上位存在さん「おとーさん♡」ドクター「ふぁっ!?」 作:たこ焼きブラザーズ
深夜の執務室。本日の秘書役を自室に帰して数刻、ノック音が部屋に響いた。この時間に来るのは夜廻のケルシーが尋ねて来るくらいのもの。
この山積みの書類を見れば、いつもの迂遠な言葉と共に小言を矢継ぎ早に飛ばしてくるのは目に見えていると身構えてしまう。
だが扉を開けて入ってきたのは、どこか神妙な面持ちをした無垢だった。彼女がわざわざ物理的な入り口を経由して私の前に現れるということは、親子関係を望んでの来訪でないこと。
一人の臨時オペレーターとしての、あるいは公人とした依頼人の陳情か。
「ドクター、少し時間をいただいても?」
彼女が切り出したのは、サルゴン地方──彼女が現在拠点を置いている博物館の近隣にある火山群の異常についてだった。
その地域の火山活動が、周期を無視して活性化を続けている。今はまだ不穏の兆候程度だが事が大きくなる前に調査を依頼したいというもの。
ガヴィルの故郷に立ち寄った際にも実感したが、サルゴンは"原始的"な生活を営んでいる地域である。
移動都市*1もあるが大半は大地に足をつける生活をしており、鉱石病すら病の一つとして数えられてしまう。そういった環境下において、何らかの学問を収めようとすれば外に出る必要が往々にしてある。
つまり天災トランスポーター*2や地質学に精通した専門家の絶対数が少なく、またその質も近代的都市を抱える炎国やリターニアのような大国に劣るため協力を仰ぎたい。そういう事なのだろう。
しかし、この依頼人が人に寄り添いたいという人ならざるモノ──無垢が持ち寄ったものであるならば、今後を鑑みて"何故"を問いかける必要がある。
「……君がその問題を把握しているのならば、ロドスの力を借りずとも何とでもなる筈だ。なのに何故それをしない?」
私の問いに無垢は困ったように眉を下げた。
「ドクターの言う通りよ。私の力であれば大凡の問題はどうにかなるわ。でも私が問題の原因を知れば、人には過ぎた解決をしてしまう。
それは『不正解』で、今は私が知らないふりをするのが『正解』だと思うの」
続きを促せば、彼女は予め用意した回答用紙の"答え"をなぞるかの様に視線を彷徨わせる。
「……人の営みや社会システムは全て自然の理や、他者との利害関係で成り立っているものと思うわ。それらのシステムを維持するために、天災トランスポーターや地質学は発展し、それを収める者を国や人は尊ぶ。
そういう『ルール』を営む場所に、自然の理とシステムを経由しない
「そのきっかけが不穏の兆候を調べるという些細なものであったとしてもね」
そこで彼女は言葉を区切り、組んだ指先に力を込める
「もし私が最初から介入すれば、どういう問題であったとしても都合の良い様に解決出来るわ。むしろ最初から無かったことにしても良い。
でもそれをすれば、『人は何故助かったのか』『何が問題で原因は何だったのか』を理解せずに次の問題にも都合の良い『奇跡』を求めてしまう」
「それは人類が積み重ねてきた学問の放棄であり、ルールの身勝手な破壊よ。私は人が自律性を捨てて『甘えて』きてくれても良いけれど……
ドクターはそれを望んでないのでしょう?」
「そしてロドスアイランドには、各国から様々な能力を持つ人が集まり、その中には高度な知識を持つトランスポーター達もいる。
また、ロドスはシエスタに於いても同様の火山活動に起因する問題*3を解決した実績持ちの企業であるため、信頼できる依頼先である」
「及第点の回答になったかしら」とはにかみながらも用意した"回答"をつらつらと述べていった無垢。
人の営みへの理解、何故してはいけないのかという推測と自制心、依頼先の選定の仕方、どれを取っても満点の回答であった。
そういった評価を下せば、にっこりと褒められた子供の様に嬉しそうにしている。唐突な"宿題"であっても満点回答を出せるような"お利口さん"で良かったと思う。
人への理解が順調に進んでいる様で何よりだが、舵の切り方によっては容易く『善意の破壊者』になってしまう。それが目の前の無垢という存在であると肝が冷えてしまう。
「そうだな。エイヤ*4を筆頭に何人かでチームを組んで派遣しよう。そこで無垢には地元の方々との橋渡し役をお願いしてもいいか?」
「ええ、勿論よ。もっと任せてくれても良いのよ?」
そう言いながら目の前の机を挟んで対峙していた無垢は、いつの間にか消え、躊躇なく首に細い手を後ろから回してきた。
溢れる愛情を薪にして、源石暖房のように逃げ場のない熱。
親にお手伝いを頼まれた子供だってこれ程の"熱"を発さない。
聞き分けの良い"子供"はなりを顰め、今の無垢は熱に浮かされた"上位者"として側に立っている。
「現地の住民との交渉、物資の融通……館長としての私の人脈も、知識も、全部全部おとーさんのために使ってあげる。勿論チームのおとーさん達もよ。絶対の安全保障を約束するわ」
背中に預けられた重みは驚くほど心地よく軽い。それが
ブレーキは私達人類の願いと言葉という外付けの頼りない機構だけ。
彼女は私の首筋に顔を寄せ、嬉しそうに、慈しむように目を細める。
髪と無垢の吐息が肌を擽り、口元を寄せて耳元で囁く。
「……おとーさん♡私はあなたの役に立つ『道具』として、合格かしら?」
囁かれた声は先ほどまでの無邪気な響きを失い、献身で支配し依存させる意思を孕んでいた。
それも人類を絶対の"奉仕先"と定め、全てを差し出す様な人ならざるモノの情念。
覗き込んできた黄色の双眸の奥に渦巻くのは、純粋な親愛などではなかった。
自らを定義し、導き、そして"人が人である"というだけで絶対の価値を見出す底なしの執着と渇望。それがこの部屋の暗がり全てから注がれている。
それらを"なかったこと"としながら努めて冷静に言葉を返す。それは正解ではないと。人はそれを望んでいないと。
「……それは何故正しくないの? 人類は往々にして誰かのために己の命を投げ打ったり、大切なモノのために身を粉にして尽くす行為を行ってきた」
「おとーさん達ロドスアイランドも『鉱石病根絶という使命』を背負い、理想の礎になろうとしている。
そういった行いを人類は尊い『美談』として称賛しているわ」
彼女の声はどこまでも平坦で、純粋な疑問に満ちている。悪意や意趣返しのための問いでもない。
彼女はこれまでの永い旅路で星の数ほどの自己犠牲を見てきた。そして人類がそれを詩に、歌に、物語に昇華させ
そういったものから"推測"して導き出すのが彼女の回答。そして彼女の中の"倫理や常識"は誰に教わったのでもなく、教本を読んで正解を学んだものではない。仮定に仮定を重ねたそこに通った芯はまだ無かった。
「ほら、このカジミエーシュの騎士物語なんてロドスの医療棟の子供達に人気でしょう? 自らを道具として定義して喜んで消費されるのと、この本の様に相手を思って自己を何かに捧げて殉じるのと。
……結果もプロセスもそこにある熱量も同じでしょう? 一人のために、あるいは大勢のために己を捧げる。その美しさに何の違いがあるのかしら」
なんて事のない様に言いながら、何処からか取り出した一冊の本を手の中に握り込ませる。彼女は人類から自己犠牲を"高度な利他行動"と学習した。
人類がそれを"美談"とするならば、愛する親のために"都合の良い道具"として消費されることは、この上ない美徳であると導き出してしまった。
「それに私はおとーさんに、返答に困る沢山の『問い』を投げ掛け、『保留』を生み出させてきた。それの如何によっては私は貴方達人類にとって、
「それをさっさと人類にとって『良き事』に使い潰してしまい、滅びの芽になり得るものを枯らしてしまう。それが人類にとって最高率になる筈。
そのために私は喜んで『奉仕』させてもらうわよ?」
人ならざる論理によって紡がれる言葉を何とか否定しようと、苦し紛れの返答を返していく。
「……ロドスアイランドは鉱石病根絶を目指す企業だ。しかし鉱石病根絶もこのテラに蔓延る苦痛を取り除く『医者活動』の一環でしかない。
医者として治療する為にトリアージする事はあっても、不必要に天秤に掛けて消費する事はしない」
少しの驚きと安堵にも似た微笑が、また"人ならざるモノ"に塗りつぶされていく。それは人の倫理を学び、また人に近づいたと喜ぶ異質な笑み。
彼女には痛みがない。肉体は人に紛れる為に拵えた"服"だ。だから生命活動の為に必要な"痛み"と、
破損すれば替えれば良し、感情すらも人の定義に基づいて落とし込んだモノ。目的も機構が異なれば表面はなぞっても根っこが交わる事はない。
そういう背景を加味すれば、自己犠牲は容易く救いになってしまう。
目の前に垂らされた一つの救いの提案。
"人"に寄り添いたいと願った無垢のためにも、それを押し返して何とか"人"の形に成形していくしかない。
彼女はふわりと腕を解き、影の中に溶け込んでいく。握らせられた手綱が絡まった身体はまだ動けそうになかった。
無垢:絶対的な人類の味方。暴は振り翳さないが愛情は簡単に振り翳す
ドクター:ちょっと安心していたら、簡単に生殺与奪を委ねようとしてきてびっくり
ケルシー:ドクターの部屋の合鍵を持っている。