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「そうだよね。記憶喪失だもんね。覚えてなくて当然だよね。田中さんは何も悪くないよね。ただノリに流されて田中さんを一瞬でも頼もしいとか思っちゃった私が決定的に間違ってただけだよね……」
「あーあー、田中。イリヤが凹んじゃってるじゃん」
「田中のせいですか?」
まぁ、イリヤ本人が言ってる通り記憶喪失なのに当てにしたのと場所も分からないのにキメ顔で歩き始めた田中で責任は半々ぐらいじゃない?
しかしこうなると僕が跳び回ってそれらしい屋敷を探すしかないのかな……。あれだけの魔術を扱う家だし凛先輩にルヴィアさんみたいに大きな屋敷とか持ってるはずだし……。ん?
「はぅ……これからどうしよう。美遊がエインズワース家に捕まってるって解っててもそれがどこにあるか分からないんじゃ……」
「イリヤ、イリヤ」
「どうしたのレイ?」
「田中が倒れた」
「田中さーん!?」
僕が倒れている田中を指さしながらイリヤにそう告げるとイリヤは大急ぎで田中に走り寄る。
「ど、どうしたの田中さん!? やっぱりさっきのでどこか怪我してた!?」
「うーん、間に合ったと思ったんだけど……?」
「お……お……お腹が切ないです」
ん?
「公園に連れてってくださいです……」
「水!? 水を飲む気!? ごめんなさい田中さん! 正しい知識を教えていなかったけど本気の空腹は水じゃ癒せないのよ……!」
えぇ……そのレベルで記憶喪失なの……。
「ど、どうしよう食べ物なんてどこに行ったら……」
「どうした? 行き倒れか?」
「えっ……?」
「!?」
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「……んが。……何かいい匂いがするです!」
「あ、起きた」
ん、そりゃあ良かった。
「はりゃ? ここはどこですか?」
「ラーメン屋さん。田中さんが気絶している間に運んでもらったんだよ」
「あと私は誰ですか?」
「それ持ちネタにする気?」
微妙に弄り辛い持ちネタだこと。しかし……この店、というより店主さんなんだけど……。
「じきにできる大人しく座して待て」
「あの、すみません。田中さんを運んでもらって、その上食事まで……」
「構わん。倒れる程の空腹なのだろう? ラーメン屋の店主としては捨て置けん」
めっちゃ声が渋い。そして、まったく気配を感じさせなかった。田中が倒れる少し前、僕は戦闘があったのに寄って来る人の気配がない、そう確認した。なのにこの人は田中が倒れてからすぐに現れた。……それはつまりそれなりに近いところにいないと出来ないはず。辺りに人の気配はなかったのに?
この店主さん、気配を殺すことに長けているのか、それとも人ではないのか、どちらにしてもただの一般人という訳では無さそう……。
イリヤは恩を感じているからかあまり警戒していない。その分僕がしっかりしないと……。
「んまそうな匂いです! なんですかそれは!?」
「? 君はラーメンを知らんのか?」
「知らないです! でもまるで小麦を砕いて粉にして水で練って固めたものを茹でたような匂いがするです!」
「知ってるじゃないか……」
「なんなのだこいつは?」
「知識の偏りが滅茶苦茶な人でして……」
そういうレベルではないと思うんだけど……。
「できたぞ、存分に味わうと良い」
そう言って僕たちの前に丼が置かれる。
「わぁ! ありがとうございます! それじゃいただき―――……赤い」
まぁ、イリヤが固まるのも仕方がない。丼の中は真っ赤だった。ぜっっったい普通のラーメンではない。
「あの……これは一体……」
「ん? 麻婆豆腐だが?」
「ラーメンはどこに行ったの!?」
「麺なぞ飾りだ。麻婆の海の底に申し訳程度に沈んでいる」
わぁ、すっごい。殆ど麻婆豆腐で麺は底にちょびっとあるだけだ。ここ、ラーメン屋じゃなくて中華屋さんだっけ? いや、ラーメンも中華か……。だとしたら間違っていないのか? いや、でももうこれは麻婆豆腐が主役だろ。……美味しいからいいけど。うん、確かに辛いけどこれくらいなら別に問題ない。全然食べれる。
「か、辛い! 見た目通りの地獄の様な辛さりぇふ!」
うん、イリヤには確かに辛すぎるかもね。けど……うん、美味しい。紅洲宴歳館・泰山の麻婆と同レベルでは……?
「文句の多い客だ。連れ達を見習ったらどうだ?」
「へ……?」
「ごちそうさまです」
「ごちそうさまでした」
「レイィィィ! 田中さぁーーーん!? た、食べきったの!? このラー油の塊みたいなラーメンを!?」
まぁイリヤからしたら驚愕の事実か。というか、田中も食えたんだ。
「うん。辛いけど美味しいよ?」
「口の中とおなかが焼けただれたようにズンガズンガして汗と震えが止まらないです」
「もはや料理の感想じゃないよ!?」
うーん、田中はこれ、平気じゃ無さそうだな。出されたから食べただけって感じ。
「食べ残しは許さぬ。どうしても無理というなら首から下を土に埋めて口から麻婆を流し込んでやろう」
「まー、イリヤ。体もあったまるし丁度良いと思うよ?」
「ひぐうぅぅぅっ、珍味にはなりたくないよぅ……!」
というか、辛みって痛覚だよな……。クロエも今頃謎の痛みに襲われているんだろうか?
「ごちそう……さまげぷた……」
「うむ。喜べ少女、君はこれで一日分のカロリーを摂取できた」
「どこまで残酷な料理なのー!?」
確かに女子にとって一食で一日分のカロリーは残酷かもしれない。ただまぁ、イリヤの場合昨日からの運動量とか考えると多少のオーバーは大丈夫の様な気もするんだけどね。
辛みが落ち着いたところでイリヤが店主さんに質問した。
「あの……ちょっと聞きたいことがあるんですが……。この街に一体何があったんですか……?」
「何の話だ?」
「あのでっかいクレーターとか……」
「……君たちはよそから来た人間か?」
「えっと……はい」
ええ、
「そうか、観光のつもりか知らぬが酔狂なことだ。おかしな恰好をしているとは思ったが都会ではそう言うのが流行なのだな」
「田中最先端です?」
「いや、それは違う」
思わず田中に突っ込んでしまった。
「あの大穴はガス爆発によるものだ」
「ガス爆発……?」
「今から五年前、冬木の地下に眠っていた膨大な天然ガスが何かの弾みで着火、数キロ四方を吹き飛ばす大災害となった。まだ天然ガスが埋まっている危険性が高いとして避難勧告も出され今では街の外れに細々と人が暮らしている。……このマウント深山商店街もシャッターが随分と増えたものだ」
なるほど……天然ガスが……。ん? ガス爆発……そうか、この手があったか! もしかすればだけど、もしかするぞ! 上手く行けば復活どころか強化も狙える! ああ、だけど事前に漏れ出していたとしたら厄介だな、どこに行ったか分からない。まずは未遠川周辺について調べる必要があるな……。
「えっとエインズワース家はどこにありますか?」
「……」
「ちょ、」
僕が考え事している間になんかすっごい直球な質問してる!? というか店主さんの顔!
「知らんな」
「今の表情なに!?」
「ぜ、ぜったい何か知ってる……」
「知らぬと言っているだろう。そんなことよりも……麻婆ラーメン、3つで4800円だ」
……マジか。
「……有料?」
「当たり前だ。……まさか文無しではあるまいな」
「たっ、田中さん……レイ……お金は……」
「なんですかそれ? んまいものですか?」
「あの状況で財布は持ってないなぁ……」
「だよね!」
いや~、参った。完全にお金のことを失念していたよ。こういった流れの時って大体ご馳走してくれるものだから。
「食い逃げとは舐められたものだな。だが、ちょうど豚骨が切れていたところだ。文字通り身体で支払ってもらうとしよう」
「っ!?」
「ラーメン屋さんが放って良いレベルの殺気じゃないよ!?」
いや、いやいやいやいや。本当にどうなってんだこの店主さん!? 絶対にただの一般人じゃないでしょ! どうする、応戦するか!? でも相手は一般人……ではないのか! ならありか!?
「最後の晩餐が私の麻婆だったことを幸運に思い逝くがいい……!」
「いやあぁぁぁぁッ!」
「こうなったら……ッ」
ただでさえ数が少なくてマズイ状態だけど集合体の分身を出して囮にして逃げるのが一番良いか!?
「こんにちはーっ、おじさんやってるー?」
突如殺伐とした店内に外の冷たい空気が流れ込む。
「む?」
「はへ?」
「お、お前!?」
「あら? ……らら?」
店内に入って来たのはなんと8枚目のクラスカードの英霊だった。
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「まったく……せっかく立て替えてあげたのに何だってのさ。今回は僕、服着てるのにやっぱり隠れるの?」
「まァ……彼女はそう言う所ありますから」
「そうなのかい? まったく困ったなぁ……」
本人の言う通りこの英霊は僕たちのラーメン代を立て替えてくれた。そしてあれ以上あの店主さんからは情報を入手出来そうにないし、次なる情報源としてこの英霊について来ているのだが、先ほどからイリヤが物陰に隠れながらついて来ている。
「だっ、だって! あなた敵でしょう!? カードの英霊……か何かで美遊を狙ってる……! というかなんでレイもそんなに馴染んでるのよ!?」
「野暮だなぁ。勝った方がその話を蒸し返すのかい?」
「そうだよ、イリヤ。僕たちは一度勝ってるんだ、そのあたりは気にしなくていいと思う。それに僕たちをどうこうするつもりなら、既にやられてるよ。……でしょう?」
そう言いながら隣にいる英霊の方を向けば彼はにっこりと笑ってきた。
「まったくもってその通りだね。確かに僕たちは戦いあったけど、あれは君たちが勝利して終わったことだろう? それに僕は
そういって英霊はヒョイとイリヤの方に近づいて下からイリヤを見上げる様な体制になる。
「だからさ、仲良くやろうよ。お姉ちゃん」
「ぉっ……」
あ。
「まっ……まぁそういうことならこっちとしても別に敵対する必要はないっていうか、立て替えてくれてありがとうとか思ってなくもないんだからねっ」
「あーあー」
「あははは、与しやすいってよく言われない?」
チョッロイわぁ……。なんか以前もクロエとどっちが姉かで争ってたなんて話を聞いたけど、そんなに姉になりたいのか……?
「田中です! あなたは誰ですか!? 何をする人ですか!?」
「外国語を直訳したみたいな聞き方をする人だね」
「記憶喪失らしいです。……の割には変な知識の偏りがありますけど」
イリヤが姉というものに思いを馳せている間に田中がまた変な自己紹介……というかコミュニケーションを取り始めたのでフォローに入る。
「んー、そうだなぁ……僕のことは『ギル』って呼んでください。何をする人か……って言われると困るけど、取り合えず今は現代の生を謳歌しているところです。この時代でも黄金の価値は変わっていないようで助かってるよ」
そう言いながらギルさんは謎の波紋から金の延べ棒を取り出して見せる。……本物? わ、本物なんだ、やばぁ……。
「記憶喪失のお姉さん……ね。召喚時にこの時代のことやエインズワース家周りの知識は入って来たけど田中さんのことは分からないなぁ」
「えっ!」
「ん!」
「エインズワース家を知ってるの!?」
よ、ヨシ! やった、思った通り! ギルさんなら何か知ってると思ってた!
「……知ってるも何も僕はそいつらが作ったカードから召喚されたんだもの。エインズワース家がこの世界で"聖杯戦争"を起こしたんだ。美遊という聖杯を据えてね」
なるほど……。そして今、再びエインズワース家の手に美遊がある、と……。
「ねぇ、どうして君がその名前を知って……」
「滅ぼします」
「ん?」
「田中はエインズワース家を滅ぼす為にいます」
「僕は奴等にクロエを傷つけた落とし前を付けさせたい」
「私は……捕まってる美遊を助け出したい! お願い! エインズワース家の場所を知ってるなら教えて……!」
「……あはっ」
僕たちがそれぞれの目的を伝えるとギルさんは少し黙った後に笑い出した。
「君たちぶっ飛んでるね。相手がどれほど醜悪で根深いのか知っているのかな。君たち三人の願いはほとんど同質だ。けどどうやってそれを? 見た所禄に武器も持っちゃいない。僕のエアを打ち破ったあのステッキはどこだい? 戦闘は不可避なのに生身で行こうっていうの? ……そんなのただ殺されに行くだけだ」
「でも……」
ギルさんの言葉にイリヤの声は震える。それでもイリヤは諦めない。震える手を握りしめ、真っすぐギルさんの眼から自分の眼をそらさない。
「エインズワース家の打倒。それは『獣』でも不可能なの?」
僕は気になっていたことを口にする。なぜかは分からない、けどギルさんならどうなるか分かっている、知っている。そんな確信があった。
「ッ! 君……本気かい? あぁ、本気なんだ君は……! くくっ、ははははは! ああ、もう何たることだ、なんて結末だ! エインズワース家も救われないなぁ! あっははは……うん。面白い!」
「……はぇ?」
いや、質問に答えて欲しいんだが? なにを見たのか分からないけど急に笑い出して一人で納得しないで欲しいんだけど?
「行こうか、僕も僕でエインズワースに用があるんだ」
「案内してくれるの!?」
ギルさんはそう言って歩き出す。田中の時と同じように、でもその足取りには確かな確信があって田中の時よりも信頼できる。
「さびれて退屈なこの世界に感謝しなよ。それに、僕も行動しないといけない理由が出来た」
「はっ! 話長かったので田中寝てました! 何がどうなったです!」
「目的はそれぞれ、目指す場所は一緒。……案内するよ、エインズワースの工房はクレーターの真ん中にある」
あのデカいクレーターの真ん中に……。というか田中が歩き出した方向の真逆じゃん。
「あと、それから……レイお兄さん?」
「レイで良いです」
「そう? じゃあレイ、君は君の思うままに進むと良いよ。そうすれば自然と望む結果になるだろうから」
一度立ち止まって僕の方を振り向きそう話すギルさん。そうか、そうなんだ。じゃあ、好きにさせてもらおうかな。
レイ君、泰山の麻婆を食べれる側の人間だった。