はらぺこヴァンパイア   作:棗の

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きっとわかってくれるから(一)-6月12日12時31分

(あずさ)は今日も、視聴覚室の前にいた。

 

 

 

天気は晴れ。ヴァンパイアにとって嫌な天気。

 

梓は今日も、インスタグラムを眺めていた。

今日も世界史の授業で、聖なるものから逃げるのに必死だった。

 

だから自分に甘くする。

 

手元のスマホでは、”おいしそうな人リスト”の人間たちがめまぐるしく流れていく。

 

若い男の人が多いけど、女の人も増えてきた。

 

時々、同い年ぐらいの女の子が入ってて、そっとブックマークを外す。

 

「へへ……」

 

おいしそうな人間たちの首筋に、牙を舌で舐めた。

 

 

 

結局考えても、”やるべきこと”は一つも減らない。

 

 

インターネットで調べてみたけど、血液の入手方法なんて相変わらず無い。

Amazonにそれっぽいものがあったけど、売買が禁止されてるものが置いてるはずない。ただでさえ貴重なお金を、そんな詐欺に使うわけにもいかない。

 

献血車からの窃盗なんて、絶対ダメ。これ以上罪を重ねたくない。

 

 

次のコーンポタージュは、まだだいぶ先。

 

他に血を得る方法と言えば。

 

「……由佳(ゆか)

 

ぴたりとスワイプが止まって、カメラロールに指が動いた。

 

カメラロールの一番上には、由佳と二人で撮った写真があった。

 

デートの終盤、ロープウェイの中で撮った写真。

自分にもたれかかる由佳の首筋が、白く綺麗に光って見えた。

 

 

由佳なら、血をくれるかも。

頼んだらきっと、噛ませてくれる。

もし由佳からも血をもらえるなら、ママの負担も減らせる。

 

 

「……だめ」

 

インスタグラムを開きなおして、別の”おいしそうな人”に意識を向けた。

夏服の女子大生の首筋をじっと見て、そこに牙を沿わす妄想に耽る。

 

 

私は由佳の恋人。

ヴァンパイアと食べ物の関係になりたくない。

そんなこと、由佳は望んでない。

そんなの、好きって気持ちじゃない。

 

まだ考えている途中だけど、それだけは間違いないことだから。

 

 

「……梓、今いい?」

 

「きゃぁっ!?」

 

いきなり声をかけられて、思わず悲鳴を上げてしまった。

 

振り向くと、泣きそうな由佳がいた。

左手を体の前に出したまま固まっている。

 

梓の腕を掴もうとしていたようだった。

左手の小指に、ピンクゴールドのリングが光っていた。

 

 

「あ、ご、ごめん。由佳、驚かせてごめん」

 

「う、ううん……こ、こっちこそごめんね。いきなり、話しかけて。迷惑だったよね」

 

梓はスマホをしまって、小さく手招きした。

由佳はいつもよりもゆっくりと、梓の横の壁に体を預けた。

由佳は、涙ぐんだ目で梓を見上げた。

 

「……ほ、ほんとに、話しかけて大丈夫だった?」

 

「うん。大丈夫だよ。インスタ見てただけ」

 

「ほんとに?」

 

「ほんとだよ」

 

昨日も今日も、由佳は元気が無くて、授業の合間の休みにずっと顔を伏せていた。

 

 

由佳は、すごく落ち込んでる。

土曜日のデートのことだと思う。

 

原因はともかく、デートが台無しになったのは私のせい。

 

梓はすうっと息を吸って、気持ちを切り替えようとした。

 

「その……梓、土曜日のことなんだけど」

 

そうすると、由佳が先に口を開いた。

 

「改めて、本当にごめんなさい。わたしが悪かった。すごく悲しくて、気持ちが止まらなくて、怒っちゃった」

 

梓も慌てて「私の方こそ」と言った。

由佳は少しだけ笑って、言葉を続けた。

 

「梓に浮気する気がないなんてわかってる。梓はやさ……早紀(さき)と一緒に遊びに行ったのが楽しかったって言いたかったんだよね」

 

梓は頷いた。

 

 

やっぱり由佳は、早紀ちゃんの話をするときだけなんか変だ。

ただ、他の女の子だからってだけじゃない。

 

……もしかして、早紀ちゃんのこと、苦手なのかな。

そうじゃないって思いたいけど。

 

 

「だけど……さ。わたしがすごく悲しかったし寂しかったことは、わかってほしい」

 

由佳は少しだけ怒りをこめて、刺すように言った。

 

「う、うん。それはわかってるよ。ごめんね」

 

一美(かずみ)の助言を経て、もう浮気だとは思っていなかった。

レズビアンの人たちでも友達と恋人の区別はするし、由佳は悲しいと思ったんだ、と思うことにしていた。

 

 

「……梓は、さ」

 

由佳が梓から目を逸らした。

泣き腫れた目を宙に泳がせて、震える唇で言葉を紡いだ。

 

「わたしのことは、恋人……だと、思ってるよね。友達、じゃ、ないよね」

 

由佳の言葉に、梓はこくりと頷いた。

 

「う、うん。そのつもり。私が恋人っぽく出来てるかはわからないけど……」

 

それは梓の本心だった。

 

たとえキスをしても、密着しても、良い雰囲気の所にいて熱っぽい言葉をぶつけられても、心は動かなかった。

だからこそ、好きの気持ちを確かめようとがんばっていた。

 

それは、自分が異性愛者だからではないと思う。

自分がヴァンパイアだから。人殺しの怪物だから、神さまに罰を受けたから思っていた。

 

そんなこと言いたくはないけど、伝わってほしかった。

 

 

「……恋人っぽく、ね」

 

由佳は笑っていなかった。

ただ、苦い感情を(にじ)ませた一言を漏らした。

 

 

由佳の中でまた一つ、疑念が確信に変わってしまった。

 

 

わたしの恋人は、わたしのことを恋人として愛してくれていない。

溢れる感情をぶつけてくれない。

夜中に寂しくなっても、体を求めてくれない。

 

レズビアンではないから。ストレートだから。

わかっていたことだけれど、気付いてしまうとすごく悲しくなる。

 

ネットで調べたけれど、大人のレズビアンの人たちは、好きになった相手がストレートだった場合、諦める人が多いらしい。

浮気されるか、拒否されるかのどちらかしか未来がないから。

 

だけど、諦めるという選択肢はない。

一目惚れした時から、そんなものは存在しない。

 

だからもっと、梓のことを知らないと。

全部全部知って、梓の好きな女になればきっと奇跡が起きるはずだから。

 

 

体も、心も、梓の理想の人になれば、梓はきっとわたしに振り向いてくれる。

わたしなしじゃ生きられなくなってくれる。

絶対に離れない関係になれる。

きっと奇跡は起きるから。

 

何にもいいことがない人生に、一つぐらい奇跡が欲しい。

 

 

 

「由佳? あの、えっと」

 

梓はまた、言ってはいけない言葉を言ったと直感した。

恋人らしく出来てるか分からない、なんて感想言うべきじゃなかったかもしれない。

二度と言わないようにしようと思った。

 

 

由佳と一緒にいると、気が抜けて、嘘で固めた三浦《みうら》梓じゃなくなってしまうときがある。

確かに由佳はヴァンパイアのことを知ってるけど、知らないこともたくさんある。気を付けないと。

 

 

「ううん。なんでもない。ごめんね」

 

 

由佳は鉛のように重くなった首を上げて、梓の顔を見上げた。

涙でじんわりとゆがんだ視界の中でも、淡い赤の目が光っている。

 

その目が自分を見てくれているだけで、奇跡はまだ起きるって信じられる。

 

そう信じるしか、もう道はない。

 

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