イナズマの女帝 作:主要人物の実姉概念が流行ってほしい人
「くっそお! なんであいつら、全然攻めてこないんだよ!」
「まだどっちも無得点だぞ!? これじゃあ泥仕合じゃねえか!」
円堂が不満を零したり、染岡が苛立つのも仕方あるまい。
なんとも退屈。面白味のない試合だ。
専守にも作法や品格というものがある。たとえば、千羽山――彼らの守りは泥臭くも真摯で、私を愉しませるものだった。
だが、この者たちはそうした真摯さはない。
勝利を掴むための確実な手段ではあるのだろうが、ひどくつまらん。
「いや……違う。PK戦が一番勝率が高いと判断したんだろう。このまま両チーム無得点で終わらせるつもりだ」
「んなっ……なんだってそんなことを……!」
「計算外の事態が最も起きにくい。不確定要素を排した……あいつらの信じるデータが最も活きる状況なんだろう」
つまるところ、あの連中は自分たちが集めた、雷門中のデータを信じられなくなったのだ。
拠り所としていたものに対する信頼が壊れたことで、試合の中で得点して勝利するという当たり前が実現できないと悟った。
その結果がこの戦法だ。
得点を捨て、緩やかなパスと立ち回りでボールをキープし続けることで、雷門チームに好機を与えないことに徹底する。
それが彼らの勝ちの目なのだ。
「ッ……そんなのサッカーじゃない! そんな逃げるような戦い方で、あいつらは楽しいのかよ!」
「愉しみなど、あ奴らは求めていまい。何をもってしても勝利する。その結果だけを肴にしているのだろうよ」
「だったら……俺たちが本当のサッカーをあいつらに思い出させます!」
「何言ってんだよ円堂……」
我慢ならないとばかりに宣言した円堂に、風丸が呆れ返る。
「あいつらにもサッカーを楽しむ気持ちはある筈だ! 楽しいと思ったから、サッカーを始めたんだろ?」
「そうかもしれないけど……どうするんだ?」
理屈も何もない。だからといって、彼らがその『楽しむ気持ち』とやらを思い出す義理はない。
どれだけつまらぬ戦法であろうとも徹底するならば、それは彼らのサッカーだ。
だが……そうか。サッカーを楽しむ気持ち、か。
「全力でプレーするんだよ! あいつらが戦う気がなくっても、俺たちは全力でぶつかる! あいつらも全力でプレーせざるを得ないくらいにさ!」
「お前なぁ……そんなの、作戦でもなんでもないぞ。ただがむしゃらにぶつかってなんとかなるもんでも……」
「帝国との戦いではなんとかなった! だろ?」
誰一人、言葉で賛同するものはいない。だが、実感としては持っているのだろう。
諦めなかったことで、廃部を免れたこと。どれだけ無様なものであっても、帝国を相手に勝利を掴んだこと。
自分たちなりのサッカーが、豪炎寺を、そして私を動かしたこと。
なるほど、悪くないではないか。
この真っ直ぐなサッカーの当事者であれば――そんな僅かな感傷を仕舞い込む。どうあっても、私には手に入らないものだ。
「その気概で良い。貴様たちのサッカーとやらで、御影専農を下してみよ。余は最後まで口を出さん」
「はいっ! いくぞみんな、雷門サッカーを見せてやろうぜ!」
ハーフタイムも終わり、円堂たちはフィールドへと戻っていく。
そう――この試合において、私は彼らに、一切の策を与えていない。ただ、彼らが思うサッカーを徹底しろというのが、ただ一つの助言だ。
御影専農からすれば、雷門チームは私が統率しているチームだというのは大前提。私がどのような戦法を組むかを分析し、その対策を施してくるのは自明の理だ。
その挑戦に応じてやるのも吝かではないが、どうせならば私はこの試合を、彼らの自覚に使った。
雷門チームとは、雷門サッカーとはどういうものなのか。
私の威光に目を灼かれ、自分たちの主軸を忘れることがないように。
御影専農に、無策の雷門チームに対するデータが存在しないのは結果論に過ぎない。
「後半キックオフ! 両チーム無得点の膠着状態は解けるのか! 御影専農はバックパスで早々にボールをキープ! これは前半と同じ戦法だ!」
データを根拠とした正確無比なプレーは、試合を放棄する分には特に大きく作用する。
今の雷門チームでは、膠着状態を続けようとする御影専農の消極的なプレーを破るのは難しい。
さて……貴様たちはどう動く。豪語したならば私に見せてみろ。
御影専農のデータサッカーを破壊する、雷門サッカーとやらを。
「どうする円堂。あいつら動かないぜ。この際、俺も上がろうか?」
「もちろんだ! 来い、土門!」
「え? ――――はぁ!?」
苦笑交じりに提案する土門に、強く頷いたかと思えば。
何を思ったか、円堂はゴールを放棄して駆け出した。
「おっとぉ!? なんということだ! キーパーの円堂がゴールをがら空きにして攻撃参加!?」
「お、おい円堂! ゴールどうすんだよ!?」
「攻めてこないんじゃゴールにいたって仕方ないだろ! いくぞ、杉森!」
錯乱したともとれる、円堂の行動に、御影専農の選手たちは不意を打たれた。
必殺技どころか、まともな対処さえできずにボールを奪われ、呆然と円堂を見送ることしかできない。
そのままペナルティエリアまでボールを持ち込んだ円堂は、足を大きく振り上げ、全力のシュートを放った。
「馬鹿な!? こんなデータは――このぉっ!」
反射的に、杉森はそのシュートに飛びついた。
一切データはないだろう。それでも反応することができたのは、キーパーの性というものか。
ボールを受け止めてもなお、困惑を浮かべたままの杉森に対し、円堂はシュートを止められても笑顔を浮かべたままだった。
「くぅう……! やるな杉森、今度は決めてやる!」
「意味不明だ! キミのシュートはデータにない! キーパーはシュートを打つポジションではないだろう!」
「でも、惜しかっただろ? サッカーはやっぱりこうやって、全力でぶつかり合わなきゃな。いやあ、ひっさしぶりのシュート、気持ちよかったぜ!」
よくもまあ、得点には至らなかったというのに、あのような清々しい笑顔ができるものだ。
御影専農だけではない。他の面々も困惑しているではないか。
「シュートが、気持ちいい、だと……?」
「おう! なあ杉森、今のキャッチもデータにあったのか? 意地でも止めたいって気持ち、あったんじゃないの?」
「意地……? そんな感情、我々には必要ない!」
首を振って円堂の言葉を否定し、杉森はボールをディフェンダー室伏へと送る。
ゴールががら空きである以上、絶好の得点の機会ではあるが、全選手を下がらせていたためにそれが叶わない。
そして、動揺から立ち直れない面々に対し、円堂の進撃に困惑していれど、雷門チームにとってはまだ好機が続いていることは変わらない。
円堂に促されて、同時に上がっていた土門が即座に室伏に向けて突っ込んでいく。
「いただき――キラースライド!」
「何っ……!?」
土門のスライディングにより、ボールは弾かれる。
そこに咄嗟に食らいついたのは、御影専農の下鶴だった。
あの必死な表情。データ通りに動いた訳ではあるまい。今の彼らには、こう動くべきというパターンの一切がない筈だ。
それでも下鶴は動いて見せた。理由は自分でも言語化できていないのだろうが――勝利のためにボールを蹴り上げた。
「パトリオットシュート――!」
あの位置から打っても、強力な推進によって雷門ゴールまで至ることができるだろう『パトリオットシュート』。
しかし、一度高く打ち上げる工程があることで、どうにか対処の間に合う者がいた。
円堂と、豪炎寺。
普通の試合であれば、こうして交わり連携を行うことなどないだろう二人。
例外的な状況において、二人は咄嗟に体を動かした。そうでなければ、失点は避けられないと、二人ともに確信していた。
「やるぞ、豪炎寺!」
「ああ――!」
交差した二人が、飛来したシュートを同時に蹴り込む。
あまりにも即興が過ぎる連携。本来であれば、有効な力が発揮される訳もない。
だが、勝利に向かう二人の意思が、その瞬間ぴたりと一つになったからか。
どうあれ二人の力は完全に同調し――ボールは稲妻を迸らせながら、真っ直ぐに御影専農のゴールへと駆けていく。
「なんだ、このシュート……! うおおおお――――!」
予兆さえなかった。私でさえ一切想定していなかった、円堂と豪炎寺による必殺技。
それでも、杉森は止めようとした。データなどある筈もない必殺技に対して、諦めることはしなかった。
全力でそれを止めにかかり、しかしその威力に負け、ゴールに押し込まれる。
ようやく試合が動いた瞬間だった。
「ゴォォールッ! 円堂と豪炎寺の必殺シュートが、御影専農のゴールをこじ開けた! 後半五分! 雷門念願の一点です!」
「やった――! やったよ、お姉ちゃん!」
抱きついてくる春奈を受け止めつつ、私はいつになく愉しんでいた。
無謀で、未熟で、滑稽だ。私のサッカーでは、どんな状況になっても生まれ得ない状況だ。
しかし、それを私は愉しく感じた。
誰しもが諦めず、勝利にひた走る。必要であれば、構想もなかった必殺技さえ、即興で実現させてみせる。
いささか、私からすれば眩しいものだ。だからこそ、こんなにも惹かれるのだろう。
「どうだ杉森! 決めてやったぜ!」
得意満面の円堂に、杉森は言葉を返すこともなく呆然としている。
受け入れられまい。これまでの御影専農であれば、趨勢は決まったといえるだろう。
――試合が再開されても、御影専農の動きは復活しない。
キックオフしたは良いものの、ボールをまともにキープすることもできず、染岡に奪われる。
そのまま上がっていく染岡にも反応しない。完全に戦意は喪失していた。
「もう一点いただくぜ――ドラゴンクラッシュ!」
……ただ一人を除いて。
「……嫌だ。私は……俺は、負けたくないっ! シュート……ポケット!」
データを拠り所とできない状況において、未だに――いや、ここに至ってようやく、彼の信念に火がついた。
渾身の力で展開された力場は、押されつつも『ドラゴンクラッシュ』を無力化する。
ボールを受け止めた杉森は、歯を食いしばりながら、頭に繋がっていたコードを引き抜いた。
「残り時間、一人でも多く相手を潰せだと……? そんな、そんなものは、サッカーじゃない!」
そうか――敗北を悟り、余計なことを囁いた者がいたか。
監督だけによる入れ知恵ではあるまい。負けて退場する者たちに、そもそもそのようなことを唆す理由はない。
彼らの背後にいる監督の、さらに背後にいる者が、無粋にも彼らを利用しようとしたのだろう。
だが、それを実践できるほど、御影専農の選手たちは心を捨てた訳でも、勝利を諦めた訳でもなかった。
「みんなも諦めるな! 俺たちは、まだ負けていない! そうだろ!?」
「キャプテン……!」
あれが、彼の本来の性格か。以前から知っていた人間ではあるが、ここまでの『負けず嫌い』だとは私も知らなかった。
発破をかけられた選手たちも、一人ひとり、意地を貫くように、コードを引き抜く。
つまるところ、ゴールを奪われて悔しいと思わないような選手は、御影専農には一人もいなかった訳だ。
「……まだ一点差だ、取り戻せる!」
先ほどまでの、淡々としたパス回しではない。
勝利への熱を込めたパスで山岸にまでボールが渡り、放たれたシュートを、円堂が跳んで受け止める。
ようやくこれで、まともな試合が始まった。
どちらも意地をぶつけ合う、私も想定できない試合が。
「ここに来て御影専農も積極的な攻撃姿勢! 両チーム一歩も譲らない白熱した展開だ! 残り時間は僅か、勝利は果たしてどちらの手に!?」
互いに攻撃の機会を逃そうとしない積極性。
そんな中で相手とぶつかり合うことで、ようやくあの修練場での鍛錬を実感する動きができている。
さて、時間からして、これが雷門チームの最後の攻撃。
決まれば勝利は確実なものとなるが――当然それは、御影専農の側も理解していた。
「ファイアトルネード――ッ!」
「させるかぁ!」
豪炎寺のシュート体勢に飛びついた下鶴が拮抗する。
シュートが成立していれば止めることは不可能だったろうが、その瞬間の彼らは互角だった。
「くっ……!」
「下鶴!」
「行ってください――キャプテン!」
互いに着地もままならず墜落した。
……嫌な落ち方をしたな。ボールは杉森が拾い上げる。試合が止まることはない。
「木野、手当の準備をしておけ」
「は、はい! 豪炎寺くん……大丈夫ですか?」
「試合が終わったら検査はさせる。応急手当で良い」
下鶴から託されたボールを、杉森は自ら前線へと運んでいく。
キーパーはシュートを打つ役割ではない。先日、自ら口にしたその価値観を否定するように。
円堂もまた、強気な笑みでそれに応じる。
「来い、杉森!」
「いくぞ、円堂ォォォ――――!」
すべての気力、すべての信念を込めたシュートだっただろう。
並の必殺技を凌駕する威力の一撃を、円堂もまた全力で迎え撃つ。
「ゴッドハンドッ!」
……新たな必殺技は完成していないものの、あの技の安定性はさらに高まったか。
『熱血パンチ』では防げなかったであろう一撃だったが、円堂は危なげなく受け止める。
そして直後に鳴り響く、試合終了のホイッスル。
「ここで試合終了! 激戦を制したのは雷門中! しかし御影専農の選手たちにも、惜しみない拍手が送られています!」
「……ふん」
――見事。拙くはあったものの、見応えのある試合だった。
なるほど……これが雷門サッカーか。
これは間違いなく、彼らが勝ち進むための大きな武器だ。伸ばせるものならば、伸ばしてみたいが。
……さて。あれは果たして、私が真髄を知り、伸ばすことができるものか。
【不破煌雅】
御影専農戦においては、雷門チームに対して一切の指示を出していない。それが何よりも、御影専農への対策になると考えていた。
雷門サッカーはまるで予想のつかない、不破にとって愉快なもの。
その一方で、同じ気持ちを抱く当事者にはなれないという確信もある。