イナズマの女帝   作:主要人物の実姉概念が流行ってほしい人

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嗚呼、果てしなきメイド道

 

 

 秋葉名戸学園。学力や文化系の部活動においては名のある中学校。

 一方で運動部はさしたる功績もなく、今年のフットボールフロンティアにおいては特に警戒を向けていなかった相手だ。

 しかしながら、私の理解の外にある知識と思考回路を持つ……有体に言ってしまえば、あまり認識したくない存在。

 試合当日となったこの日も、いまいち私は気分が乗っていなかったのだが――ここにきて私の意欲および苛立ちが下限を突き抜けようとしていた。

 

「……これは?」

「見ての通り、メイド服です!」

 

 ビルのような校舎に囲まれたグラウンドでアップをする雷門チームの面々。

 それを眺め、コンディションが万全であることを確かめていた私やマネージャー陣は、当たり前のように『それ』を渡されていた。

 黒と白のエプロンドレス。無駄に生地が上質である辺り、余計に癪に障る。

 

「秋葉名戸におけるサッカーの試合では、試合に参加しないマネージャーやコーチ、監督その他諸々……とにかくその辺の女子生徒は全員、メイド服着用となっているのです!」

「なんだ、その取ってつけたような規則は。……春奈」

「う、うん。ちょっと待って……あ、確かに秋葉名戸のホームページの、サッカー部の紹介に書いてある。……なんか更新がつい最近だけど」

「はい。元々はマネージャーだけだったんですけど、つい最近、それだけじゃ不足じゃないかって話があって」

「そも不要な規則であろうが。必要性があるならば口にしてみよ、聞くだけは聞いてやる」

「可愛いからです!」

 

 私たちにその『メイド服』とやらを手渡してきた秋葉名戸サッカー部のマネージャーであるらしい連中は、声を揃えて言った。

 一言か。まさか今の一言が、釈明のつもりなのか。

 たったそれだけで、よもや私に、これを着ろというのか。

 

「抵抗があるのは分かりますが、郷に入っては郷に従えと言いますし」

「招いた他校の人間に押し付ける道理でもあるまい。一体何が目的だ」

「メイド服を着慣れていない子が恥じらいながらも着てくれる姿がこれ以上なく『そそる』のです! これこそ我ら秋葉名戸の本懐と言っても過言ではないほどに!」

「正気か?」

 

 理解しがたいほどに『変』なのはあの連中だけではなく、このマネージャーたちも同じということか。

 熱弁を受けたところでまるでこちらに響くものはない。いや、こちらを説得しようとも思っていない妄言だったが。

 

「……不破さん、どうします?」

「言うまでもなかろう。何故、余が使用人などに扮さねばならん」

「そ、そうよ! こんな恥ずかしい服、なんで私たちが……!」

「可愛いからです!」

「二度言えば納得すると思って!?」

 

 そら、雷門も当たり前に拒絶しているではないか。

 しかしそれでも一向に、彼女たちは引く様子がない。流石に騒ぎを勘付いたか、円堂たちまでが注目し始める。

 このままでは試合も始まるまい……仕方ない。

 

「試合は貴様たちに任せる。帰るぞ、春奈」

「帰るの!?」

 

 こんなものを着るくらいならば、試合を見守ることなく帰った方が良い。

 彼らのことだ。鍛錬で身に付いた実力を十全に引き出すことができれば、負ける相手ではあるまい。

 

「だ、大丈夫だって! お姉ちゃん、こういうのも似合うと思うよ!」

「よもやその世辞で本当に動くと思っているのか。余は試合のために赴いた。このようなふざけた扮装に興じるためではない」

 

 断固として告げ、踵を返そうとするが――そこにすかさず、メイドたちが立ちはだかった。

 今の身のこなしはなんなんだ。秋葉名戸のチームの連中よりも素早いぞ、こいつら。

 

「いいえ、帰しません! あなたのような逸材をおめおめと手放す道理がどこにありましょう!」

「目の前に降臨した長身黒髪貧乳女王様系クールビューティー! こんな属性過多を前にして大人しくしているなど、私たちのプライドが許さないのです!」

「知らないのか? メイド服からは――」

「――逃げられないっ!」

「貴様たちの意味不明なその執念はどこから来る」

「もちろん! 『萌え』(ロマン)を追求する心からです!」

 

 何を言っているのか大半が理解できないゆえ、こちらに伝わってくるのは異常ともいえるその執念のみ。

 しかし、そればかりが伝わったところで感じるのは気味の悪さのみ。一体この装束の何が、この者をここまで駆り立てるのか。

 取り急ぎ、『なんとなく聞き捨て難い』と直感的に受け取れる言葉を吐いた二番目の女子の頭を掴んで締め上げつつ、他の連中に圧を飛ばすも、やはり引き下がる様子はなかった。

 

「いだだだだだだっ! ぎ、ギブギブギブッ……いや、これも本望でしょうか! いっそそのまま握り潰してくださいませ!」

「良い度胸だ。その脳漿で余の手を汚す栄誉をくれてやる。満足して逝け」

「ストップ! ストップ! お姉ちゃん、そのままだと人殺しになっちゃうから!」

「ああ……不破さん()()気にしてたのね……」

 

 春奈の必死な訴えに、仕方なく手を離してやれば、下らぬ妄言を吐いた女は妙に恍惚とした表情を浮かべたまま倒れ伏した。

 己が常識の通じぬ国にでも来たような気分だ。雷門中と同じ同じ関東である筈なのに。

 

「その、キミたち……? そろそろ試合を始めたいのだが……」

 

 一銭にもなりはしない不毛なやり取りを繰り返していれば、焦れたらしい審判がおずおずと指摘してきた。

 なんだ、そのまるで私が和を乱しているかのような目は。

 私の方に理のある事態ということなど、分かり切っているだろうに。

 それでもなお、絶対に逃がすものかと、鉄壁の守護神もかくやという執念で出入り口を塞ぐメイドの群れ。もうこの連中がサッカーをやれば良いだろう。

 

「お姉ちゃん、私は……その、こういう可愛いの、一回くらい着てみたいかなって。だから、ね?」

「……」

 

 このままでは一向に話が進まないと見たのか、なんらかの妥協を促してくる春奈。

 何故、今回ばかりは常識側に立っている私が居た堪れない気分にならなければならないのか。

 

 

 +

 

 

「むっほぉ! 目線! 目線こっちにくださいなんだな!」

「その汚らしい欲を二度向けてみよ。余はあらゆる矜持を捨てて貴様たちを一人残らず――」

「ありがとうございます!」

 

 無敵か? ともすればいつぞやの帝国の醜態を目にした時を超える怒りを飄々と受け止め、秋葉名戸チームのキーパーらしい男はこちらに向けていたカメラのシャッターを切った。

 春奈は私が背に隠していたゆえ、被害を免れたが……いよいよもって私も限界だ。

 意欲沸き立つ秋葉名戸の連中も、逆に気まずげに視線を向けてくる雷門チームも、そこまで抵抗のなかった木野も、結局拒絶しきれなかった雷門も、フリルだらけのわけのわからないメイド服とやらも。この場における春奈以外のあらゆるものが我慢ならない。

 意気揚々とフィールドに向かっていく秋葉名戸チームが忌々しくて仕方ない。

 今回ばかりは、この激情に任せて選手として上がろうとさえ考えたほどだ……選手登録もしていなければ、ユニフォームも持ち込んでいないのだが。

 

「あー……不破さん? 今日の作戦は……」

 

 面々を代表したように、意を決して言葉を投げてきた木野を一瞥する。

 ……仕方ない。方針を立てねば始まるまい。円堂たちの采配で勝手に進めてくれても構わないが、それでは私が来た意味もないだろう。

 こういう相手ほど、冷静に戦法を組み立てなければならない。

 

「――手段は問わぬ。全霊をもって叩き潰せ。一切の躊躇いを持つな」

「相手の動きに惑わされず、落ち着いて行こうってお姉ちゃん言ってます! これを勝てば決勝戦ですよ! 雷門ファイト! オー!」

「お、おーっ!」

 

 私の打ち立てた方針は、横から顔を出した春奈に掻き消された。

 なんだそれは。これでは私がわざわざこんな装束に身を包んだ意味がないではないか。

 空元気の如く声を揃えた後、円堂が面々を見渡す。

 

「そ、それじゃあ、スターティングメンバ―は……そっか、豪炎寺の代わりがいるよな。ここは土門を入れてディフェンスを――」

「いいえ! 僕に出させてください!」

 

 円堂の声を遮って自ら立候補したのは、目金だった。

 その目は並々ならぬ意欲に燃えている。ともすれば、秋葉名戸の連中にさえ勝るほどに。

 とはいえ……彼の個人能力が他の面々と比べ一歩劣るのもまた事実。

 やや、リスクが大きいように思えるが……。

 

「彼らの戦い方は、僕が一番わかります。それに……嫌がる人に無理やりメイド服を着させるなど、同じオタクとして許してはおけません!」

「目金、貴様が行け。この試合、見事勝利に導いてみせよ」

「お任せください!」

「決断早っ!?」

 

 私が言うべきことは終わった。この試合に限っては、私よりも目金の方が、適したゲームメイクができるだろう。

 というかこれ以上、あの連中について考えたくない。

 ベンチに座り、鞄からノートを取り出す。思考を試合から切り離せるものがあって良かった。

 こちらもこちらで頭の痛い代物ではあるが、この試合と比べれば遥かに健全だ。苛立ちへの程よい慰めになる。

 

「……不破さん、それは?」

 

 試合が始まるまでの僅かな時間、こちらに視線を向けた豪炎寺が問いを投げてくる。

 選手データの類とはまた違う記述だと気付いたのだろう。

 

「円堂にイナズマイレブンの秘伝書の字を翻訳させた。ここからさらに解読の必要な文章……文章? ――ではあるが、貴様たちの今後の役に立つやもしれん」

「ああ、円堂くんに全部読ませたってことね。『イナズマ落とし』以外の必殺技も見つけられたかしら?」

 

 私の怒りを受けてか、妙に冷静な様子でメイド服を受け入れた雷門も、ノートを覗き込んでくる。

 そこから数秒、たちまち渋い表情になった。私が悪い訳ではないぞ。この文章力はあくまで、円堂大介が原因だ。

 私だって、この擬音だらけの文章らしきもの、書き写したくなかった。

 

「……何これ。小学校低学年ですら、もっと擬音を大事にするわよ」

「知らぬ。余は円堂が読み上げたものをそのまま写しただけだ。これを書き上げる上で、どれほど頭を痛めたか。それなりにこれとも向き合ったが、読み取れた記述は数少ない」

「むしろ、一つ読み取れただけで偉業だと思うのだけど……たとえば、どんな技があったの?」

 

 雷門の求めに応じ、文章の修正や図解など、原形を留めないほどに補足したページを開く。

 一ページの半分ほどを占める大きな文字で書かれていたその記述は、普通に書けばノートの一行にでも纏められるもので。

 より要点を詳細に記載しようとすれば、当たり前のように二ページ分、ぎっしりと書き詰める必要があった。

 新たな必殺技ではなかったが……この突拍子もない発想が、寧ろ解釈の幅を狭め、理解する取り掛かりになったと言えよう。

 

「『イナズマ1号』……これは、御影専農との試合の時の……」

「そう、貴様と円堂が発動した技だ。キーパーとストライカーによるカウンターシュートらしい」

 

 少なくとも、普通に試合を進めていれば、この必殺技が成立するほどの距離にまで近付くことはない。

 カウンターということは、ストライカーが自チームのゴール付近まで下がるほどの危機的状況から切り返すためのものか。

 事実、御影専農戦ではそのような状況になっていたが……果たして、これを手札の一つとして磨くべきか。

 

「なるほど……あなたの手でイナズマイレブンの歴史がほんの一部、ちゃんとした秘伝書として伝わるようになったのは間違いないわね。ねえ、不破さん。このノート、完成した暁には学校に寄贈するつもりはないかしら?」

「好きにせよ。あくまでこれは思考の整理を兼ねた手慰みに過ぎんがな」

「手慰みで『歴史的な書物』が復活したなら万々歳よ」

 

 この他に記述を纏められたのは、既存の『イナズマ落とし』や、今の雷門チームには向かないだろう一部しかないものの、興味を惹く必殺技は見つけられた。

 たとえば、合体技らしい息の合った連携が重視される『炎の風見鶏』。

 あれは解読さえできれば、このチームの切り札の一つとして機能するかもしれない。

 他にも……この秘伝書をして、キーパー技の奥義と豪語する『マジン・ザ・ハンド』――円堂の最終目標として相応しいだろう。

 これらのキーパー技に関しては、円堂にはまだ挑戦しないように言い含めている。

 それは『ゴッドハンド』をさしたる負担なく、十全な威力で発動できるようになってからだ。

 

「まあ、この試合で秘伝書の内容が機能する訳でもあるまい。試合を観ているが良い。余はこれの解読に集中する」

「よほど認識したくないみたいですね……」

 

 当然だろう、と木野の言葉に一つ頷き、ノートに意識を向ける。

 既に始まった試合。秋葉名戸は想定通り、パス回しで時間を潰すことを選んだようだ。

 これだけは面々に伝えている。秋葉名戸チームはそもそも、一試合を戦いきるほどの体力はないと。

 ゆえに、前半は時間稼ぎに使われる。後半に付き合うか、前半で意欲を刈り取るかは彼ら次第だ。

 

 

 ……さて。試合は後半、秋葉名戸の不意打ち染みたシュートで一点を許したようだが、目金の発想で相手の必殺技だか必殺タクティクスだかを破り、二点を取り返すことで勝利を掴んだらしい。

 試合後、秋葉名戸チームと目金の間には、なんらかの友情が芽生えたようで、アメリカ遠征で代わりにフィギュアをどうこうという会話が聞こえてきた。

 ……もう何も言うまい。チームメンバーの交友関係に口出しするつもりもない。

 どうあれ、無事、雷門中は地区大会の決勝に駒を進めた。

 

 ――相手は当然、帝国学園だ。




【不破煌雅】
妹に甘い。死ぬほど不機嫌になりつつも、諭されればメイド服さえ着るほど甘い。
彼女を収めた写真は秋葉名戸マネージャーズの中で秘宝として扱われることになった。
なお、春奈の写真を撮られることは断固として阻止した模様。

【秋葉名戸マネージャーズ】
お前らが守護神やれよって不破煌雅に言わせたメイドたち。
約一名、禁句を口にしたために折檻を受けたが、かえって不破煌雅にハマったらしい。
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