高校1年生の放課後。俺たちの溜まり場は、駅前にある落ち着いた雰囲気の喫茶店『ウェステリア』になっていた。
「おい、清水。そのキャラのビルド、効率悪すぎだろ。もっと魔速に振れよ」
「う、うるさいなクマくん! 僕はロマンを追い求めてるんだよ、ロマンを!」
かつてはクラスの端で卑屈なオーラを撒き散らしていた清水幸利も、今では俺やハジメとのオタクトークに顔を真っ赤にして参戦している。俺が道場で培った「相手の懐に入る」技術は、対人関係でも無意識に発揮されていたらしい。清水の卑屈さは、俺やハジメと「好きなもの」を対等に語り合う中で、いつの間にか霧散していた。
「あはは、清水くん。クマくんに正論で殴られたら敵わないよ。ハジメくんなんて、もう諦めて武器の構造図描いてるし」
ハジメの隣で、恵里が楽しそうに笑う。彼女の瞳には、かつての陰鬱な闇はなく、愛する人を支える女性の輝きが宿っていた。
その横のテーブルでは、遠藤浩行と園部優香が、一つのパフェを分け合っている。
「……遠藤、そこにいたのか。気配を殺すのも大概にしろよ」
「えっ!? クマくん、また僕に気づいたの? 雫さんでもたまに見失うのに……」
遠藤が驚いて声を上げる。八重樫流の裏の業、忍術の鍛錬を積み重ね、五感を極限まで研ぎ澄ませた俺の感覚は、もはや「存在感の薄い」遠藤を、空気の僅かな揺らぎとして完璧に捕捉していた。
そのおかげで、クラスで放置されがちだった遠藤を俺たちの輪に引き込み、図らずも優香との仲を取り持つことになった。今や二人は、遠藤がどれだけ影が薄くても優香だけは見失わない、という熱い仲になっている。
「久磨! 今日こそは一本取らせてもらうぞ!」
店のドアを勢いよく開けて入ってきたのは、坂上龍太郎だ。
光輝の親友でありながら、彼は俺の「純粋な強さ」に敬意を抱き、時折、八重樫道場で共に汗を流す仲になっていた。
「いいぜ、龍太郎。ただし、俺の稽古は八重樫の爺さん譲りだ。死ぬ気で来いよ」
「望むところだ!」
そんな俺たちの賑やかな光景を、離れた席から苦々しく見つめている天之河光輝。そして、そんな光輝を心配そうに見守る香織。
クラスの勢力図は、今や「勇者グループ」よりも、俺を中心とした「実力派オタクグループ」の方が、精神的な結束力において遥かに上回っていた。
ある日の夕暮れ。ウェステリアからの帰り道。
俺は隣を歩く雫の、少しだけ冷たくなった手を握った。
「……クマくん。なんだか、今の時間がずっと続けばいいのにって、たまに思っちゃうわ」
「そうだな。……でも、もし明日世界が変わったとしても。俺たちが積み上げてきたこの時間は、絶対に無駄にならない。俺が保証するよ、雫」
俺は、自分の内側で脈打つ、爆発しそうなほどの**バイタリティ(生命力)**を感じていた。
それは魔力なんて神秘的なものではなく、ただひたすらに、中学から積み上げた剣術、捕手術、弓術、そしてハジメと練り上げた兵器の知識……それらを支えるための、圧倒的な肉体の熱量だ。気配遮断こそ習得できなかったが、その代わりに、俺の肉体は周囲のあらゆる「動体」を敏感に察知し、最適に反応する。
ハジメには恵里がいる。遠藤には優香がいる。俺には雫がいる。
そして俺たちには、共に笑い合える仲間がいる。
「……みんな。準備は、いいな」
俺は誰にともなく呟いた。
高校2年生の教室。窓から差し込む西日が、俺たちの影を長く引き伸ばす。
俺の異常なまでのバイタリティが、この平和な「ありふれた日常」が物理的に崩壊し、新たな理(ことわり)へと接続される「その時」が来たことを、本能的に察知していた。
その直後だった。
教室の床一面に、見たこともないほど巨大で、眩い幾何学模様が展開されたのは。
「――っ、ハジメ! 恵里! 雫! 俺の側に寄れ!」
俺の咆哮が、パニックに陥る教室に響き渡った。