暗い、あるいは黒い。
どこに自分の手足があって、自分が今、上を見ているのか下を向いているのかも分からない程の真っ暗闇。そんな暗闇の中を落ちている、あるいは上っている。方向の感覚もないから落ちているのか上っているかの判別は出来ない。けれども頭はなぜか『落ちている』と認識していて、それが事実だと受け入れている。
「――す―、――落と―!」
終わりがあるのかも分からない落下の最中、どこからか怒号と冷気が伝わる。そして同時にナニカが自分の中へと混じってくる感覚。痛い。ナニカが全身をはいずり回り激痛が走る。まるで全身がやすりで出来た蛇が全身の皮膚の下を這いまわっているようだ。痛みに喚き、全身を搔きむしる。いや、掻きむしりたかった。肩に伸ばした手は肩に着くころにはベチャベチャの液体に成り代わっテ、いタ。これじャ、カラだは掻ケない。でも、モウ必ヨウナイ。ダッテ、ゼン――シン、溶ケ――て、ナクナッ―――
「は? ……夢? ……はぁ~、最悪な気分、なん……だけ……どぉぉおっとぉ?」
辺りを見回す。……うん、知らない部屋だ。というか、周りに知らない子供たちが寝ている。え、何ここ? どう見ても小学生未満の子供たちが一か所に集まって寝ている……。保育園かもしくは……! いや、俺の手小さっ!? 若返った? は、なにこれ、なんだこれ!?
「何が、起きてる……?」
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あの後色々あっていくつかの出来事が判明した。ここは冬木市と呼ばれる町にある孤児院の一つ。そして俺はそこの子供の一人、『
いやー、わけわからん。昨日確かに俺は自室で大人気特撮映画シリーズの一つを見て就寝したはずだったんだが気が付いたら見知らぬ孤児院の少年になっていましたとさ。いや、やっぱり意味が解らん。
「なぜ、こうなった?」
「どーしたのー、れーにぃ?」
「あぁ、いや、べつに何でもないよ」
俺の事をれーにぃ、と呼ぶ年下の孤児院の子の頭を撫でてから降りれは目の前の作業に意識を戻す。
「レイ、こっちのお皿に盛りつけてくれる?」
「分かった」
それから年上の子に指示され、指定の皿に料理を盛り付けていく。この孤児院の方針なのか、全国的になのかは俺は孤児じゃなかったから分からないが、少なくともここでは子供たちが自分たちの食事を作っている。と、言っても大人同伴だし、包丁や火の扱いは大人と一定年齢以上の子にしかさせていないが。
俺?
「ニンジンいらないよ」
「……」
多めに入れてやるよ、おら。
「あぁ!」
好き嫌いなんて許しはしない。ナマ言った奴には特別に大盛にしてやったよ。
「……」
起きたばかりはどうしたものかと思ったが案外楽しいものだ。もしこれが来世と言うもので前世の俺が昨日死んだというのならまぁ、それはそれで良かったのだろう。なにせ大好きな映画を見て眠り、そのまま逝ったのだ。苦痛も恐怖も感じることなく。それはきっととても幸福な終わりだった。
なら、今世も楽しく生きて、良い終わりを迎えられる様に努力するか! 差し当たっては朝飯の準備に集中するとしますか! さぁーて、姉さんがた、フライパンの火力をあげてくれ――い―――。……アレ?
「……」
「レイッ!? 何してるの!?!?」
「ぁ」
「どうかしましたか!?」
気が付いたら俺は隣でフライパンを使って調理をしていた年上の子に手首を握りしめられて大きく調理台から離されていた。その子が余りに大きな声を出したせいか院長がやってきて他の子供たちも何事かと目を向けてきた。
「何故か、レイがコンロの火に手を突っ込んでッ!」
「レイ君、手は!?」
「ん、あぁ? 俺何で?」
年上の子の言葉を聞いて顔を真っ青にして院長までも俺の手を覗き込む。そこまでして、俺も自分がしたことを思いだす。年上の子が使っていたフライパン。その下でユラユラと揺れていたガスコンロの火が目に入った時、どうしてもその火、というか熱か? それに惹かれてしまって気が付いた時には手を突っ込んでいた。
……え? 俺なんかイカレたか?
「火傷はしてませんね……。寸前で手を引けたのでしょうか。レイくん、火は熱くてとても危ないんです。もう手を出したりしたらいけませんよ」
「はい、院長」
いや、俺ももうやらんよ。……多分。まるで夢のように少しだけ溶けた指先を隠しながら俺はそう院長に返事をするのだった。
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この世界にきて数日、一つ分かったことがある。
「この体には特殊な能力が備わっている」
いや、断じて俺が可笑しくなったわけじゃない。いや、可笑しくはなってるのか? 変な能力持ちになったし。しかも一つじゃない、複数だ。
まず、どんな怪我をしても再生できる。無限再生とかチートか? とも発見当初は思ったがどうやら再生には『熱』と『大気中に混じっている謎のエネルギー』が必要みたいだ。
あと正確に言うと再生、というより変化、進化という方が正しい能力かもしれない。自分の身体を再生させるたびに力がドンドン強くなってるし、再生に必要だった『大気中に混じっている謎のエネルギー』これを最近は自分の体内で生成できるようになってるのがわかる。お陰で今は適当に拾ったライターの火で自分を焙るだけでどんな怪我もすぐ完治だ。……やっぱチートやんけ。
そして二つ目、怪我した時に飛び散った血やら、指なんだが、俺の眼、耳、果ては手足とすることが出来る。孤児院の先生やら他の子たちに黙ってキッチンに忍び込み、再生能力の実験で自分の指を包丁で切り飛ばしたことがあった。その時は手の平の切断面の方から指が再生して跳んだ指がどこに行ったのか分からなくなってしまった。もし何かの拍子に見つかったら大騒ぎになると思って必死に指を探した。
そんな時突然脳内に可笑しな光景が飛び込んできた。暗くて、埃っぽい、そして何より俺の後ろ姿が見えた。何だろうと思いつつ、後ろを振り返ると脳内の景色の俺も振り返った。脳内の景色のアングルからどこにこの景色の原因があるのだろうと探ると食器棚の隙間、暗くて埃っぽいそこに、俺の指があった。そう、俺の脳内の景色は指が見ていた景色だったんだ。拾い上げた指はなんと水のように溶けて俺の体内に吸収されていった。
「へぇ……便利」
そして最後に『大気中に混じっている謎のエネルギー』これに意識を集中させると体の表面に不思議な線が浮き出て光るのだ。……以上。正直、なんで光るのかは分からない。とりあえず今はこの光を1680万色に発光させることが出来るように努力している。
とまぁ、自身の能力を思い出すことで少しばかり現実逃避をしていたんだけど……うーん。
「アンタね……。ここ最近、やたらに魔力を垂れ流しているのは! あれだけの魔力、一体どんな儀式をしようっての!?」
小学生高学年ぐらいだろうか。赤い服にツインテールの女子に指を刺されています。この変化して上がり続ける身体能力を試したくて夜中に孤児院抜け出して夜の冬木市を散歩していたらこれだよ……。というか魔力?
「そもそもどうしてこんな子供がこんなに魔力を持っているのよ……っ」
「あの、お姉さん?」
「なによ! 変な動きしたら即ガンドするわよ!」
「魔力って"これ"の事ですか?」
俺は体の内側へと意識を向ける。自身の体内で生成されていたエネルギーを線に乗せて体の表面へ溢れさせるイメージで……。 そうすることでまだ30色にしか光らせることが出来ない体表の線を浮き上がらせる。
「っ! アタシは警告したわよ!」
あ、なんかミスったっぽい。女子が片手を銃のポーズにさせたと思ったら指先に黒球が現れ、こちらに勢いよく飛んでくる。え、なにそれカッコよ。というか、明らかに体に悪そうな色と雰囲気なんだけど、これどうやって防げば―――。えぇい、ままよ!
「っぶな!」
「噓ォ!」
思ったより黒球の速度が速く回避できないと踏んだ俺は左手を振って黒球を弾き飛ばす。べしん! と大きな音が出て黒球は明後日の方向へ飛んでいき、ツインテールの女子はそれを見て茫然とした。……けっこう今の一撃に自信があったのかな?
「あ、あの……すいません」
「何よ! ガンドを防いだ程度で良い気にならないで! こうなったら宝石でッ!――ー「あの!」 何なのよ!」
頭に血が上っていそうな女子はまだ何かを繰り出すつもりだったらしいがどうにか止める。そして今もっとも気になることを口にする。
「魔力って言ってましたけど、さっきのは魔法ですか!? 僕にも使えますか!?」
「は?」
────────────────────────―――――――――
「魔術……」
「どう少しは理解できた?」
目の前の女子、『遠坂凛』さんにどうにか矛を収めて貰って案内されたのは大きなお屋敷。すっげ、マジでデカいんだけど……人の気配が感じられない。それは一旦置いておいて、屋敷の客室だろうか、少し広めの部屋に案内された後、魔術と言うものについて色々と教えてもらうことが出来た。魔術協会に聖堂協会……。一見平和に見えた世界は裏でバチバチ魔術師たちが暗闘してましたってことか……。
「怖」
「私としてはアンタの方が怖いわよ。あんたみたいな存在が在野に転がってるなんて……」
そしてこちらの凛さんは、冬木市一帯の魔術師を支配、管理する人材『セカンドオーナー』という地位にいる遠坂家の6代目当主。簡単に言えばここら一体は彼女のシマだったわけだ。シマの中で知らない奴がバンバン魔力放出してたら、存在をアピールするようなものだ。自分のシマ内でそんなことされたら喧嘩売ってるようなものだと思われるのもしょうがない。
「ほんと、すいませんでした」
「本当、いい迷惑だわ。まさか、問題の正体が身よりのない子供だったなんて……。アナタどうやってそんな魔力を身に付けたのよ?」
「それは……なんででしょうね? 気が付いたら扱えるようになっていたものだから良く分からないです」
「……嘘はついていないようね」
ジッと顔を覗き込まれてなんだ、なんだと思っていたが疑われてたのか。何かを考えこみながら部屋の中を行ったり来たりする凛さん。少しすると何かを決めたような顔立ちになり、俺の前に立つ。窓から差し込む月光を浴びながら凛さんは俺に手を差し伸べて口を開く。
「よし、決めたわ。アナタ、私の
どうやら今日から刺激的な日々が始まるみたいだ。
1990年代のある新聞記事
先日冬木市を騒がせた未遠川でのガス爆発事故の現場だが先日から正式に事故後の環境調査が始まった。
調査チームによると爆発の被害は大きく水中の酸素濃度からして爆発直後から暫くの間、川の中は無酸素状態だったと推測された。これにより未遠川周辺の生態系は壊滅した。今後数十年にわたり未遠川流域は生き物の生息できない『死の流域』となるだろう。
一方で爆発の影響で大きくえぐれた川底だが一部の被害が深刻な場所では地層が露出していることが判明し最も深い部分では古生代のものも混じっていることが発見され地質学者の間で話題になっている。