イナズマの女帝   作:主要人物の実姉概念が流行ってほしい人

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使者は帝国より来たる

 

 

「みんな! フットボールフロンティアだ! わかってるな!」

「おうっ!」

 

 なんとも新鮮な熱気だ。フットボールフロンティアへの出場というだけで、これほど盛り上がるなど、住む世界の違いさえ感じられる。

 少なくとも、帝国で出場を喜ぶ者がいれば奇異の目で見られることは明らかだ。

 私一人、間違いなく場違いだろう妙な感慨を抱いていることを他所に、円堂を中心として面々は喜びを露わにしている。

 

「それで、円堂。初戦の相手は誰なんだ?」

「ああ――知らないっ!」

 

 だろうな。抽選は昨晩行われたものの、トーナメント表が公表された時間はつい先ほどの筈だ。

 彼らも学生である以上、まさか授業を受けずに速報を見る訳にもいくまい。

 春奈がパソコンを開き、情報を調べようとしているものの、それよりも先に、部室に冬海が入ってくる。

 

「野生中ですよ。一回戦の対戦相手は野生中です」

「……ほう」

 

 冬海から告げられた対戦カード。今年も間違いなく出場しているとは思っていたが……早々に格上相手が来たか。

 フットボールフロンティアの空気を感じるには、いささかばかり苛烈な試合となるだろう。

 

「野生中……! 去年の地区予選で、決勝まで進んだ学校です! その時は、帝国と戦って、って……」

 

 春奈が私に、トーナメント表の映されたパソコンの画面を見せつつ提示した情報で、たちまち視線がこちらに向く。

 別に野生中に限った話でもあるまいに。

 どの学校が相手になるにせよ、フットボールフロンティアに出てくるような学校であれば、最も情報を有しているのは私なのだろうし。

 

「お姉ちゃん! 情報、情報なにかない!? 野生中の弱点とか!」

「余がおらぬことだ」

「お姉ちゃんっ!」

 

 集まった視線を面倒に感じ、そう返せば、春奈は肩を掴んで揺さぶってくる。

 とはいえ、野生中には今のサッカー部が付け入ることができるような弱点がないことも事実だ。

 帝国がいなければ、全国大会の常連になっていたであろう強豪なのだから。

 

「ま……まあ、なんでもいいですが。大差で初戦敗退なんて無様を晒さないようにしてほしいものですね。ああ、それと……新入部員、だそうですよ」

 

 どうにも、こちらに怯えている様子の冬海は、足早に部室を出ていく。

 そんな彼の後ろで控えていたのだろう生徒が、入れ違いで遠慮がちに入ってきた。

 

「あー、ども。俺、土門飛鳥っす。二年の転校生で、ディフェンス志望なんですけど……」

「新入部員か!? 俺、円堂守! よろしくな!」

「お、おう、よろしく……」

「……土門くん?」

「え……? ――秋? 秋じゃないか!?」

 

 ……この男は。

 

「秋、知り合いなのか?」

「うん、昔ね。でも驚いたわ。まさか雷門中に転校してくるなんて」

 

 長身痩躯のその男は、木野の旧知であるようだが、そんなことはどうでもいい。

 それほど印象のある相手ではないものの、覚えていない筈もない。

 彼は少しの間、木野と話した後、躊躇いがちにこちらに歩いてきて、頭を下げてきた。

 

「――お久しぶりです、不破さん。覚えていないかもしれませんが……」

「覚えておらぬと思っているならば初対面を気取れば良い。余が貴様を記憶していると確信があるのだろうに」

「っ……あっはは。流石っすね。えっと、そういう訳です。帝国から、雷門に転校してきました。土門です」

 

 この男は去年、帝国の一軍ではないものの、ディフェンスにおいてはそこそこの実力を有した一年生であった。

 なるほど、意図は察した。

 わざわざ追い返すほどでもない。この部に入るのであれば、必要に応じて使うだけだ。

 

「帝国から……? も、もしかしてスパイなんじゃ――」

「余が知る者を間者に使うのであればそれこそ愉快ではないか。なあ、土門?」

「え? あ、えーっと……そう、ですね?」

「ともあれ、貴様たちが疑念を抱くならばプレーで裁定すれば良い。それで自ずと答えは出よう」

「――そうだ、プレーは嘘をつかない! 一緒にプレーすれば、土門がどんなヤツかすぐに分かるさ!」

 

 愛想笑いを浮かべる土門に疑惑の目を向ける者たちを、円堂が大声で納得させる。

 理性的な帰結とはいえないが、事実でもある。プレーでその者の真意を測ることは決して難しいことではない。円堂もまた、そう思っているのだろう。

 

「……それもそうか。とりあえずは、頼りになるディフェンダーが来てくれたって考えよう。よろしくな、土門」

「お、おう。……俺が言うのもなんだけど、すごい順応だな?」

 

 風丸が差し出した手を取りつつ、困惑する土門。

 私も同意である。このサッカー部はどうにも、寛容すぎる。力を磨くためならば当然あるべき息苦しさというものが、ここには一切ない。

 来る者は拒まず、去る者は引き留めるが、無理強いはしない――円堂守という男が率いているがゆえの気風なのだろう。

 

「本格的に始動したばかりの部だからな。半分くらいは、まだ入部して二週間も経ってないんだし」

「……まあ、活躍できるうちは使ってやるよ。うちのチームは、ディフェンスがまだ甘いからな」

 

 去年からこのサッカー部に所属していたという半田と染岡。彼らもまた、満更でもないようだ。

 燻っていた頃からすれば、信じられない状況か。

 フットボールフロンティアにおいて、勝ちを狙える立場にあるなどと。

 

「そうかい。なら、埋もれないように精一杯頑張るよ。不破さんのいるところで怠けたら明日の朝日が拝めなさそうだしな」

「貴様は余を何だと思っている」

「有名っすよ。女帝を怒らせたら帝国の地下で三日三晩、休み抜きでボール磨きとグラウンド整備に従事させられるって」

「ならば今すぐグラウンドを掃除してくるが良い。活動しているラグビー部員諸共な」

 

 態度が軽薄なのは元の性格だろうから流すとして、こいつ、私を舐めていないか。

 そして貴様らは何を揃って納得したように頷いている。春奈まで頷くことはないだろうに。

 別に私は今日という日を無駄に過ごし、勝ちの目を減らしたところで後悔などせんぞ。

 心外な反応に眉を顰めてれば、きりがないと判断したのか豪炎寺が呆れた様子で話題を切り替える。貴様も小さく頷いていたの、見逃していないからな。

 

「……とにかく。今重要なのは野生中への対策だ。俺も木戸川にいた頃、あの学校とは戦ったことがある。帝国がいるからこそ地区予選敗退を続けているが、ヤツらは全国でも戦えるチームだ」

 

 ……仕方ない。確かに野生中は対策なしで勝てるチームではない。今優先すべきはそちらの話題だろう。

 面々の注目を集めた豪炎寺は、ホワイトボードに連中が特色とするフォーメーションを描いていく。

 

「野生中サッカー部。特徴の一つは高い身体能力を活かした積極的な攻撃姿勢だ。中盤の選手をほぼすべて攻撃に回し、持久力にものを言わせる苛烈な攻撃には定評がある」

「だけどよ、俺たちだって強くなってるだろ。『ドラゴンクラッシュ』にお前の『ファイアトルネード』、そして『ドラゴントルネード』だってあるんだ。得点勝負なら……」

「いや……二つ目の特徴にして、最大の障害。ヤツらは高さ勝負に滅法強い。空中戦においては帝国さえ凌ぐ……ですよね」

「うむ。総合力では劣るとも、一芸において帝国を上回る学校は少なからず存在する。空中戦において野生中を凌ぐことは困難だ。かといって、地上で連中と身体能力を競うこともまた難しいといえるだろう」

「い、一回戦からそんなに強いチームが相手なんすね……」

 

 弱点はある。あの連中は、チームというよりは『群れ』なのだ。

 そこに戦術らしい戦術はない。体力があるからこそ派手に動き、体力が尽きるまで攻撃を続ける。

 だからこそ、並みの戦法など無理やり突破するポテンシャルがあるものの、逆に言えばそれだけだ。

 統率を乱さず、冷静さを失わず、着実に駒を進める。それが可能であるならば、容易に崩せる相手となる。

 ……まあ、前提としてこの雷門サッカー部にそういう戦い方は無理なのだが。

 

「なら――新必殺技だ! 空を征する必殺技を編み出して、野生中を倒すんだ!」

 

 当然、こうなるわけだ。この者たちは、敵の長所を相手にしない、という戦法の取れないチームなのだから。

 わざわざ困難の道を踏みしめるとは、物好きな連中だ。

 

「新必殺技ってお前、そんな簡単にできたら……」

「誰も簡単にできるなんて思ってないよ。だから練習だ! とにかく高さを極める練習をして、必殺技の手掛かりを掴むんだ!」

「円堂くんらしい発想ね……」

 

 その単純極まりない方針に、呆れるほかなかった。

 闇雲に体を痛めつけたところで、必殺技になど至らない。手掛かりとやらは外から見つけ出した方が効率的だ。

 しかし、ひとまずそれしかないと判断したのか、練習だ練習だと駆け出す円堂を先頭に、面々は部室を出ていった。

 

「お姉ちゃんも、行こう!」

「先に行け、春奈。余は暫し、考えるべきことがある」

 

 何を始めるかは知らないが、頭痛を覚え始める前にある程度、思考しておきたい。

 春奈を送り出しつつ、先のトーナメント表を思い返す。

 一回戦は野生中、それに勝利すれば、二回戦はシード枠の御影専農中。三回戦は……尾刈斗中との再戦が順当か。

 そして、反対のブロックにいる帝国は当然、勝ち進んでくることだろう。地区予選の決勝まで進めば、間違いなくその相手は帝国だ。

 今度こそ、あの者たちが腑抜けることはあるまい。はじめから、私がいることを前提として戦うだろう。

 

「――して。有人と影山、どちらの差し金だ」

「……俺を選んだのは、鬼道さんです。一年生よりも、俺くらいの方が逆に自然だろうって」

「自然も何もあるまい。この時点で貴様の素性が知れることなど、あやつも織り込み済みであろうよ。その上で、余が黙認することまでな」

 

 同じく部屋に残っていた土門は、居心地の悪そうに顔を俯かせる。

 先の軽薄な態度とは正反対。私への負い目はあるわけだ。

 

「黙認って……黙認? 俺が何しようとしているか、分かってるんですよね……?」

「余が見ておらぬうちに貴様が何をしようと、余は与り知らぬこと。影山の差し向けた間者であれば叩き潰していたがな」

 

 胃でも痛んだのか、表情を苦悶に歪める土門だが、それもまた私の知ったことではない。

 間者であることが判明し、それでもなお私が容認するまで、有人が想定していない筈もあるまい。

 ならば、これはある種の挑戦か、あるいは挑発か。どうあれ有人も強かになったものだ。

 

「少なくとも、余の前ではチームの一員として振る舞うが良い。さて、鍛錬だそうだ。急ぎ支度をせよ」

「っ、は、はいっ!」

 

 それを少しだけ愉快に思いつつ、私も出ていった面々を追いかけることにする。

 何を始めようとしているかは知らないが、円堂が主導である以上、どうせ奇妙な練習模様となることは想像に難くない。

 的外れなことをしようとしているのであれば、軌道を修正する必要が出てくるだろう。

 ……そうだ。その前に。

 

「――土門。有人は壮健か」

「ッ!? い、いや、えっと……ここしばらく、俺にも分かるくらい、調子を崩してます。……その、不破さん。さっき、マネージャーっぽい子に『お姉ちゃん』って呼ばれてましたけど、どういう……」

「好きに受け取れ。どうあれ、貴様が気に留めることでもなかろうがな」

 

 不調、か。あれが調子を崩した程度で司令塔としての役割を欠くとは思えないが。

 私はやり過ぎたとは思っていない。あの時の帝国にとっては、適切な灸であったと考えている。

 ゆえに、これをきっかけに、彼には一つ成長してほしいものだと、弟への心配を思考の隅に置きつつ、私はサッカー部の面々のもとへと向かい始めた。




【不破煌雅】
帝国は閉鎖的な練習環境であるがゆえに、情報を仕入れるためのスパイが外部の学校から送られてくることは日常茶飯事であった。
まともな技術を持っていて、使い物になるならば、何を企んでいようが構わないというスタンスであり、自身の邪魔にさえならなければスパイには割と寛容。
致命的な情報が抜かれたとしても、自身が一人いればどうにでもなるという自負ゆえの価値観。
なお、不破が帝国を去った後、そうした不審な生徒たちは残らず『転校』した模様。
「不破の機嫌を損ねると、帝国地下で三日三晩休み抜きで労働に従事させられる」というのはサッカー部外でまことしやかに囁かれていた噂。
こちらは真偽不明の噂であったが、不破が去ったことで逆に広まり、現在では「女帝統治下の暗部」として半ば事実であったように語られているとか。

【土門飛鳥】
元・帝国学園二年生。
不破にバレている前提のスパイ活動をやらされているかわいそうな人。
「流石に恨みますよ、鬼道さん……!」
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