中学三年の教室。休み時間の隅っこは、俺とハジメにとっての聖域だった。
ガタイが良すぎて逆に浮いている俺と、おとなしくて目立たないハジメ。異色のコンビだが、俺たちの間には、他人には理解できない熱量があった。
「なぁハジメ。もしさ、もし本当に俺たちが異世界に召喚されたら、お前は何がしたい?」
俺はあえて、世間話の体で問いかけた。ハジメは読んでいたラノベから顔を上げ、「ええっ、またその妄想?」と苦笑する。
「うーん……僕はやっぱり、戦うのは苦手だからなぁ。何かを作る能力とか、そういうのがいいな。クマくんの武器を作ったり、拠点をリフォームしたりさ」
「クラフト系か。お前、手先器用だし似合いそうだな。……じゃあさ、その時のために『古今東西の武器の構造』、調べておかないか? 現代知識があれば、異世界でもチートできるかもしれないし」
「あはは、クマくんは凝り性だなぁ。いいよ、面白そうだし」
それからというもの、俺たちは放課後の図書室や俺の部屋で、ありとあらゆる兵器の図解を漁った。火薬の調合比率、銃器の閉鎖機構、パイルバンカーの構造から、果ては十字架を模した重火器のコンセプトまで。ハジメは「これ、本当に作れたらロマンだよね」と目を輝かせてノートにスケッチを書き溜めていった。
俺の思惑は一つ。奈落に落ちた後、ハジメの「錬成」がスムーズに武器開発へ移行できるように、あらかじめ「知識」という名の種を蒔いておくことだ。
一方で、俺自身の準備も佳境に入っていた。
放課後、いつものように八重樫道場へ向かうと、そこには雫と共に、天之河光輝の姿があった。
「……またクマか。雫、あまりこいつと馴れ合うのは感心しないな。武術の家系として、もっと意識を高く持つべきだよ」
光輝は、持ち前の正義感と選民意識を隠そうともせず、俺を睨みつけた。俺にしてみれば、ハジメを馬鹿にしない分、光輝はまだマシな存在だが、雫を私物化しようとするその態度は鼻につく。
「光輝くん、失礼よ。クマくんは誰よりも熱心に稽古してるわ」
「雫、君は優しすぎるんだ。……おいクマ。実力の伴わない体格は、ただの飾りだぞ」
光輝が放つ、無自覚な「強者の傲慢」。俺はそれに言い返す代わりに、ただ静かに竹刀を構えた。
(……今に見てろよ。お前がその『正義』で守りきれない場所で、俺は泥を啜ってでもハジメを支えてやる)
その夜。俺は稽古が終わった後、雫の祖父である師範を呼び止めた。
「……師範。相談があります」
俺は、最近高頻度で見るようになった「夢」の話をした。
白い光に包まれ、見知らぬ玉座の間に立たされる夢。そこには俺やハジメ、雫を含めた二十人ほどのクラスメイトがいて、誰もが戸惑っている。それは夢というにはあまりに鮮明で、まるで「近い未来の予兆」のような不気味さがあった。
「……二十人ほどか。その中に、雫もいるのだな?」
「はい。……だから、もしそれが現実になった時、俺が全員を守れるだけの力が欲しいんです。剣術や無手だけじゃない。弓術、投擲、暗器……八重樫の裏に伝わるもの、全てを教えてください」
師範は長く白い髭を撫で、俺の目をじっと見つめた。
そこに嘘偽りがないことを悟ったのか、師範は重々しく頷いた。
「……よかろう。お主のそのガタイと筋力、そして何よりその『目』。死地を予見した者の目だ。……明日から、寝る間もないと思え。雫には伏せておくが、これからは『忍』の業を叩き込むぞ」
それからの俺の日常は、文字通り修羅場となった。
放課後の道場。雫が帰った後の深夜、俺は師範指導の下で、あらゆる「実戦の業」を学んだ。
弓を引き絞り、百発百中の精度を叩き込む。
暗闇を歩き、敵を無力化する捕手術。
……だが、不思議なことに、どれほど訓練しても「気配を消す」ことだけは上手くいかなかった。俺の肉体が放つ生命力が強すぎるのか、それとも自分でも制御できない「何か」が体の内側から溢れ出しているのか。
(……気配遮断はダメか。あとは、あの場所へ行った時に授かるであろう『力』に期待するしかないな)
中学三年の冬。
卒業式の予行練習が行われる中、俺はハジメの隣で、窓の外に広がる冬空を見上げていた。
ハジメは俺が渡した軍事雑誌を熱心に読み、雫は時折、不安げに俺の方を振り返る。
俺の筋力、体力、耐性は、現世のトレーニングで到達しうる極限にまで迫っていた。
肉体は完成した。ハジメへの知識の譲渡も終わった。雫との絆も深まった。
「……いよいよ、だな」
俺の呟きは、誰にも聞こえなかった。
数ヶ月後、俺たちは高校生になり、そしてあの「白光」が教室を飲み込むことになる。