イナズマの女帝 作:主要人物の実姉概念が流行ってほしい人
目金の独擅場もかくや、とばかりの謎の一幕を、私は至極冷めた目で眺めていた。
話に付いていける者は私たちの中にはいない。それも当然か。日本語かどうかさえ分からない言葉の羅列を認識できる者はごく少数なのだろう。
そして、ここにはその『ごく少数』が奇跡的に集まっていた。
「どうやら、私の目は確かだったようだ。キミならば必ず、この部屋にあるものの価値が分かってくれると……そう信じていたよ」
「僕たちに勝るとも劣らない『オタク魂』、感服したよ。それだけ理解を示してくれる者は、同志にもそうはいない」
「ふっふっふ……相当な品揃えと言えるでしょう。いずれも文句のつけようがありません!」
辛うじて分かったことは、目金の何かに目を付けた二人が、目金と、ついでに私たちをこの部屋に招いたこと。
この部屋に所狭しと置かれているものは、目金からすれば感銘を受けざるを得ないものらしい。
何かの人形やら電車の模型やら古いゲーム機やら。興味のない身からすれば一銭にもならないものの数々。
それらを前にして、彼らと目金は妙に意気投合していた。
「……春奈。翻訳せよ」
「私だって分からないよ。そんなに詳しくないもん。けどお姉ちゃん、ここに来た甲斐はあったんじゃない?」
「否定はせぬがな」
あわよくばとは思っていたが、こうも見ておくべき存在が揃っているとは。
そう、目金の提案を評価すべきか、鍛錬している様子もなく趣味らしきものに打ち込む連中を見て呆れるべきか、この場合どちらが正しいのだろう。
どうにも判断のつかない、ひどく奇妙な心地だ。
「ああっ、あれは!?」
会話しつつも辺りに目を向けていた目金は今度は何を見つけたのか、整然と本の並べられた本棚に駆け寄った。
「おお……! 『マジカルプリンセス シルキー・ナナ』の全巻セット! しかも初版じゃないですか!」
「まじかる……なんだ、それは」
「はい、原作を野部流来人先生、絵を漫画萌先生という最強のタッグが手がける、史上最強の萌え漫画です!」
「モエマンガ……?」
「お姉ちゃんが未知のカルチャーに触れて変な単語を覚えていく……」
頭を抱えている春奈のぼやきを聞き流しつつ、その本の背表紙に耳を向ける。
漫画か……あまり読んだことがない。今度、春奈に借りてみようか。
まあ、それはともかく、ここで二人の名が出てくるのか。
彼らはこれらのグッズを集めるだけではなく、作家として名のある存在らしい。
「いや、嬉しいね。私たちの作品をこうも評価してくれるとは。ファンの生の声ほど応援になるものはないよ」
「え……? 『私たち』……?」
「如何にも――私が原作者の野部流来人だよ」
「そして僕が漫画萌さ」
「な、なんと……!? 伝説の二人とこんなところでお会いできるとは!?」
しかし、それなりに長く刊行されている漫画のようだが、中学生であれほどの本を出せる辺り、人気も実力も本物のようだ。
……ますます意味不明だな。彼らは何故、サッカーなどしているのだろうか。
「さあ、今日はじっくり語り合おうじゃないか。キミのようなディープなファンだからこそ教えてあげたい裏設定もあるんだ!」
「是非! 僕からもお聞きしたいことがたくさん――」
「待った待った待った! 目金、目的を忘れるな。俺たちは試合のための情報収集に来たんだろ?」
そんな疑問を他所に、自分たちの世界に入っていた連中と目金を、円堂が引き剝がす。
こうも噛みあっていないと、いっそ滑稽だな。
辺りのわけの分からない趣味よりよほど面白味のある光景だ。
「試合? なんの?」
「サッカーだよ。もうすぐ大事な試合があるんだ」
「サッカー? キミたちもサッカーをやっているのかい?」
「奇遇だね。僕たちも今、結構大きな大会に出ているんだよ」
とはいえ、ようやく話も進んだ。
まさか、と顔を見合わせる面々に、そろそろ頃合いかと答えを提示する。
「そうは見えんだろうが、この者たちは秋葉名戸のサッカー部。つまり貴様たちの次の対戦相手だ」
「え!? 次の相手!?」
「あ、そうなの? じゃあキミたちも……なんだっけ、フットボール……なんとかに出場してるんだ」
「フットボールフロンティアの名前さえ憶えていない人たちが準決勝に……!?」
まあ……サッカーを本懐としていない者の集まりであることは、一目見れば分かる。
とはいえ、これほどか。よもや大会の名前さえ把握していないとは。
これでよくも勝ち上がってこられたものだ。
そこまでの意欲はあるのだろうが、理由は掴めない。何を目的として、そこまで感心のない大会に出ているのか。
「それで。貴様たちは何故フットボールフロンティアに出ている。サッカーにさほど興味がある訳でもあるまいに」
「おっふ……そっ、それはですね。アメリカ遠征が優勝特典についてくると聞きまして」
「みんなでアメリカに赴き、向こうにしか売っていない限定フィギュアをゲットしたいと思ったわけさ!」
……聞いた私が愚かだった。真っ当な理由がある訳もないだろうに。
アメリカ遠征か。そんなものもあったな。
そういえば、一年生の際に行っていたと思い出す。
それほど興味はなかったものの、向こうのジュニアユースとの試合は、ともすればフットボールフロンティアそのものよりも愉しめた。
しかし、そのように技術を磨きたいなどという殊勝な目的は、彼らにはないらしい。
「コズミックプリティー・レイナのアメリカ限定バージョンですね?」
「やはり知っていたか! 目金くんと言ったね、流石は我々の同志だ!」
「普通に行けば良かろうに。わざわざ大会の優勝を経る必要があるのか」
「アメリカに行くための費用もバカにならないだろう? オタクというのは資金繰りという戦いから逃れられないのさ」
「そうなのか、目金」
「確かに、予算は有限ですからね。限定フィギュアのため……十分に納得できる理由と言えましょう!」
まあ、海外旅行は学生にとってハードルの高いものだが、だからといって慣れぬ分野にまで手を出すものか。
オタクなる存在、私とは思考が根本的に異なるらしい。
それでここまで勝ち抜ける執念は、称賛すべきなのか呆れるべきなのか。
ともかく……この空気は良くないな。面々の緊張感が抜けたことは否めないだろう。
彼らがさしたる実力を持っていないことくらい、私でなくともわかる。
準決勝は大した試合にはならないと、誰もが思ってしまっている。
そこに否定はないものの――気が抜けて鍛錬を怠られる訳にもいかない。
また、妙な方向に厄介な連中が来たものだと頭を痛めていれば、一人の大柄な生徒がこちらに歩み寄ってくる。
その極めて不躾な視線は、私と春奈に対して。
何故こいつは猫の耳などつけている。これでは耳が四つの怪人物ではないか。
「ね、ね、ね。キミたちは彼らのマネージャーさん? さっきお姉ちゃんって言ってたけど、姉妹でマネージャーやってるのかい!?」
「へ? 私はマネージャーですけど、お姉ちゃんは違くて……監督というか、コーチみたいな……」
「オーケー、把握! むふふ、試合が楽しみ~!」
なんなんだ、本当に。浮かれ上がって奥へと引っ込んでいく男は、下手な不審者よりも不審だった。
+
その翌日、私はどうにか、彼らの鍛錬へのモチベーションを上げることに成功していた。
秋葉名戸の連中が準決勝に相応しい相手ではないことは事実。そればかりは、覆しようがない。
とはいえ、ここで下手に鍛錬を怠れば、後悔は避けられないだろう。
何故ならば、これを勝ち進めば、ほぼ確実に決勝で帝国と当たることになる。
御影専農との試合前から、彼らには帝国を見据えた鍛錬を始めさせている。
そしてそれはようやく成果が出つつあった。
「ちぇああああっ!」
少林寺が足で抱えたボールに回転をかけながら離すことで旋風を巻き起こす。
その風圧は相手を吹き飛ばして余りある。彼の必殺技として、十分に機能するだろう。
「ここで加速……今っ!」
陸上部仕込みの俊足を活かし、相手を翻弄させる風丸の高速移動。
奪ったボールを前線に上げるのに最適な技となる。
「素晴らしい必殺技です! 『竜巻旋風』……そして『疾風ダッシュ』と名付けましょう!」
そして、ほぼ同時に成功させた二人の様子を指さしつつ、目金は同時にそれらに命名した。
目金の命名はなんだかんだと、受け入れられている。
イメージの補強に繋がる要素である筈だが、彼らはそれで良いのだろうか。
ともかく……面々には帝国戦に向けて、それぞれの基礎能力の底上げと、必殺技の習得を課題として鍛錬を続けさせている。
彼らのように独自の必殺技を身に付けられれば上々。
そうでなくとも、一つ必殺技を習得し、気を操るという感覚を掴むことが重要だ。
そのために組み立てた鍛錬メニューも、有効に進められている。
「いくぞ、マックス!」
「了解! せーのっ……サイクロンッ!」
半田と松野、二人が足に溜めた風を振り切ることで突風を引き起こす。
まだ習熟には遠いが……多少は使い物になるか。それぞれ、必殺技とはどういうものか、分かり始めているだろう。
「足の振り抜きと気の放出を合わせよ。途中で風を散逸させてしまっては威力は引き出せぬ」
「うーん、今のはうまく行ったと思ったんだけどなぁ」
「振り抜きか……よし、マックス、もう一回だ!」
「うん!」
二人に習得させているのは『サイクロン』。帝国に伝わるディフェンス技の一つだ。
既に確立されている必殺技だ。発動の仕方を自分なりに調整すれば、同じように使用することができる。
彼らは同一の技を、帝国との練習試合で何度も受けているだろう。
技のイメージも掴みやすいだろうと試してみたが、物にすることができそうだ。
「よーし、来い、染岡!」
「いくぜ円堂! ――ドラゴンクラッシュ!」
「ゴッドハンド!」
既に自分の必殺技を持つ彼らも、それをさらに磨くことには意味がある。
『ドラゴンクラッシュ』の威力は中々のものだが、まだ帝国のゴールを奪えるほどではない。
それに、『ゴッドハンド』――あの必殺技も万能ではあるまい。『デスゾーン』さえ抑え込む技ではあるが、あれから帝国もさらに成長しているだろう。
あわよくば、さらなる必殺技に昇華しておきたいところではあるが……まだ難しいか。
各々の成長度合いを確認しつつ、帝国戦までの計画を頭の中で詰めていれば、どこか不安げに春奈が尋ねてきた。
「みんないい感じだね。でもお姉ちゃん、いいの? 秋葉名戸の対策とかしなくて」
「お前はあの連中への戦法を余に考えろというのか」
「そうだけど……そこまで油断するのもお姉ちゃんらしくないかなって」
「向こうの試合の動かし方を知らない以上、今できることもない。必要があれば試合の最中に組み立てれば良い」
何も対策を立てられないというのはある意味、癪ではあるものの、向こうの勝ちの目が見えないというのも事実。
今回は格下であるどころか、そもそもフットボールフロンティアを勝ち進んでいることが不思議な相手だ。
私が理解できない思考回路をしている以上、想像だにしない戦法を取ってくる可能性はあるが……それならば試合が始まったら考えれば良い話。
現時点でわかることは、連中は前半を捨てているということだけ。
そこで攻め切るか、あるいは後半の連中のやり方に付き合うか……。
「それに、帝国と戦うのに悠長に準決勝に囚われる訳にもいかぬ。既に彼らも、雷門中との試合を見据えているだろうよ」
「帝国がうちを……? お姉ちゃんがいるから?」
「それだけではない――この者たちは彼らの警戒に値するチームになりつつあるということだ」
そうなるように指導したものの、殆どが素人だったにも関わらず、雷門チームは私の期待に応えようとしている。
まだまだ格上であることは否めないが、少なくとも以前のような試合にはならないだろう。
その差、限りなくゼロに近付けるのが私の務め。
この者たちが腐ることなく、それに応えるというならば――いよいよもって、頃合いといえようか。