逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~   作:ロカイクオ

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8話 委員長の沈黙 効果:特になし

 蔦屋書店はハイソな店だ。スーパーのフードコートなんかとは違って、あまり学生が多い場所ではない。

 

 つまり高校生なんかが騒いでいると、すぐに店員さんに注意される。とくに男女がすったもんだしているというのは、おおいに問題だ。

 

 ことに委員長という立場にとっては。

 

 

 

 そういうわけで、俺は見てくれの体裁だけはすぐに取り戻した。

 

 俺がおとなしく席につけば、赤城さんも焦ることはなにもないようだった。

 

 ただしバッテリーが回復したわけではもちろんない。

 

 これは言うなら限界突破だ。もうとっくに切れているはずの電池がなぜか動いているだけだ。

 

 ロウソクの炎が消える前に、一回だけ大きくなるやつと似ている。

 

 ともあれ。

 

 

 

「ちゅー」

 

 

 

 目の前では、赤城さんがメロンフラペとやらを飲んでいる。

 

 上にたんまりとのっているクリームを液体に混ぜると、もういちどちゅーと飲みなおす。

 

 俺も飲んでいる。今度こそ味はよくわからなくなっていた。

 

 

 

 ふう。と赤城さんがストローを離すと、薄いピンク色に光沢しているリップを軽く舌でぺろりと一周して、「よし。チルった」と言った。

 

 

 

「いいんちょくんはどう? チルい? うまうま?」

 

 

 

 その問いかけに、俺はサイのようにのっそりとうなずいた。

 

 

 

「じゃあ、そのまま飲みながら聞いてもらえる?」

 

 

 

 もういちど、俺はサイをやった。

 

 

 

「あたしがルシオンプレイヤーなのは知ってるよね?」

 

 

 

 サイをやった。

 

 

 

「ルシみたいなゲームやってるとさ、いろんな配信者とか見ちゃうでしょ。話題になっているプレイヤーとか、そのクリップとか。そういうのもわかるよね?」

 

 

 

 サイ。

 

 

 

「あたしはとくにね、そーゆーの好きなんだ。無名の配信者とかでも、目についたら一回はチェックしちゃうの。だから、はじめは本当に偶然だったんだ――『匿名熊』さんのルシ配信を見たのは」

 

 

 

 俺はサイをしなかった。

 

 匿名熊。

 

 その名をリアルで聞くことになる日が来るとは、夢にも思わなかった。

 

 

 

「はじめはね? フーンって感じで、自分のエイム練しながら横目で見ていただけだったんだけど……すぐに、これは本物だって思った。一切無駄のないキャラコン、チーターみたいな遠距離エイム、異次元のインファイト力、射線管理の能力、一対多の立ち回り、決め撃ちの精度、完璧なピークタイミング、安置取りの正確さ、読みの深さ……」

 

 

 

 指を折ってかぞえていた赤城さんが、ちらと目線を上げる。

 

 

 

「どれも、完璧だった。匿名熊は、どこを取っても超一流のプレイヤーだった」

 

 

 

 俺は目を離さなかった。

 

 そのかわり、死んだ魚のような目になっていた。

 

 

 

「だから、すぐにこう思ったの。なんか、有名なプロゲーマーのサブ垢なのかなって。でも、そういう感じでもないんだよね。そもそも日本人みたいだし、そうなると有名どころってけっこーかぎられるし。とくにキーマウだったから、そうなると競技レベルのひとってかなり減るし。なら、もしかして本当に野良プレイヤー? これが? そんなの変だよ……変だけど、でも、実際にいるし、チートも使ってないし。だから、食い入るように見ちゃった」

 

 

 

 ちなみに、たった今も食い入るように見られている。

 

 でも俺は不動だ。

 

 

 

「配信のあと、SNSでパブサしてみたの。そうしたら、ぜんぜん言及しているひとがいなくてびっくりした。たまにいたけど、ほんの数人だけ。でも、同接数十人とかそれくらいだったし、アーカイブも残してないし、そもそも、知っているひとがあんまいないんだから当たり前かって、納得した。……まあ、それでも変だと思ったケド。でも、配信業界なんて、あんまりうまくなくても声の大きいひとがウケる世界だもんね」

 

 

 

 しれっと問題発言のようだった。

 

 

 

「とにかく、それ以降はチャンネル通知オンにして、可能なかぎり見るようにしてたの。一回ね、あたし、自分の配信があるのに、匿名熊さんが配信をはじめましたって通知が来たから、うわ見たーいと思って、適当に理由つけて配信やめちゃったこともあんだよ。草生えん?w 仕事しろw」

 

 

 

 俺はべつに草生えなかった。

 

 

 

「……ま、いいや。とにかく、あたしはフツーのファンになったわけ。匿名熊さんを見るためのサブ垢作って、応援……うん、そうだね、まさしく応援してた」

 

 

 

 lili-love-77さんのくれた数々のコメントを、俺はふと思い出した。

 

 やはり、あれは嘘ではなかったらしい。

 

 言われるほうは、とても励まされていたものだ。

 

 

 

「流れがかわったのは、ちょっとしてからだった。それがいつかっていうと、声入りの配信があったとき。なんかね、めっちゃ聞き覚えのある声だったの。ちょっとぼそぼそしてたけど、あれ、これたぶん知ってる声だ! って思ったの。すっごい気になっちゃった。なんていうか、普段からよく聞いている声な気がしてさ」

 

 

 

 赤城さんは、そこでいったん俺の返答がないかを待った。

 

 だが俺は、やはりひとことも発さなかった。

 

 

 

「でも、そうは言っても、しょせん声だし、似ているのなんてたくさんあるし、それはすぐに考えるのをやめたの。本当に引っかかったのは、またべつの日だった」

 

 

 

 そこで赤城さんは、俺の手元に目をやった。

 

 

 

「匿名熊さん、自分の手元をワイプで映しているでしょ? あたしもキーマウ勢だから、やっぱけっこう見ちゃうんだけど。そしたらある日、手の甲にバンソーコーが貼ってあったんだよね。赤ピンクの、ちょいかわいめのやつ。表面に、マジックペンで描いたみかんの絵があんの。……なんか、それ、めっちゃ見覚えがあるなぁって」

 

 

 

 おおかた話が読めてきた。

 

 まるでミステリ小説の犯人になったような気分だった。探偵に追いつめられている、あわれな犯人のひとりにでもなったかのような。

 

 

 

「あたしその日、掃除当番でさ。いいんちょくん、いつも自分の番じゃなくても掃除、手伝ってくれるじゃん? かわりにルンバ持ってきてくれてさ、ありがとーって受け取ったときに、手にまったく同じバンソーコーが貼ってあったの、思い出して。……てかあのバンソーコーの絵、イヨちゃんセンセーが描いたので合ってる?」

 

 

 

 俺は、首肯だけで応えた。

 

 そのとおりだった。あの日、俺を保健室に連れていったあと、先生が半べそを掻きながら、我慢できて偉いね~と言って、なぜかみかんの絵を絆創膏に描いたのだ。

 

 まさか、そんなことから今のこれに繋がるとは思ってもみなかった。

 

 

 

「そしたらもう、全力で確認しちゃうじゃん? ガッコーで委員長くんの手とかガン見して、骨のでっぱりとか覚えて、それで配信見るじゃん? あたし、男子の手フェチだから、けっこう自信あるんだけど、やっぱどー見ても同じっぽいじゃん? とくに、べつのバンソーコーに変わったときと、取ったあとに見えた下の傷が同じだったのが決定的だったかな。それで、確信したんだ――『匿名熊』の正体に」

 

 

 

 どうやら、昨日の発言も探りの一種だったようだ。

 

 また声入りで配信してほしいなぁ、というlili-love-77さんのコメント。

 

 あれは嘘ではなかったにせよ、裏はあったようだ。

 

 女、コワイ。

 

 

 

「……まあ、あたしがわかった経緯は、だいたいそんな感じ。ひ、引いた? てか、引くよねそりゃ。あはは……ごめん」

 

 

 

 上目遣いの赤城さんに、俺は首を横に振った。

 

 べつに、引いてはいない。むしろ好奇心としては理解できる。

 

 俺が理解できないのは、その先だった。

 

 赤城さんは、まさしくその話をした。

 

 

 

「とにかくね、匿名熊みたいな凄腕プレイヤーが同じクラスにいるなんて、こんなラッキーなことってないの! 本当、これって神さまが用意してくれたのかなってくらい、すっごい幸運なの。だからいいんちょくん、あたしと大会、出てほしい!」

 

 

 

 パシンと、またお祈りポーズをされてしまう。

 

 

 

「あたし、どうしても電甲杯で優勝したい――いや、しないとダメなの! あの匿名熊とだったら、ぜったいに勝てるから! だから、おねがい。助けると思って、あたしと組んで!」

 

 

 

 一秒、二秒、三秒と過ぎる。

 

 片目を開いた赤城さんが、ちらりと俺の様子をたしかめた。

 

 俺は固まったままだった。

 

 俺はこの数分間というもの、ずっと同じ姿勢、同じ表情だった。

 

 さすがに不審に思ったのか、赤城さんは首をかしげた。

 

 

 

「……って、大丈夫? いいんちょくん、なんかさっきから固まってない……?」

 

 

 

 大丈夫かどうかでいうなら、もちろん全然大丈夫ではなかった。

 

 むしろ、危機的な状況だった。

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