イナズマの女帝 作:主要人物の実姉概念が流行ってほしい人
一教師がバスのブレーキオイルを抜き、生徒たちを事故に巻き込もうとした一件は、学校に警察が来てしまったことで、サッカー部のみで収まる話ではなくなった。
それからよもや鍛錬を再開する訳にもいかず、連行される冬海を見送った私たちは部室に戻ってきていた。
「いやー、なんだかスカッとしましたね!」
「あの時の冬海の顔ったら!」
試合に勝った訳でもないというのに、面々は浮かれ切っている。
確かに、それに足る大きなイベントだったのだろうが、盛り上がりが過ぎるのではないだろうか。
まさか理解していない訳ではないと思うが。今の状況は、それほど歓迎できる事態ではないのだと。
「夏未さんがいなかったらどうなってたか。土門くんだけだったら、先生を追放まではできなかったでしょうし」
「違いない。理事長の娘サマサマってやつ? 勇気出した甲斐があったぜ」
「まあ、私もサッカー部のマネージャーですもの。部の……というか、みんなの命の危機を放置なんてできないわ」
澄ました様子の雷門を、囃し立てるように称賛する面々。
雷門も満更ではないように、笑みを深める。よほど先の出来事は、会心の手応えだったのだろう。
とはいえだ。水を差すことになろうとも、課題の有無ははっきりさせておかねばなるまい。
つまるところ、雷門が後先を考えたうえで行動したのかということを。
「それなりの見世物であったことは否定はせん。それで、雷門。後任は誰だ」
「後任? 授業は他の先生がたが臨時で受け持ってくれるらしいわよ?」
「そのようなことはどうでも良い。サッカー部の監督だ。後任にあてがあるから冬海を追放したのだろう」
「……特に考えてはいなかったけれど」
呆けたような雷門の表情に、頭痛を覚えるほかなかった。
何か下手を打ったのか、と途端に不安げな表情になる雷門。どうやら、新たな危機が生まれたことを認識もしていなかったとは。
「監督が不在のチームはフットボールフロンティアには参加できん。このまま試合当日を迎えれば、雷門中は不戦敗だ」
「えぇ!?」
部屋中の声が揃う。いや……目金と豪炎寺はちょうど大会の要項に目を通していたところであり、苦い顔をしつつも驚愕はなかった。
豪炎寺は大会の参加経験もあり、もしやと思ったのだろうが、目金はあれで意外と頭が回るらしい。
……今回は二人に感心するよりも、残る面々が規約を大して記憶していないことに呆れるべきだろうが。
流石に寝耳に水の事態であったようで、すぐさま染岡が雷門に問う。
「お、おいどういうことだ!? お前、後任も決めないで追い出したってのか!?」
「し、仕方ないでしょう!? 彼が監督のままで、あなたたちは戦えて!?」
「監督としての名義は使い物になるゆえ、放置していたのだが。下らん企みを持っていようと、肩書の価値は変わらん」
「不破さんの価値観が常識だと思わないでくれる!? そうよね、あなたたち!」
「それでも、監督の後任くらいは見つけてから追放しても良かったのではないでしょうか?」
「ぐっ……ぐぬぬ……!」
どうやら本当に、咄嗟に思いつく後任の候補さえいないようで、目金の指摘に雷門は黙り込む。
冬海個人は限りなく無価値であったが、その名前のみはサッカー部に必要なものだった。
いるといないでは大いに違う。フットボールフロンティアでなくとも、大会において監督、ないし顧問の存在は必要不可欠ということも多い。
少なくとも、後任のあても考えないまま追い出すような立場ではないことは確かだ、というのに。
……やむを得んか。これで彼らが完全に詰んだという訳でもない。まだ、取り得る手段は残っている。
「仕方あるまい。雷門、余の名を使え。使い物にならぬ者を宛がうよりは意義があろう」
「不破さんが……? いえ、確かにこれまでも、事実上の監督であったけれど……」
「……確かに、規約には監督が生徒であってはならない、という制限はありませんが……」
誰かしら新たな監督を見繕ったとして、それがまたも影山の手の者であれば、この下らん三文芝居をもう一度繰り返すことになる。
一度であれば喜劇で終わろうが、二度も続けば不毛だ。時間の無駄とすら断じられない。
ならばはじめから、影山の思惑には乗らない人間を監督に据えてしまえば良い。
――と、ここまであの男が考えて、冬海を手引きしていてもおかしくはないのだが。
事故だの何だのよりも、よほど効率的に私という戦力を封じる手段だろう。
「――そんなの駄目だ!」
それでひとまず、危機は丸く収まる。
ところが、円堂はそこに安堵せず、待ったをかけた。
「余が監督では不服か、円堂」
「そうじゃなくって……不破さん、帝国との試合がしたいから、選手登録しろって言ったんですよね?」
「――此度の結果は貴様たちが勝ち取ったもの。試合に出られないのでは話にならぬ。貴様たちのサッカーを第一に考えよ」
「なら! 俺は不破さんとサッカーがしたい! せっかく不破さんが、その気になってくれたんですから!」
……これは、意地でも譲らんな。本心で言っているのだから性質が悪い。
このような目で私を見据えてくる人間が、これまでにいただろうか。勝つためではなく、ただ『共に楽しみたい』がゆえに、私を引き入れようとするなどと。
『サッカーバカ』、か。なるほど、やはり円堂守を表すには、最適な言葉だ。
余の采配に任せておけば、余計な苦労も必要ないというのに。この男からしてみれば、私に指揮されるよりも――私がフィールドに立った方が、よほど雷門サッカーらしいということだろう。
「なれば、相応しい監督を見出せ。冬海のような無能でも、半端者でも許さぬ」
「はいっ! 絶対に見つけてみせます!」
力強く宣言してみせる円堂。その気概は大したものだが……。
かといって、そこに誰もが同調しきれるほど、今の状況は明るいものでもない。
「そうはいうけどな……円堂、なんのあてもないだろ。それに、相手は帝国だ。練習の時間を無暗に削る訳にもいかないぞ」
「うっ……それは、そうだけど……」
当たり前だが鍛錬の負荷を落とすことはない。ただでさえ、帝国という格上の相手だ。
彼らに勝つためには、監督探しなどにうつつを抜かしている暇はない。
風丸の正論に、たちまち円堂の勢いが沈んでいくが……そこに、豪炎寺が一つの提案を出した。
「……円堂。雷雷軒の、あの店主はどうだ。イナズマイレブンの秘伝書を教えてくれたのはあの人だ。それに、お前のお爺さんのことも知っていた。もしかしたら、サッカーに詳しいのかもしれない」
「っ! そっか、あの人なら!」
「……? なんだ、雷雷軒とは」
「俺たちがよく行く、商店街のラーメン屋です! 秘伝書はその店の人が教えてくれて……話せば監督も引き受けてくれるかも!」
「そんな単純にいくでやんすかねぇ……?」
ラーメン屋……ラーメン屋の店主が、秘伝書を知っていたと。
しかも、彼らは理事長室に忍び込む程度には、所在に確信を抱いていた。その情報までもを、その店主とやらが持っていたというのか。
どうも、状況が見えないが……イナズマイレブンと無関係ではないのだろう。
「どうあれ、あてがあるならば向かうぞ。時間はかけていられぬ。有力だというのなら、余も見定めよう」
「お姉ちゃんがラーメン屋さんに……なんか、全然似合わないね」
「言うな。自覚はある」
春奈の軽口を窘めつつ、席を立つ。どうやら面々も……雷門以外の者は同行するつもりらしい。
どういう店なのかは知らないが、ここまで大人数で赴くようなものなのか。
まあ……それだけ切羽詰まった状態であることは伝わるだろう。その上で、どういう人間なのかを見定めれば良い。
「……なんだ、ぞろぞろと。打ち上げなら事前に連絡がほしいんだがな」
歓迎ではなく、至極面倒そうな悪態が第一声だった。
商店街に佇む雷雷軒なるラーメン屋は、よほど空腹な状態で食事処を探していなければ見落としそうなほどに存在感がない。
店内にも賑わいはなく、閑散としている。確かに夕餉にはやや早いだろうが、それにしても寂れているとしかいえない。
とはいえ、経営に行き詰まっているかといえばそうでもないようだ。店は古く、長年続いている様子が見られ、そしてこのサッカー部のような客もいる。
そうした常連で成り立っている店なのかもしれない。そうであれば、客を客とも思わない態度にも納得だ。
「すみません! 今日は食べに来たんじゃないんです!」
「ああ……? あのなあ、飯を食う以外の目的でラーメン屋にくるヤツがどこにいる。作戦会議に店を貸す気はないぞ」
早速とばかりに切り出した円堂を放置しつつ、店の奥の席に向かう。
客は新聞に目を向ける男が一人。どこに座っても文句はなかろう。
説得の様子よりも、どちらかといえば店の様子に興味が湧く。こういう店は帝国の頃にも訪れたことがなく、新鮮だ。
「大事な話です! ――俺たちの監督になってください!」
「仕事の邪魔だ」
「すっ、すみません……! あの、俺たちにイナズマイレブンの秘伝書のことを教えてくれましたよね? もしかしたら、サッカーに詳しいんじゃないかって思って!」
硬い椅子に座り、品書きを手に取る。
春奈が小走りで近寄ってきて、「お、お姉ちゃん……!」と肩を揺するが、今説得をしているのは円堂だ。
私が出張る意味もない。
「それに、爺ちゃんの……円堂大介のことを知ってましたよね? もしかして、一緒にサッカーやってたんじゃないですか? ――イナズマイレブンの、メンバーだったんじゃないですか!?」
「……俺は警告した筈だぞ。イナズマイレブンは災いを齎す、と。分かったらさっさと出ていけ。深追いしようと……いや、そもそも、あの連中をあまり英雄視するな」
「嫌だ! イナズマイレブンは俺の――俺たちの憧れなんだ! 俺たちも強くなって、勝ち進んで……日本一のチームになる!」
「……、……注文しないなら帰れ。お前たちの事情で仕事の邪魔をされたら敵わん」
『聞く耳持たず』とばかりに、円堂の熱弁は流される。
道理ではあるな。ここは飲食店だ。注文もなく居座るような場所でもない。
「な、なら、ラーメン一丁! これで文句ないよな!?」
「はいよ。……念のために聞いておくが、財布は持ってきているんだろうな?」
「え? ……あっ」
……何も言うまい。こちらに向く視線を無視し、品書きを眺める。
相手が飲食店の店主であるならば、当然このような流れ、想像して然るべきだろうに。
もちろん怒りを買ったようで、店主の怒号を受けて追い出される面々を見送る。
残ったのは私と春奈。私に構っていたことで、退店の波に乗り遅れたらしい。
「お前はどうする。好きに注文して構わんぞ」
「あの、お姉ちゃん。みんな追い出されちゃったんだけど……」
「今の時点で、どう足掻こうと説得できぬことは彼らも理解していよう。今日は大人しく引き返すだろうよ」
「……それを分かったうえで、お前さんたちが残る理由はなんだ?」
「無論、食事が最たる理由だ。店主、ラーメンの量は減らせぬのか」
店主の訝しむ表情がより深まる。まあ、彼らと共に来店したのだ。食事が目的だとは思っていまい。
無論、他にも理由がある、というよりもここに来て目的は増えた。
しかしまずは注文だ。客とならなければ、何を問う資格もなかろう。
「……そういうのはやっていない。大盛りにしなければ量は普通だ。女子でも食べきれる」
「生憎、小食でな。であれば半チャーハンで良い」
春奈に品書きを渡しつつ、出された水で唇を濡らす。
さて……新監督の件をわざわざ私が切り出すことはしないが、かといって要件が一切ない訳ではない。
話を切り出しても良いのだが、その前に。
春奈が注文を済ませ、私たちは正式に客となったものの、向けられる視線もいい加減鬱陶しい。咎めておかねば、食事も不味くなるというものだ。
「しかし、店主。常連の躾がなっておらぬな。来る者をああも威圧しては新参も寄り付くまい?」
新聞を広げて視線を隠していれど、これだけ近くにいて、向けられる意識に気付かぬ筈もない。
ただ一人店内にいた客である男は、こちらに気付かれることまで予測していたのか――仕方ないとばかりに嘆息して、新聞を畳んで私と向き合った。