視界を埋め尽くした白光が収まった時、鼻を突いたのは古い石材と、どこか嗅ぎ慣れない香の匂いだった。
「……っ、ハジメ! 恵里、雫! 無事か!」
俺は即座に声を張り上げ、隣にいたハジメと恵里の肩を掴んだ。視線を巡らせれば、すぐ側には、武器こそ持っていないものの、即座に腰を深く落として周囲を警戒する雫の姿がある。その構えは、中学から八重樫流で共に鍛錬を積んできた俺には分かる。獲物こそなくとも、彼女の全身はいつでも「裏の業」を繰り出せるほどに研ぎ澄まされていた。
そこは、俺が前世の記憶という名の「知識」で知っていた通りの場所だった。巨大な石柱が立ち並び、精緻な彫刻が施された広大な広間。正面には、豪奢な法衣を纏った老人――教皇イシュタルが、慈悲深い笑みを浮かべて立っている。
「ここ……どこだよ……」
「嘘だろ、マジで飛ばされたのか……?」
周囲のクラスメイトたちは、腰を抜かしたり、パニックで叫び声を上げたりと、まさしく阿鼻叫喚の様相を呈していた。そんな中で、俺の周囲の面々だけは、異様なほど静かだった。
「クマくん、これ……君が言っていた『予兆』、そのままだね」
ハジメが、冷や汗を拭いながらも落ち着いた声で言った。
転移の一ヶ月ほど前から、俺は「最悪の事態」への備えとして、信頼できるイツメンには警告を発していた。
――『二十人ぐらいで、見知らぬ豪華な部屋に飛ばされる感覚が強まっている。近いうちに、この日常は物理的に壊れる可能性がある』と。
俺はあえて「予知」や「夢」といった不確かな言葉は使わなかった。ただ、俺自身のバイタリティがこの世界の歪みを察知しているかのように、圧倒的な説得力を持って「その時」が来ることを彼らに伝え続けた。
俺が異常なまでの強度で訓練を続け、雫にまで「何が起きても、俺がお前の背中を守る」と誓い続けていたことで、彼らはこの異常事態を「恐るべき現実」として、心の準備を済ませていたのだ。
「ええ……。クマくんの確信していた通りだわ。光輝くん、落ち着きなさい! 今は騒ぐ時じゃないわ!」
雫が、パニックになりかけた光輝を叱咤する。素手でありながらも隙のない彼女の佇まいに、周囲のクラスメイトもわずかに正気を取り戻した。
「……遠藤、優香。いるか?」
「う、うん。クマくん、言われた通り優香の手、離さなかったよ」
「清水、お前もだ。俺が言った通りになったな。……ここからはゲームじゃない、実戦だぞ」
俺の背後に、遠藤と優香、そして少し震えながらも眼鏡を直した清水が合流する。
俺が放つ、もはや現世の理を超えつつある圧倒的なバイタリティの熱量が、混乱する彼らにとっての「錨」になっていた。
「皆さま、異世界の勇者の方々よ。突然の召喚、恐縮にございます。私は聖教教会の教皇、イシュタル。どうか、まずは落ち着いて我が声をお聞きください」
イシュタルが朗々と語り始める。この世界『トータス』が人類存亡の危機にあること。魔人族との戦いのために、神エヒトが異世界の勇者を求めたこと。
光輝たちはその「選ばれた」という響きに、どこか高揚感を抱き始めているようだったが、俺はただ冷めた目でそれを見ていた。
(……救世主だと? 虫のいい話だ。この胡散臭い爺さんの目は信じられない。……だが、俺の肉体が感じているこの『変質』だけは本物だ)
この世界の空気に触れた瞬間、これまで単なる「生命力」として蓄えられてきた俺のバイタリティが、劇的な変化を起こし始めていた。爆発せんばかりの熱量が、この世界のシステム――「魔力」へと強制的に変換され、魂の根源に接続されようと激しく蠢いている。
「さて、皆さま。神より授かりし皆さまの『能力』を確認するための儀式を行います。……このアーティファクト、ステータスプレートをお受け取りください」
教会の騎士たちが、銀色の小さな板を持って歩き始める。
ハジメが不安そうに俺を見た。その隣で、恵里がハジメの手を強く握りしめる。
「大丈夫だ、ハジメ。……俺たちが積み上げてきたものは、この世界の『神』とやらでも、そう簡単には測りきれんよ」
俺は、差し出された銀色のプレートを手に取った。
指先からプレートへ、俺の溢れ出すバイタリティ……いや、変換された膨大な魔力が吸い込まれていく。
プレートが淡い光を放ち、そこには俺という存在を定義する「数値」が刻まれていく。
天職、ステータス、そして固有技能。
それを目にした時、王国の人々が、そしてクラスメイトたちがどのような顔をするのか。
俺は静かに、自分のプレートを見つめた。
そこに刻まれた文字は、この世界の常識を根底から覆すものだった。