上位存在さん「おとーさん♡」ドクター「ふぁっ!?」 作:たこ焼きブラザーズ
サルゴンの荒野と砂海の境界、禿げた山々や活火山の麓のカルデラ湖を中心に成り立つのが『アル・サフィ』という街である。
そしてここが無垢の故郷であり、件の火山が街の奥から覗く場所だ。
ロドスが保有する飛行船──バッドガイ号に揺られること数日、漸くアル・サフィに我々一同は辿り着いた。
私達を包むロドス艦内の常に管理された"生存の為の匂い"は、砂塵と乾燥した空気と共に生者を拒絶する“過酷な自然の匂い"に洗い流されていく。
「ようこそ『交易都市アル・サフィ』へ。暑いけれど住めば以外と良い所なのよ?」
後部ハッチから降り立った無垢に先導され、大勢の商隊と雇われのならず者達で混沌としたアル・サフィの入り口へと人海を掻き分けていく。
見慣れない姿の一団を値踏みする大勢の目を警戒するオペレーターを他所に、迷路のように入り組んだアーケード街へと足を踏み入れた。
アーケードに一歩足を踏み入れた瞬間、頭上を覆う巨大な日除け布によって世界は赤茶けた陽光から濃い橙色の陰影へと切り替わった。
左右からはサルゴンの荒々しい訛りが怒涛のように押し寄せ、空気を漂って香辛料の匂いと荷車を引く家畜の獣臭が鼻をつく。
ガラクタを売る胡散臭いリーベリ、砂で熱したコーヒーを啜るサルカズ傭兵、泥でペイントを施した辺境部族であろうサヴラ、暑さに辟易としたウルサスまでいる。中には源石結晶の浮いたものまでいる。
ここはロドスと同様に様々な種族が行き交いしていた。
それらが荒々しくも活力に満ちたサルゴンの雰囲気を纏い、この街を形作っている。
「水だ! 冷えたカルデラの水があるぞ!」
「館長さんおかえり!また新しい『客人』かい? 景気がいいね!」
「スリがいたぞ! 捕まえろ!」
無数の生活音と客引きの声、軒先に繋がれた駄獣の呑気な鳴き声と正反対な荒々しい喧嘩の音。その全てが混ざり合い混沌とした曲を奏でる。
そういった音楽に無垢は歩みを止めず、時折微笑みと軽やかに手を振ってズンズンと確実に進んでいく。
彼女の歩みは、流水に挿した木の枝で別れる波紋の様に自然と人を掻き分ける。
右を歩けば自然と左に人が逸れていき、真ん中を通れば左右に。それは無垢がこの街で良くも悪くも一定の地位を持っていることを示した。
30分程ストリート街を歩けば、住宅街の中にある宿屋に辿り着いた。ここがロドスの職員の為に貸し切ったという場所なのだろう。
豊かな深い碧を抱えるカルデラ湖と街を一望出来る、堅牢な石造りの外観の『アル・サフィ』でも有数の一等地。
うーむ……思ってたよりだいぶ立派だぞこれ!
「ここが今日からドクター達の本拠地ね。行政の目の届く範囲だし、近くに私の勤め先の博物館もある。件の火山もそれなりに近いベストポジションよ」
無垢は宿の入り口に立つと、主を自認するような仕草で扉を押し開ける。中には既に彼女の指示を受けていたらしい使用人たちが、恭しく頭を下げて私たちを迎え入れる。
「エイヤたち実働隊の観測室は地下の涼しい場所に、各々の個室は見晴らしの良い最上階の個室にあるわ。
まずは冷たい水で喉を潤して。それからゆっくり相談しましょう?」
──────────
「バットガイ号の保守人員や機材の運び出しの人員も、信頼出来る人間を雇ったから今日はゆっくり休んでね?」
そう言って火山調査プランの確認を締めくくった無垢が、自ら案内して各人の部屋を割り振っていく。
部屋のアル・サフィの観光パンフレットと備え付けの質の良さそうなアミニティの数々に、オペレーター達は戦慄してしまっている。
あるオペレーターは震えながら自身の給金で何泊出来るか計算し始めている。
良い所貸し切ったと言ってたけどここまでとは聞いてない! そう言わんばかりの雰囲気である。
「責任者として先に私とドクターの顔通しをして来るから、エイヤ達は先に休んでて頂戴。エイヤの部屋の外には"通訳"*1も置いていくから安心して」
夕食までには帰ってくるからと言い残し、最後にエイヤを部屋に案内すると足早に手を引いて外に連れ出されてしまった。
しかし、その方向は予想と違って奥に在る行政地区ではなくストリートの方であった。
「行政には話を通していて、立入許可証みたいな必要なものは用意しているから街の人達に挨拶して行きましょう?」
大らかな街ではあるが、見慣れないモノを無条件に受け入れる程の場所ではない。いつだって街を出れば、簡単に生命を刈り取る鎌が振り下ろされるこの大地。
『君子危うきに近寄らず』、協力を得るのならばまずは知ってもらうことから。
「おとーさん、そこの足元に気を付けて。ここは石畳が風化して少し滑りやすいから」
無垢が私の前を歩き、時折振り返ってはロドスジャケットを風になびかせる。
彼女はこの街で1人の"博物館の館長"として知られているようだ。こうして肩を並べて歩いていると、彼女はただの思慮深く理知的な一人の賢明な女性に見えた。
アーケード街に一歩足を踏み入れれば改めて喧騒が耳に入る。あらゆる欲望と生命力が混ざり合うその場所で、無垢の存在は不思議なほど周囲と調和していた。
「館長さん! 先日の用水路の件、助かったよ!」
「それなら良かったわ。でも、次はちゃんと最初から役所に書類を出してね。私の手助けはあくまで『おまけ』なんだから。
後この人が火山調査の責任者だから何かあったら助けてあげてね?」
「あんたが館長の言ってた人か! 俺はベルスってんだ。向こうの通りで雑貨屋をしてるからよろしくな」
差し出された手を繋ぎ握手していく。人見知りとは無縁のような人物である。
「それとナラコおばさんが『ツケの支払いまだ払ってないのは誰だ?』って帳簿確認してたわよ?」
「そりゃヤベェやありがとうな館長さん! またお礼しに行くよ!」
彼女はにこやかに微笑み、人々との適切な距離を保ちながら手早く顔繋ぎをしていく。
それも1人1人の小さな悩み事や出来事をしっかりと覚え、助言しながらだ。
怪しい商人、ならず者の自警団、まだ小さい子供と片っ端から目に付いた人全員に。
それを行く先々で繰り返すその姿は、人の営みを愛し自律性を尊重する『賢人』そのものだ。彼女は住民たちが自らの足で歩き、悩み、解決していく過程を慈しむように見守っている。
「……ねぇおとーさん。人の心って本当に迷子になりやすいの。怒ってるモノと原因は違う所にあったり、言葉に出来なかったりする雑多なもの」
「それらの絡まった糸を解き、不安や疑問を然るべき提出先の行政に届くよう『陳情』という形に整えてあげる。そうやって皆の相談窓口として甘やかすことくらい許してくれるかしら?」
それは彼女なりに考え抜いた、人類の自律性を侵さないためのギリギリの妥協点。
何時も通りの己が行動の可否を問うた問答。
私が思考を巡らし回答を述べる前に、無垢が珍しく言葉を重ねていく。
「……だけどそうやって糸を解いている指先が、時々震えてしまうの」
「変に思うでしょう? お父さん」
彼女の声は先ほどまでの「館長」のそれよりも、ずっと低く、どこか湿り気を帯びていた。長く苦悩の道を歩む彷徨う者の声。
「この街の人たちが"自分たちの手で明日を掴もう"と、懸命に生きている姿を見るとたまらなく嬉しい。ああ何て逞しく、尊敬できる親なんだろうって」
「人の営みを壊さない程度にだけ糸を解いてあげる。それだけで満足しているのも確かに私なの」
「……でもね、その解いた糸をぜーんぶ手繰り寄せてしまいたいって。私の懐に入れてしまいたい私もここにいる。
それだったら不安や疑問を全部都合の良い様に叶えてあげられるから。
他にも不正解とされるような気持ちも沢山ある。……両極端でしょ?」
カルデラ湖に夕日が沈み始める絶景を、高台から見下ろしながら内心を吐露した無垢。
黄金色に焼ける街並みを見下ろす彼女の背中はひどく寂しげだった。同時に街を丸ごと抱きかかえる揺り籠の巨人のようにも見えた。
「ごめんなさいドクター。これは『保留』に回してもらっても良いかしら。この街で人の思いを橋渡しする者として、これだけは自分で答えてみたいの」
「『そうあれかし』と望まれて産まれたモノの我儘、駄々を捏ねる悪い子になることを許して欲しいわ」
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「……遅くなる前に帰りましょうか、おとーさん」と微笑みながら階段を降りていく背中を見つめる。
滅亡へと誘う"上位者"や親に甘える"いつもの無垢"としてでも無く、ただただその背丈通りの等身大の人間に見えてしまった。
交易都市アル・サフィ
:サルゴンの辺境にある大地に根ざす街。村と都市の間くらいの中規模都市である。短い雨季のスコールと湧き出る地下水がカルデラ湖を形成している。その深い水瓶こそが不毛な荒野で街が発展した唯一の理由。
だからこそ飢えた獣やならず者達がオアシスとして集まり、暴力装置として治安維持を担う場所でもある。
その中でもメインストリートから繋がるアーケード街は、喧嘩も人も何もかもが"交易"を行うために集まる。無垢の勤め先の博物館はアーケード街を抜けた先に構えられ、日々相談をしに人が集まっている。
アーケード街での商品
:青色の電気ケトル、シラクーザ人の憤怒のレシピ、紺碧の心の様な激ヤバ物品まで集まるほぼほぼ闇市。偶に出てくる激ヤバ物品は無垢が処理している。
無垢
:お堅い行政と血の気の多い街の人々の仲介役としても活動している。温和な雰囲気と実利から、街の人々の信頼を集めており行政の窓口係として機能している。
ぜーんぶ私の望みであるけど、両極端やねんと丁度良い塩梅を探している
ロドス一向
:あんまりにも豪華な宿だったので、それを貸切に出来る財力の持ち主の無垢さんヤバない?と思っている