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《んっ……あ、そ、そこはいけません! レイ様!》
「え、ダメなの? でもほら……こんなになってる……」
《ですがっ、こんなッッ。 ッあ! そんな、カリカリされたらっ! ――ッッ!》
「別にもう初めてじゃないんだし恥ずかしがらなくてもいいのに……。はーい、コリっとしまーす」
《レイさま、レイ様、あ、あ、ああああッッ!》
「おー、やっと取れた。これは木くずかな?」
《はぁ、はぁはぁ……》
クロエの連続通りキス魔事件があった日の放課後、イリヤは俺と美遊を引きずるような勢いで帰宅してエーデルフェルト邸にお邪魔した。……うん。なんど来ても大きくてびっくりする。イリヤと美遊は、というよりイリヤが今回のことに関して相当立腹でよく俺たちが集まる会議室でルヴィアさんの帰宅を待っている。
本当は俺も一緒に待っていても良かったのだけど、俺はクロエが学校に来たこと自体には対して怒っていない。まぁ、今までずっとイリヤの中にいたことを考えると見るだけじゃなくて自分でも体験してみたいと思うのは至極真っ当なことだし、しょうがないと思う。そう考えてしまう俺はあの場だと少し温度感が違いすぎるので別の客間で待機していようと思っていたんだけどその時ふと邸内を浮遊しているサファイアを見つけてしまった。
「よく頑張りました。サファイアは良い子だね」
そう、サファイアは良い子だ。ルビーと姉妹とはとても思えないぐらいに良い子だ。戦闘中に好き勝手喋って、偶に味方の精神まで煽ってくるルビーとは違い、戦闘中の言葉は最低限。私欲に走らず、確実に忠実に指示に従う仕事人だ。しかし、決して冷酷や薄情ではない。美遊の為イリヤに話しかけてきたし、何かがあれば美遊の無事を優先する優しい子。
そんな頑張り屋で優しい良い子になにか出来ないかと考えた結果、俺は不定期だがこうやってサファイアのお手入れをしてあげている。前回の戦闘でクロエに打ちとばされた時、場所が山の中だったからなぁ……隙間とか細かいところに木くずや土がついてた……。
「うん、取り合えず汚れは取れたし後はクリーム塗って布で磨くだけかな」
手に持っていたスケーラーをしまって、艶だしのクリームを少量とってサファイアの金色の触感的に金属? の部分に塗って伸ばしていく。
《ッふぅ……。ぁ、く……》
円の白い部分と金色の部分の境目、中心の星の股の部分。しっかりとムラが出来ないように塗りこんでいく。……やっぱり似た感じの声?
「ねぇサファイア。少し聞きたいことがあるんだ」
《は、……ん、はいィ》
「その声は何?」
《え》
ん? 空気がへんな感じになった?
「分からないんだ。今日、クロエが学校に来て色々な人にキスして回ったの。それを知った時とてもモヤモヤしてムカムカしたの。だから上書きしたの。僕がキスして。その時にね、クロエが今のサファイアみたいな声を出してたの。それを聞いてたらモヤモヤが消えて、もっと聞きたくなってクロエと触れてるところが熱くなって気持ちよくてもっとそうなりたくてクロエをギュっと抱きしめたの」
《……そ、それは……》
なんかすごい動揺してる……? なんか変なのかな。
「多分サファイアのさっきの声も同じ声でしょ?」
《んぐッ! そ、それは……》
「でもなんか違うの。同じ声のはずなのにサファイアはなんかもっと聞きたいなーって思うだけでギュっとはしたくならないんだ」
《そう……ですか》
あれ? テンション下がった? よし、艶出しお終い。次はこっち!
《ひぃゃ!? れれれレイ様!? いきなりィ! ァあっ、んん゛!》
サファイアの石突についている毛束に保湿のクリームを塗って手櫛で解いていく。さわさわ、さわさわっと。
「んー、やっぱり違う? でも同じ気もする。……サファイア、教えて? その声はどんな声なの? どういう時に出すの? どうしたらもっと聞けるの? 声が出てる時サファイアはどんなこと考えてるの?」
《あ、あ、ああぁぁあ》
「ねぇ、サファイア。良い子のサファイア。どうか僕に教えて欲しい」
《人の妹になぁーーーにやってくれてるんですかこのアンポンタン! ルビーちゃん、ハリセンモーード!!!》
「いたーーー!」
突如扉が開いてルビーに頭をひっぱたかれて椅子から転げ落ちる。 ……やっぱりコイツキライだ。立ち上がるとイリヤに美遊。ルヴィアさんに凛先輩までいる。
「痛いなぁ……、なに、そっちの話は終わったの?」
《えぇ、終わりましたとも! それで解散となったのでレイさんを探してみれば人の妹に手出してんですからルビーちゃんも激おこですよ!》
「手……? 別に殴ったり傷付けたりしないよ」
《手を出すってのはそういう意味じゃなくてですね! 性て―――《姉さん! 私は大丈夫です。手なんて出されてません》
ルビーが何かを口に出そうとしたところをサファイアが口を塞いで黙らせる。……というかそこ口なんだ。
「美遊、またサファイアの手入れしといた。持ってみて振り心地とか確かめてみて」
《美遊様、どうぞ》
「う、うん。わっ、本当にぴかぴか」
美遊はサファイアを持って攻撃するイメージで何度かステッキを振って握り心地などを確かめる。そして小さくうなずいた。
「大丈夫、問題ない」
……何故だろう。問題ないって言ってくれてるのになにか問題ありそうな気がしてくる。一番いい状態にはしたはずだけど……。ま、まぁ、問題ないなら良いか、良いよな。
「それでルヴィアさん、クロエは?」
「翌週からあなた達と同じ学園に通うように手配しますわ、何かありましたら、フォローはお願いしますわ」
「はい」
クロエが楽しみにしていた学校生活。思う存分楽しんでほしい。……誰彼構わずキスしなければ俺も怒る理由はないしね……。
「へぇー、手入れか……。ルビーもやってもらったら?」
《別に必要ありませんよ。私は毎日イリヤさんとお風呂入ってますし、そもそも魔法のステッキですよ。どんな汚れも傷も魔法を使って一瞬で元通りですよ》
「え? じゃあサファイアは……」
《黙秘権を行使します、美遊様》
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「クロエ・フォン・アインツベルンです。クロって呼んでね」
「イリヤちゃんの従妹なのです……。みんな仲良くしてあげてね……。ちなみに、私の初めての人なの」
「タイガー、何言ってんだ!?」
翌週にクロエは本当に学校にやって来た。あーあー、めっちゃイリヤが頭抱えてる。にしてもまさか同じクラスになるとは……。
「あ、席は一番後ろ、美遊ちゃんの隣ね」
「はーい。今日からよろしくねー、美遊ちゃん」
……す、すごい演技力。ほんとに美遊と初対面みたいだ。見ろよ、あまりの演技に美遊がどう返事したものか固まってるじゃん。……なーんか一波乱、二波乱ぐらいありそう……。
「んで早速こうなるのか……。美々、これ何の集まり」
体育の時間、着替えて校庭で待機していれば只ならぬ気配で現れた雀花、龍子、那奈亀。その三人に対面して並ぶクロエ、イリヤ、美遊。とりあえず真ん中で立っていた美々に話を聞いてみる。
「さっき教室で着替えているときに龍子ちゃんたちがクロエちゃんに勝負を仕掛けたの」
「勝負……? 転校生イビリ?」
「違うよ! その……先週のことでえっと……『初チューの弔い合戦』らしいよ」
「あー」
あー、そう言う。
「何かと思えばドッジボールか……」
「うぅ、なんで私まで……」
「クロ組VS初ちゅー奪われまし隊! 勝負は一回キリだよ! 負けた方は勝った方の舎弟になる事!! 公序良俗に反しない限り命令には絶対服従!! アーユーオーケー!?」
雀花が大声でルール、というか賭けを持ちかける。すっごい気迫。
「なんか雀花気合入ってるね」
「それは……本格的なライバルだし……」
「ライバル……? なんの?」
「え?」
「え?」
なんか美々に『お前マジ?』みたいな凄い目線を向けられるんだけど。え、なに俺が分からないだけで女子目線だと雀花とクロエってライバル関係に見えるの!?
「舎弟ねぇ……何を命令するつもりなの?」
「給食のプリンよこせ」
「宿題写させて」
「レイとの関係全部喋りやがれェ!」
……やっぱ雀花の気合だけおかしいよ。あんなんもうバーサーカーだよ。雀花の気迫に若干引き気味な俺とは違いクロエは笑い余裕を感じさせる。
「ま、良いんじゃない? ……それじゃあ私が勝ったら……全員1日1回、キスさせて」
……。
「「「んなぁッ!?」」」
クロエの発言に身構えて防御態勢に入る三人。先週の記憶でも思いだしてるのか顔色は若干赤い。俺が静観していると隣にイリヤがやってきて耳打ちしてきた。
「く、クロあんなこと言ってるけど良いの?」
「ん? あぁ、大丈夫」
「先週あんなに怒ってたの――――「後で全部上書きするから」―――そ、そうなんだ……」
イリヤはそそくさと列に戻っていった。
「くっ……公序良俗に反しまくっている気もするが、良かろう!!」
一度たじろいだ雀花たちだったがすぐに奮起して、ジャージの肩部分を掴んでよくヤクザ屋さんたちがする脱ぎ方で上着を放り投げた。
「栗原雀花!!」
「嶽間沢龍子!!」
「森山那奈亀!!」
おー、ポーズもとった。
「穂群原小の四神とは俺達のことだーーー! 簡単に勝てると思うなよ!」
取り合えず拍手をしておこう。
「四神? ……白虎は?」
「美々?」
「私はトラ要素ないよ……」
クロエの真っ当すぎるツッコミに雀花たちはギクリと震える。確かにトラがいないよな。試しに隣にいた美々に話を振ってみるが苦笑いで返される。というか、トラ要素ないとしても美々も初チュー奪われてるが参加しなくていいのか?
「虎を……ご所望かい? 初ちゅー奪われまし隊、隊員ナンバー4!! 藤村大河、参戦するわよコンチクショー!!」
うわぁ……。
「うぉぉ! 待ってたぜタイガー!」
「じゃあ、美々審判頑張って」
「え!? まってレイくん、これ私が審判するの!?」
だってそれ以外なくない?
「俺も参加するし」
そう言って俺はクロエの隣に立つ。イリヤと美遊が驚愕の表情を浮かべてる。クロエだけが少し驚いた後、笑ってくれた。
「これで一応、4対4だね」
そんなわけで試合が始まる。
「それじゃあ、試合開始! ボールは初ちゅー隊からです」
「略した!?」
うんうん、なんだかんだ、冷静なところが美々の良いところだよ。さて、ボールは龍子か……。まぁ、なんの脅威にもならんか。
「ハッハー!! 先手必勝!! うおらァァァァァァ!!」
勇ましい声を上げながらボールを投げつけてくる龍子。コースはイリヤか、これくらいなら難なくキャッチでき―――「おっと」 ……あれ?
「よっしゃあああ!」
「イリヤちゃんアウト!! 外野に回ってください」
イリヤは普通に両手でボールをタッチしてそのまま落とした。いや、タッチした瞬間掴めばセーフだったじゃん! それが出来ない訳ないじゃん!
「ちょっとイリヤ! なに簡単に当たってるのよ!?」
「えーだって……。私別に勝つ意味ないし……ていうかあなたが負けてくれた方が都合良さそう……」
すっごい擦れてる! 凄く擦れていて疲れた表情をしている!?
「あー……しししんちゅーの虫……」
「美遊もレイも適当に負けて良いからねー」
「う、うん」
軽く手を上げながら外野に向かうイリヤ。これは外野に回っても利敵行為されかねないな……。さて、ボールは……。あ、クロエが持ってた。
「ふん、いいもんね、別に。味方がいなくたってこれくらい……」
そこまで行ってくろえは思いっきりボールを投げ、藤村先生の顔面に直撃させる。……よ、容赦は?
「一人で勝てるわ」
「タッ、タイガーッ!?」
「嫁入り前の顔に何て事を!?」
「先生アウトー 外野に回ってください」
「意外に冷静だな、美々!!」
初ちゅー隊の叫びが痛ましい……。ボールを拾い上げた龍子が再びこちらに向かって投げてくる。
「おのれ、タイガの仇ィーーッ!」
「ほい」
そのボールをクロエの前に出てキャッチする。そして振り返ってクロエにボールを渡す。
「一つ訂正、僕はクロエの味方だよ」
「レイ……。ありがとっ!」
クロエはボールを受け取った後笑顔で龍子にボールを投げつける。
「よっ!」
「ばーーー!」
「ウオォォォ ノーバンキャッチ!!」
クロエの放ったボールは龍子の顔面に直撃して跳ねる。雀花が跳んだボールを追いかけて走り、ノーバンキャッチでのセーフを狙う。
「あはははっ」
そんな雀花の様子が面白いのかクロエが笑う。……うん、なんだかんだで楽しんでいるみたいで良かった。ほんと、ボールの威力だけ目を瞑れば微笑ましいんだよ。
そのあと意外にも雀花が気迫で美遊をアウトにするという凄いところを見せたがその後すぐにクロエにアウトにされていた。そして初ちゅー隊の残る内野は龍子だけとなった。
「勝ったな」
「うぉぉぉおおッ! やってやらぁー! 嶽間沢死すとも初ちゅーは死せ―――イリヤ?」
ん? 苦し紛れの一投を放とうとした龍子をイリヤが手を出して止める。
「選手交代! 龍子に代わって私が戦う! いいでしょ?」
「随分横暴だなぁ……レイ?」
「クロエの好きなようにして良いよ」
「分かった。うん、いいわ。奴隷が増えるだけだもの」
クロエは余裕そうだ。変わったところでイリヤ相手なら問題ないと思っているんだろう。対して俺は好きにしていいとは言ったものの少し、焦っている。こういう時のイリヤはなにか予想外のことしてくるから相手したくないんだよなぁ……。
「真剣勝負……私が負けたら好きにすれば良いわ。でもあなたが負けたら……学校を出てってもらう!」
あー、もしかして波乱が早速来たか?
「自分の日常は自分で……守らなきゃ!」
え、は、はっや!? 狙いはクロエ。これはまぁ、予想通り。予想外なのはその速度だ。たしかに女子にしてみればイリヤの身体能力は高い方だが、こんなクロエを超えるような……あ?
「いっ……たぁ……?」
「卑怯とか言わないでよね。もともとあなたが反則みたいなものなんだから」
イリヤの側頭部から見える羽の様な装飾。変身してやがる……。
「クロエ」
「大丈夫よ、レイ。 けっこう大胆なことするのね、イリヤってば」
本人が良いなら別に良いけど……。マズイな、いざとなったら動かないと……。
「いいわ、それならこっちも遠慮なく……ぶっ飛ばしてあげる!」
クロエも本気だ。さっきからドッジボールとは思えない轟音でボールが飛びあってる。二人とも笑い声が出ているが帰って逆にそれが恐ろしい。
「毎度毎度私の邪魔ばっかりして……大体あなた意味わかんないのよ!」
「わかろうともしてないくせによく言うわ! 駄々こねてばっかり、子供みたい!」
「こっ、子供だもん! あなただってそうじゃん!」
「ほんと幼稚……それじゃお兄ちゃんも苦労するわ!」
「うるさい! うるさい! あんたなんか……私の偽物の癖に!」
……は?
「クロ……!? ッッ!? レイ!?」
「え……」
こうやって安全? まぁ、殺し合いよりかは安全な形でぶつかって本音をぶちまけ合うならそれで良いかと思って放置してたんだけど……。あー、手出ししちゃった……。ほら、今まで内野にいたとはいえ、眺めてただけの奴が割って入ってきたからみんな驚いちゃってるじゃん。イリヤも『なんで止めるの』みたいな表情してるし。
「ごめんね、イリヤ。最初は見届けるつもりだったんだけど……まぁ、うん。あれだ、ライン越えってやつ。彼女はクロエ・フォン・アインツベルン。一人の人間で一つの想い……」
「レイ……どうして?」
「彼女は本物だ……!」
どうせ変身してるんだ。多少は威力込めても問題ない。戦闘時ほどではないがそれなりの身体強化をかけた状態でボールをぶん投げる。
「ぼぎゃっ゛!!」
ボールはイリヤに直撃してそのまま倒れる。うん、よし。
「い、イリヤァッーーッ!」
「ち、ちくしょおぉぉぉ! イリヤが負けた!」
敗北の確定でむせび泣く初ちゅー隊。いや、まぁ残念だった……ん? なにか背後で倒れ……!
「クロ……!?」
なんでクロエが倒れて……あ、痛覚共有……。しまった、忘れてたッ!
「え、あ、えっと勝負はどうなるんだ!?」
「そりゃあ、最後に立ってるレイの勝利だろ!?」
あ、ち、注目が俺に……。
「それじゃあ、勝者として命じます。倒れてる二人を保健室へ運んでください」
なんとも……締まらない結末だこと。
エーデルフェルト邸の話を書いてる時が一番虚無に襲われました。
『私は今、何を書いているんだろう』って。