう。
カラオケに行きたい。
できれば、三浦と二人きりで。
三浦らしい、物悲しい歌詞の曲。
三浦梓は八坂のように大口を開けて笑ったり、大げさにはしゃぐタイプじゃない。
口を閉じて、どこか悲しそうな顔をしていることが多かった。
何を悲しんでいるのか、分からない。
三浦は体が弱いらしいから、ずっとどこかが痛いのかもしれない。
そういう時、人に助けを求めるタイプではないと思う。
星野は何かを知っているようだが、星野は男嫌いという噂がある。
星野はずっと三浦と一緒にいる。昼も、授業の間の休憩も、帰る時も。
同じ中学出身だと思ったが、どうやら違うらしい。
星野由佳。
明るくちっちゃく元気という雰囲気とは裏腹に、男女で大きく態度の変わる――二面性のある少女。
田口と星野が日直の時、遠回しにだが確実に「お前とは関わりたくない」という空気を感じたらしい。
一方で三浦に対しては、甘えたような声を出したり、手を繋いでいるのを見たって噂もある。
星野もまあ可愛い部類に入る女子だし、校外に束縛気質の彼氏がいるって噂がある。
彼氏の言いつけを守って、女子としか喋らないとかなんとか。
LINEメッセージ一覧の一番上をタップした。
1年1組にいる同じ中学出身の男にして、八坂
自分は軽音楽部、柳田は野球部とほぼ接点はなかったが、田口を仲介してLINE交換した。
話してみると意外といい奴で、自分が高校受験の時、二つ後ろの席にいたらしい。
『早紀に聞いてみるけど期待するなよ 浮気してると思われたくない』
昨日の夜の柳田からのメッセージ。
柳田から八坂へ、八坂から三浦へと、何とか接点を持てそうなルートから、三浦の生の声を聴きたかった。
自分のことを三浦はどう思っているのか。
ただの遊びなのか。友達のうち一人なのか。
それとも。
三浦梓の異次元の美貌の前には無数の壁があって、そのどれも自分には打ち破れそうになかった。
”身の程知らず”。
それが今の自分に付いた、周りの評価かもしれない。
「はぁ……」
一息ついて、机の横のアコースティックギターを取った。
太腿に乗せて、窓の方を向いて手癖のままに弾いた。
メジャーコードからマイナーコードへ。毎日のルーティンとなった練習だった。
目の前に、微笑む赤目の少女がいたらどれほど良かっただろう。
部活の練習に誘おうにもバンドすら組めていない、ギターソロもろくにできない自分が何を見せるか。
ため息をついて、また練習を続ける。
机の上のスマホが震えた。
次のコードへ指が移る前に止まって、スマホの画面を見る。
笹川千夏からのLINE。
『平日に映画のレイトショーぐらいなら行っていいよ 梓ちゃんも乗ってくるならね』
中村の顔に笑顔が灯る。
ダメ元で聞いたが、笹川はやっぱり良い奴だ。
こいつにもきっと彼氏がいる。三浦がむしろ珍しいんだ。
笹川も男子たちには人気があるが、さすがにカースト上位の女に玉砕覚悟で1年初めから突っ込む奴はいなかった。
見るからにガードも固そうで、男慣れもしている。
だからこそ、友達として付き合うにはちょうどいい相手だった。
きっとそれも計算通りなんだろう。
「映画か……三浦が好きそうなやつ……恋愛はさすがに引かれるよな」
ギターよりも大事な用事ができた。
上映中の映画を調べる方が大事だ。