イナズマの女帝   作:主要人物の実姉概念が流行ってほしい人

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燻る焔との出会い

 

 

『――いる。最後にサッカー部のキャプテンである円堂守さんに、試合に向けた意気込みを聞いたところ、「サッカー部の部員募集中です! 興味がある人、帝国と戦いたい人は気軽にサッカー部室に来てください!」とのコメントをもらった。先行きに不安は残るが、試合でのサッカー部の活躍に期待したい。』

 

 掲示板に張り付けられた校内新聞、その最後に書かれた記事を見て、呆れよりも感心が勝った。

 あの……円堂とかいう男子生徒の手段の選ばなさには、ある種の敬意を評するべきなのかもしれない。

 この新聞のみではない。

 先日は無駄に大きな看板を担いで喚きながら走り回る姿や、活動をしている運動部に声をかけに行って追い返される姿も見かけた。

 試合のための、最低限度の人数くらいは揃ったのだろうか。

 帝国が何をしに来るのかは知らないが……まだなのであれば不戦敗も見えてくる頃だ。

 

「――サッカー部の記事、どう? 私が書いたの!」

「粗はあるが端的にまとまっている。他の記事と比較しても劣ってはいまい。よくやった、春奈」

「うん……っ! えへへ……」

 

 どうにも例え難い感情で新聞を眺めていた時、背後から掛けられた声。振り返ればそこには、自信に満ちた笑顔があった。

 まったく……奔放なこの子が新聞部に入ると知った時は驚いたが、なかなかどうして文章の才を感じる。

 催促するような表情に、一つ溜息をついてから、その頭に手を置く。

 こうするたびに成長を実感できる。当然だが、あの頃と比べると信じられないほど背が伸びた。

 

「この後なにかある? 良かったら一緒に帰ろうよ、お姉ちゃん」

「ああ、構わん」

 

 鞄を持ち直し昇降口に向けて歩き出せば、春奈は慌てて横に並んでくる。

 

 ――雷門中を選んだことに、さしたる理由はない。別にどこでも良かった、適当に近場を選んだだけだ。

 新入生として春奈が入学してきたことは、まったくの偶然だった。

 この子も知っていたのは、私が帝国を去ったことまで。雷門中に転入していたことは知らなかったようで、偶然、廊下で出会ったとき、互いにしばらく声も出なかったものだ。

 

 (有人)(春奈)、二人と別れて暮らすことになったのは七年か、八年ほど前。

 有人は鬼道財閥の跡継ぎとして引き取られ、同じ頃に春奈もまた音無家の養子となった。

 音無の両親は同時に私を引き取ると提案したものの――あの頃の私は一般家庭で暮らすことができず、別の孤児院へと転院した。

 今となってはその理由も半ば解消されてはいるのだが、春奈も私も今の生活は既に当たり前のものとなっている。

 こうして再会できただけでも、満足すべきことなのだろう。

 

「ねえ、お姉ちゃんは、サッカー部入らないの?」

「またその話か」

「……? またって?」

「別口で同じことを言われてな。これでは気も滅入るというものよ」

「それだけお姉ちゃんがすごいってことでしょ? 飽きちゃったっていってたけど……あんなに入れ込んでいたサッカーに、どうしていきなり飽きちゃったの?」

「気にするな、お前には関係なきことだ」

「気にするし、関係あるわよ。だって私、お姉ちゃんの妹だもん」

 

 歩みを止めないまでも、袖を掴んで春奈は詰め寄ってくる。

 こうなると、意地でも譲らないのは誰に似たのやら。有人は帝国のサッカーをするうえで、最大限私に譲歩することを選んだが、再会したばかりのこの子はそうではないらしい。

 これでは自身の帰路を通り過ぎ、私の家まで付いて来かねない。それでも構わないが、臍を曲げてしまってもよくない。

 

「……余は力は至高にして唯一無二であると、証明し続けてきた。今更、余に比肩し得る者が現れるなどとは、期待しておらぬ」

 

 日も傾き始め、既に校内に残る生徒は少なくなっている。

 運動部の喧騒こそ遠くに聞きながらも、私は仕方なく話すことにした。

 

「ゆえに余は、余に挑む者に対し、せめて全霊を尽くすことを求めてきた。そうした相手であれば、余にとっても無聊の慰めにはなる。不正なき試合、不屈の闘志……それがある限り、余は玉座から下りるつもりはなかった」

「……つまり、正々堂々と戦わなかったり、手加減をした相手がいたってこと? お姉ちゃんに勝てないからって」

「下らぬ謀を企てたのは身内であったがな」

「え?」

 

 それ以上話すことはないと、足を速める。帝国の暗部など、この子に教える必要はない。

 こちらが口を閉じたことに焦れたのか、春奈は切り口を少しだけ変えてきた。

 

「……私もサッカー部に注目し始めたのは最近だけど……ここ一週間、すごく練習頑張ってるの。だから、何か力を貸してあげたくて……帝国に何もできずに負けちゃうなんて、あんまりでしょ?」

「目を曇らせるな、春奈。一週間、鍛錬に励んだことが事実であったとしても、帝国が積み上げた鍛錬はそれより遥かに長く、険しい。奮起が遅ければ報われぬ。当然の道理であろう」

「それは……そうだけど」

 

 どうも記事を書くためにサッカー部を調べたことで、この子は入れ込んでしまったらしい。

 だが、たかが一週間、鍛錬を尽くして帝国に追い縋れるならば、はじめから帝国は頂点になど立っていないし、余が退屈することもなかった。

 そも、雷門中のサッカー部が奮起してからの一週間も、帝国はそれ以上の鍛錬を積んでいる筈だ。

 勘定に才や実力を含まずとも、雷門中のサッカー部に分のある要素は考えられない。強いていえば、『運』が不確定要素であるくらいだが、有人であればそれも考慮に含めたゲームメイクをするだろう。

 

「お前が贔屓に思うのは自由だがな。……今の帝国には余がおらずとも有人がいる。分かっていように」

「……うん」

 

 有人の名前を出せば、春奈はますます表情を曇らせた。

 二人と別れてから……私は何度か、鬼道家、音無家を訪れているが――有人と春奈はあれから一度も会っていないどころか、話の一つさえしていないらしい。

 どうも、有人は春奈と関わろうとしない。というか、帝国への入学当初は私を遠ざけようとしていた節もある。

 二人を引き合わせようと機会を設けたこともあったものの、いずれも有人が拒絶したことで叶わなかった。

 その理由は結局聞いていないが……どうあれ、春奈が試合を観るならば、久々に有人を直接目にする機会となるか。

 そんなことを考えていれば、しばし顔を伏せていた春奈が、思考を改めるように首を振ってから顔を上げてくる。

 

「お姉ちゃんも練習試合、観るの?」

「気が向けばな」

「……じゃあ……少しでもうちのサッカー部が対策を立ててちゃんと戦えるようになれば、お姉ちゃんも観ていて楽しいかもしれないし……帝国の弱点とか、一つくらい教えてくれない?」

「余がおらぬことだ」

「そうじゃなくて!」

 

 なぜか声を抑えて尋ねてきた春奈に、今の彼らの最大の隙を返してやる。

 賢しい妹ではあるが、年相応にお転婆で感情的だ。昔から変わらず、春奈らしく育ってくれたことは喜ばしい。

 先ほどの曇り顔から一転、騒がしく詰め寄ってくる春奈の文句を聞き流しつつ、私は帰途につくのだった。

 

 

 +

 

 

 帝国が来る。その日の雷門中は、そんな話題がそこかしこから聞こえてきていた。

 サッカーの話題で盛り上がるなど、この学校では一体いつ以来か。帝国の名は、それほど大きなものなのだ。

 しかしながら――同時にこちらに向く視線は、否応にも多くなる。

 なぜ出場しないのか。そもそもなぜ、雷門中にいるのか。帝国の間者(スパイ)なのではないか。不躾極まる視線の意味合いは、そんなところだろう。

 サッカー用に整えられたグラウンド。帝国を待つサッカー部の面々を遠巻きに眺めていたが、早々に視線に嫌気がさしてきた。

 

 どうやら、サッカー部は不戦敗だけは免れたようで、グラウンドではユニフォームを着た十一人がアップをしている。

 そしてグラウンド脇のベンチには、顧問だろう名前の知らない教師と、あの日、円堂何某と共に生徒会室に来た女子、それからなぜか春奈がいた。

 新聞部として取材でも許可されたのだろうか。

 ともあれ気にしていた試合を特等席で観戦できるのであれば本望だろう。

 

 視線に対して圧を送り有象無象を追い払いつつも、埒が明かないと判断し、この場を去ることを決める。

 試合を眺めるだけであれば、校舎内でも十分だ。鬱陶しい注目を浴びる理由もない。

 グラウンドを離れようと歩き出して――その時、木の陰に隠れていた、知った顔の少年を見た。

 

「――豪炎寺修也」

「っ……不破、煌雅……?」

 

 私が帝国を去るきっかけとなった、去年のフットボールフロンティア決勝戦。

 そこで試合を心待ちにしていながら、舞台に現れることがなかった――間違いなく、影山によって何かの妨害をされた――炎のストライカー、豪炎寺修也が、雷門中の制服を着て、そこにいた。

 

「なぜここに……お前は――あなたは、帝国の生徒でしょう」

「それはこちらの台詞だ、豪炎寺修也。余の記憶に狂いがなければ貴様は木戸川の生徒で、去年の決勝に出場する筈であったが。一体何があって、どういう理屈で今ここにいる」

 

 目を見開いた驚愕から、途端に苦々しい表情へと変わる。

 帝国(わたし)への負い目ではなく、なにか、悪い記憶を呼び起こしたような顔色。

 ……少なくとも、あれは彼にとって納得できる出来事ではないということか。

 

「……個人的な事情なので、言えません。ただ、その日のことがきっかけで木戸川から転校することになり……雷門中に来たのはつい先日です。不破……さんがいることは知りませんでした」

 

 悔しさ、無念、怒り――そのような感情で、拳が強く握られる。

 彼の人となりは知らなかったが、サッカーに対して真摯な存在であることは理解できた。

 なおさら、影山への苛立ちが募るものの……彼の個人的な事情とやらを知らなければ、業腹なことにあの男を公的に糾弾できる証拠もない。

 逃げ出したならばともかく、彼にとって試合よりも優先すべき何かが起きたのであれば、決勝の空しさに対する不満を彼にぶつける訳にもいくまい。

 

「そうか。ならば深くは問うまいよ。それで、サッカー部には入っておらぬのか」

「……サッカーは、辞めたんです」

 

 しかしならば、なぜあのグラウンドにいないのかと問いを投げて、自嘲混じりに返ってきた答えに、思わず目が細まった。

 なるほど――この男もか。恐らくは、それも個人的な事情とやらに関わってくるのだろう。

 どうあれ、私も、この男も、あの大会をきっかけとしてサッカーに見切りをつけたということだ。

 

「……不破さんは、何が……? この学校にいる理由はともかく、あなたがサッカーから離れるなんて――」

「飽いて、辞めた。それだけだ」

 

 私はサッカーを辞めた。そして豪炎寺修也もまた、サッカーを辞めた。

 であれば、互いに関わる理由もない。納得はしないが、それが事実である以上、受け入れるほかあるまい。

 

「飽き、た……?」

「理解は求めん。頂点に立ったゆえにこそ抱いた価値観だ」

 

 聞くべきことは聞いた。春奈との再会に次ぐ想定外ではあったが、これ以上は何もない。

 まだ何かを口にしようとする彼をその場に置いて、歩みを再開する。

 彼の心情次第では、あるいは……とも思ったものの、見込み違いか。

 この試合がどうなるかも、豪炎寺修也が再びサッカーに関わることがあるのかも、私が干渉すべきことではない。

 私はただ、帝国の現在を、そして雷門中サッカー部の無謀を見届けてやるだけだ。




【不破煌雅】
自分がいないことが帝国の最大の弱点になる女帝。
身内には非常に甘い。ドがつくほどのブラコンであり、ドがつくほどのシスコン。
口調が大きく変わるわけではないが、態度は軟化するし、近い距離感も許容する。
なお、三年生のため、本作では敬語の印象の少ないキャラが敬語を使うシーンが多いので注意されたい。
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