イナズマの女帝   作:主要人物の実姉概念が流行ってほしい人

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使者の選択

 

 

 土門と話をしてから、二日経った朝。

 特に影山から干渉はないものの、だからといって警戒を怠る訳にもいかず、私は春奈と並び登校していた。

 

「……ねえ、お姉ちゃんって……いつ起きてるの? うちに来るの、結構掛かるよね」

「起床時間は変わらぬ。出立を早めているのみだ。気にするな、余が望んで行っていることに過ぎぬ。お前が拒否するならば控えるが」

「ううん、一緒に登校できるのは嬉しいよ。こういうの、ちょっといいなって思ってたから」

「そうか。ならば良い」

 

 春奈には、家まで送迎をしている理由について、深くは伝えていない。

 帝国との試合前だ。私にも何かしらの考えがあるのだと、そう解釈しているのだろう。

 とはいえ……春奈の様子は昨日から、どうにも不自然だ。

 昨日の鍛錬で、何やら土門がグラウンドを離れていったのを、春奈が追っていたのは認識している。

 様子がおかしくなったのは戻ってきてからだ。土門が何かをしたのか、と僅かに疑ったものの、どうやらそれとも異なるらしい。

 

「……春奈。昨日の鍛錬の時、何があった」

「え!? ……あ……その……なっ、なんでもないの! ほ、ほら、昨日から、ちょっとおなかの調子が……ね?」

「誤魔化すにしてもその言い分は如何なものか。余は姉として、同じ女子として嘆かわしいぞ」

「あぅ……お姉ちゃんに女子としての振る舞いを諭されてる……」

「どういう意味だ、それは」

 

 心外だとばかりに肩を竦める春奈。

 その様子は普段通りに見えるが……やはり、いささか以上に気分を落としている。

 並みの事情ではないだろう。下手に春奈に干渉しすぎるつもりもないが……こうも沈んださまを見れば放っておける筈もない。

 

「……春奈。無理に話せとは言わぬ。だが、妹の悩みを見過ごすのはいささか心苦しい。余に話して伝わることならば……姉の心配を斟酌してはくれぬか」

「……ずるいよ、お姉ちゃん。そんなの、絶対話せって言ってるのと一緒じゃん」

「海千山千、姉とはそういうものだ。覚えておくと良い」

 

 暫し顔を俯かせていた春奈は、やがて観念したように苦笑する。

 強要している自覚はあるものの、こうでもしなければ春奈は誰にも打ち明けようとは思うまい。

 

「……お兄ちゃんのことを考えてたの」

「有人の……?」

 

 ようやく悩みを打ち明けてくれた春奈の言葉は想定の内ではありつつも、容易く答えの出せないものだった。

 私たちを取り巻く、何よりも大きな問題。

 既に当たり前になったものではあるが、有人と春奈――どちらも、複雑な想いを抱いていることは理解している。

 だが、その詳細を、私は未だに見出せないでいた。

 

「お姉ちゃん……お姉ちゃんは、帝国で……お兄ちゃんとサッカーをしてたんだよね」

「うむ――そうだな」

「お兄ちゃんとは、普通に話してた? 避けられたりは、していなかった?」

「……はじめは、余を遠ざけていたな。とはいえ、それも長くは続かなかったが。余はキャプテンであった。避け続けるのも無理だと判断したのだろうよ」

 

 入学から間もなく、声をかけようとした私から離れていった有人の姿を覚えている。

 有人がサッカー部に入った後もそれは暫く続いたものの、やがて向こうから話しかけてきたのだ。

 その時から、有人の私への態度は変わり、私を姉としてだけでなく、女帝として見るようになった。

 かつてよりも距離を感じるものの、それが彼の選んだ道であるならば否定はしないと、私は受け入れた。

 あるいは……私を女帝として見ることを決めたからこそ、自然に接するようになったのかもしれないが。

 しかしそれは、私と有人の間の関係だけだ。

 

「……去年のフットボールフロンティアで、二人が試合に出ているのを見て……私も、一緒にサッカーがしたいって思った。けど……怖かったの。お兄ちゃんに、拒絶されるかもしれないって」

「そのようなことは――」

「……お兄ちゃん、鬼道家に行ってから……一回も、連絡してくれなかった。三人ばらばらになっても、きっと何も変わらないって思ってたのに、お兄ちゃんは……!」

 

 有人が春奈と一切連絡を取っていないことは聞いていた。

 彼が未だ春奈を想っていることは確かだ。だが……頑として話そうとしない理由までは私も分からなかった。

 

「……余は有人の真意を代弁することはできぬ。有人は今も変わらず、お前をかけがえなきものだと想っていると――余がそう断言しても、信じられぬだろう」

「……お姉ちゃんの言うことは信じたいよ。でも……」

 

 こればかりは、私が何を言おうと有人の真意にはなるまい。

 そして、有人が本心を話さなければ、春奈が納得することもない。

 であれば……姉として何ができるか。言うまでもない――私がすべきは、場を整えることだろう。

 

「……帝国との試合が終わったら、三人で話さぬか」

「え?」

「余が仲介しよう。有人と話し、蟠りをなくすが良い」

 

 有人の許可を得た訳ではない。ともすれば、彼の望まない展開となるやもしれない。

 だが、いつまでもこのままでは良くないだろう。有人が何を思っているにせよ、このままでは春奈も救われない。

 

「……うん。そうしてみる」

「うむ。あまり視野を狭めるな。お前はそこまで愚かではあるまい」

 

 まだ受け入れた、という訳ではないだろうが、春奈は言葉の上では妥協を選んだ。

 ひとまず、今できることはこれが精一杯か。

 あとは有人の方とも改めて話ができれば良いが……携帯でこちらから連絡する方法など知らんぞ。

 今の私が帝国に赴く訳にもいくまい。影山からの招集は意図が読めないゆえ後回しにしているが、あるいはそれを有効な機会と見るべきか。

 少し調子を取り戻し、歩調を速める春奈の背中を追いながら、なんともままならない問題に思考を傾ける。

 結局のところ、雷門中に着くまでに、明確な解答は出てこなかった。

 

 

 

 その日の放課後も、私は面々の鍛錬を眺めながら、帝国戦に向けた戦術を練っていた。

 皆の成長度合いは上々だ。個々の必殺技を習得させた者も増えてきている。

 加えて――土門の動きがこれまでと比べ、格段に優れている。

 昨日何があったかは知らないが、春奈の一方で土門にとっては吹っ切れる要因があったらしい。

 

「土門くん、今日は調子がいいわね。音無さん、昨日、何があったの?」

「あー、いえ……実は途中で見失っちゃって。だから土門さんに何があったのか、分からないんですよ」

「そうなの? 新聞部を撒くなんて……土門くん、凄いのね……」

 

 木野と春奈の会話を聞き流しつつ、さらに勝ちの目を増やす方法について思案する。

 ただ、勝つのみであれば、私が出るだけで良い。とはいえ、それでは雷門中の勝利とは言えない。

 私がどう動くかは、ある程度決めている。真の意味での女帝の帰還だ。威光をある程度見せつけねば、帝国も、観客も納得すまい。

 その上で、次の勝利は、『雷門中の勝利』でなければならない。

 まったく、愉快なゲームメイクだ。盤上で互いの駒を躍らせ、然るべき勝利へと導く。

 サッカーとはこうでなければなるまい。

 

「――冬海先生、ちょっとよろしくて? 先生にしか頼めないお願いがあるのですが」

 

 ……と、その時、鍛錬中のグラウンドでも良く響く、雷門の声が聞こえてきた。

 疑念、そして強い怒りを滲ませた雷門の声色を、しかし声を掛けられた冬海は悟ることなく、すぐさま媚びを売ろうとする。

 ここまでくると、滑稽とさえ感じない。権力にしか縋れぬさまは、いっそ哀れに映るというものだ。

 

「はい、なんでしょうかお嬢様? お嬢様の願いを断る理由はありません。どうぞ、なんなりと仰ってください」

「そうですか? ――では、サッカー部の決勝戦、帝国学園への遠征に使うバスの調子が見たいんです。少しで構いません、バスを動かしてくださらない?」

「――――は?」

 

 その雷門の要求の唐突さ、そして冬海の様子の異変は、鍛錬をしていた面々の注目をも集めた。

 呆ける冬海の表情は、意味の分からない要求を反芻するものではない。

 驚愕と恐怖――他校から帝国に潜入した間者が企みを暴かれた時の表情と、同じものだった。

 

「えっと……ああ、なるほど。は、はは。動かしたいのは山々なのですが、ほら、私は大型免許を持っていませんし……」

「校内は私有地ですので、問題はありませんわ。それに、ちょっと動いて停止するだけでいいんです。それなら、普通の乗用車とそう変わらないでしょう?」

「し、しかし……」

「あら。『断る理由はない』、と聞いたばかりなのですが……お願いできますね、冬海先生?」

 

 ……ふむ。これは、きな臭くなってきたな。

 小物の企みなどどうでも良かったものの、雷門の様子は確信に満ちている。

 この男に、そこまでする度胸などないと思っていたが、よもや。

 

「で、ですが私は、監督として練習を見ないと……」

「――者ども。鍛錬は中断だ。バスの様子を見に向かう」

 

 なれば、雷門を妨害するつもりもない。

 そもそもの彼らの雰囲気で鍛錬は止まっていたが、改めて中断を宣言する。

 

「ありがとう、不破さん。さあ、冬海先生、車庫に向かいましょう?」

「ぁ、う……」

 

 なおも動こうとしない冬海だったが、この場の全員がそのつもりになれば、立ち竦んでいる訳にもいかなくなる。

 おぼつかない足取りの冬海を連れ、車庫に赴く。

 震えながらもバスの運転席に乗った冬海は、しかしハンドルを握り込んで顔を俯かせたまま動かない。

 

「どうなさいました? ほら、キーを差し込まないとエンジンはかかりませんよ?」

「そ、そうですね……あれ……? エンジンが……バッテリーが上がっているのでしょうか――」

「冬海先生!」

「ひぃ!?」

 

 声色を強くした雷門に悲鳴を上げ、思わずといった様子で冬海はバスのエンジンをかけた。

 そのまま発進させるだけで良いものを――いつまで経っても、バスのタイヤが回ることはない。

 

「…………でっ、できません!」

「どうして?」

「どうしてもです! 発進させたら、私は……ッ!」

 

 ……一体なんだというのだ。とうとう冬海は、運転席を出て、逃げ出そうとする。

 愚かなことを。ここから逃げ出すなど、よほど強者でなければ叶うまいに。

 

「――動くな」

「うっ、ぐぅ……!?」

 

 サッカーの外でこんなものを使うつもりもなかったが、仕方なく重圧をかけてやれば、冬海が束縛を振り切ることができる筈もなく、その場に崩れ落ちた。

 跪く冬海を見下ろしていた雷門の隣に、土門が立つ。

 その表情は不安げなものではなく――毅然とした決意に満ちていた。

 

「土門くんから情報を貰ったのよ。冬海先生――あなたが、バスに細工をしているって」

「どっ、土門くん……!? まさか……! どうして、キミが!?」

「……すいません。俺……もう、総帥のやり方には、ついていけないんです」

「何を……何を言っているか、分かってるんですか!?」

 

 なるほど、雷門に情報を垂れ込んだのは土門だったか。

 とうとう彼は心に決めたらしい。帝国と決別し、真の意味で、雷門中サッカー部の一員となることを。

 

「土門、お前……」

「……悪い、円堂。みんな。……俺、帝国に情報を流してた。お前たちが信用してくれていたのに……」

 

 面々にとって致命的な事態を生む、冬海の企て。

 その企てを止めるために、土門は自らの素性を明かし、積み上げた信用を犠牲にすることを選んだのだ。

 円堂たちが非難するならば、このままサッカー部を去ることも決意していたことだろう。

 確かに、僅かな疑念を持ってしまった者はいる。そう――『僅かな』疑念だ。

 野生中の頃から、ここまで共にサッカーをやってきた実績。その信頼は、並のものではない。

 

「……土門。話してくれたってことはさ……これからも、俺たちの仲間でいてくれるってことでいいんだよな?」

「え……?」

 

 そら、見たことか。一度の裏切り、たかがその程度で円堂が仲間と認めた者を手放す訳があるまいに。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺、裏切り者だぞ? 帝国のスパイだぞ!? 元からお前たちを騙してたってことなんだけど!?」

「ん? うん……だから、これからはそういうのなしに、一緒に戦ってくれるってことじゃないのか?」

「お、お前言ってること滅茶苦茶だぞ……」

 

 まるで土門の側が異常な価値観を持っているかのようにも錯覚する、当然とばかりの円堂の言葉。

 無論、ここでそんな言葉が吐ける円堂が異常であることは言うまでもない。

 豪炎寺をはじめとした面々が浮かべる苦笑が、円堂の常識外れを証明している。

 

「円堂が滅茶苦茶言ってることは否定しないとして。お前を仲間だと思ってないやつなんて、いないんじゃないか?」

「確かに、ちょっと驚いたっすけど……土門さんにはディフェンスの練習も、たくさん付き合ってもらってますし……」

「というか『スパイかも……?』みたいな展開は、土門さんが入部してきたときにもうやってるでやんす。今更そういうのがあったとしても、なんというか……」

「……意外性がない……」

「お前ら、俺を信じてるのか信じてないのか、どっちなんだよ……」

 

 言いたい放題のディフェンダー陣に、思わずといった様子で土門が突っ込む。

 まあ……間者に対する態度ではないな。私のように、実害がなく使い物になれば使うという価値観ではなく、純粋な仲間意識が、疑念に勝ったわけだ。

 そんな彼らの様子を見て、円堂は得意げに笑い、土門に手を差し出した。

 

「お前を追い出そうとしているやつなんていない。だから、お前さえよければさ――これからも一緒に、サッカーやろうぜ!」

「……はは……分かったよ。帝国のスパイは今日で廃業だ。ここまで騙してた分、百倍頑張らせてもらうよ」

 

 その手を、呆れたように笑い返しながら、土門は握った。

 何はともあれ、土門がいることを前提とした戦法は無駄にはならないようだ。

 それから、土門はこちらに歩いてきて、深く、頭を下げる。

 

「という訳で、不破さん。これからもよろしくお願いします。俺、こっち側にいることに決めました」

「貴様がそう決めたならば構わぬ。だが、その分では貴様も攻撃に参加するすべを身に付ける必要があるな。守りだけで百倍の成果とやらは難しかろう」

「あ、え? い、いや、それは言葉の綾というか!?」

 

 途端に焦り、言い訳を捲し立てる土門に、面々が笑い声を上げる。

 言葉の綾……つまるところ、冗談か。その意気があるならば、攻撃に使うことも検討するつもりだったのだが。

 まあ良い、どうあれ、冬海は追放を免れなくなり、土門は受け入れられた。それがすべてだ。

 

「雷門、警察への通報と、教師をいくらか呼べ。この男を相手に気を張るのもいい加減煩わしい」

「ええ、そうね。ちょっと待っていてちょうだい」

「お――お嬢様、私は……!」

 

 なおも醜く縋ろうとする冬海を、雷門は冷たく見下ろす。

 

「まだ何か? もはやあなたに媚びへつらわれる筋合いもありません。いいえ――あなたには、我が校の生徒と話す権利もないわ。言い訳は刑事さんにしてくださる? 私は暇ではありませんので」

 

 そう言い残して去っていく雷門。

 バスへの細工――私や春奈を先行させようとしたのは、これに関与させず、帝国に――有人にいらぬ動揺を与えないためか。

 随分とつまらぬ手を打ったものだが、この詰めの甘さは、影山から直接受けた指示ではないな。

 なれば、影山はこれとは別に独自の手段を持っていてもおかしくはない。冬海がいなくなったとて、まだ油断はできないということだ。

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