イナズマの女帝 作:主要人物の実姉概念が流行ってほしい人
「不破さん。帝国学園サッカー部は一体何を考えているの?」
「なんだ、突然」
雷門中に転入し、三年生となってしばらく。
私は生徒会室での日課の茶会の最中、雷門――雷門夏未に問いかけられていた。
既に生徒会としての今日の仕事は終えているようで、私と彼女以外には誰もいない。
それゆえの、プライベートに関わる雑談かと思えばそうでもないらしい。
「あなたは去年まで、帝国のサッカー部にいたのでしょう? 女帝、不破煌雅。サッカーに詳しくなくても話を聞いたことはあるわ」
「その割には貴様からサッカーの話題など投げられたことがなかったがな」
一体どういう風の吹き回しだ、と視線を向ける。
すまし顔で紅茶の香りを楽しんでいたかと思えば、急な話題の提示。
雷門中理事長の娘であり、同時に生徒会長。年上に対しても高飛車な態度を憚らない令嬢。
向こうが私をどう見たのかは知らないが、この妙な交友は去年の内から続いていた。
彼女がサッカーに興味など持っていないことは知っている。どころか、どちらかといえば悪印象の方が強いように見えたが。
「あと一年あったのに、突然サッカーを放り投げてうちに転校。サッカー部に入部する訳でもなく腐っている。触れられたくない理由があると察したまでよ」
「今問うてきた理由はなんだ」
「その帝国サッカー部から、練習試合の申し込みが来たのよ。うちの弱小サッカー部に対して」
練習試合……? それも、この雷門中のサッカー部に……?
「……いや。この学校のサッカー部は部員数からして、部としての体裁をなしていなかったと記憶しているが」
雷門中に転校した初日、サッカーは続けないと心に決めていれど、足が自然とサッカー部の部室……などと言われていた掘っ立て小屋に向かったことがある。
そこで見たのは、今にも外れそうな扉の前で、世辞にも優れているとはいえないリフティングを騒がしくこなす、三人の一年生だった。
それがサッカー部の部員全員だと知った時には、思わず面食らったものである。
数か月前、新入生が入ってきたようだが、それでも六人……七人だったか。横を通りかかった時に碌に部員も見なくなったのでよく知らない。
どちらにせよ、サッカーの試合を行えるような人数ではない。練習試合も何度かあったようだが、その際はどうしていたのだろうか。
「ええ、間違いないわ。先ほど、サッカー部の部長に練習試合について伝えたのだけど、大慌てでメンバー集めから始めるそうよ」
「……それで? 帝国が、試合のチームメンバー集めさえままならない学校に何故、練習試合を挑んできたのかがわからない、と?」
「そういうことよ。あなたは去年まで帝国サッカー部の司令塔だったのでしょう? どういう意図で練習試合を挑むのか、その指針を聞きたいの。帝国は無名の学校をいじめる趣味でもあるのかしら?」
「知らぬ。余が帝国を去ってどれだけ経つ。年度が替われば指針も変わろう」
少なくとも、私が帝国にいた頃は――その辺りの取り決めは主に私が務めていたこともあるが――無名の学校と試合を組むほど暇ではなかった。
そもそも、帝国は公式戦以外の試合の機会さえ稀だ。
並の学校と試合をするならば、部内で二軍、三軍と模擬試合をしていた方がよほど練習になる。
他校は委縮し、挑戦を挑んでくるようなこともほとんどない。
こうした交流の少なさは、帝国が他に与える威圧感の要因の一つとなっているのだ。
「そう……はじめはあなたが原因だと思ったわ。もしあなたがサッカー部に入るようなことがあれば、帝国のうちへの警戒度は跳ね上がるでしょうから」
「たわけ。帝国には、勝てぬ試合の経験はないが、勝てぬ試合を自ら挑むほど愚かでもないわ」
「……さすがに大言壮語よね? あなた一人いれば帝国のサッカー部を破れるって聞こえたのだけど?」
「如何様にも受け取れ。どの道、今の余にとっては仮定の話でしかない」
少なくとも、現二年、三年の選手においては、私に比肩する成長性を持った者はいないというのが結論だ。
一年生に稀代の天才がいたなどという話があれば、噂程度は聞いていよう。
とはいえ――帝国のチームとしての完成度は、私がいた頃よりも高まっているだろう。
完全無欠たる去年の帝国は、私あってのチームだった。帝国が代々強みとしていた、高度な意思統一による連携という一面において、私は指揮する者でしかない。
個人の隔絶した技量は統一を乱す引き金にもなり得る。実際、そのようなことは起きなかったにせよ、帝国の指揮官は有人の方が相応しい。
……ふむ。冗談ではなく、本当に彼らがこの帝国に来るのであれば、成長を見てやるのも一興か。
「まあ、いいわ。帝国が何をしに来たにせよ、うちのサッカー部が負けた時のことを考えておかないと」
「何かあるのか?」
「元帝国のあなたなら分かっているのではなくて? もし試合の結果、この学校を解体するなんてことになったら――ッ、ちょっと、いきなり殺気立たないでちょうだい!」
戯言であれば聞き流そう。しかし、雷門の声色は本気の憂いを含んでいた。
紅茶の香り程度では落ち着くこともできず、苛立ちをぶつけないよう、ティーカップをテーブルに置く。
「……愚かしき風習は余が早々に廃した筈だが」
「『年度が替われば指針も変わる』のでしょう? 私も噂で聞くばかりだけど、理事長の娘としては無視する訳にもいきません。……少なくとも昔は本当にやっていたってこと?」
「らしいな。実に下らん、あの愚物の性癖には付き合っていられん」
「性癖って……」
かつてそのような方針を掲げ、中学サッカー界のみならず全国の中学校にとって恐怖の対象であったことは、実に馬鹿馬鹿しいが事実らしい。
下らない政をサッカーに持ち込むなと、思い返せばあれが初めての、帝国で私が行った改革だったか。
支配を目論むならば、絶対的な力を示すだけで十分だ。私はそう、影山に宣言し、そしてそれが可能であると証明してきた。
たかが数年で汚名は濯げない、ということであれば良いが……あるいは。
「まあ良い。今の余には関係なきことだ」
「ご隠居した女帝さまはさぞ気楽なことでしょうね……サッカー部の廃部だけで免れれば良いのだけど」
「廃部?」
「帝国に勝てなければね。なんの実績もない部活動なんて予算の無駄だもの。部室もあんな場所にあって景観を損なうし」
部員も足りなければ実力も足りないサッカー部もどきが、帝国を打ち破れなければ廃部と。
あの掘っ立て小屋が景観を損なうことは同意だが、なんとまあ、絶望的な試練ではないか。
事実上の死刑宣告にも等しいその決定に僅かに呆れつつも、異論を挟むつもりもない。
精々、最後に小さな一花でも咲かせられる程度の活躍を、帝国が許せば良いのだが……望み薄だな。そのような事情に耳を傾ける義理もあるまい。
不憫なサッカー部の現状を聞いたところで、血が沸き立つ筈もない。
苛立ちも、気付けば引いていた。再度ティーカップに手を伸ばし、少しだけ冷めた紅茶で唇を湿らせる。
香りと色の付いたぬるま湯だ、という感想を黙殺しながら。
「――秋、この部屋だよな!」
「円堂くん! ノック、ノックしないと!」
「ちょっと、一体なんのつもり? 生徒会室で球蹴りなんてしたら、試合の結果を待つまでもなく廃部に――」
「ご、ごめんなさいそんなつもりじゃ……円堂くん! ちょっと落ち着いて!」
茶請けのクッキーは……昼餉で腹は膨れているが。
前々から不要だと、雷門には告げているのだが、招いた客への用意を欠く訳にはいかないという理屈はわかる。
礼を尽くされて悪い気など、起きよう筈もない。
「すみません! 不破さん、ですよね!? 帝国学園サッカー部のキャプテンだった! 俺、円堂守っていいます! 雷門中サッカー部のキャプテンです!」
「円堂くん……っ!」
小さな一つを手に取って、口にする。かすかな甘みは心地良いが、好みという訳ではない。
どちらかというと、私を楽しませるのはその見栄え。几帳面に皿に並べても、雑多にばら撒いても様になる造形は拘りの賜物なのだろう。
……かつて好物だったそれとはまるで別物だ、と当然の感想を抱く。
大きさはばらばら、形は不格好で、到底値段などつけられない代物。日によって甘すぎたり、焦げに警戒しつつも口に放り込めば、アクセントでは片付けられない強烈な苦みが広がったり。
そんな『日替わりクッキー』を、私たちはいつも楽しみにしていたものだ。私はあの頃から小食であるため、己の分を大半、周りに配っていたのだが。
「お願いします! 一緒にサッカーやりませんか! ……えっと、聞いてます?」
ある種の、郷愁のようなものだ。
決して良い思い出ばかりではない。苦しさがあった。痛みもあった。……寂しさもあったのだろう。
それでも、あの日々もまた、私にとっては尊い輝きだ。
……らしくもないことを思い出した。珍しいこともあるものだと、その記憶と共に、紅茶の残りを飲む。
「――馳走になった、雷門。余はそろそろ帰るとする」
「え? あ、ええ……え?」
うむ……これは夕餉はいらぬか。
我ながら胃の小ささに呆れつも、脇に置いていた鞄を手に取り。
そうして立ち上がろうとすれば、傍にいた二人の生徒と視線が合った。
「え、ちょ……ま、待ってください! 不破さん! 不破さんと話をしに来たんです!」
「本当に聞こえていなかったの……?」
……仕方ない。このまま放置すれば、騒ぎ立てながら家まで付いて来かねない。
「円堂と言ったな。貴様はつまるところ、廃部を逃れるために余を頼ると抜かすか。余を使えば帝国に勝利できると、愚かにもそう考えたわけだ」
「うぇ……?」
「聞こえていたの……?」
これは……そのような考えすらなかったのか。
大方、私がこの学校にいることさえ、今日の今日まで知らなかったのだろう。
そして誰の情報か、偶さかそれを知り、居場所を突き止め無粋にも茶会を妨害してきたと。
猪突猛進、一度決めたら譲らない、直情的な単細胞。……なるほど、私の周囲にはいなかった人間だ。
興味を惹かないこともない。力を貸すかと言われれば、それは否だが。
「貴様に手を貸す義理はない。それにこれは貴様らの試練であろう。余の力で帝国を破ったところで、この女は廃部を覆すまいよ」
「こっちに振らないでもらえるかしら……!? ……こほん。その通りよ。不破さんの力だけで勝ったところで、サッカー部の価値は見出せないもの。頼りたい気持ちはわかるけど、いきなり最短ルートを目指すのではなく、地道に部員集めに励んだらいかが?」
「……そうだよな。っ、すみません不破さん! けど――」
雷門に丸め込まれ、納得したかと思った矢先。
彼は隣の女子生徒が持っていた、ビニールに梱包された新品らしいユニフォームのうち一つを、机に叩きつけた。
気が触れたか、とその顔を見てみれば、期待がありありと浮かんだ満面の笑み。
「俺たち、全力で戦います! 帝国に勝ったら、入部を考えてください! 不破さんとならすっげえ楽しいサッカーができると思うんです!」
「あ、ちょっと円堂くん! す、すみません、失礼します! 考えてくれると嬉しいです!」
……嵐の如く。私の返答を聞くよりも前に、二人は部屋を出ていった。
ユニフォームを置いたままで、だ。無礼、と告げる暇さえなかった。
「……余が率いた帝国にはいない人種だったな」
「ええ、そうでしょうね……」
何を考えているのかいまいち理解できないやつはいたが。
「無駄な時間を使ったな。今度こそ余は帰るぞ」
「ちょっと! このユニフォームは!? 不破さんっ!」
らしくもない、と自覚できるほどはっきりとした気疲れを覚えながら、次こそ誰にも邪魔されずに部屋を出る。
……『すっげえ楽しいサッカー』か。己がサッカーを取り上げられようという窮地で、よくもまあ言えたものだ。
【不破煌雅】
目の前で何が起きていようと、どうでもいいことであれば思考の方を優先させるタイプ。
その圧倒的な存在感から、帝国では畏怖・畏敬の対象であり、サッカー部外においては信奉者こそいれど、交友関係といえるものは絶無だった。
雷門中に来てからも避けられがちではあるが、僅かに態度が軟化していることもあって帝国の時ほどではない。
本人が一切サッカーについて言及していないこともあってか、元・帝国の女帝ということを知っている者はそれほど多くない。
円堂は恐らく帝国との練習試合を部員に伝えた際、助っ人候補として染岡か半田辺りが名前を出したことで知った。
【雷門夏未】
雷門中学生徒会長。同校理事長の娘でもある。
不破が転入してきた際、帝国の陰謀かと警戒し、接触したことで知り合った。
立場上、三年生でも自身に対して委縮してくることが多いが、そうした偏見もなく対等に接してくる不破は素で話しやすい相手。