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「僕は……どうすれば……」
あ、うぅぅぅう……。思考がまとまらない。全部、全部嘘だった。俺が騙していた。人間だった、人間だと思っていた。けどそれは全部嘘で俺は怪物だった。最近の感情の乱れや体の構成が可笑しくなっているのは全て偶然なんかじゃなくて、あの悪辣な感情と恐ろしい思考こそが本物の俺だったんだ。今までは俺という理性で本能を抑えていたけど、戦闘を繰り返して強くなった力に理性が追い付かなくなっていたんだ。むしろ今までよくイリヤ達を害さなかったと思うべきだ。俺は……俺はもしかしたらちょっとした拍子に雀花たちを、日常を地獄に変えていたかもしれないんだ。
「ごめん、なさい……。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。……生まれてきて……生きててごめんなさい」
イリヤ、違うんだ……君の日常を壊しかねないのはクロエじゃない俺だったんだ。ねぇ、イリヤ、美遊、凛先輩、ルヴィアさん、お願いです。騙してたって怒っていいです、嫌って……いいです、わ、忘れて、良い……ですから。あの子を、クロエを受け入れてあげてください。
―――ダァッン!―――
あ、銃弾。けどこれじゃあ俺は殺せないよ、切嗣さん。
「やはり起源弾は対策済みか……。だが……カラボー神父!」
「分かっている! 」
こちらに変わった形の剣をもって切りかかってくる神父さん。その剣戟をいつの間にか背中から生えていた触手が防ぐ。ああ、こんな気持ちになっても体は生きようと勝手に足掻くのか。
「ッ、硬いな……。しかし!」
神父さんが目を見開くと目が一瞬光る。なんだあれ……? 次の瞬間、先ほどまで剣を難なく防いでいたはずの触手が切り裂かれる。
「これは……」
「どれだけ外皮が硬かろうが、切ったという事実が過去から浮かび上がる以上、防御も回避も不可能だ!」
なんだ、その能力。いささか無法が過ぎないか……?
「舞弥、志久間! 発破準備!
切嗣さんが、なんか短剣をもってこちらに……メッチャ早いな。というか、神父さんはどこに……あ、ヤバ。
次の瞬間、俺の身体は細切れにされた。
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「ッは……。はーッ、はーッ……。カラボー神父、離脱だ!」
「了解した」
固有時制御を解除した後に襲ってくる世界からの『修正力』をこらえながら切嗣はカラボーに声をかけて大空洞の中から離脱する。
「はーッ……。久々にアヴァロンを使ったが……まだしっかりと使えて良かった……」
「聖杯戦争の勝利者でも辛い相手だったか?」
隣を走るカラボーにかかけられた言葉に切嗣は顔を顰める。
「僕は勝利者じゃない。ただ聖杯を解体しただけさ……」
「ふむ……。まぁいい。これからどうするんだ?」
「こうするのさ」
切嗣は信頼できる助手たちに合図を送る。するとカラボーたちの背後で轟音が起き、熱い空気が背中側から流れてくる。
「爆薬か?」
「ああ、それも特性の焼夷爆弾だ。ああ云った再生能力持ちの怪物は細かく刻んで、再生できなくなるまで
大空洞から脱出した切嗣達は空洞の入り口近くに仮設した拠点に移動しながら話を続ける。
「まず、カラボー神父の魔眼で細かく切り裂く。並大抵の火器や刀剣ではそもそもあいつを傷つけることすら不可能だからな。その後細かくなった肉片に僕が固有時制御で瞬間的にこいつを刺して回る」
そう言って切嗣は締まっていた短剣を取り出す。
「それは?」
「ヒュドラの毒短剣さ。腕のいい死霊術士に依頼した。アイツは再生能力も恐ろしいがなにより脅威なのはその速度だ。だが初めての攻撃を受けたときは対処に戸惑っているのか再生に時間がかかる。起源弾の時も数分はかかっていた。数多の英霊を屠ったヒュドラの毒、よく効くだろうさ」
切嗣はそう言いながら短剣をしまう。
「そしてその後発破で肉片を押しつぶし、肉片同士の結合による再生も阻害する。最後に特性の焼夷爆弾で焼き払う」
切嗣はそこまで行って拠点内にある椅子に座り込む。そしてガサガサと椅子の脇にあったビニール袋を漁って飲み物を取り出す。
「あとは、大空洞内の火が消えるまで待機だ。カラボー神父も椅子に座って休んでおくと良い。なにか飲むかい? コンビニ飲料だけど」
「……コーヒーを頂こう」
カラボーも椅子に座ったところで切嗣の携帯の着信が鳴る。携帯を他にとって会話を始める切嗣。少しだけ微笑み電話を切る切嗣。
「なにかあったか……?」
「あぁ、すまない。娘が増えたんだよ」
「……! それは良い事だ。一人の神父として祝福しよう」
「ありがとう。……娘たちが平和に生きるためにもしっかり消えて貰わないとだな……」
切嗣は冷たい目線を今だ燃え盛る大空洞内部へと向ける。
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クロエに呼び出された美遊との争い、それはイリヤの乱入と突如現れたイリヤの母、アイリによって喧嘩両成敗という結末を迎えた。
「ここ……ルヴィアさん家の大浴場? なんで……」
イリヤが目を覚ますとなぜか浴槽に沈んでおり、そのことに驚愕したイリヤは勢いよく立ち上がり息を吸う。そして呼吸を落ち着かせたイリヤは辺りを見回し、現在地を把握する。そしてそんなイリヤの隣には同じようにしているクロエがいた。
「おはよう二人のイリヤちゃん。お湯だけど頭は冷えたかしらー?」
「なぜお風呂に……」
「裸の付き合いってやつね」
混乱する二人の元にアイリが美遊を引き連れて大浴場へと入ってくる。
「なんだかママがいない間に随分とヘンなことになってたみたいね。だいたいのことは美遊ちゃんとステッキちゃんたちから聞いたわよー」
《すみません、ゲロッちゃいました》
「ごめん、イリヤ」
両手でルビーの翼を掴みうにうにともてあそびながらそう告げるアイリ。その子では美遊が申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「はーもう……。親バレとか……」
沈んだ表情のイリヤを放置してアイリは話を続ける。
「というわけで……『おしえてアイリママ』のコーナー! 子供たちからの質問になんでも気分次第で答えるわよー」
アイリの言葉にギゅッと手を握ってイリヤは口を開く。
「なら聞くわママ。前みたいに誤魔化さないで、私は……なに?」
イリヤの表情にアイリは真剣な顔つきになった。
「少しだけ長くなるわよ」
そうして始まったアイリの説明はイリヤと美遊に大きな衝撃を与えた。
『聖杯戦争』その儀式はかつてそう呼ばれた。アインツベルン、マキリ、遠坂。3つの魔術師一族が主導となって行った大規模儀式。万能の願望機たる聖杯を顕現させるため、7人の魔術師が7人の英霊を従えて殺し合う戦争。過去に3回行われた聖杯戦争は様々な理由から全て失敗に終わり、聖杯が顕現する事は無かった。
そして10年前、第4次聖杯戦争が始まった。切嗣とアイリは生まれたばかりのイリヤをアインツベルン城に託し参戦。
戦争開始直後は自身のサーヴァントとの仲は良くなかったが、事態が急変したのは暴走したキャスターが未遠川を覆いつくし、
キャスターの生み出した地獄と見て、何人もの犠牲になった子供たちの姿を生まれたばかりのイリヤと重ねてしまった切嗣は聖杯戦争を続けられなくなってしまう。切嗣は腹を決め、自身のサーヴァントと向き合い会話を続け、聖杯戦争を解体する為に動き回った。難色を示していたサーヴァントだったが調査の結果聖杯が汚染されたものであると分かると解体に賛同してくれるようになり、いくつもの障害を共に乗り越え、聖杯の解体に至った。
イリヤの正体は、その聖杯戦争のために生み出された『小聖杯』と呼ばれる存在。その為イリヤには、ある程度の範囲で『望みを叶える力』が備わっているとアイリは言った。
「いくつか覚えがあるんじゃないかしら?」
「……」
アイリの言葉にイリヤの脳裏にいくつかの事象が思い起こされる。
「そうよ。わたしはその為に生まれた」
驚愕で声が出なかったイリヤと美遊とは違い事情を理解していたクロエが口を開く。
「生まれる前から調整され続け、生後数か月で言葉を解し、あらゆる知識を埋めつけられたわ。なのに、あなたはそれを封印した。機能を封じ、知識を封じ、記憶を封じた。普通の女の子として生きる? それも良いわ。でも、どうしてわたしのままじゃいけなかったの?」
怒りか、悲しみか。行き場のない感情に拳を握りしめながらクロエはそうアイリに向かって問いかける。
「全てをリセットして、1からやり直しなんて都合が良すぎる。でも誤算だったわねママ。封じられた記憶はいつしかイリヤの中で育ち、わたしになったわ。そして、ついに肉体を得た。いいよ。普通の生をイリヤに歩ませるなら。……ちょっとだけ惜しいけど。それでも良い。だから、せめてわたしには魔術師としての生を頂戴……。わたしをアインツベルンに帰して!!」
クロエは自分の胸に手を当てて、そう叫ぶ。そんなクロエにアイリは静かに告げる。
「アインツベルンはもうないわ」
「……え?」
「もう無いの。もう……聖杯戦争は起こらないわ」
アイリの言葉にクロエは目の前が真っ暗になる。
「なに……それ……それじゃあ……」
「クロ……!?」
「私の居場所はどこにあるのよ!」
クロエの叫び声と共に体内にため込まれていた魔力が一機に放出される。浴場の水が竜巻のようにうねり、吹きすさぶ。
「全部奪われた! 全部失った! 何も……何も残ってない!」
「クロ、止めて……!」
必死にクロエを止めようと美遊が声をかけるがクロエの暴走は止まらない。
「何て惨めで、無意味なの! 誰からも必要とされないなんてッ こんな事なら最初からッ―――」
突如、クロエの叫びが止まった。同時に魔力の放出も止まる。クロエの視界にノイズがかかり始め、体が透け始める。
「そっか……使いすぎちゃった。……あんなにレイに貰ったのに……こんな使い方しちゃうなんて……」
「クロ……それ」
「
クロエは眼を瞑り終わりを受け入れる。視界も暗くなり、音も聞こえない。ただ、すこしだけ別れを直接伝えられない後悔を抱えながら消え行く。
はずだった。
大きく跳ねる鼓動。疑問に思い目を開けるとクロエの視界一杯に広がる自分に、キスするイリヤの姿。少し離れた位置で美遊が顔を赤くしてアイリがあらあらとほほ笑む。
「魔力供給……どうして?」
クロエは自身に流れ込んでくる魔力に疑問を感じてイリヤに問いかける。
「勝手に出てきて、勝手に消えないでよ!! 正直ね、ママの話を聞いても私、あんまりショックじゃないんだ。おかしいよね? 自分が魔術の道具として生まれたなんて……。世界観が変わっちゃうくらい大変なことなのに。でも、私が平静でいられるのはきっと……クロが傷ついているから」
初めてクロエの名前を呼ぶイリヤ。
「私が負うはずだったものを貴方が代わってくれていた。……ごめんね。今だけじゃなくて昔からずっとそうだったんだね」
クロエのことを思って涙を流すイリヤ。そんなイリヤの涙にクロエは悲しみも怒りも洗い流される。そんなとき再び薄くなり始めるクロエの身体。
「どうして!? 魔力は供給したはずなのに!?」
《……供給ではだめなんです。崩壊は止まりません》
驚くイリヤにルビーは残酷な事実を告げる。
「もう……いいわ。消える時に泣いてくれる人がいるなら、意味があったわ。……好きな人に思いも告げられたしね。そう思う事にするわ」
「こんな時まで強がんないでよ! 意味とか無意味とか、そんな理由で決めないで!! 欲しい物があるんでしょう!! そもそもあなたたち正式に付き合ってもないでしょう! そこで終わって良いの!? 願ってよ!!
イリヤは叫ぶ。このままクロエを消させてはいけないと、心の底から叫ぶ。そんなイリヤの叫びにクロエは涙を浮かべる。
「私は……。家族が欲しい。友達が欲しい。なんら変哲もない普通の暮らしが欲しい……。そして消えたくない……! ただ、一人の人間として……あなた達と……レイと一緒に生きて居たい!」
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「な、なんだこの揺れは……!?」
「バカな……大空洞内部で何かが動いている……。まさか、まだ生きてるのか……?」
大空洞内部でそれは蠢いていた。焼夷爆弾の熱を耐え、ヒュドラの毒を克服した全長30メートルはありそうな異形の怪物。デストロイア集合体の様な見た目をしているが、特徴的なのはその下半身。蛇のように長い胴体を持ちながら側面から不規則にデストロイア本来の甲殻類の様な足が増えており、まるでムカデのようにも見える。集合体の背中から生えていた大きな二本の触手の先には小さな頭部が付いており、ヒュドラの影響を強く受けているのが分かる。
『人』を捨てさせられ、『怪獣』になりそこなり、この世界の『怪物』という枠組みに無理やり押し込まれた異形、デストロイア怪物態が誕生した。
「グギィィヤヤァァァァッッ!!」