イナズマの女帝   作:主要人物の実姉概念が流行ってほしい人

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伝説を生みし修練場

 

 

 御影専農中との試合が近付くある日の放課後。

 サッカー部の面々は、まとめて雷門中の一角に呼び出されていた。

 呼び出しの主は雷門だ。あの女でなければ、このようにわざわざ呼び出しておきながら私たちを放置などするまい。

 というか、ここはなんなのか。

 こんな僻地には足を運んだこともない。目の前にあるのは、稲妻模様の扉のついた、何十年も使われていないのだろう古ぼけた施設。

 

「それで、これはなんだ」

「これは……雷門中七不思議の一つ、『開かずの扉』です!」

 

 誰に対してでもなく問いを投げれば、それに答えたのは目金だった。

 この学校の七不思議の全容など知らないが、ここがその一つであるらしい。

 

「昔、ここに入った生徒が忽然と姿を消してしまったとか……それ以来、この扉の奥に入ったが最後、二度と出てこられないといいます……!」

 

 怪談でも語るような声色の目金。その話を聞き、震え上がる面々。

 帝国にはどんな話があったかと記憶を掘り返していれば、都市伝説を真に受けたらしい春奈と木野が私の腕にしがみ付いてきた。

 その話が真実だとすれば、雷門は私たちを残さずこの扉の奥に叩き込み、集団失踪を目論んでいる可能性が浮上するが、そんな危険なものを学校に残しておく理由もなし。

 どうにも冷めた気分で時間を無駄にしていれば、ようやくそれらしい変化が起きた。

 軋む音を立てながら開かれた『開かずの扉』。阿鼻叫喚の中で、春奈と木野により腕が締め上げられる。

 

「春奈、木野、腕を離せ。耳元で騒ぐな」

「で、でもでもでも! お姉ちゃん!」

「幽霊っ、ゆ、幽霊がっ!」

 

 ギリギリと痛む腕を解放させようとするも、錯乱する二人はそれどころではないらしい。

 仕方なく、それに耐えながら扉が開き切るのを待つ。……気付けば、豪炎寺を除く他の面々も私の後ろに退避していた。なんなんだ、こいつらは。

 わけの分からない空気の中、何故か私が先頭になった状態で、扉の奥から澄ました顔で出てきた、雷門に似た推定幽霊を迎えることになった。

 

「揃っているわね、みんな。……どういう状況?」

「『開かずの扉』から出てきた推定幽霊に怯えているのだろうよ。貴様は雷門の生霊か」

「いくらなんでも失礼すぎないかしら!? これでも結構な大仕事を終えてきたのだけど!?」

 

 たちまち怒りを爆発させて詰め寄ってくる雷門。

 ふむ、足もあるし、生霊ではなかったか。そうであればこの扉の逸話に、より確かな箔が付いたというのに。

 

「何落胆してるのよ……! 後ろのみんなもいつまで怯えてるの! 廃部にされたいのかしら!?」

「貴様がマネージャーとなった以上、その脅迫も使えまいに。それで、貴様は何をしていた。この扉の先には何がある」

「それをちゃんと説明してあげようとしていたのよ……ほら、ついてきなさいっ」

 

 心なしか極端に疲労した様子で、雷門は踵を返し扉の奥へと進んでいく。

 どうやらその実態を私たちがその目で見るまで、詳しく説明する気はないらしい。

 二度手間ではないか、と思いつつも歩みを進める。

 長い下り階段だ。どうやら地下深くにまで続いているようだ。

 壁も階段も、応急的に整備はされているように見えるが、古さは隠しきれていない。

 そうして階段を下りきり、もう一つ古びた扉を雷門が開けば――

 

「……なんだこれは。特殊な処刑場か?」

「不破さん、あなたの思考回路、物騒すぎない……?」

 

 失敬な。これを見れば殺意に溢れた施設と思うのも無理はあるまい。

 まともな設備など、視界には映っていない。何を目的としたものなのか、理解の及ばない謎の装置が所狭しと設置されている。

 

「ここは、伝説のイナズマイレブンが特訓に使っていたという施設よ」

「イナズマイレブンが!?」

 

 先ほどの恐怖はどこへやら。その名前を聞き、円堂が思わずといった様子で前に出てくる。

 

「ええ、その名も『イナビカリ修練場』。ここで多くの必殺技が生まれたと、そう聞いているわ」

 

 イナズマイレブンが使用していた修練場、か。

 四十年も前の施設だというのなら、あちこちに見える老朽の様子にも納得がいく。

 

「見つけた時は、殆どの設備が使い物にならないほど古くなってしまっていたけど……取り急ぎ全部、使っても不具合は起きない程度に整備しておいたわ。壊れたパーツの下敷きになってお陀仏、なんてことにはならないから安心してちょうだい」

「ッ、使っていいのか!?」

「あるものは使わないと、でしょ? 地下二層、計五部屋にもなる巨大施設。きっと、あなたたち一人ひとりに合った設備がある筈よ」

 

 サッカーに熱が入ると、有限の予算を派手に使って補助をしようというのはどの学校も同じなのか。

 御影専農のあれといい、帝国のそれといい。いずれも呆れるばかりのものだったが、この修練場ほどではなかった。

 大きくはあるが、平凡な様相の中学校の地下にこんなものを造るなど、並みの思考回路では考えつくまい。

 当時の理事長。そして、イナズマイレブンの監督にして、円堂の祖父たる円堂大介は、よほど常軌を逸した存在だったのだろう。

 目を輝かせる円堂や、興味を露わにする他の面々に、白けた視線を送る。こういうものをロマンというのだろうが、私には理解できない。

 

「すっげえ……! ありがとう、使わせてもらうぜ!」

「っ……別に。無様な負け方をされて学校の恥になってほしくないってだけよ。ほら、練習に入りなさい!」

 

 雷門の号令で各所に散っていく面々。設備の詳細を知る訳でもないだろうに。

 興味本位で自分に向かない設備を使っても意味はあるまい。この初日は感覚を掴むためと思って目を瞑るとして、明日以降は使わせる施設も指示が必要だろう。

 

「あなたたちは外に出た方がいいわ。巻き込まれかねないわよ。それに、暇になるでしょうし」

「え? どういうこと……?」

 

 木野の問いには答えずに、扉の外の通路へと出ていく雷門。

 不穏な言葉を受けつつもそれに続けば、雷門は私たちが外に出た後に扉を閉じて、壁に取り付けられていたモニターを操作する。

 表示された『9999』という数字。最後にボタンが押されると、その数字が秒を刻み始めた。

 

「……おい、雷門。まさかこれは」

「この扉はタイマー式になってるの。設定した時間が過ぎるまでは開かないし、動き出した設備も止まることはないわ」

 

 正気の沙汰とは思えない発言の後、扉の向こうから思い思いの悲鳴や絶叫が聞こえてきた。

 ……大丈夫かこれ。中で何が起きている。

 

「本当に処刑場ではないのだろうな。犯罪の片棒を担ごうとは思わんぞ」

「まあ……大丈夫でしょう。多分、ギリギリで生きていられる筈よ。そうやって極限まで自分たちを追い込むことで、イナズマイレブンは強くなってきたんだから」

「四十年前の根性論を何故、現代に蘇らせたのか理解に苦しむ。成長するであろうことは否定せぬが」

「そこが否定されなければ良いのよ。短期間で強くなるためにもね」

 

 ガシャン、ガシャンと怪しげな機械音が絶叫に混じって聞こえてくる。

 この数日ですべての設備を最新のものにできる筈もない。大半は大昔の機械をそのままに使っているのだろう。

 確かにこれで、体を使った何かが繰り広げられているのならば、彼らにも成長を齎すといえる。

 だが、およそ『効率的』『管理的』という概念とは最も離れた手段だ。理路整然とした成長ではなく、限界を超えた体に鞭を打つことで無理やり身体能力を引き上げるものだ。

 それぞれの能力を管理する上で、これほど厄介なものもない。

 改めて確信する。当時の理事長と円堂大介は、真に気の触れた存在だったのだろう。

 

「あとで各設備の詳細な資料は渡すわ。それから、音無さん。あなたのパソコンに、各部屋の映像を送れるようにしましょう。監視はできた方が安心でしょう?」

「あ、はい、お願いしますっ。そうじゃないと、何が起きているかもわかりませんし……」

「……本音を言うなら、不破さん。あなたにも参加してほしいのだけど。ああ、嫌がらせとかそういう目的じゃないわよ? これならみんなに、あなたの力を十分に見せられるし、強い意欲になると思うのよね」

 

 雷門の要求に悪意がないことは分かる。

 現状、私は彼らに対して指導するのみで、特に技術を見せている訳ではない。

 この設備による修練に耐え得る存在であると証明すれば、より彼らの意欲に繋がるということだろう。

 ……だが。

 

「――余には向かぬ施設だろうよ、これは。余が参加したところで、あの者たちに得るものはあるまい」

「そうなの? まあ、あなたの方がみんなのことを把握しているでしょうし、無理にとは言わないけど……ずっと練習していないで、鈍ったりしないかしら。いざあなたが選手として出場を決めた時、万全に戦えるかが不安よ」

「無用だ。余がフィールドに立つのは、女帝としての威光を示す時。その自負を持つ余が無様を晒す筈もなかろう」

「相変わらず、凄い自信……」

 

 この中で行われていることが何にせよ、私に適したものでないことは確かだ。

 己の能力と実現できること。己の限界とその兆候。いずれも私は完全に把握しているし、たとえばこのような設備で鍛錬を積んだところで、大して能力は向上しない。

 呆れた様子の雷門と木野。

 一方で顔を俯かせた春奈の頭に手を置く。この場において、私の言葉の真意を掴める者は、この子しかいない。

 無暗に広める必要もない。他の者たちが知ることは、私の女帝としての威光、ただそれだけで良い。

 

「出るぞ。このような暗がりで三時間弱も悲鳴を聞き続けていればこちらの気も滅入る。終了する時間が迫った頃にまた訪れれば良い」

「えぇ!? で、でも、みんなのことを置いていくのは……」

「どの道、向こうに入ることもできまい。時間を無為にする必要もない。余も、この修練場を前提とした鍛錬のプランを練り直さねばならぬ」

 

 設備を使うか否かは別として、この修練場が他校に余計な情報を渡さずに鍛錬できる場であることは事実。

 であれば、持て余す選択はあり得ない。少なくとも、準決勝以降においては、こうして鍛錬を隠す理由は十分にある。

 必殺技に至る感覚を掴みかけている者は複数いる。それらを開花させ、そして他の者も成長させるため、この施設はそれなりの援けとなるだろう。

 

 ――そうして、春奈のパソコンから修練場のモニターを始めた私は案の定、頭痛に見舞われることとなる。

 悪意と殺意に満ちているとしか思えない設備の数々と、それに振り回され、命の危機から辛くも逃れている面々。

 一部の者は既に設備から跳ね飛ばされて、安全であるらしい通路に投げ捨てられ、動くこともなく倒れ伏している。それさえ、何かのセンサーでも動いているのか、数分そうしていれば強制的に設備に投げ込まれる始末。あれでは休憩も何もない。

 既に全員、体力は尽きているだろうに、精神力で体を動かし、徐々に設備の暴力に適応……できていないな。ついに円堂と豪炎寺までもが吹き飛ばされた。

 

「おい、雷門。三度聞くが、本当にこれは処刑場ではないのだろうな」

「不破さん……夏未さんならさっき帰っちゃいました」

「どうしようお姉ちゃん……本当にみんな、生きて出られるかな……?」

「……」

 

 その苛烈というか、いっそ災害的な修練場の様子を見ながら、私は春奈の問いに沈黙を返すほかなかった。

 一応、雷門から渡された資料を見るに、安全地帯というべき場所はある。

 それに、鍛錬に参加する者以外は巻き込まないような仕組みも作られているようで、最低限の配慮はされているらしい。

 だが、そのセーフティを知らされていない彼らは逃げることもままならず、何度でも何度でも設備に引き戻されていく。

 

 とうとうタイマーが時間を刻み終え、扉が開いた先で私たちを待っていたのは、誰一人立ち上がれずに倒れ伏す面々。

 明日からはやはり、やり方を考える必要があるだろう。あの修練に耐えることができる面々であるとは分かるが、それにしても非効率かつ非人道が過ぎる。

 円堂をはじめとした一部は手応えを感じているようだが、どれほどの『サッカーバカ』だとしても、相応の『バカのなりかた』というものがあると思う。

 この旧時代の遺物の数々を使い、効率を跳ね上げる。

 流石に経験のない難題を押し付けてきた雷門に不満を向けつつ、私はその日、深夜まで思考に耽るのだった。

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