はらぺこヴァンパイア   作:棗の

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転落-2023年3月22日21時37分

何か月かぶりのまともな滞在で、(あずさ)は、ちょっとリラックスできたのかもしれない。

 

 

梓はその夜、夢を見た。

夢のように過去を再び見た。

 

 

自分が怪物になった日。

 

 

去年の3月頃。

高校一年生の、16歳の誕生日のちょっと後。

 

 

まだ受験は先だけど、勉強しなくちゃと思って通っていた塾の帰り。

時刻はたぶん21時ぐらいだっただろう。

 

突然、後ろから誰かに襲われた。

襲われた、という感覚もなかった。

いきなり口を塞がれ、首に冷たい何かが当たったと思ったら、弾けるように痛んで、ふうっと視界が暗くなって、そして死んだ。

 

 

確かに死んだのだろう。

 

 

 

次に起きたとき感じたのは、強烈な頭痛と飢餓。

 

 

 

たぶん明け方だろう。

 

 

おなかすいた。

 

たべものはどこ?

 

 

人が近くにいる——そう思った途端に体が自然と動いて、近くを歩いていたジョギング中の男の人の首に噛みついて、殺した。

 

男の人の首を、まるで犬みたいに骨が見えるまで何度も噛んだ。

 

出てくるものをたくさんこぼしながら飲んで、そこで、自分が何をしたか気づいた。

 

ぼんやり光る街灯の下、住宅街の端っこで、血だまりの中に自分は座っていた。

 

 

ヴァンパイア。

 

 

ゲームや映画に出てくる、人の血を吸う怪物。

自分は一度死に、蘇り、そうなったのだと気付いた。

 

なぜなのかはわからない。ただ、自分がそう呼ばれる存在になったとわかった。

 

 

そこでそいつは現れた。

真っ黒いひょろひょろの、のっぺらぼうの犬みたいな異常な存在。

 

「我々ブラックドッグは、(あるじ)を待つ墓守。ただ主のため、ヴァンパイアの皆様とビジネスをさせていただいております」

 

慇懃(いんぎん)な男の声で、死体の上でしゃがみこむ梓へ話しかけた。

 

「このままその死体が見つかれば、あなた様は追われる身となるでしょう。我々と取引しませんか」

 

「千円。我々にお支払いいただければ、その死体を消しましょう」

 

考えるより前に、千円札を財布から出して渡した。

冗談みたいに死体と血溜まりは消えた。

その異形の、真っ黒いごみ袋みたいなぺらぺらの体の中に、血だまりごとしまい込まれて消えた。

 

「では契約いたしましょう。あなたのお名前は?」

 

梓は、声が出せなかった。

後で分かったけれど、ヴァンパイアは呼吸していないから、人間と声の出し方が違っていた。

 

梓は財布から血まみれの手のままで学生証を出して、ブラックドッグに見せた。

 

三浦(みうら) 梓……様ですね。用があれば、お呼びください」

 

そう言って、小さなメモにどこの国の番号かよくわからない番号を書いて、すうっと消えた。

 

梓は誰も何もなくなった場所から立ち上がって、空を見る。

向こうの方が白んできていた。

それに気づいた途端、体が震え始める。

 

 

太陽だ。

浴びると死んじゃう。

 

 

梓は家まで驚異的な速さで走った。自転車と同じかそれよりも早かった。

 

マンションのエントランスのガラス扉を開けて、ふっと壁にかかった鏡を見た。

 

それは自分ではなかった。

白い肌、赤い瞳、長い牙。

似ているけれど違う自分の顔。

 

三浦梓の仮面をかぶって、すごくうまい人がメイクをしたような、不自然な顔つき。

 

そして、見慣れた学生服に飛び散った、無数の血。

 

三浦梓の学生服を着た、三浦梓に似せて作った人形みたいな真っ白い肌の、血まみれの殺人犯。

 

 

そうだ。

()()()()()()()()()

 

 

梓は一度だけ友達と行った漫画喫茶に転がり込んで、個室の中でスマホを見た。

7時45分。

 

血まみれのスマホに、パパとママからたくさんの不在着信があった。

でも声も出せないし、なんていえばいいのかもわからなかった。

助けて。人を殺しちゃった――なんて言う資格があるわけなかった。

 

ざあざあと降る雨がなぜかすごく怖くて、カーテンを閉めて、日が沈むまでずっと震えていた。

 

私はもう別の何かになっていた。

犯罪者にもなって、家に帰る資格なんかないと思った。

 

 

そこからは、自分の体に振り回された。

 

怖い物はたくさんあった。

 

心臓も動いてないし、呼吸もしてない。

 

シャワーも浴びれない。

 

雨が怖い。鈴の音が怖い。

 

十字架が怖い。神社が怖い。

 

 

そしてなにより、すごく、おなかがすく。

 

 

おなかがすくと、()()()()()()()()

 

 

一人目を殺して五日後あたり。まだ声も出せなかった頃。

 

”獲物”を探して隠れながら歩くうち、気が付くと、自宅のマンションのエントランスにいた。

 

(パパなら帰ってくる時間が分かるから、襲うのも簡単簡単)

 

そんなことを思っていた。

思うはずもないのに、空腹の私は思っていた。

 

たまたま別の人が通りかかったから、その人を襲って、食べて、満たされて。

 

そして、気づいた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

たとえパパでもママでも、きっと殺しちゃう。

 

 

二度と家には近寄らないと誓って、隣の県まで行った。

スマホに何度も連絡が来たけど、一度も返さなかった。

 

 

一生懸命スマホで調べた。

スマホにはSIMカードっていうカードが入ってて、それがあると警察に居場所がばれちゃうことがあるって。

頑張って取り出して、SIMカードを壊したら、スマホが圏外になった。

 

フリーWi-Fiにたまたま繋げたら繋がって、そこでたくさん調べた。

 

私はもう犯罪者だった。

二人も人を殺したから。

 

たくさん物を盗んだし、信号無視も、器物損壊もした。

 

三人目を殺すときに悲鳴で警察を呼ばれ、必死で隣の市まで夜通し逃げて。

 

四人目を殺すときから、口を塞いで、隠れるように殺すようになった。

 

事前に下見をして、防犯カメラの位置も確かめた。

グーグルマップと夜中の下見で何度も場所を覚えて、殺しやすい場所を覚えた。

そこを通る人を殺すようになった。

 

五人目からは、殺したその日に近くに泊まれるようになった。

警察が増えてきたら別の区や県に夜通し走って移動した。

 

六人目を殺す頃には、今の生活サイクルが出来上がっていた。

 

人殺しを重ねるごとに、警察官が町中に増えて、何日もお金を払って漫画喫茶の個室で震えてることもあった。

警察官の見回りが増えすぎて、近寄れない駅も増えた。

 

 

そうして殺し続けて、12人。

 

 

怪物になっておよそ一年。梓は逃げ続けている。

両親の愛情から。

愛しい我が家から。

 

積み重なる罪から。

 

 

 

 

時刻は現在に戻る。

梓は6時間経って目を覚ました。

 

嫌な夢を見た。

 

目をこすると、薄い赤色の涙がついていた。

ヴァンパイアが流す、人間の血みたいに見える嫌な涙。

タオルにつくとなかなか落ちないし、頬につくと血を流してるみたいで、嫌味かと思ってしまう。

自分の血はこんなきれいな色じゃない。黒くて汚いオイルみたいな色なのに。

 

さっき見た夢が本当に夢ならどれほど良かっただろう。

全部全部あったこと。一年前にあった過去の再生。

 

私が人間からヴァンパイアに変えられたことも。

私がいまヴァンパイアであることも。

私が人を殺し続けたことも。

 

全部全部、本当にあったこと。

 

 

楽しい夢をあんまり見なくなった。

もっとファンタジーで、ふわふわしたカワイイ夢を見たかった。

ネットで楽しい夢を見る方法を色々調べて実践したけど、目を瞑って、体感で数分——現実時間で一晩たって目が覚める以外変わらない日が多かった。

 

ヴァンパイアは、眠る必要が無い。

起きたい時間を念じて寝れば、その時間まで体が止まって、起きる。

夢だって、ほんのたまにしか見ない。

全部嫌な夢ばかりだけど。

 

起き上がって、コインランドリーに行って、洗濯物を回収した。

 

「はぁ…………」

 

ホテルに泊まってやるべきことは早くも終わった。

後は三日間、ここでのんびりできる。

支払いは部屋の中の機械で現金でするらしい。

チェックアウトも誰にも声をかける必要が無いらしいから、明け方に出て、別の漫画喫茶か、地下街の喫茶店とかに行けばいい。

 

やるべきことが終わったけれど、やりたいことが浮かんでこない。

 

胸の奥が重くて、ちょっと気持ちを解くと、おととい雨の中殺した男の人が浮かぶ。

 

なんて名前だったんだろう?

家族はいたのかな?

あのお金で何を買うつもりだったんだろう?

もしかして子どもへのプレゼントとか――

 

「……考えない。考えたって、何も変わらない」

 

自分の醜さに向き合うことも、確認することも全部つらい。

お腹が空いたから殺したなんて、どうやって罪を償えるんだろう。

お腹が空いて人を殺す人なんて誰もいない。

自分が怪物だから、そんなことをしているだけ。

 

梓はベッドに倒れこんで、ただ時計を進めるためにいることにした。

 

「試しに、寝れるだけ寝てみようかな……。チェックアウトの日の0時ぐらいまで」

 

やることと言えば、自分の体を使った実験ぐらいしかない。

今回の内容は、”どこまで眠れるか”。

そのまま永眠しても、それはそれでよかった。

 

梓は窓がしっかり遮光されていることを確認して、電気を消して布団をかぶり、目を閉じた。

 

そうして三日間、死体のように動かなくなる。

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