イナズマの女帝   作:主要人物の実姉概念が流行ってほしい人

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帝国の呼び声

 

 

「知っていると思うが、決勝戦の相手は帝国だ。彼らは一回戦から準決勝に至るまで、いずれも完勝を果たしている」

 

 秋葉名戸との試合を終えた翌日のミーティング。面々の意欲はより高まっていた。

 彼らにとっては、リベンジの機会となり――全国大会に出場するための最後の関門となる。

 

「これまでとは比較にならぬ相手となるだろう。だが、今の貴様たちであれば、少なくとも戦いにはなる」

「本当ですか……!?」

「余が世辞を口にする性格ではないことは知っていように。粗は大いにあるが――貴様たちは全国大会で通用するチームになっている。帝国を相手に、勝ちの目が見える程度に、な」

 

 十度戦えば一度の勝ちを拾えるか、という程度の小さな可能性。

 しかしながら、帝国が警戒を要するには十分だ。加えて、その小さな可能性を拾うことに関して、このチームは天賦の才を持っているといって良い。

 ともすれば、全国大会の決勝よりも、帝国の脅威になるかもしれないのが、この雷門チームなのだ。

 無論、そうなるように鍛錬をさせてきた。帝国を見据えた鍛錬に加え、イナビカリ修練場による有効な個人能力の強化により、彼らは見違えるほどに強くなっている。

 

「だが、未だ彼らが遥か高みにいることは事実。決勝に向け、より負荷の強い鍛錬を組んでいく。良いな」

「はいっ!」

 

 ここから決勝までの期間で、この者たちを可能な限り育て上げる。

 それに加えて、帝国の戦法を教え込ませることも必要だろう。その大半は無駄になるだろうが、一つでも使えればそれで良い。

 準決勝までの試合において、彼らは一目見て分かるほどに戦法を制限していた。

 私にさえ未知の手札を隠していることは確実だ。面白い――だからこそ、受けて立つ甲斐がある。

 

「それから、円堂。余の名前を選手として登録しておけ」

「ッ――それって……!?」

 

 にわかに部室が騒々しくなる。

 分かり切っていたことだろうに。私が雷門チームの一員として試合に出るならば、この試合になると。

 

「良いな、雷門」

「……まあ、頃合いでしょう。ここに来て、もうこのサッカー部を試すようなことはしないわ。次こそ帝国は手を抜かない……なら、一番勝ちが狙える方法を選ばないとね」

 

 有人があれから成長していない筈がない。次の試合、ゲームメイクにおいて、あの子から挑戦を受けることになる。

 なれば迎え撃つのが、姉として、そして女帝としての務め。

 認めよう――このチームは私が選手として、フィールドに立つに相応しいと思わせた。

 彼らが結果を示したのであれば、私も応えなければなるまい。

 

「いいわ。不破さんの出場を認めます。試合の緊張感がなくなるのはあまりいただけないけど……」

「安心せよ。帝国も余を警戒する。気楽な試合にはなるまいよ」

 

 既に私と有人の試合は始まっているといっても良い。

 私がどのように駒を進めるのは、有人は理解しているし、有人の出方もまた私にはある程度読めている。

 有人は既に、私がどう出るかを断定し、それを前提とした対策を進めているだろう。そして私は、それに対して奇を衒うつもりもない。

 彼らに期待を向けるからこそ、真っ向から試してやりたいと思うのは、古巣への情というものか。

 先の醜態は忘れよう。その代わり私が求めるのは、私の想定外をやってのける、新たなる帝国の在り方だ。

 

「不破さんがいるなら百人力だぜ! ――っと、でも、頼りすぎても駄目だよな。不破さんがいなくても帝国に勝てるくらい、俺たちも強くなるんだ!」

「それで良い。怠けるなよ、力を貸すに値せぬと判断すれば、余の気も変わると思え」

「はいっ!」

「ならば行け。グラウンドを借りられたと聞いた、基礎鍛錬から始めよ」

 

 野生中との試合の前に雷門に要求していたが、彼女はとうとうグラウンドの予約を取り付けることができたらしい。

 それも、帝国との試合までの期間、一通りの日付を押さえている。

 どうやら、雷門にとっても、今回の躍進は『学校の箔』とやらになるもののようだ。

 河川敷までの移動も時間の無駄であったし、グラウンドであればイナビカリ修練場との行き来にも手間がない。

 このまま常にグラウンドの使用権を確保できないものか。あるいは、これとは別にサッカーコートを用意するのでも良いが。

 

「……」

 

 面々を送り出した後、私は鞄から帝国の選手のデータをまとめたノートを取り出し、開く。

 如何に試合において力を隠そうとしていても、動きを注視していれば真髄というものは見えてくる。

 それに、攪乱のためか毎試合、彼らはスターティングメンバーもフォーメーションも大幅に変えているが……これが私たちとの試合で機能するとは向こうも思っていまい。

 彼らのベストメンバーは、いつぞやの練習試合の時のものだ。それ以外の形で私たちとの試合に臨むことはないだろう。

 

「あ、あの……不破さん?」

「なんだ」

 

 頭の中で盤上に置かれた駒が躍る、心地良い時間を妨げるように降り掛かった声に、僅かに意識を向ける。

 まだ消えていなかったのか、この肩書しか役に立たない男は。

 

「本当に、試合に出るのですか……? その……流石にまだ、彼らはあなたのチームメイトとして相応しくないと思うのですが」

「余が問題ないと判断した。それでは不足か、冬海。まあ確かに、このチームの勝利を望まぬ貴様からすれば頭の痛い話であろうが」

「なっ……!? い、いえ、そんな……! 私は監督ですよ? 勝ってほしいに決まっているじゃないですか……!」

「そう思わせたいのであれば、余に媚びた態度を改めるべきであったな。貴様の背後に誰がいるか、何に怯えているか、あまりに見え透いている。相変わらず無粋で手段を択ばぬ男だ、影山は」

 

 その名を呼んでやっただけで、冬海は怯んだように小さく悲鳴を上げる。

 一体、いつからあの男に取り入ろうとしたのかなど興味はない。少なくとも、私がサッカー部に入った時には、この男の態度はこうだった。

 サッカー部に関心を持たないならば、私を一人の生徒として扱えば良かったものを、初めからこの男は私の威光に怯えていた。

 こんな男でも利用する節操のなさは影山らしい。勝利しか望まぬ完全主義でありながら、木っ端の駒の質は気にしない点など、実に滑稽ではないか。

 

「な、何のことやら、私は……いえ、私のことはいいでしょう。それよりも、不破さんに伝言があったのですよ。その影山総帥から」

「降伏なら受け付けぬぞ。余は既に、帝国と戦うことを決めている」

「こ、降伏……!? 違いますっ、影山総帥が仰っていたのは、決勝戦の前日……あなたと妹の音無春奈さんと共に、先んじて帝国学園に来てほしいとのことです」

「……何のためにだ」

「私は、聞かされていませんが……総帥のことです。きっとお考えがあるのでしょう。あなたといえど……従っておいた方がいいのではと、そう思いまして」

 

 ……何を考えている。私だけであればともかく、春奈まで呼び出すとなれば、有人を絡めた企みであろうが。

 どうせ碌でもない、悪辣なものであることは間違いないものの、あの男が考え得る悪事など挙げていけばきりがない。

 備えなく試合に臨むことなどないとは思っていたが、ここで仕掛けてきたか。

 

「つ……伝えたいことは以上です! それでは!」

 

 私が考えを纏める前に、冬海は部室を去っていく。

 春奈の名前を出せば、私は抗えないと――そう、釘を刺す目的か。影山の考えそうなことだ。

 

「相変わらず……小賢しい真似をしてくれる」

 

 あの男も、今回ばかりは本気だろう。私が帝国に対してどう振る舞うか、奴はよく理解している筈だ。

 帝国の大層な連勝記録に終止符を打つ者として立ちはだかる、この四十年間における最大の危機。それが今の私だ。

 影山のような性根の男であれば、何としてでも叩き潰しにかかるに違いない。

 これは間違いなく、そのための一手。

 まったく……余計な手間を増やしてくれる。帝国との試合だけを考えておきたいというのに。

 

「……失礼します、不破さん」

「……今度は貴様か」

 

 どうも、次から次へと問題がやってくるな。いよいよ、鍛錬にも身が入らなくなったと見える。

 苦虫でも噛み潰したような表情で入ってきた土門は、壁に寄りかかりつつも、話を切り出してくる。

 

「その……聞いてしまったんですよ、今の。わざととかじゃなくて、ちょっとここに忘れ物取りに来て……」

「真っ当な趣味とは言えぬな。まあ良い、貴様が気にすることではない」

「でも……っ、これ、総帥の警告なんじゃ……!」

「だとすれば、尾を巻いて退けと? 下らぬ、それこそ奴の思う壺であろう。あの男は他者の弱みを握っていなければ気の済まぬ小心者よ」

「……総帥をそんなに悪く言えるの、不破さんだけですよ。不破さん以外の誰もが、あの人を恐れているんです」

 

 知れたことだ。それがあの男の得意とする人心掌握。

 他者を惹く才気がないからこそ、金銭と恐怖で人を縛るしかできない。

 私からすれば虚しいとしか感じないが、単純な力であるからこそ、恐れる者も多いのだろう。

 

「……大丈夫なんですか? 不破さんだけじゃない……音無のことも……」

「無用の心配だ。影山が余に悪意を向けるならば、余もまたそう応じる」

 

 とはいえ……私のみならず春奈にまでその悪意を伸ばしてきているのは腹立たしいが。

 試合の前日に私たちを呼んでいる以上、それよりも前に何かをしてくるとも思えない。

 しかし、無視しておく訳にもいかない。

 念のためだが……しばらく春奈は私が送迎する必要があるだろう。

 

「それよりもだ。土門、この辺りが分水嶺であることは理解していような?」

「え……?」

 

 私たちのことは良い。今ここに土門が一人で来たならば、聞いておくべきことがある。

 いつまでも立場が灰色のままではならない。

 この男が敵であるのか、味方であるのか、帝国との試合までにはっきりさせておかねば。

 

「帝国の手駒か、雷門の一員か。どちらでもある状態でこの先に進めると思ってはいまい」

「それは……っ、……そうですよね。俺も分かっています。次の試合までには、決めないといけないことだって」

「試合まで猶予があると思うな。黒は黒で使いようがあるが、灰色は始末に負えん。業腹だが、影山が何事か企てているならば猶更な」

 

 今の時点で、悩みを見せているならば上々か。

 帝国に与する存在であるならば、最初から情など持たなければ良い。本来、土門はそれができる性質だと、有人は判断して送り出したのだろう。

 だが、今この局面にあって、土門は帝国の駒であることに疑問を抱いている。

 

「貴様は間者には向かぬな。ある意味、雷門中に送られるには適役だといえようが」

「……はは。適任だって自覚はあったんですけどね。割とどんなことでも、ドライにやれるって。けど……」

 

 土門は苦笑して、部室の隅に置かれたタイヤに腰を下ろす。

 

「……楽しいんですよ、ここのサッカー。こんなに楽しんだのはいつ以来かってくらい」

「帝国とは別物であろう。生温くはあるが、中々どうして退屈させん」

「はい。円堂の『サッカーバカ』に引っ張られるチーム……なんだかそれが、俺の性格には合ってるみたいで」

 

 帝国のサッカーは退屈だ。絶対的な実力を持っていなければ、息苦しくもあるだろう。

 勝利と引き換えの冷たさ、雷門チームはその対極にある。

 戦略に支配された絶対の勝利などない。いちいち全力を尽くさねば勝てぬサッカー。

 帝国に憧れを抱いて入ってきた者であればこそ、この気風の方が向いているのかもしれない。

 

「どちらかを決めるのは貴様だ。帝国を捨てるか否か。そう猶予はないと思え」

「……分かりました。……ありがとうございます、不破さん」

 

 まだ帝国を捨てきれない悩みはあるようだが……この分であれば、そう悪い結果にもないか。

 有人から雷門中への贈り物になったのは皮肉だが、それは円堂たちがその人柄で勝ち取ったもの。

 ならば……土門も戦力として含めて良かろう。一度決意さえしたならば、逆に帝国戦で手を抜くこともなるまい。

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