イナズマの女帝   作:主要人物の実姉概念が流行ってほしい人

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獣の原に天雷を刻め-1

 

 

 一人が高く跳躍し、シュートを打つもう一人がそれを踏んでさらに高く跳躍。

 高度を稼ぎ、妨害されない位置から繰り出したオーバーヘッドキックによるシュートは、落下によるエネルギーも加わり高い威力を叩き出す。

 それが、彼らが導き出した『イナズマ落とし』の解釈だった。

 理には適っている。この合体技には、意思の統一はそれほど重要ではない。

 要となるのは個々の身体能力。

 高く跳躍し、足場となれるほどの体の頑丈さ。素早く二度目の跳躍に移れるほどの身軽さ。

 そして、互いに姿勢を崩さず技の成立まで導き、そして着地するまでのバランス感覚。

 確かにこの技があれば、空中戦の得意な野生中に対して優位に立つこともできよう。

 とはいえ――そんな必殺技一つあれば勝てるほど、サッカーは単純なものではない。

 ゴールを奪うことができても、その倍ゴールを奪われればなんの意味もないのだ。

 

「よし――来いっ!」

「っしゃあ、いくぞ円堂!」

 

 河川敷のサッカーコートで、ゴールの前に立つ円堂。

 ペナルティエリア内に集まった面々に対して宣言すれば、ボールを持っていた染岡が円堂に向けてシュートを打つ。

 円堂はそれを十分に引き付けてから、パンチングで弾く。

 弾かれたボールを受け止めた松野がさらにシュート。ゴールを奪われないよう、円堂は繰り返しパンチングで止める。

 

「まだまだぁ!」

 

 宍戸、栗松、影野……ボールが弾かれた位置にいた者がすぐにシュートし、絶え間なく円堂を攻撃する。

 円堂にはキャッチを禁じているため、弾き返すしかない。

 というのも、円堂の『ゴッドハンド』はキーパーの持つ必殺技として確かな威力を持っている。

 ところが、発動に一定の溜めが必要な以上、相手の攻撃の勢いによっては間に合わない場合もある。

 その弱点を補うのが、尾刈斗中との試合で咄嗟に繰り出した『熱血パンチ』。

 あれは必殺技としては大した威力を持っていないものの、『ゴッドハンド』を使用できない状況に対応するには、悪くない技だ。

 

 ゆえに、彼自身のパンチングの安定度を引き上げることを提案した。

 ボールを受け止めず弾き返すことは、すぐさま攻撃に移るカウンターの引き金になるものの、敵の選手に向けて弾いてしまえば危機が継続することにもつながる。

 野生中の攻撃的な布陣に対しては、そのような状況は十分に考えられる。

 これは連中の猛攻を凌ぎ、そして攻撃の好機につなげるための鍛錬だ。

 好ましいのは角度を計算し、望んだディフェンダーに向けて弾くこと。

 そこまで至ることができれば上々だが……一朝一夕で成せるものでもないだろう。

 

 一方で並行しているのが、『イナズマ落とし』の鍛錬だ。

 その使用者として選ばれたのが、豪炎寺と壁山。

 豪炎寺の能力は申し分ないが、問題は壁山だ。

 この二人に『イナズマ落とし』を任せるということは、攻撃の際、彼には前線に上がってもらう必要が出てくる。

 大柄な体格はディフェンダーとしてはともかく、動きは緩慢で、とてもではないが即座に攻撃に移れるほどではない。

 試合でそれをするということは、防御を疎かにするのも同義。

 野生中を相手取るにおいて、攻撃的な布陣に対しこちらも攻めを重視するのは一つの手段ではあるが、いささかカウンターのリスクが高い。

 持久力もそこまでではない壁山を無暗に走らせるよりも、『イナズマ落とし』を主軸にする場合、最初から彼を前線に配置していた方が良いだろう。はじめから、壁山を頼らないディフェンス陣を構築しておくべきだ。

 ……まあ、現状、これが机上の空論となる可能性もあるのだが。

 

「壁山、それじゃあ全然足りないぞ……イナズマ落としの土台になるなら、せめてその三倍は跳ばないと」

「風丸さん……そんなこと言われたって無理っすよ。さっきから少しも上達している気がしないっす」

 

 そう、そもそもの問題、壁山の跳躍の飛距離がまるで足りていないのである。

 確かに土台となれるほどの体格を持つ者は他にはいないが、これでは土台として意味がない。

 よって、火急の問題として、壁山の跳躍力の向上を図ることになった。

 ……はっきり言おう。これに関する、適した鍛錬方法など私は知らない。

 一定の跳躍力を身に付けてからは気の制御で瞬間的な身体能力を向上するものだが、これはそれ以前の問題だ。

 

「いや、そんなことはないさ。それだけの重りをつけている状態で、さっきまで普通の状態で跳んでいた高さにまで跳べている。上達はしている……筈なんだが」

「うぅ……元から俺がイナズマ落としを使うなんて無茶なんすよ」

 

 そして、何よりも頭を痛める点が、跳躍力を引き上げる手段として円堂が考案した方法。

 一体どこからか調達してきたのか分からないタイヤを壁山に填めて、何十キロという重りとした状態でひたすら跳躍を繰り返す。

 効率や疲労を度外視した鍛錬だ。帝国でこのようなことをしようとすれば、実践する前に正気を疑われる。私も現在進行形で正気を疑っているが。

 

「それに、風丸さんが付き合う必要もないっすよ。こんなキツいこと……」

「フットボールフロンティアを戦うなら、俺ももっと瞬発力を上げる必要があるんだ。お前がそれだけ頑張ってるんだ、俺も付き合うさ」

「風丸さん……!」

 

 しかも、その鍛錬をしているのは壁山だけではない。

 あの様子を哀れに思ったか、風丸までもが付き合っている始末。

 元々彼は陸上部だったと聞く。陸上の鍛錬でタイヤを引くことはあったのかもしれないものの、あのような鍛錬は機会がなかっただろう。

 ……あれで瞬発力が鍛えられるとも思えないが。

 あの二人は放っておこう。『イナズマ落とし』は望み薄ではあるが、どうあれ彼らに意気込みがある以上、止めはすまい。

 

「不破さん、次、お願いします」

「うむ」

 

 さて、『イナズマ落とし』完成のためのもう一つ、必要な要素。

 それは壁山を土台としてさらに跳ぶ、豪炎寺の動きを盤石とすることだ。

 本人の素の跳躍力は問題がないが、この技はそれに続いて、不安定な足場からさらに跳躍し、正確にボールを捉えてシュートに持ち込む必要がある。

 今の状態の壁山を見ていると、彼の跳躍が問題なくなってから豪炎寺が二段目の跳躍をするのでは恐らく間に合わない。

 そのため、私はそちらに付き合っていた。

 

「行くぞ」

 

 宣言をしてから、豪炎寺の上空に向けてボールを続けて二つ蹴り放つ。

 一つは適当な位置で停止させ、もう一つはさらに高く。

 まずはじめの目標は前者の位置。それに向けて跳躍し、問題なく辿り着いた豪炎寺は、ボールを足場として踏みしめて二段目の跳躍を行う。

 足場を捉えてから即座に次の跳躍に移るための脚力は通常のストライカーとして要求されるものをはるかに超える。足の負担も相当のものだ。

 まだ豪炎寺は感覚を掴めていないらしい。

 二度目の跳躍は一度目の半分の高さにも届かず、蹴り上げた二つ目のボールに届かないまま落ちてくる。

 

「くそ……、シュートまで持ち込むこともできない……っ!」

「一段目の着地の前に、二段目の準備は整えておけ。そうでなければ間に合わん」

 

 上空でボールを捉え、シュートする技術自体は『ファイアトルネード』で培われている。

 とはいえ、その前の工程が異なれば勝手も当然異なる。

 高さを稼ぐ感覚さえ万全にすれば、そこからシュートへと持ち込むまでの習熟は早いだろう。

 

「もう一度、お願いします」

 

 落ちてきたボール二つを回収した豪炎寺に応じ、もう一度それらを蹴り上げる。

 豪炎寺は助走をつけてから一気に跳躍し、一段目の足場とすべきボールを、膝を折った状態で踏みしめる。

 そうして即座に行われた二度目の跳躍は先ほどよりも高く。

 しかし、体を翻らせての蹴りは二つ目のボールを捉えられず空を切った。

 

「くっ……あと少しなんだが」

「今のままではシュートに気が込められぬ。使い物になるまではまだ長い」

 

 野生中までの期間で『イナズマ落とし』が完成するかは不安が残る。

 そもそも、必殺技……それも合体技など、たったこれだけの期間で使い物になるまで仕上げることは至難の業だ。

 豪炎寺ほどの才を持っていても、形にするのに時間がかかる。

 少なくとも、今日一日で合格点には至るまい。

 さて、次を――と思ったタイミングで、春奈が駆け寄ってくる。

 

「お姉ちゃん、豪炎寺さん! ちょっと休憩にしませんか。適度に休まないと、効率も悪くなりますよ」

「ふむ――暫し足を休めておけ、豪炎寺」

「……はい」

 

 ようやく、多少感覚を掴めたところで休息を入れるのは不満のようだが、ここからすぐに次の成果が出ることなどあるまい。

 春奈から水筒を受け取り、喉を潤す。

 動き回っている訳ではないものの、続けざまに気を操ったことで、心臓がいささか熱を持っていたのは自覚している。

 この程度で支障は出ないが、せっかくの春奈の厚意だ。ここらで落ち着いておいた方が良いだろう。

 

「にしても……お姉ちゃん。豪炎寺さんの足場にしているボール、あれってなんなの? 当たり前みたいに空中で停まっていたんだけど……」

「何のことはない。そのように気を込めているまでだ」

 

 あれは必殺技の形によっては避けては通れない技術だ。特に高度なものではない。

 ボールに対して、どれほどの気をどのように込め、どう放出されるように仕組むか。その使い分けを学ぶことは、より多様な必殺技へと繋がっていく。

 サッカーの基本技術とは離れるが、身に付けておいてしかるべき能力だ。

 

「……豪炎寺さんも同じこと、できるんですか?」

「いや……無理だ。普通は気の使い方というものは、必殺技のイメージと直結させる。少なくとも不破さんのように、気を自在にボールに込めるのは、一般的な技術じゃない」

「お姉ちゃん、普通はできないみたいだけど」

「余が普通でないのは知れたことであろうに」

「相変わらずのお姉ちゃん節……」

 

 何を当然のことを言っているのか、この子は。

 学べば同じようなことはできる。ところが、この技術よりも眼前の必殺技に集中することが、サッカー界では当たり前になっている。

 実に嘆かわしい話だ。これを基礎と捉えるからこそ、思い通りの必殺技を効率的に身に付けることができるというのに。

 

「少なくとも、ボールの空中停止は身に付けておいて損をする技術ではない。これは多くの必殺技の下地となる」

「……不破さんのカオスゾーンもそうですね。この技術が、あの技の基礎ですか」

「知っていたのか。昨年のフットボールフロンティアで使用した覚えはないが」

「小学生だった頃からフットボールフロンティアは観ていましたから」

 

 昨年のフットボールフロンティアは実に退屈だった、と今思い返しても溜息が零れる。

 帝国がかつてないほどチームとして完成していた昨年は、そもそも私が必殺技を使うほどの試合がほぼなかったのだ。

 女帝の代名詞に足る必殺技であると自負する『カオスゾーン』も使わず仕舞い。

 ……今年はそれほど退屈する事態にはならなさそうだという安堵がある。私が選手として出場するかは置いておくとして、だが。

 

「お姉ちゃんの必殺技……一度生で見てみたいな。あの『勅命』は、お姉ちゃんに言わせれば必殺技じゃないんでしょ?」

「そも、そのような名称がどこから来たのか、余には疑問だ。あの程度の技術に大層に広めおって」

 

 あれは言うなれば、この鍛錬でやっていることの延長に過ぎない。

 あんなものを必殺技と持て囃されたところで、かえって私も気分を悪くするというものだ。

 

「まあ良い。今は余の必殺技よりもイナズマ落としだ。続けるぞ、豪炎寺」

「はいっ」

 

 軽く息を整えれば、鼓動の熱も収まる。

 日も傾き始めた。もうそれほど繰り返すことはできまいが、時間を無駄にすることもあるまい。

 立ち上がり、屈伸で筋を伸ばした豪炎寺が準備を終えてから、二つのボールを蹴り上げる。

 壁山が足を縺れさせ、タイヤの丸みで転がるのを傍目に見ながら。

 ……不安だ。

 

 

 ――結論から言えば、野生中との試合までに『イナズマ落とし』は完成しなかった。

 壁山は及第点の高さまでの跳躍を身に付けた。豪炎寺もオーバーヘッドキックによるシュートに十分な威力を込めることを可能にした。

 だが、すべての準備が終わってから、いざ連携の挑戦を、というところで判明したのだ。

 ……壁山が高所恐怖症であり、自身の跳躍による高度に怯えてしまい、土台としてとてもではないが安定しないという論外な問題が。




【カオスゾーン】
『勅命』と並び、女帝・不破煌雅を象徴するとされる必殺技。
威圧感があり、視覚的に派手であることから、このシュートを目当てに不破の試合を観戦する者もいる。
ところが、昨年のフットボールフロンティアでは、これを使うに足る試合が存在しなかった。不破にファンサの概念が皆無というわけではないが、結局は自身のモチベーション次第である。

【豪炎寺修也】
事情を問うつもりもないが春奈の不破への「お姉ちゃん」呼びで複雑な気分になっている。
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