イナズマの女帝   作:主要人物の実姉概念が流行ってほしい人

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雷鳴を刻みし秘伝書

 

 

 野生中との試合が決定して二日。

 個人技量や連携能力を向上させるための鍛錬は行いつつも、彼らは新必殺技の開発に勤しんでいた。

 とはいえ、結果が出ていない。『空を征する必殺技』と一口に言っても、明確なイメージができていなければどうにもならないもの。

 これについて、私が何を指導している訳ではない。

 私の知る、既存の必殺技を伝授するならばともかく、新必殺技の開発などイメージを固めなければスタート地点にも立てない。

 染岡の『ドラゴンクラッシュ』はシンプルな技であったから良いが、本来必殺技とは、方向性を確実に定めてから組み立てるものだ。

 もういっそのこと、『サイクロン』などで空中戦担当のディフェンダーを片付けてからシュートを打てば良いのではないかと考えてしまうのは、力押しが過ぎるか。

 

「新必殺技、ねぇ……。それを完成させないと、野生中に勝つのは難しいのかしら?」

「であろうな、望みは薄いが。あれでは必殺技など夢のまた夢だろうよ」

 

 今日、あの連中が何をしているかは知らない。鍛錬のメニューを渡しておいたから、それくらいはこなしているだろうが、その後はまた、結実は遠い必殺技の開発だろう。

 一方で私は生徒会室に誘いを受け、雷門と雑談に興じていた。

 

「そんな状態で、あなたがここにいていいの? いえ、誘ったのは私なのだけど……」

「余が一日不在にしたところで鍛錬を欠かす者たちでもあるまいよ」

「あら、ずいぶん信頼しているのね。案外、後輩想いなタイプなのかしら」

「あの間抜けな鍛錬に関わりたくないだけだがな」

「目付け役がいなくて変なことを仕出かさなければいいけど……」

 

 ……『ジャンピングサンダー』に『シャドウヘアー』、それから『壁山スピン』だったか。

 昨日の鍛錬の際、一年生の面々がそれぞれ考案し、実践していた必殺技である。

 少林寺と栗松が挑戦していた最初のそれはともかくとして、残る二つに対して、一体どのような感想を抱けば良いというのか。

 木野や春奈は最後まで付き合っていたものの、私は普通に馬鹿馬鹿しくなって途中で帰った。

 昨日の今日だ。一日くらい、目を離していても良かろう。

 

「まあ、それよりも……一応、あなたには共有しておくわ。後で知って、変な期待を抱かれないようにね」

 

 こちらの苦労を察したのか、軽口を止めて一度紅茶で口を湿らせた雷門は、鞄から何かを取り出す。

 使われていた時代から数十年は経っていると一目でわかる、煤だらけの古ぼけたノートだ。

 いきなり何だというのか。どう解釈しても、紅茶が味わい深くなる品ではあるまいに。

 

「古書に耽る趣味はないが。これを茶請けにしろと?」

「違うわよ。あなたたちに役立つと思って、わざわざ探してあげたの。これはこの学校に伝わる、イナズマイレブンの秘伝書よ」

「――イナズマイレブン、だと?」

 

 少し呆れたようにノートを持って揺らしながら、雷門が口にした名前。

 それは四十年前、伝説的な力を持っていたこの学校のサッカー部の通称だ。

 フットボールフロンティアの優勝は確実、その実力は世界にさえ十分に通用すると言われたチーム。

 伝説が誇張されている可能性は否定できないものの、少なくとも全国大会の準決勝までは圧倒的な実力で、着実に勝利を積み上げていたのは紛れもない事実。

 今の余が劣っているとは思わない。だからこそ、全盛期の彼らと戦ってみたかったという想いもある。

 さぞ、退屈などないひと時になるだろうと――叶わぬ望みである以上、こうして考えても虚しいだけであるのだが。

 

 しかし……その秘伝書か。

 中学サッカーという舞台はプロと比べて、卒業という絶対的な上限がある分、選手生命も短い。

 秘伝書などという仰々しい呼称でなくとも、必殺技や戦術の習得方法をその学校に残す伝統は多くの学校にあるという。

 近頃はもう、ノートよりも電子媒体に移りつつあるのだろうが……帝国でもデータの消失のリスクから、今もノートでの管理は行われているのだ。

 

「伝説のイナズマイレブン。その必殺技を学ぶことができれば、フットボールフロンティアを勝ち進むのも夢ではないでしょう?」

「先日まで廃部を脅しの種にしていた貴様が、妙に熱心に支援してくるのだな」

「いえ、それは……っ、あなたたちが一回戦で無様に負けたらこの学校が笑いものになるの! 活躍が期待できる部活動に対する当然の支援だと思いなさい!」

 

 素直ではない雷門の喧しい声を聞き流しつつ、ノートを受け取る。

 マジックペンか何かをぐちゃぐちゃと暴れさせたような表紙。

 あるいはサッカー部の凋落に失望した者が、悪意に任せたものかもしれない。相当の価値があるものだろうに、愚かなことだ。

 

「まったく……まあ、見つけたはいいけど、骨折り損だったわ。中を見てみなさい」

「ふむ……? ――――――――?」

 

 言われるままに捲ってみれば、そこにあったのは――表紙と大差ない、違いはあるが違いの意図が分からない『何か』が書かれていた。

 よもや中身も、と思ったものの、よく見てみても、その『何か』の下にまともな文章や図がある様子はない。

 どのページも等しく、意味を読み解く気力さえ失せる謎の落書きらしきものに埋め尽くされている。

 盗難による技術の流出を避けるための細工か? そうだとしたら、解読方法だけが失われてしまったのか。

 

「どこの国の表現方法だ、これは」

「知らないわ。当時のイナズマイレブンが凄まじかったのは事実らしいけど、これの読み方が分からないんじゃどうしようもないわね。苦労して見つけたのに」

 

 まさに骨折り損か。これにイナズマイレブンの必殺技の極意が書かれていると仮定すれば、そういうものがあったということが分かっただけと。

 一ページでもまともな記述があれば話は別だったが、最後まで内容は変わらない。変わらないように見える。

 結局のところ、こんなものに期待せず、必殺技は自分たちで完成させるしかないということだ。

 奇しくも、雷門と同じタイミングで溜息が零れる。その時、部屋の扉がノックされた。

 

「お嬢様、場寅でございます」

「入ってちょうだい」

 

 誰かと思えば、雷門の執事か。

 あまり積極的に、この校内で姿を見せてはいないようだが、わざわざここに来るようなことがあったのだろうか。

 

「何かあったの?」

「はい。先ほど理事長室に、サッカー部の皆様が入っていくのを見かけまして。不破様とのご歓談の最中であったことは承知しておりましたが、妙に不審な様子でしたので報告に参りました」

「……サッカー部が?」

「余は知らぬぞ」

 

 途端に疑いの目を向けてきた雷門に、心外だと視線を返す。

 とはいえ、確かに不審ではある。渡した鍛錬か、あるいは必殺技の開発に勤しんでいるものかと思っていたが。

 

「……はぁ。仕方ないわね。不破さん、行くわよ。あなたの監督不行き届きなんだからね」

「まったく……」

 

 少し目を離せばこれかと呆れつつ、雷門についていく。

 あの連中が邪なはかりごとを企てられるとは思えないものの、では一体何をしているのかという疑問もある。

 理事長室に近付いてみれば、声を潜める努力はしているのだろうが、その実まったく潜められていない話し声が聞こえてきた。

 

「おい円堂! 任せろって言ってただろ! まるで開かないじゃないか!」

「早くしねえと見つかるぞ!」

「貴様たちは何をしている」

「うぇええっ!?」

 

 金庫の前で言い合っているサッカー部の面々。

 揃いも揃って、一体何事なのか。よもや部費を求めて盗みに来た訳でもあるまい。

 

「ちょっとあなたたち、どういうつもりなの? せっかくフットボールフロンティアに出させてあげたのに、今すぐ廃部になりたいのかしら?」

「ち、ちがっ、決してやましい理由があるとかじゃなくて! 俺たち、どうしても欲しいものがあって……!」

「欲しいものってのは、これ?」

 

 なるほど、彼らもまた、別口でこの奇書の存在を知ったということか。

 あまりに常識を逸脱した行動力に呆れた様子の雷門が差し出したノートを見て、円堂は目を輝かせてそれを奪取する。

 期待するだけ無駄なものだが。あれは毒にも薬にもならない代物だ――

 

「言っておくけど、役には立たないと思うわよ。だって読めないもの」

「すげえ! ゴッドハンドの極意だって!」

「読めるの!?」

 

 ――と、思っていたのだが。

 円堂はノートをパラパラと捲り、先ほどよりもさらに笑顔になる。

 読めているのか、あれを。あの人類の言語かも定かではない代物を。

 意外な才能だ。あまり勉強は得意ではない様子だったのだが。

 

「それで? 結局なんの言語で書かれている。少なくとも、余はそのような文字は知らぬ」

「……日本語です。途轍もなく汚い字で書かれているというだけの」

「…………」

 

 風丸からのまさかの答え合わせに、私は言葉を返すことができなかった。

 なるほど、法則も見出せぬわけだ。実に単純な秘密であった。私の解読に費やした時間を返してほしい。

 

「これも、これも、新しい必殺技だ!」

「おい円堂! 例の野生中対策はどうなんだよ、あいつらとの空中戦に勝てるような必殺技はあるのか?」

「ちょっと待って……これだ! 相手の高さに勝つためにはこの技だ――イナズマ落とし!」

 

 まあ……どうあれ、何かしらの着想を得られたのならば、あのノートも無駄にはならないのだろう。

 私はあれを秘伝書とは認めたくないが、彼らの強化につながるならばもう何でも良い。

 少なくとも今日からは、それなりに実のある鍛錬となりそうだ。

 

「イナズマ落とし……どんな技なんだ!?」

「えーっと……『一人がビョーンと飛ぶ。もう一人がその上でバーンとなって、クルッとなってズバーン! これぞイナズマ落としの極意!』……えぇ?」

「帰るぞ、雷門。あのノートのことは忘れよ。余はもう忘れた」

「待ちなさい。この文章がどれだけ残念でも、解読できた以上は必殺技の手掛かりになる筈よ」

「解読した結果、解読の必要な文章が出てきてどうする」

「それこそ秘伝書って感じがするでしょう? いい、この記述の意味を理解して、必ず誰かがイナズマ落としを身に付けなさい! これは理事長の言葉と思ってもらって結構です!」

「貴様、自棄になっていないか。あまりにも馬鹿馬鹿しいと貴様も理解しているのだろう」

 

 ……仕方あるまい。私ではどうやっても理解できそうにないが、彼らの柔軟な発想を期待するほかないか。

 ビョーンだのバーンだの、感覚的な擬音で極意とやらを残した先人への評価を一段階落とす。

 自分たちの軌跡を後に残すつもりなのであれば、自分たち以外の人間にも分かるように記すべきだろう。

 これでは秘伝書の意味がまるでないというものだ。

 

「ビョーンはジャンプだろ?」

「ズバーンがシュートとして、バーンはなんだ?」

「クルッてのは豪炎寺さんのファイアトルネードみたいな……」

「あなたたち、話し合いはいいけど理事長室(ここ)でやらないでくれる?」

 

 ……耳に放り込まれる怒涛の擬音に頭が痛くなってきた。

 帝国ではこれほど頻繁に頭痛を覚えることはなかった筈だが、環境の変化が原因だろうか。

 郷に入っては郷に従えという。新天地に赴いたところで、気に入らない風習に私が従う道理もないが、こういう謎の空気に慣れなければ不調をきたすのもいかがなものか。

 果たして、いつか慣れることができるのだろうかと、やや投げやりに思いつつ、私は部室へ向かう面々に続くのだった。




【不破煌雅】
実は必要と感じたものは几帳面にノートに記録するタイプ。
自分で記憶しておくだけならば必要はないものの、『後に残す』ということの必要性は理解している。
思考に耽りながら片手間でペンを動かしていることもあり、彼女のルーチンワーク、あるいは趣味といえる類。
春奈がサッカー部に入部した際に渡したノートも、不破が個人的に記録していたものである。
なお、ノートの秘匿性に関してはそれほど重要視していない。鞄に普通に全選手の能力データや必殺技の改良案が書かれたノートがあったりする。
珍しく影山と鬼道が揃って苦言を呈した悪癖ではあるものの「余の私物を漁る愚か者がいるならば遠からず後悔するのみ」と一顧だにされなかった。
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