イナズマの女帝   作:主要人物の実姉概念が流行ってほしい人

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女帝の帰還-2

 

 

「寺門のシュートがまたも炸裂! 帝国、これで十九点目ですっ! もはや雷門に勝ち目は残されていないのか!?」

 

 全国大会でもない試合に何故、実況がいるのか。

 流石の帝国にも、専属の実況など存在しない。……しない筈だ。少なくとも私がいた頃にはいなかった。

 素人だろうが、それにしては良く張った声を喧しく思いながらも、グラウンドへと近付く。

 

「ひっ……ぼ、僕は……僕はもう嫌だッ!」

 

 ここでようやく限界を感じたのだろう。雷門チームのフォワードにいた一人がグラウンドから逃げ出し、背番号『10』のユニフォームを投げ捨てた。

 臆病とは謗るまい。あのような惨事の渦中にいて、ここまで残っただけでも些細な評価に値する。

 十人となり、選手が足りなくなってもまだ戦い続けようとする連中よりはよほど賢い。

 ……脱ぎ捨てられたユニフォームの傍に、それを見下ろす豪炎寺修也の姿を見た。

 ついでだ。気紛れに少し道を変え、彼の目の前を通り過ぎる。

 

「――先に征く。選択を誤るなよ、豪炎寺修也」

「ッ……」

 

 これだけ近付けば、連中も気付くか。帝国の視線が、こちらに集まる。

 

「まさか……っ、鬼道さん! あの人は出てこないって……」

「……」

 

 動揺、困惑、恐怖、絶望。ああ、なんだ。その感情を忘れた訳ではなかったのか。

 であれば、なおさら不可解というもの。私を覚えていながら、どうしてあのような無様を晒す愚を犯したのか。

 疑問はあるが、言い訳を述べさせる理由もない。

 

「――おっと? ッ、あれは!? 雷門のユニフォームを着てグラウンドにやってきた彼女は! ――不破煌雅! かつて帝国の女帝として中学サッカー界にその名を轟かせた、不破煌雅ですッ!」

「不破さん!」

 

 私に気付くや否や駆け寄ってくる、ゴールキーパーにしてキャプテン、円堂。

 あれだけ帝国のシュートを受け、傷だらけになってなお、まだ走る気力があるか。

 ……自らの行動を疑うことなどないが、やはり間違いはなかったな。

 弱き者であればこそ、こうあるべきだ。勇気ある者の原石が、このようなところに眠っていたとは。

 

「――円堂……なんと言ったか」

「え? えっと、円堂守です! 雷門中サッカー部のキャプテンです!」

「そうか。では円堂守。暫し貴様のチームの席を借りるぞ」

 

 ちょうど一人、去ったところだ。この後のことはあるが、取り急ぎ今はそれでいい。

 目を瞬かせる円堂のそれを許可と受け取り、続けて困惑した表情で駆け寄ってくる審判に目を向ける。

 

「選手交代だ。良いな」

「ま、待ちなさい! キミは選手として申請されては……!」

 

 無論、未申請であることは理解している。

 この状況で乱入する場合、必要なのは相手の受諾。

 帝国側に目を向ければ、彼らは怯んだように一歩後退った。

 

「……構い、ません。受理します……」

 

 息を呑んだ有人が絞り出した言葉を受け、審判に再度視線を投げれば、彼もまたたじろぎながら頷く。

 

「て、帝国が許可したため、選手交代を認めます!」

「フォワードが空いたようだな。代わりに立たせてもらう」

「はいっ! お願いします! 不破さん!」

 

 私が思う通りに事が運べば、だが。むしろ、そうなってもらわねば、私としても困るというもの。

 ゴールへと戻っていく円堂を見届け、センターサークルに向かう。

 残された一人のフォワード。体力も尽きかけている坊主頭に、言葉を投げる。

 

「ボールを寄越せ。それだけで良い。余の威光、最前列で目にする栄誉を賜す」

「は……?」

 

 さて……あとは前を見据えるのみ。

 前方のゴール。かつては、背中を預けていた不可侵の砦。そのままであれば文句もなかったが、輝きは色褪せ、ただ堅牢なだけだ。

 もはや、そこは私が踏み込む価値もない場所。

 とはいえ此度ばかりは、私が赴かぬわけにもいくまい。見るに堪えない古巣を片付けるのも、女帝の務めだ。

 

「さあ雷門ボールからのキックオフ! 点差は二十点、不破の登場により、流れは変わるのかぁ!?」

 

 戸惑ったままのフォワードから、ボールを受け取る。

 それだけできれば、他には何も求めまい。共に上がることも、後方を固めることも必要ない。

 ただ、この背を見ていれば良い。頂点に立つ者、この女帝が征く覇道の有様を。

 

「な、なんと不破、悠々と歩いている! これだけの点差に焦ることもなく、帝国ゴールへと一歩一歩向かっていきます!」

 

 ボールを奪わんと、こちらに向かってこようという者は出てこない。

 何故ならば、彼らは私が何を言わずとも理解しているからだ。私の逆鱗に触れたこと。一体何が失敗だったのかを。

 佐久間と寺門は、ただの一歩さえ動けなかった。

 

「……」

「ッ……」

 

 呆然と立つ有人に、視線を向ける必要はない。

 せめてここで挑んでくるのであれば、私も思い直したかもしれないが、それが叶うことはなかった。

 

「――うおおおぉぉっ!」

 

 しかしながら――多少、気骨のある者はいたようだ。

 先ほど、『デスゾーン』にも加わっていた、小柄な一年生。

 動くことができた理由はわかる。彼が入学したのは、私が帝国から去った後。その頃には、既に帝国は変わっていたのだろう。

 無謀にも、不躾にも、私の持つボールを奪おうとしてくるその姿は、帝国らしくはなかったが――。

 この状況においては、誰よりも正しく動いたと言えるだろう。

 

「――控えよ」

「ぐぅ……っ!」

「わあっ!?」

 

 それでも、不敬であることは変わりない。

 たった一言。その場に残してやれば、降り掛かった圧が一年生と――そして有人をその場に縫い付けた。

 ……嘆かわしい。今の言葉は、私に挑んだ一年生へと向けたもの。有人まで引き込まれるなど、あり得ない筈なのに。

 

「余の知るお前であれば、重圧など受けなかった。どうやら今の帝国は、見違えるほどに劣化したらしい」

「……それ、は……」

「言い訳を許した覚えはない。――堕ちたものだな、有人」

 

 有人たちを通り過ぎ、動かないディフェンダーたちを無視して、ゴールへと向かう。

 この者たちは……有人に率いられれば、影山に抗える力も持っていたと、そう評価していたが。

 よもや、女帝がふらりと舞い戻る覚悟すら整っていないとは。

 

 なにも私は、私が築き上げた帝国のすべてを変えず、昇華させ続けろと求めている訳ではない。

 変えるべきと考えたものは変えて良い。廃するべきと考えたものは廃して良い。目立ちすぎるというならば、光を抑えることも選択の一つだろう。

 だが、無様なものに堕とす真似だけは許容できない。

 弱者を甚振る帝国となることを、果たしていつかの私は認めたか。

 それは頂点に立つ者ではなく、三流の小悪党の振る舞いであろうに。

 周囲から見て、自分たちがどれほど醜悪に映っているか、理解しているのか。自認さえないのであれば、小悪党にさえ劣る。

 私がおらずとも、帝国にはそれらしい風格が求められる。今の彼らに、それは感じられない。

 

「不破、さん……俺たちは……っ」

 

 最後の一人。いや、これではもはや、私と相対しているとも言えまい。

 動かないのであれば、代わりに案山子でも立てておけば良い。鍛える必要がない分、そちらの方が建設的だ。

 

「帝国のゴールが持つ意味合いの大きさは教えた筈だ。今の貴様では役者不足だな、源田」

「ぁ……」

 

 棒立ちの彼の傍に、ボールを転がす。

 私の言葉を振り切って、軽く一歩、横に足を出すだけで容易く防げる。だが、今の源田にはその一歩はあまりにも重く、遠い。

 結果を見るまでもない。踵を返して戻る間に、ホイッスルが鳴った。

 

「ごっ……ゴール! キーパー動けない! 帝国に一切の抵抗を許さず、不破が雷門念願の一点目を奪取しました!」

 

 実況の生徒が声を上げるも、それを超えるほどの歓声はない。

 絶句、あるいは困惑。雷門中の反撃の狼煙という雰囲気はまるでない。実況の声が途切れれば、静寂とさえ表現できる。

 それほどまでに、彼らにとっては異質な時間だっただろう。

 目を瞬かせる雷門チームから、掛かる声はない。いや、声など出させない。

 ディフェンダー陣の立ち位置にまで下がり、その中から――今のこのチームで最も消耗している青髪に目を向ける。

 

「下がれ」

「え……? っ、ま、待ってください! 俺が下がったら控えが――」

「貴様は役目を果たした。見よ」

 

 ちょうど良い頃合い。先ほど脱ぎ捨てられたユニフォームを受け継いだストライカーが、グラウンドに入ってきた。

 

「豪炎寺っ!」

 

 二度目の乱入にも同じような反応で、円堂は豪炎寺に駆け寄る。

 さて、どう動く。帝国の目的は彼だろう。であればこちらも、選手交代を受理するほかないが、なおもその判断を彼らは下せるか。

 ……気にかける必要もなかったな。私の乱入を想定していたにしろ、していなかったにしろ、影山が目的を果たさずに去るなど考えられない。

 動け、と命じたのだろう。立ち竦んでいた有人は動揺を隠し、豪炎寺の参戦を認めた。

 こちらを一瞥して、フォワードの位置に立つ豪炎寺。一方で戻ってきた円堂に、私は言葉を投げる。

 

「円堂守。先の一点は余の事情だ。勘定には入れるな。貴様たちが勝ちを拾うには、余以外の得点が要る。良いな?」

「っ、はい!」

 

 礼は不要だという意思を、理解していたのかどうか。

 どうあれ、円堂は返事だけをして、ゴールへと戻っていく。

 青髪のディフェンダーをベンチに下がらせ、私は中間に立つ。

 ゲームメイクでもなんでもないが――私の思い通りに事が進んだならば、この辺りにいることが好ましかろう。

 

 帝国は……呆れたことに、影山の命令を優先し、余の恐怖を抑えることを選んだらしい。

 キックオフと同時、豪炎寺はボールを一切無視して駆け出した。帝国ゴールに向けて、まっすぐと。

 それに動揺しつつも、多少、調子を取り戻した佐久間たち三人と、それを追うように有人が上がっていく。

 いずれも、こちらに必要以上の意識を向けていたこともまた減点だ。少なくとも本調子の二年生であれば、私が動くつもりがないことなどわかっただろうに。

 

「佐久間、寺門、洞面の三人が上がっていく! 間違いありません、これは『デスゾーン』の動きです!」

 

 振り返れば、よたよたとブロックに来た大柄なディフェンダーを躱した有人が、ボールを高く蹴り上げていた。

 続けて跳躍する三人。それぞれの回転が、中心のボールに闇色の力を溜め込んでいく。

 あれを使える程度には調子が戻ったか。だが生憎、私が見るべきは『デスゾーン』の完成度ではない。

 再度、それを受けんとする円堂守――やはり逃げることはせずに立ち向かうか。

 ならば見せてみるが良い。先の一点は私が帝国に与えた罰。それ以上の助力を賜るに足る存在であることを証明してみせろ。

 

「デス――ゾーン!」

「ッ、負けない……っ! もう一点もやらない!」

 

 三人が同時に、両足でボールを蹴り込むことで実現する、如何なるキーパーをも力で捻じ伏せるためのシュート。

 それに、たった一人で立ち向かう彼に恐れはない。

 握り込んだ拳に溜まった気。それを開きながら高く掲げれば、気は解放され、巨大な手が顕現した。

 

「おおおおおおおぉぉぉぉ――――っ!」

 

 キーパーがどれだけ奮起しようと、並の必殺技であれば『デスゾーン』はそれごと吹き飛ばすほどの威力がある。

 私自身『デスゾーン』が防がれる光景など、数えるほどしか見たことはない。

 ゆえに、駆け出しサッカー部のキーパーが、その必殺技を発動させたことに、口の端が吊り上がるのを感じた。

 気で形成された手のひらは、真っ向からボールを受け止める。

 凝縮した闇が持っていた威力のすべてを抑え込み、役目を終えて気の手のひらが弾け飛べば、次の瞬間、ボールは円堂の手に収まっていた。

 

「ふっ……」

 

 豪炎寺を見定めにきたようだが、どうやら帝国は凄まじい原石を掘り出してしまったらしい。

 これを信じて豪炎寺は、なんのフォローもせず、前線へと走っていったのだろう。

 なるほど――なるほど。

 

「っ、不破さん! 豪炎寺ですっ!」

「――良かろう、請け負った」

 

 放られたボールを捉えて振り返り、豪炎寺に向けて蹴り出す。

 それを受けた豪炎寺はボールを蹴り上げ、自身もまた、炎の渦を巻き上げながら跳躍する。

 かつて、勝負を愉しみにしていた、あのシュート。

 よもや背後から、味方としてあれを見ることになろうとは。

 

「ファイアトルネード!」

 

 辺りに火の粉を撒き散らし、それでも威力の衰えは一切なく、炎の一撃はゴールに突き刺さった。

 あれだ。あのシュートだ。見事――実に見事。

 豪炎寺修也の実力、少したりとも錆び付いていない。

 

「そうか……これが……っ」

「姉、さん……?」

 

 いや、面白い。ただ、帝国の堕落を糾してやるだけだったつもりが、よもやここまで愉快なことが起きようとは。

 そうか。私にもまだ、このように熱くなる血があったのか。

 それも私が認める強者との戦いではない。

 帝国を相手取り、弱小チームに起きたイレギュラーを垣間見る。あまりにも盲点であった。

 私がいた帝国ははじめから強者の集まり。はっきり言えば、完全な勝利のために試合を組み立てる必要性も薄い。

 では、今はどうか。帝国を指揮していれば決して手に入らなかったであろう高揚が、ここにある。

 

「実に面白いと――そうは思わぬか、有人」

「っ……」

 

 先ほどの余興とは違う。この一点には、実に大きな意味があろう。

 ああ――実に愉快だ。これを有人とも享受できれば良かったのだが、どうやらこの愉しみは彼には理解できなかったらしい。

 拳を握り込み、俯いていたかと思えば、踵を返して帝国チーム側に戻って行ってしまった。

 

 さて……後半残り、約十分。

 ここまで私を愉しませたのだ。褒美に残り十九点、賜わしてやっても良い。

 少々ばかり負担は強いが、無理難題ではない。必要だというのなら、成し遂げるのが女帝の甲斐性というもの。

 

 ……だが、そうもいかないらしい。まったく、どこまでも今日が削がれることをしてくれる。

 

「たった今、帝国が試合放棄を申し出ました! ここで試合終了!」

 

 帝国チームはそれぞれ、こちらを気にしつつも去っていく。

 見るべきものは見たからか、これ以上続ければ、帝国の不敗神話が崩されると確信したか。

 どうあれ、棄権の選択を雷門中の勝利と見なす者もいるだろう。

 帝国に圧倒された試合とはいえ、最後に一矢報いて、そして廃部は免れたといえよう。

 

「不破さん! ありがとうございました!」

 

 集まって喜びを分かち合っていた者たちの輪から、円堂が離れてこちらに駆け寄ってくる。

 意外と律儀なやつだな。大きな一勝をもっと喜んでいれば良いだろうに。

 

「良い。豪炎寺修也と、そして貴様たち自身を称えておけ。余は帝国の無様な姿が見るに堪えなかったに過ぎん」

「けど、流れを変えてくれたのは不破さんです!」

「……如何なる状況でも諦めず、立ち上がる。良い余興であった。円堂守、今後もそうあり続けろ」

「もちろんです! ……えっと、サッカー部には――」

「考えておこう。その価値はあると、貴様たちは余に思わせた」

 

 どこか、試合で感じたことのない満足感を覚えながら、校舎へと歩き出す。

 とはいえ……そのまま私に行かせることを許すあの子でもないか。

 

「お姉ちゃん!」

 

 手帳とペンを手に、私を逃がすまいと迫ってくる春奈。

 この子の追求の方が、私からすればよほど手強い。

 他の有象無象はともかく、この子に先の処罰を見せるべきではなかったかと己を省みつつ、僅かな溜息を零した。




【不破煌雅】
雷門中の初戦でラスボスみたいなムーブを味方側でやった女帝。
特に腐敗した帝国への発破などの目的ではなく、試合放棄がなければこの後、全霊を出して帝国を崩壊させるつもりだった。
ちなみに帝国の個々のメンバーへの評価は変わっていない。気に入らない真似をすれば、高く評価していようが罰を下す。
何があろうと諦めない、不屈を体現した人間には会ったことがなく、ゆえに円堂に少々ならざる興味を抱いた。

【勅命】
不破を象徴する必殺技と認識されている、言葉を以て周囲の気を支配するすべ。
シュートのエネルギーを転化し止めるためのエネルギーに変える、周囲のプレーヤーに重圧をかけるなど、その使用法は多岐に渡る。
不破からすれば、これは必殺技などではなく、サッカーをする上での必須技術の延長でしかないという。

【鬼道有人】
退屈だの飽きただの言って帝国を去った姉が雷門中のチームに参戦して楽しそうにしたせいでたちまち曇った。
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