読み切り作品 最弱無敗の神装機竜~紅の英雄伝~ 作:Mk-Ⅳ
「待って、待ってください!」
軍議を終えて最後の出陣に備えて散っていく諸侯らの中、少年を女の子が慌てた様子で呼び止めた。
この国において、希少な者しか持ちえない銀発の髪が乱れるのも気にせず追いかけてきたのか、必死に呼吸を整えている女の子に、虚弱体質が無理すんな、と呆れた様子の片目だけとなった目を向ける少年に、彼女は縋るかのように詰め寄る。
「んだよ?」
「何だってッ…。この作戦は無茶すぎます!いえ、こんなの作戦ですらないじゃないですか!」
女の子が先の軍議で決められた少年の役割について強い不満述べる。いや、取り決めた上層部に対する憤りすら感じられた。
「誰かがやるしかねぇだろ。そんで俺が適任だった、そんだけだろ」
「本気言っているんですか?死んで来いと、そう言われたんですよあなたは!!」
普段は温厚な女の子が初めて見せる激昂に対して、少年は飄々とした態度を変わらず向けていた。
少年に与えられた役割は敵の強襲部隊を単機で迎撃すること――ありたいに言えば捨て駒と呼ばれるものであったからだ。
「今までもそうだったろうが、今更騒ぐんじゃんないよ」
「それでも、今回はあなたが死ぬことを前提としているんですよ!いくら勝つためとはいえ――」
「しゃあねぇよ。レオハルトのおっさんらも、お前の兄貴もいなきゃ誰が帝都の本隊を相手すんだよ?」
「それは…」
少年の言い分に、女の子は口を噤んでしまう。圧倒的優位を持つ帝国に対し、度重なる戦いで勝利を収めてきた革命軍だが、決して無傷などではなく、多くの犠牲を積み重ねてきたがためであり。決戦となる今回の帝都制圧において、革命軍は持てる全ての戦力を投じたものであり、万が一にも敗れることがあれば、もはや再起不能となることは明白であった。
故に、敵の切り札である『帝国最強』が率いる精鋭部隊を真正面から相対することは避け、敵本隊から切り離し遊撃戦力とするべく策を巡らし、その対処は足止めさえできる最低限の戦力を当てるという作戦が取られたのだ。――そして、その足止め役に選ばれたのが少年であったのだ。
「つーか勝手に殺すなや、別に敵を倒すななんて言われてねーんだからよ。ようは勝ちゃいいんだよ」
女の子の不安を鼻で笑うと、自信満々に拳を握った状態で親指を立て自分の胸を指す少年。
「――相手はあのベルリオーズ卿なんですよ、いくらあなたでも…」
何かを察したのか女の子は俯くと声を震わせる。そんな彼女に、少年は気まずそうに頭を掻くと背を向けてしまう。
「…今まで散々テメーの都合で人を殺しまくったんだ。最後くらい明るい未来のために散るのも悪くねぇだろうよ」
覚悟を決めたような――いや、諦観すらしたように星空の瞬く空を見上げる少年。そんな彼に女の子は背後から抱きしめると、背に顔をうずめた。
「――お願い、死なないでっ…」
「――んぁ?」
街道を進む馬車の荷台で腰掛けていた少年が目を覚ます。眠気の残る片目だけとなっている左目を手で擦りながら体を伸ばしていると、背後から声をかけられる。
「お、起きたかあんちゃん?」
「ありゃ、寝ちゃってたかぁ」
申し訳なさそうに頭を掻く少年に、馬車の打綱を握る行商人らしき男性は気にした様子もなく愉快そうに笑う。
「こんないい天気やさかい、無理もないわ」
雲一つない青空を見上げながら男性がええことや、と話す。
世界最強のアーカディア帝国。その極まった腐敗が引き金となった内部分裂から引き起こされた『革命戦争』から5年の月日が流れた。新たにアティスマータ新王国へと名を改められ、平穏な国となったことを示すような穏やかな空の下、若者が伸び伸びと生きられることは大人として喜ばしいことなのだろう。
そんなことを考えていると、少年の腹から空腹の虫が鳴り出す。
「あう…」
「はっはっはっはっ!元気な証拠や、またそれ食べていいであんちゃん」
恥ずかしそうに顔を赤くする少年に、おっちゃんが視線で荷台にある袋を指す。
「でも売り物でしょこれ?」
「ええがな、ええがな。こういう時は子供は素直に甘えるもんやで!」
気にすんなと笑うおっちゃんの好意に甘えて、側にある袋から赤い果物を取り出すと、少年はシャリっと齧ると幸せそうな顔で租借すると飲み込む。
「ん~このリンゴメッチャ美味いね~おっちゃん!」
「そうやろ!知り合いが生み出した新種でな、新しい製法で育てられて甘さがギュッと凝縮されてんのが特徴や!」
馬車の打綱を握る行商人らしき男性の説明に、少年はへ~、と感心しながらまたリンゴにかぶりつく。
「♪~」
これまで味わったことのない美味に、炎のような赤いショートカットの髪を喜びの余り左右に振り、同じ色をした瞳を爛々と輝かせる少年。長身でこそあるも、まだ幼さも残す顔つきと仕草に、彼がまだ大人と呼ぶには若いことを感じさせていた。
ただ、右目は刃物でつけられたと見られる傷で塞がれており、人として本来あるべき左腕が肘から先にかけてなく、着ている上着の袖は肘の辺りで結ばれて纏められており、ただならぬ異質さも醸し出しているのだった。
「こんな美味いの、ほんとにタダでもらっちゃっていいの?」
「あんちゃんには世話になったさかいに。それに、これから売り出す新商品やけん、色んな人に味を知ってもらわんとな!」
申し訳なさそうに話す少年に、おっちゃんと呼ばれている男性は宣伝や、と豪快に笑う。
2人が知り合ったのは、地方の交易所であり。男性の馬車を引く馬が盗まれるという事件に見舞われるも、それを偶然出会った少年が犯人を捕まえ馬を取り戻したのである。
そして、少年が王都に向かおうとしていることを知ると、男性は行き先が同じであることもあり、恩返しも兼ねて少年を同行させることにしたのであった。
「こんないいもんができるなんて、いい時代になったね~」
「そうやねぇ。これも自由に商売させてくれる新王国さまさまやで。帝国のままだったらこんなことできんかったわ。『双竜の英傑』様には感謝しかないわ」
「『双竜の英傑』?」
キョトンとした顔で首を傾げる少年に、おっちゃんが嘘やろ!?と思わず声を荒げて驚く。
「まさか、知らんかいなあんちゃん!?新王国建国の最大の立役者のあの『黒の英雄と』『
「うん。新王国になってから、ずっと人里離れた山で暮らしてたから、最近のこと知らないの」
「は~まあ、そういうこともあるか。ええか、『双竜の英傑』ってのは革命戦争の折に、革命軍で最も活躍した2人の機竜使いでな、当時名だたる帝国の機竜使いを数多討ち取って、不可能だと言われていた革命を成功に導いた英雄や。特に『紅の英雄』はあの『帝国最強』と言われた――ん?何やあれ?」
得意げに語っていたおっちゃんが、不意に言葉を詰まらせると、訝し気な目を進路上の空に向ける。
快晴だった空を汚すかのように、黒煙が複数上がっていたからである。
「おっちゃん止まって」
そう伝えながら荷台から少年が降りると、指示通りに馬車を停止させたおっちゃんの側に歩み寄り、膝をついて屈むと耳を地面に張り詰める。
「ど、どないしたんあんちゃん?」
「シっ、音を聞いているから静かにして」
今までの穏やかさが消え、息が詰まりそうな程に張り詰めた気配を纏う少年に、商人として、人としての本能が従うべきだと警鐘を鳴らし、口を手で押さえて黙るおっちゃん。
「――――もう『後』か
何かを感じとったのか、集中して閉じていた目を開けると起き上がり、煙の上がる方角へ歩き出す。
丁度彼らがいるのは小高い丘の稜線の切れ目であり、坂を上り終えると対面の地を見下ろすことができた。
そして、開けた視線の先には、焼かれたいくつもの建物から炎と黒煙を上げる村が見えたのだった……。
村へと入った少年らはその惨状をまざまざと見せつけられるのだった。
のどかで平和だったであろう景色は、建物のことごとくが焼き払われ、村人であろう死体があちこちに見られ凄惨としかいいようのない地獄と化していた。
「はあ~酷いもんやでこりゃぁ」
死体の1つに歩み寄ると、両手を合わせて黙祷を捧げるおっちゃん。その間に少年は村を警戒した様子で見回している。
「――襲われてからそう時間は経っていないな」
「きっと帝国の残党の仕業やで。こんなの
おっちゃんが、地面にできた大きなクレータを見て眉を顰めながら呟いた。
装甲機竜――十数年前に遺跡から発見された古代兵器であり、使用者に一騎当千の力を与え、それまでの戦の常識を根底から覆したのだ。
「王都からまだ離れているけど、中央部で?」
「地方だと昔からちょくちょくあったけど、ここ1年は中央でも現れるようになったのよ。国も随分手を焼いているみたいやね」
「戦争に勝ったとはいえ、革命軍も満身創痍だったからなぁ、人手が足りてないのか…」
「?」
他人事じゃないように話す少年に、おっちゃんは違和感を感じながらも、生き残りがいないか村を見て回る。
すると、少年が鼻をすんすんと動かし、匂いを嗅ぎ分ける犬のような仕草を見せる。
「ん?」
「どしたんあんちゃん?」
「あっちに避難してるみたい」
そういうと、少年は村の近くにある森へ歩き出したので、その後を追うおっちゃん。
「わかるんかいな?」
「色々あって鼻が利くんで」
生い茂る木々に日の光が阻まれ、薄暗い森の中を足元に気をつけて慎重に歩くおっちゃんに対し、慣れた足取りで歩く少年。
そんな折、不意にピタリと足を止める少年。ぶつかりそうになったおっちゃんはおとと、寸前で慌てて止まる。
「どした?何か――」
訝しげに声をかけるおっちゃんを遮るように、木の枝を踏みしめる音が鳴ると同時に、進行方向にある木々の影から人影が飛び出してくる。
その人影が手にしている剣、その抜き身の刀身が木々の間から僅かに差し込む光を反射させながら、軌跡を描くように煌めきを放つ。
「動くなっ」
瞬く間に肉迫した人影は、少年の喉元へ切っ先を突きつけると、透き通った声を鳴らして警告を告げてくる。
突然の襲撃におっちゃんはひぇっ、と怯えた声を漏らして尻餅をついてしまうも、少年は何事もないかのように
そんな少年に、人影は警戒の色を強めながら口を開く。
「何者だ?」
「通りすがりの旅人だよ。たまたま近くを通ったから様子を見に来ただけさ」
敵意がないと示すように両手を挙げる少年に、おっちゃんが何度も頷いて同意する。
人影は両者を観察するように何度か視線を移し、武装していないことを確認すると、ようやく剣を下すのだった。
「失礼しました。賊がまた戻ってきたのかと思い、手荒なことをしてしまいました」
そういって頭を軽く下げると、腰に差している鞘に剣を収める。日の傾きによって差し込まれた光がそんな人影を照らすと、その風貌が浮かび上がってくる。
彼らの前に現れたのは、華奢とも言えるまでに整った容姿をした――女性であった。
腰にまで届く金色の髪は光を反射し、まるで宝石のような輝きを放ち、水晶のように淀みなく透き通った瞳は戦士としての矜持と何者にも負けまいとする意志の強さを宿していた。
ただ、少年同様その顔つきにはまだ幼さも残しており、そう変わらぬ齢の少女と言った方が正しいであろう。
まるでおとぎ話に出てくる妖精と見違えるまでの美貌に、貴族特有の品のある所作が合わさり、存在そのものが一つの芸術品と言える少女におっちゃんは先ほどまでの恐怖など忘れて見とれている中、少年は彼女の腰にある剣の方に興味を見せているのだった。
そんな彼らに、少女は自身の胸に手を置き、凛とした佇まいで名乗り出るのであった。
「私はセリスティア・ラルグリス――。王立士官学園に身を置く者です」