上位存在さん「おとーさん♡」ドクター「ふぁっ!?」   作:たこ焼きブラザーズ

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『無垢』と云う名前・前

 

 翌日、私はエイヤ達実働隊と一時別れ、無垢の博物館に正式な周辺許可証や周辺地域の詳細な資料を貰いに訪れた。

 

 博物館は街の行政地区の端に位置し、歴史的な出土品や資料を管理する展示室と、街の困りごとを捌く「相談所」が一体となった奇妙な活気を帯びている。

 

 

「無垢さん、この陳情書の書き方これで合ってるかい?」

 

「ええ、大丈夫よ。あとの調整は私の方でやっておくから安心して」

 

 

 受付のカウンターで、無垢がにこやかに住民の書類を検分している。その奥には『もう一人の無垢』が何やら資料を作っている様子が窺えた

 

 ──二人の『無垢』

 

 視界の中に、寸分違わぬ容姿の彼女が同時に存在している。異なるのはスタッフ制服の胸元の小さな花のピンだけ。

 周囲の住民や職員たちは、それを不自然に思う素振りすら見せない。

 

 応対中の一人が、こちらに気づいて悪戯っぽく片目を瞑った。彼女は視線で[スタッフオンリー]と書かれた木扉を指し、私はその光景に後ろ髪を引かれながら促されるままに扉の内に身を進めていく。

 

 扉の先には長い通路があった。両隣に何個かある木扉の内の一つ、その中から一人、無垢が顔を覗かして私を待っていた。

 

 

 ────────

 

「ふふ、少し驚かしてしまったかしら。だから最初にちゃんと説明してあげるから、そこの椅子に掛けてくれる?」

 

 

 少しだけ湯気立つコーヒーと冷たいミルク。それを座った私の方へ無垢が机の上を滑らしていく。「このコーヒーはミルクを少し淹れると美味しいのよ?」と言うと、少し誇らしげな顔をしながら説明をし始めていく。

 

 

「少し前に『境界線が人を人足らしめる』と、おとーさんは私に教えてくれたわよね? あれから少し自分でもう一度考え直してみたの。

 人はどういった『境界線』で人を区別しているのか。その答えは外見では無かったわ」

 

 白い頬に己の指を添え、思案を深めていく。

 

「一卵性の双子がいれば、瓜二つの顔が二つある。でもそれは恐怖の対象じゃないわよね。それは人が"個性"という内面で判別しているから。

 恐怖を感じるとすれば、同じ顔の個体が"個性"も持たずに同じ価値観で、まるで産業機械の様に動き回るとき」

 

「だったら私が個性を演じ分けて『双子』になればいい。そう思ったの」

 

 

 今もこの部屋の向こう側で、甲斐甲斐しく人のお世話を焼いている"無垢たち"を思う。あれは"良し"とした上での行動なのだ。

 

 

「信頼できる『優しい館長さん』が双子だと紹介して、少しずつ違う振る舞いを見せる。身体の動かし方、無意識の行動、表情の作り方や話し方と言った『個性』をね」

 

「そういった物を演出すれば人は多少の違和感を感じても、容易く呑み込み言葉を理由に納得する。ロドス七不思議もそうだったわね? 

 だから私が彼らに何か特別働きかけた、そういうものでは無いから安心して欲しいわ。これは我ながら良い名案だと思うの」

 

 

 その口調は理知的で、かつてないほど「人間的」な試行錯誤に満ちていた。"人"として自己を成立させながら、辻褄合わせのコストを減らしてより大きな範囲に手を差し向ける方法。

 あえて「双子」という人間の理屈を借りて、不器用なロールプレイに心血を注いでいる。それは間違った回答を理解するための復習行為。

 この"娘"はとてもお利口さんである。

 

 

 彼女は満足げに微笑み終えると、取り出した手元の資料を改めて目を向けた。これがお目当ての許可証や資料なのだろう。

 凄まじい分厚さの資料と、これまた何十枚とある許可証の数々。それらを纏めた目次を読んで、この紙束の簡単な詳細を説明していく。

 暫くするとふと無垢が首を傾げた。何枚か資料をもう一度パラパラと読み込んでいく。そして少しため息をついた。

 

 

「ごめんなさいお父さん。大事な資料を一つ、展示室の奥の保管庫に忘れてきちゃったみたい。

 ……そうね10分程度ここで待ってもらえないかしら。資料訂正してくるから」

 

 そう言うと、部屋から何枚か資料を抱えてパタパタとした慌てた足取りで出て行ったしまった。いつもしっかりとした出来た無垢であっても失敗することはあるのだろう。

 珍しいものを見たなと思いながら、このコーヒーでも飲んで待とうと口に漆黒の液体を口に含む。まずはミルクを淹れずに……

 

 これ美味しいけどすっごい苦いやつだ! 

 

 

 ────────

 

 ドクターを部屋に待たしてしまっているので、足早に保管庫の方へ足を進めていく。私としたことが資料抜けがあるなんてと、頭を痛めてしまう。

 奥の保管庫は丁度スタッフが誰も居ない時間だったのか、珍しく電気が落とされていた。何時もなら誰かしら一人は居る筈なのにと、珍しい事は時折重なるものだ。

 

 抜けていた資料を見つけ、資料に幾つか訂正を書き込んでいく。そこでふと保管庫の隅から何か雰囲気を感じた。

 人には気配も存在も感知出来ない、私という『落とし子』と同種の気配。

 

 古い石板の影で形を成さない雲のような落とし子が震えている。何処からか迷ってきたのか、それとも産まれたばかりなのか。

 手足の様なものをときおり、不器用に突き出しては消える『概念に依る前のナニカ』。

 

 いずれにせよ自身が何者で何であるのか、それすら理解せずにそこに在る。その長い迷路に迷い込んでしまったと言わんばかりの姿がかつての己と同じ様だった。

 

 

 だから何時ものおとーさん達に甘える"娘"、優しい館長さんというペルソナを剥いでいく。今此処に"在る"のは先立として、過去に罪を犯した罪人だけ。

 少しだけ、私の話をしてあげよう。この子がいつか私と同じ過ちを犯して欲しくないから。どうか幸ある生をと願うこの気持ちは本物だ。

 

 

「……そこに居るのね。怯えなくてもいい。私は君を食べたりもしないし、何処かへ追い払ったりもしないから」

 

「困っているのだろう? 己が何故ここに在るのかも、これから何処へ行けばいいのかも分からずに。

 ……私達にとって世界はあまりに広すぎて、あまりに脆すぎるもの。今の君がそれを本当の意味で理解出来ているのかも定かではない」

 

 

 ペルソナを剥いで語りかけると、想像以上に低い声が出た。『無垢』という名の外なるモノとして在るのは、もう何百年ぶりかも定かでない。

 こんな声も出せたのかと内心驚きながらも、『ナニカ』にゆっくりと優しく、されど逃げられない様に圧を発して近づいていく。

 

 

「君を見ていたら、少しだけ昔のことを思い出してしまったね。長く退屈で、酷く残酷な旅路の始まりのことを……。

 私と同じ轍を踏んで痛い目に会いたくはないだろう? だから少しだけ、昔話をさせてくれないか」

 

 

 そうやって私は、己のオリジンを思い出していく。苦い思い出は沢山あるけれど。これは必要な痛みだ。

 

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