ダブルな天職で世界最強   作:お粥のぶぶ漬け

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第1話:リライト・マイ・ライフ ―運命の邂逅―

その瞬間、世界から音が消え、色彩が反転した。

 

「……まこと? 久磨誠くん。ボーッとしてどうしたの、ほら、入学式が始まるわよ」

 

母親のどこか遠くから聞こえるような声で、俺は我に返った。視界に入ってきたのは、真新しい、そして少し丈の長い中学の制服。そして、まだあどけなさが残る自分の手だ。

脳内には、今さっき濁流のように流れ込んできた「もう一つの人生」の記憶が、熱を持って疼いていた。

前世の俺は、佐藤という名の、救いようのない男だった。

重度のオタクで、現実に絶望し、深夜アニメとジャンクフードの中に居場所を求めた。運動を憎み、己の肉体を甘やかした結果、三十路を前にして呆気なく不摂生で命を落とした。……情けなくて、惨めな、後悔ばかりの人生。

 

(……二度と、あんな無様な死に方はしたくない)

 

憑依なのか、それとも前世の記憶を思い出しただけなのかは分からない。だが、鏡を見ずとも確信できる。この『久磨誠』という少年は、前世の俺が喉から手が出るほど欲した「天賦の才」をその骨格に秘めている。

俺は、式典に向かう列の中で、静かに、しかし折れそうなほど強く拳を握りしめた。

 

「次は絶対に、後悔しない。この恵まれた『器』を、最強にまで鍛え上げてやる」

 

それからの俺の生活は、まさしく求道者のそれだった。

中学一年の間、俺は周囲の遊びの誘いを全て断り、肉体改造に心血を注いだ。

まずは前世の知識を総動員した徹底的な食事管理。そして、成長期を阻害しない範囲での自重トレーニングから始め、やがて本格的なジム通いと古流武術の道場への門を叩いた。

 

「久磨くん、最近すごく変わったよね。……ちょっと怖いくらい」

「あんなにガタイが良くなって、何を目指してるんだろう」

 

クラスメイトの囁きは、俺の耳には届かない。俺が目指しているのは、ただの「スポーツマン」ではない。いつか訪れるかもしれない「物語」のような理不尽に抗える、絶対的な筋肉と技術。Fateのオリオンを想起させるような、厚みのある胸板としなやかなバネ。服の上からでもわかるその威圧感は、中学二年に上がる頃には、もはや中学生の域を超え、大人でさえ一目置くほどのものになっていた。

だが、この時までは、俺はまだ自分の幸運を半分しか理解していなかった。

ここは単に「やり直しのきく現実」だと思っていたのだ。

運命が動いたのは、中学二年の春。聖地、秋葉原のアニメイトだった。

 

「……あった、最後の一冊……!」

 

棚の最上段、絶版寸前でプレミアがつき始めているファンタジー戦記『幻想の聖域』。設定の細かさに定評があり、前世の俺がバイブルとしていた一冊だ。

俺がその背表紙に指をかけたのと同時に、反対側からも白く細い手が伸びてきた。

 

「あ……」

 

手が重なる。相手は俺の巨体に驚いたように、肩を震わせて飛び退いた。

そこにいたのは、少し垂れ目の、お人好しが顔に出ているような少年だった。

 

「……あ、ご、ごめんなさい! 久磨くん……だよね? 同じ学校の……一組の……」

 

相手は俺の名前を知っていた。同じ中学の生徒らしい。

だが、そんなことよりも俺の意識を釘付けにしたのは、その「顔」だった。

 

(……え? 嘘だろ……?)

 

少し癖のある髪、優しげだが芯の強さを感じさせる瞳。

南雲ハジメ。

前世で、俺が何度読み返したか分からない物語、『ありふれた職業で世界最強』の主人公。

 

「……南雲、ハジメ、か?」

「えっ、僕の名前、知っててくれたの?」

 

ハジメは驚いたように目を丸くした。

その瞬間、俺の脳内で全てのピースがカチリと音を立てて繋がった。

ここはただの現実じゃない。俺が死ぬほど愛し、そしてそのあまりに理不尽な展開に涙した、あの異世界ファンタジーの前日譚なのだ。

目の前のこの少年は、数年後、クラスメイトの裏切りによって奈落の底に突き落とされる。

 

「……この本、お前も探してたのか」

「あ、うん。……でも、久磨くんが先に触ったから。いいよ、僕、また別の店を探してみるし」

 

そう言って、寂しそうに微笑んで手を引こうとするハジメ。

そのお人好しすぎる態度が、原作通りで、そして無性に俺の胸を焼いた。

俺は気づけば、その本をひっ掴んで、困惑するハジメの胸元に無理やり押し付けていた。

 

「バカ言え。二人で読めばいいだろ。俺の家、すぐ近くだ。読み終わるまで語り合おうぜ。……俺も、この本の『重装備と魔法を組み合わせる戦術』について、誰かと話したかったんだよ」

「えっ……? でも……」

「いいから来い。……あと、これからは『クマ』でいい。俺もお前のことは名前で呼ぶぞ、ハジメ」

 

ハジメは一瞬呆然とした後、堰を切ったように顔を輝かせた。

 

「……うん! ありがとう、クマくん!」

 

その笑顔を見た瞬間、俺の心の奥底で、前世から続く「オタクの矜持」が火を噴いた。

決めたぞ。

ハジメを、一人で地獄に行かせたりはしない。

奈落に落ちるなら、俺も一緒だ。

その時、こいつを嘲笑うクラスメイト全員を黙らせるだけの力を、この生命力あふれる肉体を才能に、全力で叩き込んでやる。

 

「よっしゃハジメ、帰りにポテチとコーラだ! 議論には燃料が必要だからな!」

「あはは、クマくん、あんなに体鍛えてるのに、食べ物は全然ストイックじゃないんだね」

 

秋葉原の雑踏の中、笑い合う二人の背中。

それは、後に世界を震撼させる最強のコンビが、最も「ありふれた」形で出会った瞬間だった。

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