白ヤギさんは怖くて泣いた。
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「というわけで対策会議よ!」
凛先輩がメイド服で『黒イリヤについて』と書かれたホワイトボードを叩く。……あ、最近始めたバイトってここのメイドだったんだ……。
あの黒イリヤに泣かされて屈辱を受けたあの日。あのあとその場は戦う雰囲気ではもうなくなってしまい、黒イリヤは逃げ帰っていった。その後比較的近くのエーデルフェルト邸までイリヤと美遊に慰められながら撤退となった。本当にくやしい! ……でもちょっとだけ良かった……かも?
「いやいや、そんなことない。……ない、はず」
「美遊も紅茶の淹れ方が分かって来たようですわね。今日のは中々ですわ」
「ありがとうございます」
それからこれも衝撃なのだが、どうやら美遊はここで住み込みメイドとして働いているそうだ。しかもイリヤはそれを知っていたそう。……初見時異常に興奮しなかったか聞いたが、眼を逸らされた。うん、やったなイリヤ?
「ちゃんと聞け! ルヴィアもそう悠長に構えてられないわよ! 一般人を巻き込んだことは協会には報告してないのにこんな異常事態……バレたらただじゃ済まないわ!」
「……分かっていますわ」
やっぱり二人にとっても重大な事態らしくルヴィアの顔も若干苦しそうだ。
「で、差し当たっての問題だけど、黒イリヤの目的はどうやらイリヤの命……でもそんな危機的状態なのに当のイリヤはなぜか弱体化している」
「う~~~」
凛先輩の言葉にイリヤが凹む。
「身体的な異常は一切なくて、ただ魔力容量と出力が下がるなんて……」
「やっぱり黒イリヤの出現との関連は無視できませんよね」
「そうね……ただ、今は考えも栓がないわ。この状況じゃ答えは出ない。かといって事態の放置・引き伸ばしも無意味よ。イリヤが命を狙われている以上やることは一つ……。黒イリヤを捕獲する!」
捕獲かぁ……。なんかゴジラシリーズを見てると捕獲って大体失敗に終わるからあまり良いイメージがないんだよね。でも黒イリヤの正体も分からないのに殺すのも違うし。そもそも殺せるなら俺が初戦でそうしてたし。
「う、うんでもどうやって……?」
「情報が少ないから取れる選択肢も少ないんだけど……でも幸いにして奴の目的は分かってる。作戦はあるわ!」
自身満々に凛先輩は言うけれど……。うーむ、上手く行くのかな……。
それから数時間後、場所は黒イリヤとの初対面の場でもあった大空洞へと続く森の中。
「これが……作戦?」
「まぁ、まぁ……互いに運がなかったってことで」
作戦は単純、イリヤを縛り上げて木からつるす。確かに黒イリヤの目的から考えれば極上の獲物だろう。そして何を思ったかテーブルに椅子が用意され、テーブルの上には豪華な料理が乗せられていた。ん、俺? 俺は椅子に座って待機するよう言われてるよ。意外なことにサファイアが俺と黒イリヤのキスシーンを録画してた。……えぇ、上映会されましたが? くっそ恥ずかしかったですけどなにか? ただ、まぁその中の黒イリヤの発言で俺が好意を持たれていることが発覚して俺もイリヤと同じく獲物入りという訳だ。
「ハー……凛さんを信じた私がバカだったのかな……」
「……存外そうでもないかもよ?」
「え?」
俺がそう言うと顔を上げるイリヤ。そして驚愕の表情を浮かべる。それもそのはず目の前には黒イリヤ、まさかまさかの作戦大成功だ。しかしまだ遠い。罠を確実に作動させるにはもう少し近づけないと……。
「や、こんにちは」
「え、あ、えぇ。こんにちは」
あれ、なんか元気ない? ……もしかして。
「昨日の事で落ち込んでる?」
「っ」
「……」
合っていたっぽい。黒イリヤの肩がビクリと震えた。それから思いっきり頭を下げた。 え、下げた!?
「ごめんなさい! 私、本当にあなたを傷つけたかった訳じゃないの! ただ私にはアレも生きる為に必要な行為で……その、出来れば最初は貴方が良かったの。それで実際にしてみたら凄く気持ちよくて、好きって気持ちが溢れてきて、止まれなくなっちゃったの……。本当に本当にごめんなさい」
やっぱりイリヤの事を狙う意外は良い子っぽいんだよな……。というか、生きる為に……必要? キスしないと生きていけないってどういうこと……? 色々疑問はあるけどまずは俺も伝えなきゃ。
「そのことなら、その、気にしないで。きゅ、急だったからびっくりしただけで……その。えっと、うん。君のことが嫌いなわけではないから……」
おい、イリヤ、お前見えてるぞ。なにキラキラした目でこっち見てるんだ。お前自分の状況忘れて楽しんでるんじゃないよ。
「……その、またしたいとか、思ってない訳じゃないから」
「……罠だとしても、女には飛び込まなきゃいけない時があるのよ!!」
ッッッ!!?? なんか急に突っ込んできた!? なんかよく分からないがとにかくヨシ! 椅子から立ち上がって出力控えめ、なんちゃって擬人化形態に体を構成する。
「フィーーーシュ! 捕縛対象切替!」
今までイリヤを拘束していた布が一気にほどけて捕縛の対象を黒イリヤへと切り替える。同時にイリヤは魔法少女へ変身、いっきに離脱。俺は捕縛布で身動きの封じられた黒イリヤを抑えようと近づく。
「ふん……」
あっと……。捕縛布、全然役立たねぇ。黒イリヤは手にしている剣であっという間に捕縛布を切り裂いて拘束から離脱。俺の手は空を切った。 だが、それも予測していた!
「
ルヴィアさんが呪文を唱えて地面の中にあらかじめ埋めていた宝石たちが解放される。宝石たちは黒イリヤの足元の地面に魔法陣を描き、紫色の結界を作り出す。あの結界内はとんでもなく重力が重くなる。そう簡単には動けないはず。
「重力系の捕縛陣……。でもバーサーカーの時のに比べたら随分と……。ランクが落ちるわ!」
うっそだろ、魔法陣ごと地面を叩き壊しやがった!?
「イリヤ!」
「今出来る全力の……散弾!」
凛先輩の指示で上空で待機していたイリヤが散弾を張って周囲に土煙の煙幕を張る。突撃開始!
「ごめん、覚悟!」
「ふふ、嬉しいわレイ。貴方の方から来てくれるなんて!」
俺は土煙の中突っ切って黒イリヤへと接近戦を仕掛ける。ヴァリアブル・スライサーは使えない、けど俺には変異と進化で手に入れたパワーがある! 尻尾と両手両足で格闘戦を仕掛ける。……うん! 剣も元々なんの技術もなく威力にかまけて振り回してるだけだったし、そんな俺に格闘技術なんてある訳ない。つまり、全然当たらん! わかってたけどスイスイ避けられる! けど、これでいい。この土煙も俺の攻撃も全部陽動! 本命は―――!
「はい、残念」
「なっ!?」
俺とは逆方向の背後から音もなく攻撃を仕掛けた美遊の一撃を黒イリヤはあっさり掴んで止めた。
「
「美遊、離脱!」
「っ!」
美遊の手を掴んでいる黒イリヤの腕目掛けて尻尾を振り下ろす。避けられはしたが美遊の離脱は叶った。
「ん? もう終わり?」
なんでも無いように立っている黒イリヤ。……いや、強いな本当に。彼女はずっとイリヤを通して俺達の戦いを見てきた。だからこちらの思考も、弱点も理解している。そしてそこを的確についてくる。
「すっごいキモイ!」
ん? どうしたイリヤいきなり?
「キモイとはなんだー!」
「びゃー!?」
うおぉい! ヘイトがそっち向いたじゃないか!?
「やっぱりあなたむかつくわ! すっごくむかつくわ! 今すぐ死になさい!」
黒イリヤがこちらを無視してイリヤに突っ込んでいく。
「ちっ、やるしかないわね!」
「
「おっと、外野はちょっと……引っ込んでて!」
あんことも出来るのか……。本当にアーチャーかよ!? 黒イリヤは自身の前に立ちふさがった凛先輩とルヴィアさんを先ほど切り裂いた捕縛布に自分の魔力を通して操作、二人を拘束した。
「嘘っ!? 拘束帯を逆利用された!?」
「ああっ、 何かデジャブが!?」
……二名離脱。あとは俺達三人でどうにかしないと。
「
「ガンドォ!」
走るイリヤを追う黒イリヤ目掛けて魔力弾を撃ち込む。すこしでもスピードを落とせれば!
「遠距離戦は望むところだけど……弓じゃ手加減出来ないのよね……。とりあえず、ごり押しで!」
「んなっ!?」
「何だそれ!?」
黒イリヤはデカい剣を召喚して盾替わりに構えこちらの弾を防ぎながら向かってくる。たしかに驚いたがそれなら!
「しゃっあ!」
パワー比べなら負けないんだよ! 大剣に向かって拳をぶつけて粉々に砕く。このまま後ろにいる黒イリヤを掴んで……いない!? どこに……上っ!
「美遊!」
「しまっ……!」
気が付いた時には背後の美遊はステッキを奪われていた。
「ハロー、サファイア」
《あ、あの》
「そして……ぐっばーーい!」
「打ったーー!?」
奪い取ったサファイアを黒い剣を使って遠くまで打ち飛ばす。……マジか。
「カレイドの弱点そのいち、接近戦。そしてそのに、ステッキが手から離れて30秒経つかもしくはマスターと50m以上離れると転身解除。ちゃんと持ってなきゃダメじゃない、ミユ」
「……くっ」
変身を解除されて戦う力の失った美遊を後ろに下げて代わりに前に出る。
「嘘……美遊までこんなあっさり……」
《行動が的確過ぎます! あの黒いイリヤさんてばなんか異常ですよ!》
イリヤとルビーの驚愕の声が聞こえる。……あの黒イリヤ、背をこちらに向けてはいるが目でこちらを見ている。俺と彼女の技量差を考えるとどうやっても俺もやられる。……攻め込めない。
「良い判断よ、レイ。全部が終わったらうん、と相手してあげるから待っててね。……さてお待たせイリヤ。抵抗すること無く、その命を差し出しなさい。そうすれば痛みは感じさせないで上げる」
剣を片手に悠々とイリヤに近づいていく黒イリヤ。……だから弓使えよ、アーチャー。そんな黒イリヤの様子にイリヤは諦めたのか膝をついてしまう。
《い、イリヤさん!? なに座り込んでいるんですか! 立って戦ってください!》
「……良い子ね、イリヤ」
「イリヤ! 何してるの! 立ちない!」
「イリヤ!」
凛先輩にルビー、美遊の悲痛な声が響くがイリヤは一行に立ち上がらない。
「もう、無理……打つ手なんてないよ。 諦める……。そう―――思ったでしょ?」
「は?」
突如、ガクンと黒イリヤの頭が下がる。というより地面に埋まる。
「よっしゃあああーーー!」
「やりましたわーーー!」
「や、やった!」
《まさかこの最終トラップを使うことになるとは……》
「底なし沼!?」
歓喜、驚愕、悲鳴。色々な種類の大声が響きわたる。……俺もまさかこれが使えるとは思わなかった。全員が黒イリヤの沈む沼の周りに集まる。
「地面に擬態させてたのね……! くっ……こんなもの……ッ! ……あれっ!?」
手のひらになにか魔力の高まりを感じるが、それが形になることは決してなく驚愕の表情を浮かべる黒イリヤ。
「剣を出していたのはやはり魔術の一種だったようね」
「何かしようとしても無駄ですわよ」
「五大元素すべての性質を不活性状態で練り込んだ完全秩序の沼! 『何物にもならない』終末の泥の中ではあらゆる魔術は起動しない!」
なんかメッチャ豪華なことしてるよな。しかし魔術を起動させないための罠か……。あとでこの泥も取り込んでおくか?
「間抜けなトラップだと思うでしょうけど……それに嵌った時点で貴女の負けは確定したのですわ!」
「間抜け……ふふ」
「ふふふ……」
立派なはずの魔術師二人が滅茶苦茶不敵な笑みを浮かべてる……。
「オーッホッホッホ!! 間抜け!! 間抜けですわー!!」
「今時底なし沼に嵌るなんて、リアクションに困るわー!!」
自分たちの事棚上げしてメッチャ笑うやん。
「ほらほら、どうするのー? こうしている間にもドンドン沈んでいくわよー?」
「うぅうぅうぅ……!!」
「あらあら、この子ったら泣いていますわ。かわいそうに!」
あ。
「手、取れる?」
思わず、黒イリヤに手を差し伸べてしまう。やっぱり泣いてる女の子を前に何もしないのは男子としてなにかダメな気がするし……。黒イリヤはそんな俺の手を不思議そうに見つめている。
「……レイ?」
「ちょっレイ!? 何してんのよ!?」
「そうですわよ、折角捕まえましたのに!?」
凛先輩とルヴィアさんに止められて、引き離されそうになるが抵抗して黒イリヤに手を伸ばし続ける。
「その代わり、イリヤには手を出さないと約束して欲しいんだ。そして一杯話し合おう? せっかくこうしてお喋りできるようになったんだから。……本音は僕がまだ君と話したいだけなんだけど、ダメかな……」
「……レイ」
「うん」
「ありがとう、約束するわ」
黒イリヤは俺の手をそっと掴んでくれた。