イナズマの女帝   作:主要人物の実姉概念が流行ってほしい人

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青き竜の咆哮

 

 

 もしかしたら、と思ったが、やはりこのサッカー部は雷門中の敷地内でまともな鍛錬は不可能であるらしい。

 では、普段は一体どこで鍛錬をしているか。

 雷門中から少し離れたところにある河川敷のサッカーグラウンド。地元の小学生のサッカークラブが活動しているそこを好意で借りているらしい。

 零細サッカー部は学校からも追い出されるのが実情か。嘆かわしいが、私がいたところでどうにかできるほどの実績さえ存在しない以上仕方あるまい。

 出だしからやや躓きというものを感じたものの、とにかく尾刈斗中との試合に向けた鍛錬は始まった。

 

 尾刈斗中に勝利するために、特殊な鍛錬は必要ない。

 あの連中は搦め手に特化したチームだ。慣れない真似をしたところで裏目に出るだけだ。

 私が指導する通りに動き、面々が成長をすれば、問題なく勝利を掴めるだろう。

 ……そんな鍛錬が始まって三日。

 ひとまず想定通りに動き始めていたサッカー部に、私が想定できていなかった出来事が起きた。

 いささか以上に、私にとって頭の痛い出来事が、だ。

 

「今日からサッカー部のマネージャーになりました! 音無春奈です!」

「……」

 

 今日も鍛錬のため、河川敷に移動する前。

 木野に連れられて部室にやってきた春奈は、冗談でもなんでもない笑顔でそんなことを宣った。

 昨日までも、河川敷に取材に来ていたものの、そんな素振りはまるでなかった。

 突然の申し出に、面々も困惑顔だ。

 

「マネージャー、って……?」

 

 代表して円堂が言葉を返せば、春奈は円堂に詰め寄って笑みを深めた。

 

「はい! 皆さんを見ていたら、練習見てるだけじゃ物足りなくなっちゃって! ならマネージャーになっちゃおうって思ったんです!」

「そ、そうなんだ……」

「新聞部の取材力を活かして頑張りますので、よろしくお願いします!」

 

 ……はっきり言って何よりも私の予想を超えてきたのは、この子の行動力だな。

 ずいぶんとサッカー部に入れ込んでいるとは思っていたが、まさかマネージャーとして入部するに至るとは。

 

「そういうわけでよろしくね、お姉ちゃん!」

「……うむ」

 

 比喩ではなく、本当に頭痛を覚え始めた私は、そう力なく返すほかなかった。

 まあ、己が決めて、そして気概があるならば好きにすればいい。

 

「お姉ちゃんって、不破さんが?」

「確かに、顔は似てるかも……苗字違うけど」

「ちょっと事情がありまして……でも、本当の姉妹なんですよ、私たち! ね、お姉ちゃん」

「……うむ」

 

 元気なものだと、それに関して悪い気はしない反面、妙に疲れる。

 春奈との関係は隠すつもりもないとはいえ、みだりに吹聴するほどの話でもないのだが。

 一つ、溜息をついて、意識を切り替える。春奈が入ってきても、やるべきことは変わらない。今日も予定通り、彼らに鍛錬を積ませるのみだ。

 

「河川敷へ移動しろ。鍛錬の詳細は昨日の通りだ。春奈、お前にはデータの記録を任せる」

「うん!」

 

 このまま騒いでいても、この者たちの鍛錬になる訳ではない。時間を無駄にするなと急かせば、面々は慌てて部室を出ていった。

 私も立ち上がり、鞄を持って部室を出る。そして、付いてきた春奈に、鞄から出したノートを手渡した。

 

「これって……て、帝国学園の選手データ!? って、そっか。お姉ちゃん、帝国のキャプテンだったもんね。でも……これをどうするの?」

「それをどうしろという訳ではない。そも、去年のものだ。今更なんの役にも立たん。だが、その数値化の方法は覚えてもらう」

「なるほど、この形式でみんなの能力をデータ化するってことね。わかったわ!」

 

 帝国の伝統の一つであるデータ化。これそのものは指標に過ぎず、大きな意味合いはない。

 だが、誰しもにとって分かりやすい数値で記載されていることで他者の能力が直感的に把握しやすいという点は、チームの連携のために必要な力の制御を感覚で捉えやすい利点につながる。

 計算の方法は複雑なものの、慣れればより個々の能力が理解できる。

 ……業腹だが、影山の考案としては、私も認めている手法だ。部員たちはこれを数値で見ていれば良いとして、春奈がマネージャーとして記録の仕方を覚えるのは意味があるだろう。

 

 

 +

 

 

「それにしても……大丈夫なの? お姉ちゃん」

「何がだ」

 

 河川敷に到着し、面々が練習を始めてからしばらく。

 教えた計算方法を記したメモ帳と、渡したノートを見比べながら唸っていた春奈は、気分転換とばかりに話しかけてくる。

 

「尾刈斗中との練習試合よ。昨日話したでしょ? 尾刈斗中の呪いの噂」

「ああ、それか」

 

 そういえば、昨日も練習中にやってきた春奈が、部員たちにそのことを話していた。

 尾刈斗中という学校はとにかく、きな臭い噂に溢れた学校だ。

 怪談や怪奇現象は連中の得意とするところ。ありがちな学校の七不思議など比較にならない、尾刈斗中には七百不思議が存在する……などという与太話も聞いたことがある。

 そんな陰気な話は校内で済ませれば良いものを、部活動などで尾刈斗中と競うと、何かと不幸が降りかかるという噂は有名だ。

 曰く、尾刈斗中と戦うと高熱に見舞われる。曰く、有利な試合を突然の悪天候で白紙にされた。曰く、体が思うように動かなくなる。

 これらの現象は尾刈斗中の呪いと称され、ただでさえ陰気な連中を一層不気味に演出しているのだ。

 

「案ずることはない。気負えば囚われるというだけの話だ。心理面で優位に立つことを戦法として選んだ彼らの小細工に過ぎん」

 

 そう、演出。呪いといえば聞こえは良いものの、それはあくまで演出に過ぎない。

 相手に不安を抱かせれば、その分、付け入る隙も増える。あの連中は、相手を自分たちの術中に陥れることに特化した者たちだ。

 それを否定しようとは思わない。小賢しい手管も実力の一端ではある。

 だが、退屈であることもまた否めない。正面切っての戦いを避けるだけならばまだしも、その一芸さえ破れば手札のなくなる者たちを、どう愉しめというのか。

 

「お姉ちゃんは、戦ったことあるの?」

「いいや。試合を見たことはあるがな。つまらぬ手品を見せられている気分であった。そのうえ、種が割れれば道化に早変わりときた。帝国であれば歯牙にもかけん存在だろうよ」

「うーん……お姉ちゃんがそこまで言うってことは、噂も誇張されていたりするのかな……?」

 

 要はあの連中との試合は、どれだけ彼らのやり方に付き合うか。そして如何に早く看破するかだ。

 どうせまともにやり合ってこない相手への対策など、わざわざ練る必要もない。

 基本を徹底する――そう、たったそれだけでも、どうにかなる存在だ。

 とはいえ……勝利を盤石にするには、まだ不足しているものがある。

 

「春奈。尾刈斗中のことは気にせずとも良い。お前はその計算を一刻も早くものにせよ」

「あぅ……私、なんでサッカー部のマネージャーになって数学やらされてるの……?」

 

 肩を落とす春奈を残し、グラウンドに上がる。

 それぞれの個人練習は意欲や体力の差こそあれど、命じたことは実行している。

 これならば、あと数日で最低限、仕上げることも不可能ではないだろう。問題は彼だ。

 

「――らあっ! ……くそっ、上手くいかねえ!」

 

 放たれたシュートには過剰なまでの勢いがついており、当然そのような状態ではコントロールもままならない。

 真正面を狙ったようだが、すぐに逸れてポストに弾かれたボールを受け止めてやれば、たちまち染岡竜吾はばつの悪そうな表情になった。

 

 つまるところ――私が染岡に指示していたのは、実用的な必殺シュートを身に付けることだ。

 このチームの技量を最低限の域にまで引き上げても、決定力の不足という弱点は付いてまわる。

 どれだけフィールド上を支配したとしても、相手キーパーを崩すことができなければなんの意味もない。

 ゆえに必要なのは、染岡がフォワードに相応しい必殺技を習得することなのだが。

 

「感覚が掴めておらぬようだな」

「ああ……どれだけ力を込めても、思うようにいかねえ。どうやってあんなシュート打ってんだよ、豪炎寺のやつは!」

 

 ……あまり進歩が見えていないと思えば、そういう理由か。

 必殺技とは、個々のイメージ。それを昇華することによって成立させるというのが、最も近しい道となる。

 自身の中に明確な形を描くからこそ、力を正しく込めやすい――闇雲にシュート力を磨くよりも、必殺技の一つでも習得した方が、よほど有益だ。

 だが、このイメージという点は、適性によっては厄介なものになる。

 

「貴様は豪炎寺修也に憧憬を抱いているのか」

「はあ!? んなワケ……!」

「ならば考えるな。対抗意識が成長につながるのは実力が近しいからこそだ。貴様はまだその域には達していない。あやつを意識しても己の成長を妨げるだけだ」

「んだとぉ!? って、おい……っ」

 

 豪炎寺に対する余計な意識が成長と発展を妨げている。これで上達しないとは言わないが、私が求める成長速度と比べて遅すぎる。

 ある意味、彼にとって豪炎寺という存在は劇薬だったのだろう。

 熱意を見せたその時に見せられる光景としては、あまりに鮮烈だったのだ。

 であれば仕方ない。きっかけくらいはくれてやろう。

 持っていたボールを真下に落とし、ある程度の力で蹴り込む。

 ネットを揺らし、転がってきたボールを、さらにもう一度シュート。ネットの同じ位置に突き刺さり、戻ってきたボールを拾い上げて、染岡に向き直る。

 

「今の二発、どう違った。答えてみよ」

「どう、って……どっちも同じにしか見えねえ……いや、一発目の方が力が入っていたような……」

「込めた力はまったく同等だ。異なるのは気の溜め方の一点のみ。ボールを主体にするか、足を主体にするか」

「ボールか、足か……?」

 

 ――辺りに他の部員が集まってくる。

 集中しろと告げようとしたが、他の者にも聞かせておいた方が良いだろう。

 いずれは全員が、同じように力の使い方を習得できることが好ましいのだから。

 

「己の気の集中点をどちらにするか。それだけでシュートの性質は大きく変わる。これは特に向き不向きが分かれる技術だ。不適当な気の高め方では、実用的な必殺技にはならぬ」

「……つまり、今までのやり方……豪炎寺と同じことをやろうとしても、強いシュートは打てねえってことか……」

 

 この程度で、一つの手掛かりになれば良いが。

 ボールを投げ渡してやれば、すぐに染岡はゴールから少し離れて立ち、ボールを置く。

 

「……よし」

 

 一度、深呼吸をしてから染岡は足を大きく振り上げる。そこまでは先ほどと同じ。

 その後、振るう足ではなく、ボールそのものに気を溜め込んで――力の限り、蹴り放つ。

 ボールが飛ぶ前から伝わる、確かな手応え。青く輝く一撃は、竜を伴い、ゴールまで一直線に駆けていった。

 ……合格点だな。駆け出しサッカー部の基礎の攻撃としては十分な威力があるだろう。あとはこれを磨いていけば良いだけだ。

 

「……できた。こんな簡単なことだったのかよ……」

「染岡! やったな!」

 

 たちまち群がってくる面々。

 彼らにとってこれは視覚的な『勝ちの目』だ。多少なり盛り上がることは大目に見るべきだろう。

 しばらくは好きにさせてやるつもりだったが、ベンチに戻ろうとした私に、染岡が駆け寄ってきた。

 

「その、不破さん……ありがとう、ございました。俺、頭が固くなっていたみたいで……」

「良い。感覚は掴んだな。練習試合までに安定した威力を引き出せるよう、鍛錬を続けよ」

「は、はいっ!」

 

 これで他の面々が奮起し、より効率的な成長につながれば良いのだが。

 この時点で尾刈斗中への試合の勝率は五割。残る五割を埋めるのに、残り四日。十分といえるが……。

 

 ……何やら、必殺技の命名で盛り上がっている。どうにも、不安の拭えない光景だ。

 名称は確かに、感覚を掴むにおいて重要な要素ではあるのだが、センスの欠けた思い思いの提案に、今日何度目かの溜息を零す。

 好きにすれば良いとは思うものの、指示をする側として、それを呼名しなければならないという頭痛の種が付きまとう。

 せめて、名称を採用する染岡のセンスがまともであることを祈りつつ、私はノートに夢中で注目すべき瞬間を見逃したらしい春奈のもとへと戻るのだった。

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