中学入学と同時に始めた肉体改造。だが、ただ筋肉を肥大させるだけでは、この先に待ち受ける「異世界サバイバル」を生き抜くには不十分だ。俺が必要としていたのは、その巨体を自在に操り、敵を制圧するための「実戦的な技術」だった。
俺が門を叩いたのは、地元でも名高い剣道場――『八重樫流』。
表向きは伝統ある剣術を教える道場だが、前世の知識を持つ俺は知っている。ここがただの剣道場ではないことを。その裏にあるのは、戦国から続く隠密の技、すなわち「忍術」を今に伝える、本物の武術の家系であることを。
「……お願いします。ここで、誰よりも強くなりたいんです」
道場の板の間に頭を下げた俺を、師範は鋭い眼光で見下ろした。
中学一年生にしてはあまりに完成されたフレーム。だが、俺の目は「スポーツ」をしに来た者のそれではなく、生存への執着——戦場の泥臭さを予感した者のそれだった。
それからの修行は、まさしく地獄だった。
竹刀を振るだけではない。無手の状態から相手を制圧する捕手術、重心の移動で巨体を羽のように操る柔術、そして現代格闘技の理合さえも取り込んだ実戦的な打撃。
俺は一刻も早く、この恵まれた「器」に相応しい「中身」を詰め込むことに必死だった。
「クマくん、またそんなに追い込んで……。休むのも稽古のうちだって、お祖父様も言っているでしょう?」
汗だくで倒れ込む俺に、呆れたような、それでいて感心したような声をかけてくる少女がいた。
八重樫雫。
この道場の跡取り娘であり、凛とした空気を纏う彼女は、同年代の男子からは「かっこいい剣道小町」として崇められ、同時にその近寄りがたさから一線を引かれていた。
だが、俺にとって彼女は共に切磋琢磨する大切な戦友であり、同時に――正しく評価されるべき「一人の女の子」だった。
「……ああ、雫か。悪い、つい夢中になった。お前があまりに綺麗に剣を振るから、見惚れて自分のペースを忘れたよ」
俺は、荒い息を整えながら本心を口にした。他意はない。ただ、彼女の洗練された動きが純粋に美しく、感銘を受けただけだ。
だが、雫は「へっ?」と間抜けた声を出し、持っていたスポーツドリンクのボトルを落としそうになった。
「な、ななな……何言ってるのよ、いきなり……っ!」
「? 事実だろ。雫の剣は、この道場の誰よりも凛としていて、それでいて繊細だ。……俺は、そのギャップがすごく好きだぞ」
床に手をつき、顔を上げて真っ直ぐに彼女を見つめる。
雫の端正な顔が、一瞬で耳の根まで真っ赤に染まった。彼女は慌てて視線を逸らし、パタパタと手で顔を仰ぎ始める。
「わ、私は武家の娘なんだから、当然よ。そ、それに、そういうのは普通、もっとこう……場所とか、雰囲気とか……」
「そうなのか? 悪い、不勉強だった。次はもっといい雰囲気の時に言うよ」
「…………次は、あるんだ」
雫は蚊の鳴くような声で呟き、顔を伏せた。
彼女にしてみれば、ハジメが後に雫にする「女の子扱い」を無自覚に前倒しされているようなものだ。俺のガタイと、嘘をつけない真っ直ぐな視線が、図らずも彼女の心の壁に小さな亀裂を作っていた。
さらに、俺は彼女が「可愛いもの」を隠れて好んでいることも知っている。
ある日の稽古後、俺は道着のポケットから、街で見かけた小さな根付を取り出した。彼女が密かに好んでいる、丸っこいウサギを模したものだ。
「これ、雫に似合うと思って。女の子らしくていいだろ」
「…………っ !」
雫は震える手でそれを受け取り、絶句した。
周囲が彼女を「武人」として、あるいは「凛々しい先輩」として特別視する中、俺だけは彼女を「努力家で、可愛いものが好きな、一人の女の子」として、呼吸をするように肯定し続けた。
「……もう、バカクマ。そういうこと、さらっと言わないでよ」
雫は困ったように、しかしどこか嬉しそうに目を細めた。
俺にしてみれば、あくまで「将来の戦友」への気遣いのつもりだったが、彼女にとって俺は、いつしか「隣で剣を振るのが当たり前の、どうしても目が離せない存在」へと変わりつつあった。
斧槍術の基礎となる棒術。そして巨体を活かした制圧術。
中学生活の半分を道場での修練に捧げ、俺の肉体は日に日に、重戦士としての厚みを増していく。
「よし、今日はここまでにするか。雫、明日も頼むぞ」
「ええ、もちろんよ。……明日も、ちゃんと私のこと、見てなさいよね」
そう言って少し悪戯っぽく微笑む雫の顔は、やはり武人というよりは、等身大の少女のそれだった。
俺は道場での修練で肉体を鋼へと変え、同時に無自覚な言葉で、後にクラスメイトたちが驚愕することになる「八重樫雫との距離感」を築き上げていった。
物語が動き出す中学三年、そして高校へと続く「準備期間」は、まだ始まったばかりだ。