イナズマの女帝   作:主要人物の実姉概念が流行ってほしい人

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かくも険しきオタク道-1

 

 

 準決勝に駒を進めた雷門中サッカー部ではあるが、一つ、大きな代償があった。

 御影専農との試合の終盤に負傷した豪炎寺にドクターストップがかかったのである。

 それほど重い怪我ではないが、少なくとも次の試合には出場できない。

 決勝に進むための重要な一戦に、このチームはストライカーを一人欠いた状態で挑まなければならないということだ。

 今日も豪炎寺は部室に来ていない。試合はベンチからの観戦となると言っていたが。

 

「尾刈斗中と秋葉名戸学園との試合……そろそろ勝敗が出る頃かしら」

 

 木野の口にした二校が、次に当たる対戦校の候補。

 一回戦の映像を確認できたのは尾刈斗中の方のみだが、様子を見る限りでは秋葉名戸の勝ち目は殆どないと言っても良い。

 尾刈斗中の成長は油断できまい。搦め手しか強みのない学校であったが、雷門中との練習試合がよほど悔しいものだったのか、個々の技術をずいぶんと向上させたらしい。

 あれともう一度戦うのであれば、それなりの対策を施す必要があるだろう。

 

「尾刈斗中はともかく……秋葉名戸ってのはどんな学校なんだ?」

「いわゆる、文科系の学校みたい。あまり運動部が目立った活躍はしていないらしいわ」

「サッカー部も?」

「少なくとも、ここしばらくのフットボールフロンティアには出場していない……まあ、そこはうちも同じだけど。今回の関東地区予選で最弱のチームって呼ばれているわね」

「そんなチームが、どうして一回戦を勝ち抜けたのかしら……」

 

 そこは……私も疑問ではあった。

 一回戦で秋葉名戸と当たった暴走学園は生温い訳ではない。関東地区予選において、多少は骨のある学校だ。

 下手な小細工であれば力尽くで粉砕する単純明快なサッカーは、雷門チームが当たっていれば、野生中ほどではないが注意の必要な相手だっただろう。

 それをどのようにして破ったというのか。地区予選においては各試合の情報がどうにも集まりづらい。

 無名の学校に関しては、私も春奈のデータベース以上の、有効な情報を持っていないのが現状だ。

 順当に尾刈斗中が勝ち上がる方が、よほど分かりやすいのだが……。

 

「あ、試合結果出ました! 1-0で……秋葉名戸学園が勝利しています!」

「尾刈斗中が負けたのか!?」

 

 ……まあ、そう単純にはいかないということか。

 ここ二年で連中が結果を残したという話はない。準決勝で駆け出しのサッカー部同士の試合か。

 また、奇妙な地区大会になったものだ。

 

「どんな試合だったんだ?」

「それが、ほとんど試合の様子が書かれていなくて……あ、けど、秋葉名戸の選手のインタビューが載ってます! えっと……えぇ!?」

「……? どうした、春奈」

 

 試合の結果を見ていたらしい春奈の視線はパソコンに向けられたまま。

 しかし、一体何が書かれていたのか、その顔は紅潮していく。

 口をぱくぱくとさせていた春奈は、やがて言いにくそうに内容を話す。

 

「……尾刈斗中との試合前日……秋葉名戸の選手たちは、その……メイド喫茶に入り浸っていた、とか」

「メイド喫茶ですって!?」

 

 特段、試合に役立つような情報ではなかったかと、気を白けさせていれば。

 その謎の名詞に強く反応したのは目金だった。

 

「なんだ、その『冥土喫茶』とは」

「……あー……確かに、お姉ちゃんそういうの疎そう……うん、でもお姉ちゃんにはちょっと早いかも」

「お前より二つ年上だが。目金、知っているならば説明せよ」

「えっ、あ、はい」

 

 わけが分からないが、どうやら春奈は私がその概念を知るべきではないと判断しているらしい。

 とはいえ、秋葉名戸に繋がる、数少ない手がかりだ。

 サッカーに関わる単語とは思えないものの、不明は明らかにしておくべきだろう。

 春奈が目金に「説明するな」とでも言わんばかりの圧をかけているが、私の命の方が強い意味を持つのは明白。

 僅かに顔を青くしながらも、目金は興奮交じりに説明を始めた。

 

「メイド喫茶とは、特殊な喫茶店の形態です。普通の店員さんの代わりにメイドさんがいて、彼女たちとの交流を楽しむお店ですね」

「メイド……使用人の方か」

「なんだと思ってたの……?」

 

 引いたような春奈の疑問を聞き流しつつ、名称からのイメージと少々異なっていた実態に思考を傾ける。

 メイド喫茶……秋葉名戸の連中が入り浸るというからには、相応の理由があるのだろうが、果たしてそれは試合前日にすべきことなのか。

 サッカーに関する、何か重要なものがあるとも思えない。

 あるいは単に、勝利に向けた願掛けか。

 精神的な援けの影響は侮れない。モチベーションの向上とは、それなりの結果を生むものだ。

 

「……これは、行ってみるしかないようですね! 秋葉名戸の選手たちが入り浸るというメイド喫茶に!」

「何言ってんだよ……お前が行きたいだけだろ」

「いいえ! これは情報収集です! あの尾刈斗中に勝てた理由が! 無名の秋葉名戸が準決勝まで駒を進められた理由が! メイド喫茶にある筈なんです!」

 

 ……一理、ないでもないが。

 とはいえ有効な情報が手に入るとも思えない。

 たとえば今日、秋葉名戸の選手が来店しているならば話は別だが、望みは薄いだろう。

 

「さあキャプテン! 出発です! メイドさんを……いえ、秋葉名戸の秘策を求めて! これは! 情報収集です!」

「お、おう……? ……まあ、詳しい目金がそう言うんだから、きっと何かがあるんだよな。よし――行ってみようぜ、メイド喫茶に!」

「おい、正気か円堂!?」

「俺、そんなところ、行ったことないっすよ!?」

 

 どうやら目金の目論見通り、円堂はその気になったらしい。

 他の面々も動揺しつつも、興味は隠せていない。

 どうも、彼らもメイド喫茶なる場所の存在は知っているものの、物珍しい施設ではあるようだ。

 

「それじゃあ、不破さん、俺たち――」

「目金、案内せよ。そのメイド喫茶とやら、余も赴く」

「え?」

「お姉ちゃん!?」

 

 情報収集の意味合いならば、私も赴く意味合いはある。

 取り立てて店に興味がある訳ではない。駄目で元々ではあるものの、どうせ全員で行くというのなら、私も同行する。

 

「……不破さん? 多分だけど、あなたに合うような店じゃないわよ?」

「合うも合わないもあるまい。元より情報収集が目的なのだろうに」

「そ、そうだけど……ま、待って! 私も一緒に行くから!」

「無理に余に付き合わずとも良いぞ。お前にも用事があろう」

「ううん。何か情報があったなら、記録できるようにしておかないと」

 

 何を不安に思われているか知らないが、ともかく春奈も付いてくるらしい。

 まあ、無理に止めもしない。付いてくるというならばそうすれば良い。

 未だに困惑した者たちもいる面々を連れて、私たちは部室を発った。

 

 

 

「お帰りなさいませ! ご主人様!」

 

 なんだここは。店内に一歩足を踏み入れた途端、私の知るものではない異物のような雰囲気を感じた。

 妙な甘たるさというか、生温かさというか。とにかく、私には合わないと確信できるもの。

 春奈の言っていたことは真だったかもしれないと、この時点で溜息が零れた。

 

「お嬢様がたも、お席にご案内します! こちらにどうぞ!」

 

 ……そうか。店員がメイドに扮しているのみではなく、客をその主人と見立てて奉仕する喫茶店だということか。

 納得はしつつも、それに対して悦を覚えるほど特殊な性癖は持っていない。

 

「……」

「だから行ったのに……ほら、とにかく行こう、お姉ちゃん」

 

 私の冷めた気持ちをすぐに察した春奈に手を引かれつつ、用意された席に着く。

 軽く店内を見渡してみるが、春奈の収集したデータにあった秋葉名戸の選手らしい姿は見られない。

 しかし……完全に無駄骨という訳でもなかったか。

 店の奥にいる、一心不乱にスイカを齧っているあの男――恐らくあれは秋葉名戸の監督だ。

 

「お嬢様? どうかしましたか? ご注文は決まりました?」

「……む」

 

 確かに、何も注文せずに席に居座る訳にもいくまい。

 何とも言えない表情の春奈が見ているメニューに目を向ける。

 

「……春奈。適当に注文せよ。余は急務ができた」

「あ、ずるい!」

 

 私が認識できる言語だと信じたくない文字列に、また込み上がってきた頭痛に耐えながら、春奈に紙幣を渡す。

 読もうとしても理解を拒む。恐らくは円堂大介の秘伝書と類似の文字なのだろう。

 私は帰るとしよう。ここに秋葉名戸の選手が来ていないならば、これ以上いる意味もない。

 

「僕は『ときめきピコピコケーキセット』を! ――駄目ですね、皆さん。メイド喫茶はメイドさんとの交流を楽しまなければ。変に緊張していたら、かえって彼女たちに失礼というものですよ」

 

 ――と、その時、店内を支配せんばかりの『馴染み』の雰囲気を発したのは、他でもない目金だった。

 そこには私のような戸惑いも、他の面々のような照れも見られない。

 それどころか、他の客をも圧倒する『慣れ』に、メイドたちは笑顔で応じる。

 

「目金……なんでそんなに――」

「慣れているか、ですか? フフフ……メイド喫茶は僕たちオタクの嗜みですからね」

 

 あまりにも自然、かつ得意げな態度に、他の客も感心顔。

 わけがわからないが……ともかく、自信満々にこの偵察を提案しただけのことはあるらしい。

 唖然とした視線を集める目金。

 その中で――店の奥から歩いてきた二人の少年が、目金へと近付いてきていた。

 

「――キミ、見どころがあるね。その馴染みよう、我々に匹敵するかもしれない『凄み』!」

 

 言葉の意味は理解できないが……彼らの姿は見覚えがあった。

 前に座る春奈と目が合う。何しろ彼らは、春奈のデータベースに画像のあった生徒たち。

 確か、名前は……野部流来人と漫画萌。

 そう――秋葉名戸の選手である。

 

「キミたちは……?」

「言うなれば、キミの『同士』だよ。来たまえ、キミに見せたいものがある――連れの人たちも、良ければどうだい? もしかしたら、興味を惹くものがあるかもしれないよ」

「ふむ、いいですが……みなさんはどうします?」

「俺たちは別に……」

「いや、行くぞ。ともすれば、益があるやもしれぬ」

「ええっ!?」

 

 少なくとも、彼らが接触してきた時点で、この店に来た価値はあった。

 今の時点で多少なり読み取れるものはあるが、確証を得られるものならば得ておきたい。

 この男たちに付いていったところで、目的とするものが見られるかなど定かではないが。

 

「むん? ――ほ、ほっほう!?」

 

 目金の方に意識を向けていた彼らは、こちらを見るや否や、大きく仰け反った。

 私が何をした訳でもないというのに、尋常ならざる衝撃を受けたように暫し硬直していた。

 

「な、なんと……この店に――いや、うちの学校にもいないような長身クールビューティー……! 我々とは縁もゆかりもないような女子が我々に興味を……!?」

「もしや、僕たちにもついに春というものが!? というか、僕たちの趣味が理解される時が……!?」

「何を言っているか知らぬが、疾く案内せよ。余は暇ではない」

「あ、ああ! もちろん! さあ付いてきてくれたまえ! 後悔はさせないとも!」

 

 不躾な視線に圧を返しつつ、二人に促せば、異様に張り切った様子で店の奥へと歩いていく。

 それに続こうとすれば、春奈が服の裾を引っ張ってきた。

 

「どうした、春奈」

「いや、うん。今のはどう考えてもお姉ちゃん悪くないけど……なんかこう、常識的な危機感は持ってほしいなって」

「……?」

 

 今度は春奈から、意味不明な発言。

 それ以上の説明はなく、春奈は先に行ってしまう。

 ここに来てからわけのわからないことばかりだと、私は未知の文化に再び溜息をつくほかなかった。




【不破煌雅】
オタク文化には疎い……というか、そもそもその概念を知らない。
かといってそちらに興味が向くこともなく、理解すべき対象としても見なしていない。
女帝の記憶領域は深淵だがそんなもん入れておくスペースはないのである。
なお、目金最大の見せ場ともいえる秋葉名戸戦だが試合の描写はほぼない。ご留意いただきたい。
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