イナズマの女帝 作:主要人物の実姉概念が流行ってほしい人
雷門より『必殺技の鍛錬禁止』令が出された翌日。
今日も今日とて、他校の偵察部隊はそれなりの数、河川敷を見下ろしていた。
連中も暇なものだ。あるいは、こうして警戒していれば、必殺技の鍛錬が制限されて戦力の低下に繋がるとでも思われているのかもしれない。
そうだとすれば、実に有効な戦術だといえるだろう。矜持を捨てて勝ちを拾いに行く、それもまた、私が否定するほどではない。
「今日もやっぱり必殺技は……」
「雷門を期待するならば、耐えた方が賢明であろうな」
別に私は構わない。彼らに必殺技の鍛錬をさせて、他校に研究されたとて、その前提で戦術を組むだけの話。
とはいえ、それが雷門の耳に入れば、新たな鍛錬の場を探す話も白紙となるだろう。
はじめから期待をしていない私の一方で、彼らはまだ一縷の望みを持っているらしく、肩を落としつつも基礎鍛錬を始める。
まあ、これも無意味ではない。無意味ではないが……どちらかといえば私は面々の基礎能力の方が、研究されて都合が悪いのだがな。
必殺技は最悪、使わなければ良いが、基礎能力に誤魔化しは効かない。
可能な限り、全力を引き出させないような鍛錬メニューを指示しているものの、成長も遅くなる。あまり好ましい事態とはいえないだろう。
「……? ねえ、あれって……」
他の鍛錬のプランに思考を傾けていれば、何かに気付いた木野が声を上げる。
そちらに目を向けてみると――これはまた、ずいぶんと露骨で大胆な手を打ってきた。まさか対戦校自ら偵察とは。
「なんだあれ? トラック?」
「御影専農中、貴様たちの次の対戦校が保有するデータ収集車だ」
「ってことは――対戦相手がスパイに来たってのか!?」
大型車の後方が開き、アンテナやら何やら、仰々しい機械が姿を現す。
一体あれでどのようなデータを取れるのかなどは知らない。あんなものまで持ち出す理由が果たしてあるのか。
……仕方ない。あれを放置していては、一層鍛錬に身が入らなくなるだろう。
これ以上モチベーションを下げられれば試合にも障る。
「者ども、鍛錬を暫し止めよ」
「なっ……基礎練習もしたら駄目なんですか!?」
「暫し、と言った。五分も何もしなければ向こうも焦れよう。あの連中は時間の無駄を嫌う性質だ」
反論を封じ、目を閉じて待つ。「こっちから文句言いに行けば良いんじゃ……」などと零す声も聞こえるが、私が出向かねばならない理由がない。
個々の鍛錬のプランを頭の中で描いていれば、数分で円堂たちが反応を示す。
車を降りて、硬く無機質な足取りで近付いてきたのは、二人の御影専農中生徒だった。
「何故練習を中断した。休憩をしている訳でもなく、時間を浪費している理由はなんだ」
「貴様たちをここに呼ぶために決まっていように。久しいな、杉森威」
「……相変わらず意味不明な行動原理だな、不破煌雅」
こちらを見下ろす、奇怪な髪形の鉄面皮。……これは髪形と呼ぶべきものなのだろうか。
御影専農中サッカー部キャプテン、杉森威。去年からサッカー部に所属していた男だ。多少なり、会話を交わしたこともある。
私がいることを不審に思う様子はない。
雷門中のサッカー部にいることは、当然ながら既に把握しているか。
もう片方は記憶にない。一年生か、あるいは去年は覚えるに値しなかった生徒か。
「それで。何をしに来た。貴様たちのことだ、雷門中のデータなどとうに持っているのだろうに」
「最新のデータに更新しておくことには価値がある。試合に出る選手の能力はともかく、お前がいることによる影響は未知数だ。お前の動き次第で、最大で十パーセント程度だが我々には敗北の可能性が発生する」
ほう――ただの挑発にしては、その目は確信に満ちたものだ。
真にそう思っているのだろう。私がいたところで、九割方、勝利を収めることができると。
そんなことを口にすれば、当然ながら面々が気を悪くしない筈がない。
「ちょっと待てよ! 不破さんがいなきゃ俺たちなんざ相手にもならねえってように聞こえるんだが?」
「雷門中フォワード、染岡竜吾だな。そう言っている。仮に不破煌雅がいなかった場合、お前たちと我々とでは勝負にもならないだろう」
「んだと!? 何を根拠に!」
「データだ。我々は既にお前たちの能力を解析し、それを基にした再現データに勝利している」
連中の学校にあるシミュレーションは実に精巧だと聞く。
この者たちのデータに勝利したというのも真実なのだろう。
それが彼らにとっての自信に繋がっているということだ。
「データを根拠に余を解析し、対策を施したと宣う輩は飽きるほどいた。あの法螺吹きどもが如何な無様を晒したか、知らぬ訳ではあるまい」
「実に愚かな者たちだ。お前は例外の中の例外であると理解していないとはな。確かに、お前に勝つことは我々には不可能だ。だがそこにいる者たちは違う」
私に期待すら抱かせないつまらぬ法螺はこれまで何度も聞いてきた。
あの連中と同じであれば興醒めだったが、多少なり頭は回るか。
私が感心していた一方で、まだ気を損ねていないらしい円堂が杉森に言う。
「――さっきから俺たちのことバカにしてるけど、勝負は始まってみないと分からないぜ? 試合の時には、俺たちはもっと成長してるからな!」
「まだ理解をしていないようだが。言った筈だ、勝負にはならないと。お前たちとの試合は、我々にとっては単なる害虫駆除に過ぎん」
「……害虫……? ……取り消してくれ。俺たちは害虫なんかじゃない」
「事実を取り消す理由がどこにある。……そうか、理解できないのだな。これは想定外だ、自分たちの実力を客観視する頭脳も持たないとは。なるほど、確かにお前たちは『バカ』なのだろう」
淡々と述べる杉森から発された単語に、一つ理解が及ぶ。
なるほど――こういう繋がりか。有人の差し金と考えれば、わざわざこの者たちがやってきたことにも納得がいく。
雨のように非難を浴びても、彼らはまるで堪えた様子がない。彼らからすれば事実を述べただけであるゆえ、当然のこと。
とはいえ……いささか言葉が過ぎるな。私への侮辱だという自覚は、果たして彼らにあるのか。
「面白いことを言う。貴様には余が、虫を育てて悦に浸る道化と映るか。余の知らぬ内に御影専農はずいぶんと名を上げたらしい」
「……」
良く吠えた。冷淡に努めることは時に命を捨てることになると知らぬゆえの蛮勇か。
その精神性は本物であると認めても良い。事実、向けた圧では隣にいた生徒が一歩たじろいだのみで、杉森は不動だった。
言葉を失ったのは減点だが。動揺を悟られては、その鉄面皮も無駄でしかない。
「貴様たちが侮るのも無理はない。この者たちは真実、無名の集まりだ。とはいえ、気骨は一端のものだぞ。余が認めるほどにはな」
「……一寸の虫にも五分の魂か。だが、警戒には値しない。お前が如何な指揮をしようと、この程度の能力では我々の足元にも及ぶまい」
「――――もう怒った! おいお前! 俺と決闘だ!」
もう暫し、雑談に付き合ってやろうと思っていたが、散々な言いように我慢の限界を迎えたらしい円堂が、叫びながら杉森を指さした。
……まあ、良いか。想定していた展開の一つではある。これもまた、彼らにとってモチベーションの上昇に繋がるだろう。
「……何を言っている?」
「だから、お前のシュートを俺が止めてやるって言ってるの! 俺たちを害虫だなんだって言うなら、当然自信はあるんだよな!?」
「私はキーパーだ。シュートを打つ役割はない」
「あら……そ、それならそっちは!?」
「えっと……彼は下鶴改さん――御影専農のエースストライカーですね」
早々に梯子を外された円堂は、もはや引けないとばかりにもう片方の生徒を指さす。
春奈は既に、御影専農の選手を調査したらしい。
流石に動きが早いな。後で共有の時間を設けた方が良いだろう。
「エースなら話が早い! お前がシュートを打つ、俺が止める! そうすれば、そっちのデータがあてにならないって証明になるだろ!」
「データの整合性をお前たちに証明する必要はあるのか」
「ある! じゃないと、俺たちが納得できない! 本人じゃないデータ相手に勝った負けたって言われても、実感が湧くはずないだろ?」
「――そうか。これも『バカ』であるための理解不足か。……いいだろう、その『バカ』が僅かな想定外を引き起こす可能性は否めない。ここで我々とお前たちの認識の相違を埋めておくことには意味がある」
……頭の痛くなる会話だ。このサッカー部に入った選択に後悔こそないものの、頭痛が慢性化している気がするのはどうにかならないものか。
よほど、私がこのサッカー部の空気に合っていないということを自覚する。
『サッカーバカ』と『女帝』の住む世界の違いか。ままならないものだ。
「下鶴、迅速に証明を完了しろ。オフェンス・プランF3だ」
「了解」
内心で自嘲している間にも、円堂と御影専農のエース――下鶴はコートに移動していた。
ゴール前に構える円堂。一方で下鶴は、一対一の決闘……とやらにも関わらず、センターマークちょうどにボールを置き、立っている。
あの場からシュートを打つつもりであれば、相応の威力が要る。
そうでないならば、目的は――成立にそれだけの『距離』を必要とする必殺技の使用。
「よし――来い!」
「条件は成立。オフェンス・プランF3、試行を開始する」
つまらぬ見世物だと思っていたが……存外、この連中も諧謔を解しているではないか。
私に何を思わせようとしているかなど知ったことではない。しかしながら、それなりに愉快には感じる。
下鶴は軽くボールを蹴り上げ、高さを調節すると、円堂に向かって真っすぐシュートを放つ。
そして、自然な動きで姿勢を整えると、勢いを乗せた踏み込みで瞬時にボールに追いついた。
既に十分な速度の乗ったシュートに、もう一撃。段階を踏むことで、さらなる加速を成立させる。
「――ラピッドブースト!」
「なっ……!」
咄嗟の『熱血パンチ』の発動さえ許さず、超速のシュートがネットを揺らす。
あれに対応するには、発動のタイミングに合わせておくしかない。反射神経や必殺技の速度だけでなく、使用を見抜く観察眼も必要となる。
あれを解析し、身に付けた。その努力は認めよう。
欠陥の多い必殺技ではあるが、決して容易く習得できるものではないのだから。
「今のって……!」
「ラピッドブースト……不破さんがフットボールフロンティアで使用していた必殺技だ」
「証明は済んだ。この技にも対応できない雷門チームは、やはり我々の相手にはならない」
呆然とする面々に無機質に宣言し、引き上げていく二人。
これ以上は、データを採る意味合いも薄いと判断したのだろう。
車に乗り込み、そのまま去っていく彼らを見送ってから、まだ動揺を隠さない面々に告げる。
「何をしている。鍛錬を再開せよ。無為にした分を取り返す」
「で、でも……不破さんの必殺技なんて使われたら……」
「試合で使ってくることはあるまい。連中があの技の弱点を知らぬ筈もない。あれは考慮に入れるな」
「弱点って……お姉ちゃんの必殺技が使われているって、気にならないの?」
「意義があれば他者の技を見習うなど当然であろう。そも、あれは余が帝国に残してきた技だ。簒奪とも言えまいよ」
他者の必殺技を見て学ぶ。自身の新たな必殺技を見出す有効な手段の一つだ。だからこそ、学校ごとに風習が存在する。
私が『ラピッドブースト』の記録を帝国に残したのも、そうした理由が大きい。
まあ、あれを覚えようとしても影山が止めるだろうが。
あの技は元より私が、帝国の文化を私自身に適応させたもの。本来の必殺技を覚える方がよほど有意義だ。
「話は終わりだ。鍛錬を続けろ。三度は言わぬぞ」
「……はいっ!」
やはり、これでモチベーションが低下するような連中ではないか。
逆境ほど熱くなる、相手との差が意欲になる。そういう者たちなのだ。
走っていく面々を見送りつつ、私は新たなノートを取り出す。
どうあれ、次の試合の方針は決まった。ならば準決勝以後のことを考えるべきだろう。
【ラピッドブースト】
不破煌雅の必殺技。蹴り放たれたボールに追いつき、さらなる一撃で加速させることにより凄まじい速度を叩き出すシュート技。
イメージとして近しいのは、速度特化かつエフェクトに遊び心のない『シロウサギダッシュート』。
不破が帝国に伝わる必殺技『ツインブースト』の二段階の火力強化を、単独かつ速度に比重を置いた形に発展させたもの。
直線的な加速を武器にした技であり妨害が容易いため、自身の持つシュートの中では欠陥が多い、と不破は判断している。
事実、必殺技としての完成度は『ツインブースト』の方が上であり、不破以外が使用したところで満足な成果を引き出せる技ではない。