【前半:南雲ハジメ視点】
「はぁ……。結局、こうなっちゃうんだよね」
高校の校舎裏、僕はため息をついた。
目の前では、親友のクマくんが八重樫さんといい雰囲気になっている。……というか、あれはもう完全に「出来てる」距離感だ。
中学からずっと、クマくんはすごかった。僕みたいなオタクの隣に堂々といてくれて、一緒にバカな妄想を語り合って、おまけにあのガタイだ。彼がいなかったら、僕はもっと卑屈な人間になっていたかもしれない。
「南雲くん。……また、ため息?」
背後から声をかけられ、僕は振り返った。そこにいたのは、同じクラスの中村恵里さんだ。眼鏡の奥の瞳が、少しだけ心配そうに僕を見つめている。
「あはは、ごめん中村さん。クマくんがあまりにジゴロすぎて、ちょっと当てられちゃってさ」
「クマくんは……そうね。でも、南雲くんは南雲くんのままでいいと思うよ」
中村さんは僕の隣に並び、静かに桜を見上げた。
彼女と親しくなったのは、中学の頃、塾の帰り道に絡まれていた彼女を、僕が……というか、僕とクマくんが助けたのがきっかけだ。
あの時、駆けつけた天之河くんは「悪いことはやめるんだ!」と、まるで正義の味方のような台詞を吐いて、犯人を追い詰めていた。それは確かに正しいことなんだろうけど……泣いていた中村さんを置き去りにした彼の「正義」は、どこか遠い場所のものに見えた。
僕はただ、震えていた彼女の隣に座って、「大丈夫、もう終わったから」と、クマくんに貰ったポテトチップスを差し出しただけだ。不器用で、ちっぽけな、ただの「隣にいる」だけの正義。
でも、彼女はそれからずっと、僕のことを「南雲くん」と呼び、図書室でもアニメイトの帰り道でも、僕の隣にいてくれた。
「南雲くん……。私ね、決めたことがあるの」
中村さんの声が、少し震えていた。
「この三年間、南雲くんが私の隣にいてくれたから、私は自分のことが少しだけ好きになれた。……だから、高校でも、その先も。ずっと、南雲くんの隣にいてもいいかな?」
眼鏡を外した彼女の瞳には、一切の迷いがなかった。
それは、僕のような「ありふれた」人間に向けられた、あまりに眩しい光だった。
【後半:中村恵里視点】
私の世界は、かつて泥のように濁っていた。
中学の入学式。天之河光輝という「太陽」が現れた。彼は眩しくて、正しくて、完璧だった。でも、彼が助けてくれるのはいつも「弱者という記号」としての私だけ。彼の瞳に、私の心は映っていなかった。
「……気持ち悪い」
そう自分に毒を吐き、人形のような自分を演じようとしていた時。
壊れかけた私の心に触れたのは、太陽ではなく、静かな「月明かり」のような少年だった。
南雲ハジメ。
彼は天之河くんのように、高い場所から手を差し伸べることはしない。彼は、私が泥の中に座り込んでいれば、自分もその泥の上に座って、笑ってくれる人だった。
「これ、食べる? 友達が『燃料』だって言い張って僕に押し付けてきたんだけど、一人じゃ食べきれなくて」
差し出されたのは、なんてことのない市販のポテトチップス。
でも、その時の私には、それがどんな聖遺物よりも尊いものに見えた。
彼の隣にはいつも、久磨くんという大きな背中があった。二人が楽しそうに、自分たちの好きなものを守るために笑い合っている姿を見て、私は気づいたのだ。
——誰かの人形になる必要なんてない。
——私は、私のままで、この人の隣にいたい。
天之河光輝の傲慢な正義は、私に「絶望」を教えたけれど。
南雲ハジメの、ありふれた優しい正義は、私に「生きていい」と教えてくれた。
だから、私はこの高校の入学式で、彼にすべてを告げた。
もし彼が異世界へ行くというのなら、私は彼の影になり、彼の盾になり、彼を支える唯一の女性になろうと。
「……うん、いいよ。僕でよければ、よろしくね、恵里さん」
彼に名前を呼ばれた瞬間、私の心の中で蠢いていた「狂気」は、温かな「献身」へと書き換えられた。
もう、天之河光輝なんてどうでもいい。
私の王子様は、この、少し気弱で、けれど誰よりも強い意志を秘めた少年だけなのだから。
校舎の裏。抱き合うクマくんと雫さん。
そして、手を繋いで歩き出した私とハジメくん。
この「最強の四人」が揃っている今の私たちなら、どんな運命だって踏み越えていける。
たとえ数カ月後、教室が白い光に包まれようとも。